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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


1.ネクロ・カウンター ――vsギルフォード

■志賀・哲生編【オープニング】

「――探偵。”満月に病める町”から、再びSOSが来ていますよ」
 ゲルニカ内の草間興信所にて。
 机で頬杖をつき、物思いにふけっていた少年探偵――探偵に、青年助手――助手は告げた。その手には、割られたばかりの言霊を持っている。
 探偵は助手に視線を合わせると。
「満月の夜に起こる、狂気的殺人事件?」
 それは以前にもあったことだった。そしてその事件を、探偵は一度解決している。
 助手はYesを飛ばして続けた。
「しかも多発、です。これは明らかに――ネクロ・カウントでしょう」
「ふん」
 探偵は鼻を鳴らして応える。
 ネクロ・カウント――それは死体の数を競うゲームだ。ただしプレイヤーは、自らの手を汚してはならない。あらゆる策を講じて、人を死に追いやってゆくのだ。
「しかし一体誰が”あいつ”と……」
 助手の表情が暗く沈んでゆくのを、探偵はただ眺めていた。
 ネクロ・カウントを楽しもうとする者など、”あいつ”しか考えられない。現に以前ネクロ・カウントが行われた時、それを競っていたのは”あいつ”と――医学探偵だった。しかし医学探偵は、そのゲームに負け既に殺されている。2人は互いの命を賭け、勝負していたのだ。
 助手の視線が、ゆっくりと事務所奥のドアへと移る。その部屋の中には、探偵のために命を賭けて”あいつ”を殺そうとした、医学探偵の遺体が飾られていた。
「――もう、僕のために命を賭けようなどというバカ者は、誰も残ってはいないのだ」
 助手の視線を引き戻すように、探偵は口を開いた。
「だから今回の事件は、本当にただ単純に、楽しんでいるのだろうさ。そしてだとしたら1人、思い浮かぶだろう?」
 探偵と目を合わせた瞬間、助手は閃いたように手を叩く。
「ギルフォード! ……さん、ですか?」
「ご名答」
 嬉しそうな顔をした助手に、探偵は苦笑を返した。
「邪魔をしに行くかね?」
「もちろんです!」
 ネクロ・カウントは、第3者にその策を見破られた時点でゲームオーバーとなる。つまり互いが死体の数を競っているのと同時に、その策の完成度をも競っているのだ。
 それを邪魔するということは、見破ろうとすること。それが狂気的殺人事件の解決にも繋がる。
 そしてこのゲーム自体、”あいつ”が今現在その町に存在しているという何よりの証拠だった。
 探偵は立ち上がり、机上の帽子を手に取った。
「――さあ、追いかけごっこを始めよう」



■旅立ち【都内某ビル:屋上】

 あらかじめ定められた場所。
 そしてあらかじめ定められた――
「――約束の時間ですね」
 以前と同じ言葉で始めたのは、銀時計を片手にした桂(けい)。
 それを囲む人々は、以前のちょうど2倍――8人だ。
「これからどこへ行くのか、わかっていますよね?」
 それらの言葉は、桂にとって必要な儀式であるのかもしれない。
 それぞれがゆっくりと頷く。
(”満月に病める町”で起きている事件)
 それに関わるために、俺は再びゲルニカへと赴く。
 桂は皆が頭を上げるのを待ってから、言葉をつけたした。
「自己紹介はいりませんよね? それも既に、わかっているはずです」
(わかっている?)
 言われて人の顔を順に見ていくと、確かに桂の言うとおり俺は”わかって”いた。ついさっきまでは、知らないと感じていた顔もあったはずなのに……
「確認作業は無駄だというお達しのようです。こうしている間にもゲルニカは動いていますからね。早く、行きましょう」
 俺たちを急かしながら、桂は銀時計で空間に穴を開けた。
(――?!)
 一瞬の錯覚。
 見たこともない”あいつ”が、その穴からこちらを覗いているような気がしたのだ。
(急かしているのは)
 桂ではなく”あいつ”。
 ”あいつ”が俺を呼んでいる。
 俺は事件を解決するために行くのではない。呼ばれたから――死の匂いに誘われ、そこへ向かうのだ。
 ぞろぞろと穴の方へ向かう俺たちを、最後に桂は振り返って。
「どうしても確認したいなら、後ろの方を見るといいですよ」
 そんなことを告げた。何人かが、後ろを振り返った。



■状況整理【ゲルニカ:草間興信所】

「…………また、人が増えたな」
 草間興信所を訪れた俺たちを見て、心底不快そうな顔で告げたのは探偵――少年探偵だ。
「”あいつ”なりに、多くの人との関わりを求めているんでしょう」
 さらりと答えた桂に、探偵はより鋭い視線を送る。
「――時計。君はこんな所にいていいのかね? 死体の数を数えるのは君の役目なのだろう?」
「!」
 その場にいた全員が、一瞬にして桂を捉えた。その視線の先で、桂はクスリと笑う。
「確かにボクは、審判としてゲルニカに来ています。完全なる傍観者は意外と少ないですからね。――でも、だからこそどこにいても”わかる”んですよ」
 その悟りは、きっとさきほど俺が”わかる”と感じた事象と同じ種類のものだろう。わからせているのは他の何でもなく、”あいつ”だ。
「……なるほど」
 今度は探偵が笑った。
 その隙をついて、助手――青年助手が俺たちを促す。
「さあ、立ち話もなんですから、皆さん座って下さい。”満月に病める町”で起こっている事件について、詳しく説明しましょう」
 その機会を、じっと窺っていたようだった。



 俺も含めて、6人がソファに腰をおろした。テーブルを挟んで2つあるソファは、もちろんそれだけで満杯だ。桂は既にいない。そしてそれ以外に――
(2人、減っている)
 その事実を、いちいち口にする者はいない。この世界での行動はすべてが自由。”あいつ”の手の平で踊らされていながらもある程度は自由であることを、誰もが知らず理解しているからだ。
「――さて、僕としては早く向こうに行きたいのでね。質問は1人1つとさせていただこう」
 本来なら草間・武彦が座っているはずの場所に、相変わらず偉そうに腰かける探偵。その探偵が切り出すと、即行問い掛ける声があがった。
「向こうというのは、”満月に病める町”のことですか?」
「そう。……君の権利はこれで消滅した」
「あ」
 迂闊に口を開いてしまったことを後悔しているのは、ヨハネ・ミケーレ。格好からもわかるとおり、神父である。
「現在の”満月に病める町”の状況は?」
 それをフォローするように問いかけたのは、セレスティ・カーニンガム。俺の目には3つの肩書きが見えるが、それ以上に目立つのは彼が車椅子に乗っていたからだろう。
 探偵は軽く頷くと。
「満月のたびにかなりの人数が死んでいる。だがおそらく、”あいつ”とギルフォードのゲームは終わっているはずなのだ」
「?!」
 息を呑んだだけで、誰も喋らなかった。1度きりの質問のチャンスを、じっと窺っている。
 そんな俺たちを見て、探偵は「ふん」と鼻で笑った。
「賢明な判断だな。続きは自動的なのだから」
 空気はピンと、張りつめたまま。
「結論から言おう。今回のネクロ・カウントには、複数の参加者がいるようだ。調査の結果ギルフォードは明らかに反則負け――それでも殺人が続いているところを見ると、そうとしか考えられない」
「……反則負け、ですか?」
 慎重に言葉を発したのは、アイン・ダーウン。置いた間から、それが考え抜かれた問いであることがわかる。
 それに答えたのは、探偵ではなく助手の方だった。
「”ネクロ・カウントは第3者にその策を見破られた時点でゲームオーバーとなる”――こういうルールがあるのは当然ご存知でしょう? ですがギルフォードさんは、そのルールに最初から無頓着だったのですよ」
 その表現に、探偵は笑って傍らに控える助手を見上げる。
「無頓着、か。相変わらず面白い表現をするな、君は。まあ間違ってはいないがね」
 それからこちらに顔を戻して。
「ギルフォードが仕掛けた、他人に他人を殺害させる方法は、少し調べただけですぐわかるようなお粗末なものだったということだよ。どんな方法かは、君たちの目で直接確かめてみればいい。彼はまだその方法で、殺し続けている」
「な……っ、止めないんですか?!」
 思わず口走ったのは巽・千霞。口を抑えた時にはもう遅かった。
 ふっと笑う探偵の目には、少しだけ淋しさが見えた。
「残念ながら、警察は死体の片付けと身元確認作業で大忙しなのだ。――あと、犯人逮捕でね」
(そうか……)
 俺たちはおおもとの原因がネクロ・カウントを楽しむプレイヤーたちにあるのだということを知っている。だが実際にその渦中にある者たちから見たらどうだ? 直接手を下した者が犯人でしかありえない。まずは彼らを捕まえるのが、確かに筋なのだ。
(――ではもし俺が)
 渦中にいたらどうする?
 考えた途端、愚問だと思った。
 死体に囲まれた俺は、嬉しくて発狂なんかするかもしれない。
「じゃあさぁ、探偵がどうにかしたらー?」
 重苦しい雰囲気とは裏腹に、八尾・イナックの明るい声が飛んだ。
「それも残念ながら、無理なのだよ。”探偵”の仕事は謎を解くことと犯人を暴くことだけなのだ。犯人を拘束したり裁いたりする権限はない。だからこそ自由に動けるし、間違いが許される存在でもあるのだがね」
 それに合わせるように、探偵は明るい声で答えた。これで、まだ質問をしていないのは俺だけになった。
 皆の視線が、集中する。
「――他に情報は?」
「いい質問だ」
 俺が選んだ問いに、本気かどうかもわからない言葉が返る。
「ネクロ・カウントが3人以上の手によって行われていると考える理由が、もう1つあるのだ」
 ゴクリと息を呑む間を、探偵は置いた。
「死体の出ない殺人――いや、もしかしたら消えた子供らは殺されていないのかもしれないがね。満月の夜に子供が消える事件も多発している。いなくなった子供たちはまだ、誰一人として見つかっていない」
(子供、か)
 確かに子供に殺させるのは難しいかもしれないが、子供を殺すことは簡単にできる。隠すことだって、そう難しいことではないだろう。
「う〜〜〜〜」
 問いたそうに唸っているのは巽だ。
 探偵は当然それを察していて、無視を決めこんでいたようだが。
「探偵、お2人にはチャンスを与えたらいかがですか?」
 同情を含んだ助手の声に、揺れる。
「――仕方がないなぁ。ならばさっさと言いたまえ」
「その子供が消える事件を起こしてるのが、”あいつ”さんだったりしないんですか?!」
(ギルフォードの方法は、既にわかっている)
 では”あいつ”の方法は?
 そう考えた時、巽の問いは自然なものだった。だが永い時を”あいつ”との対立で過ごしている探偵は、ゆっくりと――しかし確実に首を振る。
「”あいつ”はそんな生ぬるいことをしないのだよ。子供には手を出すかもしれない――が、だとしても僕を苦しめるために結果をばら撒くだろう」
「……っ」
 俺は誰にも気づかれぬよう、震えた。
 ”結果”と表現されたそれは、無残な死体でしかありえない。俺にとっては別の意味で、想像してはならないものだった。
「さてそこの神父。君が最後だ」
 急かすように、探偵は会話を進める。ヨハネは神妙な面持ちで、まるで作文を読む子供のようにゆっくりと口を動かした。最後の問いを間違わぬためだろう。
「えーと……僕たち、”満月に病める町”へ向かう前に、アトラス編集部に寄りたいと思っているんですけど……探偵さん、お付き合い願えますか?」
「!」
 それは多分、誰にとっても意外な問いであった。――いや、セレスティ以外にとって、か。彼が頷いたところを見ると、”僕たち”には彼が含まれているらしい。
「あはははは」
 探偵は突然大声で笑い出す。
「笑いすぎです、探偵」
 そう助手が諌めるほど、探偵は笑い続けていた。それでもやがて落ち着くと、涙(笑いすぎたための涙だ)を拭いながら。
「いいだろう。君たちが望むのであれば」



■捜査開始【ゲルニカ:満月に病める町――道端】

 死体が踊っている。
 俺を囲んで踊っている。
(それは、白昼夢)
 やがて揺れて、見えなくなる。
 揺れているのは世界か。
 それとも――俺自身?

     ★

 探偵とヨハネ、そしてセレスティとは別れて、俺たちは一足先に”満月に病める町”へと来ていた。
 俺たちを率いているのはもちろん――助手だ。
「――それにしても、ちょっと意外だったなぁ。助手は探偵と一緒にしか行動しないと思ってたよ」
 何のためらいもなくそう口にしたのは八尾。
 助手はいつもの苦笑を見せると。
「私はいつもできる限り傍にいたいと思うのですけどね。探偵が望むのであれば別々に行動することもありますよ」
「ふぅん……あなたも複雑なんだねぇ」
 八尾の言葉から大した感情が見えないのは、どうやら素のようだった。
「ところで助手さん、次の満月はいつなんですか?」
 顔をしかめながら問った巽を、助手は不思議そうに見る。
「明日――ですね」
「やっぱり! なんか皆、酷く焦っているんです。あと恐怖と……そういう気持ちでこの辺がいっぱいです」
 巽には残された感情すら読み取る力があるのだろう。
(ほんの少し)
 俺と似た力。
 さっきから俺も、眉間にしわを寄せている。
(さすがに、”匂い”が強いな)
 ”死”を敏感に察知する俺の鼻。この町に漂う匂いは、これまでかいだどの匂いよりも強烈だった。
「実際に人がいるわけじゃないのに、こんなに強く感じるなんて……」
 呟く巽の声は、不安に満ちている。
(――そう)
 たどり着いた町は酷く静かだった。
 人一人見えない。その理由は、既に明らかになっている。
(満月は明日)
 誰もが恐れているのだ。
 狂気的殺人事件を。その被害者になってしまうことを。――あるいは、加害者になってしまうことを。



「さて、どのように捜査しましょうか……」
 頼りない声で、俺たちを見回す助手。いつもは探偵に指示されたことをやればいい立場にあるのだから、ある意味仕方のないことかもしれないが。
「俺の出番はどうやら明日がメインのようですから、今日は皆さんに付き合いますよ」
 そう応えたのは、さきほどからやけに周りを警戒していたアインだった。
「明日がメインって、何をするつもりですか?」
 問い掛けたのは巽。
「もちろん殺人をとめますよ。そんなことさせたくないですから。でも俺、大した推理ができるわけじゃないから、とりあえずはプレイヤーを見つけしだい攻撃してみようと思ってます。そうしたら何かボロを出すかもしれないし」
「ずいぶんと攻撃的なんだねぇ」
 八尾が笑って。
「私はギルフォードを追ってみたいかな」
「……なんでだ?」
 意外に思って口を挟んだ俺を、八尾は笑顔でかわした。
「じゃあとりあえず、捜査の基本・現場検証と訊き込みから始めましょうか。どちらにしても現場はそこかしこに存在しますから、かなりの労力になると思いますけど……」
 それでも、やるしかない。
 頷いた皆に、助手は安心したように息をひとつ吐いた。

     ★

 現場検証は俺と巽が担当した。どの現場にも大した違いなどなく、重要なのは目に見えない情報であると判断したからだ。
(俺なら訊かなくても、現場がわかる)
 巽なら訊かなくても、理由がわかる。
 それが大よそであっても構わなかった。もともとこのゲーム自体、実はかなり大雑把なものであるのだ。
 ちなみに助手は訊き込み担当の2人の方についている。現場検証はほとんどの現場が屋外であったため誰の許可もなくできるが、訊き込みをするためにはまず信用が必要である。あれでも探偵の助手である助手だ、肩書きで信用を得るには十分だった。
「――ここも、相当匂うな」
「強い恐怖を感じます……多分、殺さなければ殺される。そんなたぐいのもの」
 そんな調子で、かなりの現場を回った。中には前回の満月から数週間が経過した現在でも、まだ血だまりの残っている場所があった(ゲルニカの月の満ち欠けは現実よりも早いようだ。常に薄暗いからか?)。さすがにそういう場所では巽も目を背けるから、俺がそれを凝視し想像の中で笑っていても、気づくことはなかった。



 疲れ果てた様子の巽をつれて、最初にいた地点――合流ポイントへと戻った。すると2人は先に戻ってきていて……
(ん? 2人?)
 八尾がいなくなっていた。
「あいつはどうした?」
 来た時とは違う。ちゃんと互いに目的を確認した上で動いていたのだ。思わず問い掛けた俺に、2人は同時に首を振った。
「「それが、気がついたらいなくなってたんです」」
 そして同時に同じ言葉。顔を合わせる動作も、まったく同じだった。ただ助手の方が背が高いので、アインが助手を見上げる形になる。
「気が合いますねぇ」
 笑った声で告げたのは巽だ。
「まあ大丈夫だろう。何せ満月は明日だ。”事件を起こすのは満月の夜”ってのも、どうせルールなんだろう?」
 こだわっているところを見ると、そうとしか考えられない。
「ええ。ネクロ・カウントは様々なことを競うゲームです。”限られた時間の中でどれくらいの死体をつくり出せるか”というのも、大きなポイントなのですよ」
 そう答えた助手の瞳は、酷く哀しみに満ちていた。探偵は”死体”という言葉を言い換えるすべを持っていたが、どうやら助手には無理なようだった。
「でも、ギルフォードさんってルール無視してるんですよね? もしかしたら……」
 口ごもった巽の、不安を取り除くように助手は小さく笑った。
「その心配はいらないと思いますよ。満月の夜以外に手を出すということは、そうでもしなければ勝てないと認めるようなものですから。そんなこと、いくら楽しくともプライドが許さないでしょう」
 その助手の言葉は、的を射ているように思えた。
(あらかじめ”わかって”いる)
 ギルフォードという人間の格。
「まあこうして心配だけしていても始まりませんし。なんでしたら俺があとで捜してきますから」
「だな、折角調査してきたんだ。情報交換と行こうぜ」
 アインの進言に、俺は賛成した。
(この世界ではもう)
 なるようにしかならない。
 ある意味においては、やけに自由が保証された世界。
(もしかしたら)
 八尾は自分の意思でいなくなったんじゃないか?
 少なくとも新しく死んだ匂いはしなかったから、俺はそう思った。



■情報交換【ゲルニカ:満月に病める町――町長の家】

 俺たちは、探偵にSOSを送った張本人・町長の家へやってきていた。捜査本部として借りる約束をしていたらしい。今までここにこなかったのは――そう、探偵がいなかったからだ。
「本当に、ちょうどいい所に来ましたね、探偵」
 俺たちが道端で情報交換を始めようとしていた時、現れた。まるで告白のタイミングを計っていたかのように。
「ふん。日頃の行いがよければ運さえも味方するのだよ」
 ウソかマコトか判別のつかない言葉を返す探偵は、当然のように上座に陣取っている。
「調査は進んだのかね?」
「ええ、現場検証と訊き込み調査を」
「まともなことをやってるじゃないか」
 驚きとも呆れともつかない声音。いつものことなのか、助手は苦笑するだけで何も言わなかった。
「ではとりあえず聞かせてもらおうか」
「じゃあまずは私から」
 巽が手を挙げる。疲れは多少なりともとれたようで、顔色は大分良くなっている。
「私と志賀さんで現場検証を担当したんですけど……現場に残された感情は、次のようなものでした」
 それから巽が羅列したものは――驚愕&恐怖&苦痛、安堵&無念&怨恨&苦痛、恐怖&希望、悦楽&満足、歓喜&期待……
「その&はなんですか?」
 問い掛けたのはセレスティ。
「それらの感情を同時に感じた、ということです。混ざりすぎてわけのわからないものもありました」
「負の感情だけじゃなく、正の感情まであるんですか……」
 意外そうに呟いたヨハネの言葉を、探偵は聞き逃さない。
「驚くことはないさ。恐らくその半分以上がギルフォードの感情だろう」
「え?!」
「彼に逃げ回る趣味などない。町中を闊歩してターゲットを探しているよ。――まあ、明日になればわかるか」
 探偵はそれ以上ギルフォードについて語りたくないらしく、「終わり」というふうに手を振った。
「で? 訊き込みの方はどうなのだ?」
 アインと助手は顔を合わせると、助手がどうぞと言うようにアインを促した。アインは頷いて。
「どうもこうも、目撃者が多すぎて話になりませんよ」
「え?!」
 誰かが口に出す。また、意外な答えだ。
「共通しているのは、”突然”人が人を襲った、殺した。この”突然”という言葉です。そして殺害の瞬間を目撃された人たちの半分以上が、既に逮捕され取り調べを受けているという話でした――が、逃げ果せている犯人の中には、ギルフォードの名前も挙がっていました」
「?!」
「だから言っただろう? 少し調べればわかると」
「ま、待って下さい探偵さん! ネクロ・カウントは間接的に殺めることもルールなんでしょう? 犯人に名前が挙がるということは、ギルフォードさんは直接――」
「それ自体は。別にルール違反ではないよ。ただカウントされないだけなのだ」
 挟んだ巽の言葉に、あっさりと返した。
「そう――時計が、数えないだけ。それだけギルフォードは無駄な殺人をしているということだよ。自分が楽しむためだけにね」
 どこか諦めたような表情。おそらく最もどうにかしたいと願っているのは、探偵なのだろう。けれど現時点で探偵ができることは、あまりにも少ない。
(きっと)
 様々な力を有した俺たちならば、探偵よりもマシなことができるのだろう。
(――だが)
 俺の心にはまだ、捨てきれないものがあった。
「……惜しいな……」
 そう感じてしまう。
(誰かが殺されるのは)
 哀しい。俺だって、いけないことだとは思う。
 けれどその結果たる死体を見た時、どうしようもなく癒される俺は。
(いつかそのためだけに)
 自らも人を殺めてしまうのではないか。
 そんな不安すらわきあがる俺は。
 この手を汚さずとも死体と関わることのできるネクロ・カウントのシステムに、どうしようもなく惹かれ始めていた。
(究極の、理想――)
 今俺をこの場所に留めているものは、元刑事なのだというプライドだけ。それさえ打ち砕く方法があれば。
(あるなら)
 俺に教えてくれないだろうか――?
 この思考すら、きっと”あいつ”は知っている。そうであればいいと思いながら、俺は願った。
(明日)
 俺はチャンスを探そう。
 この取り引きを、成立させるための。



■きっかけは訪れた【ゲルニカ:満月に病める町――町長の家の小部屋】

 満月当日。しかし事件が起こるのは夕方から翌朝にかけてであり、少なくとも午前中はまだ平和なのだった。
(平和なうちに――)
 俺には、聞いておくべきことがある。
「――何故、おまえは探偵に味方するんだ?」
 それを助手に問い掛けた時、傍には巽しかいなかった。おそらく巽も助手に興味を持ち、張り付いていたのだろう。
「……はい? どうして突然そんなことを……」
「この世界は、探偵と”あいつ”の対立だけで構成されている。なのに、それは単純な善悪の構図ではないだろう? 俺はそれがゲルニカの謎を解くカギだと思っている」
 俺がそんなことを考え出したのは、昨日の夜だった。今日のことを考えていたのではとても眠れそうになかったから(――多分、楽しみで)、他のことを考えようとしてたどり着いた答えだった。
「ゲルニカの、謎……」
 呟いたのは巽。きっと今頃は、新しい知識が流れこんでいることだろう。
「探偵が必ずしも”善”ではないんだろう? 何故探偵に味方するんだ」
「それは簡単なことです」
 2度目の質問には、助手は即答した。
「”あいつ”は私と探偵にとって、共通の仇(かたき)ですから。私ひとりではとても立ち向かえない以上、私が探偵に味方するのは当然だと思います」
 一度そこで切ってから。
「けれどそれ以上に。探偵を敬愛する気持ちから、味方したいと考えているのも事実です」
「敬愛、か。便利な言葉だな」
「――ずいぶん穏やかな気持ちでおっしゃるんですね」
 巽が口を挟んだ。
 すると助手は苦笑して。
「私は何も、探偵側からしかものを見ずに探偵側についたわけではありませんからね」
「――なに?」
「探偵と私の直接の出会いは、探偵が私の故郷の町を訪れた時でした。その時私は殺人事件の容疑者にされていて……そんな私を探偵がただ1人信じてくれた時、事件を解決してくれた時――私はこの人についていこうと思った。けれど実はそれ以前に、私は間接的に探偵と会っていたんです。そして――憎んでいた」
「?!」
 それは意外な告白だった。けれど危険なほど、魅力的な。
「……寝返った、ということか?」
「過去を100%捨てられるのであれば、なにも悪いことではありませんよ。悪いのは、最後まで忘れられないことです」
 きっぱりと言い切る助手に、俺は確信する。
(”あいつ”だ)
 きっとこれは、”あいつ”が言わせている。
 たとえ助手自身の意思で発言していても、きっとそこへ導いているのは”あいつ”なのだ。
(過去を100%捨てられるのであれば――)
 刑事であった自分を、完全に忘れられたら。
 俺は誰にも責められることなく、そちら側に行くことができる。
 甘き死の匂いが、薫る場所へと――



■舞台裏へ【ゲルニカ:”あいつ”の空間】

「――私を、一体どこへ連れてゆくつもりですか?」
 緊迫した助手の声は、俺の後ろから聞こえる。
「志賀さん!」
「うるせぇ、黙ってろ」
「…………」
 俺が乱暴に言葉を返すと、そのとおり助手は黙った。
(行こう)
 そう決めた瞬間に、俺はタナトスの鎖で助手を補足したのだ。何しろ、手土産にはちょうどいい。
「…………”あいつ”の所へ行くのですか?」
 助手とてバカではないらしく、小さく問ってくる。
「――ケンカは片方の意見だけを聞いてちゃ、解決できないだろ?」
 もっともらしい嘘をついた。
(話を聞きたい?)
 そんなワケはない。
 ただ俺は理想に触れたい。
 死体に触れたい。
 動機はそんな、もっと単純なものだ。
(俺が忘れればいい)
 この過去を。
 ――そう、俺は新しく生まれたんだ。
 ゲルニカで俺は変わる。
 自然と、口元が笑った。
 見えない鎖で引きずられるままの助手には、俺の嬉しそうな表情を見ることができない。だから安心していた。
 その目の前に、突然1枚の白い紙が降って来る。
「……? 何だ?」
 立ちどまって地面に落ちたそれを拾い上げると、目を走らせた。そこには、妙に角張った文字でこう書かれていた。
『ずいぶんと嬉しそうだな』
「”あいつ”からですよ。”あいつ”は常に筆談です」
「!」
 また、紙が降って来る。
『あと3歩』
 ためらいなく、進んだ。
 黒い人影が見えた。
 それが影ではなく人自身だということに気づくのに、数秒かかった。
「あれが……?」
 黒い手から白い紙が覗いている。
『ようこそ、俺の空間へ』
 そんな文字が書かれていた。間違いないようだ。
 俺はタナトスの鎖を短くすると、助手を”あいつ”の方へ押し出した。
「わっ」
「つまらない、もんだけどな」
 そんなことを言ってみる。
 黒い肩が揺れた。笑っているのかもしれない。
『助手。お前はいつまで隠し続けるつもりだ?』
「………………」
 やがて紙に浮かんできた文字に、助手は何も答えない。
『それほど我が身が惜しいか』
「保身のためではありません! 私は殺されても喋らない」
『殺して喋るならとっくに殺しているがな』
 また笑った。
 どうやら助手は探偵に対し何か大きな秘密を抱えているらしい。そして助手がそれを探偵に伝えた瞬間、助手の役目は終わり――ということのようだ。
『俺が言うよりもお前が言った方が、お前のためだろう?』
「言わせません。私はただでは死なない」
 いつもの助手とは違う、きっぱりとした口調で告げた。”あいつ”に対しては、助手も譲れない部分があるようだ。
(”仇”だと、言っていたしな)
 ”あいつ”側にいた頃の影は、少しも見えない。
『楽しみにしていよう。――おい、そこの死体好き』
 一瞬「俺か?」と訊こうとしたが、それは訊くまでもないことだった。
(こちらへ来た俺は)
 それを自由に認めることができる。
「なんだ?」
『そいつを放してほしい。代わりにいいものをやろう』
「……放せだと?」
『まだ働いてもらわねばならない。時期が早い』
 そこにはきっと、”あいつ”なりの計画があるのだろう。俺はタナトスの鎖から助手を解放した。
(どうせ)
 俺だって殺せばいいと思ってつれてきたわけではない。いわば助手は、俺なりの決意表明だった。
「で? 代わりとは?」
 俺の問いに応じて、ゆっくりと前の文字が消え新しい文字が浮かび上がる。
『死体を殺す権利をあげよう』



■混戦の終わり【ゲルニカ:満月に病める町――外】

 ”満月に病める町”へ戻った時、俺は一瞬天国へ来たのではないかと錯覚した。
(無造作に転がっている人)
 殺し足りずに叫んでいる人。そんな人を殺す人。
(自らが殺されないために)
 誰も必死だった。
 そしてそれを止めようとしている皆も。
 中にはギルフォードと戦っている者までいるらしい。
(ギルフォード――)
 奴が最初からルール違反であると探偵が語っていた理由を、俺は”あいつ”から聞くことができた。驚いたことに、”あいつ”はこうなることを予想できていたからこそ、ギルフォードの誘いに乗ったのだそうだ。
 ネクロ・カウントにはいくつかのルールがある。その1つが”第3者にその策を見破られた時点でゲームオーバーとなる”という、その分思考とスリルが付加されるルールだ。
 ギルフォードだって、最初はそのルールを守る気でいたらしい。
「そいつを殺さないとあんたを殺す」
 その言葉の連鎖で、ギルフォードが何を言ったのか知る人物を殺していくやり方。
 だが1回目にして、ギルフォードは自制がきかなくなってしまった。
 自分が生き残るために恋人を殺した男。血に濡れた姿を見て、「やはり自分の手でも殺したい」という欲望がわきあがり――その男を殺した。
 その後のギルフォードの犯行はすべてそれによって行われている。それでバレないワケはない。
(――バカな奴)
 俺は鼻で笑って、町を通り過ぎた。
『間もなくこのゲームは終わる』
 ”あいつ”がそう言っていた。
 そして俺は、その瞬間に。
(生まれて初めて人を殺す)
 既に死んでいる人を。



■再構築【ゲルニカ:草間興信所】

 本来ならここにいるはずの探偵と助手は、まだ”満月に病める町”にいる。だから事務所には誰もいなかった。
 勝手に上がりこんだ俺は、迷わず奥の部屋へと向かう。
「……また、この部屋に入ることになるとはな」
 誰もいないのをいいことに、口にした。
 これまで見たこともないような、美しい死体の安置された部屋。”あいつ”によってつくられた芸術。
 わけもなく震えた。
 俺がこれを壊すのだ。
(殺すのだ)
 タナトスの鎖を伸ばして、円柱形のガラスケースに巻きつける。それから俺は、しばらく待った。
(この死体が死んだら、坊やは泣くだろうか?)
 とても哀しげな表情で自分を責めていた探偵。だがある意味、これから起こることも探偵自身に責任があると言える。
「焼けなかったんだな」
 骨だけになってしまっていたら、さすがにそれ以上は殺せなかっただろう。――いや、骨にする過程でもう一度殺していることになるのか。
 そんなどうでもいいことを、考えていた。
「――勝負がつきましたよ」
 不意に聞こえた声。
 タナトスの鎖でガラスケースを捉えたまま、俺は振り返った。そこには、桂がいた。
「”あいつ”の勝ちです」
「そうか」
 ゆっくりと、見えない鎖に力をこめ始める。
 ガラスケースにヒビが走り、やがて砕けた。
 ホルマリンが流れ出し、きつい臭いが充満。
 それでも死体は直立を続けている。
 鎖がその首にたどり着いた。
 真綿で絞めるように。
 ゆっくりとゆっくりと。
 食いこんでゆく。
 それは誰の想いなのだろう?
 その時俺は幸せを感じていた。
(この美しい芸術品を)
 俺の手で違う芸術に変えるのだ。
 俺の手で新しい死体をつくりあげるのだ。
  ――ぷちんっ
 最後の力をこめると、そんな可愛い音がしてそれは2つに分かれた。胴体が、ホルマリンにまみれたガラスの破片に落ちる。
 首はまだぶら下がり――揺れていた。
「早く出た方がいいですよ、志賀さん。揮発したホルマリンにやられてしまう」
「――そうだな」
 それに見とれていた俺は、桂の言葉で我に返った。今度は鎖で首を吊っている何かを切って、首を下に落とした。
(持っていくなら、持ちやすい方がいい)
 そんな理由だ。
 どうせ俺はこの死体が生きていた頃のように、精神のありかを探しているわけではないのだから。



 そうして俺は、医学探偵の首を持って”あいつ”の所へと戻った。
 満足した”あいつ”は俺をある場所へと案内する。
 それは今回のゲームで死んだ人たちの、死体が集められた場所。
(もちろん)
 しばらく俺は、そこから出られなかった――。

■終【1.ネクロ・カウンター】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

番号|P C 名
◆◆|性別|年齢|職業
2151|志賀・哲生(しが・てつお)
◆◆|男性|30|私立探偵(元・刑事)
2086|巽・千霞(たつみ・ちか)
◆◆|女性|21|大学生
0164|斎・悠也(いつき・ゆうや)
◆◆|男性|21|大学生・バイトでホスト
1883|セレスティ・カーニンガム
◆◆|男性| 725|財閥統帥・占い師・水霊使い
2525|アイン・ダーウン
◆◆|男性|18|フリーター
2266|柚木・羽乃(ゆずき・はの)
◆◆|男性|17|高校生
1286|ヨハネ・ミケーレ
◆◆|男性|19|教皇庁公認エクソシスト(神父)
2457|W・1105
◆◆|男性| 446|戦闘用ゴーレム
2430|八尾・イナック(やお・いなっく)
◆◆|男性|19|芸術家(自称)



■ライター通信【伊塚和水より】

 この度は≪闇の異界・ゲルニカ 1.ネクロ・カウンター≫へのご参加ありがとうございました。
 今回は皆さんの行動の幅が広く、人によってはまったく違う行動をとっていらっしゃる方もおりますので、長くて読むのが大変かもしれませんが、他の方のノベルも読んでみるとより楽しめると思います。
 さて、志賀・哲生さま。前回に引き続きのご参加、ありがとうございます。かなり世界にマッチしたキャラクターで、私的にはとても書きやすい反面、思考的にどこまでいっていいのか迷う部分もあり(笑)。いきすぎだ〜と思ったら遠慮なく声かけて下さいませね。でないと際限なくいってしまいそうです……。
 それではこの辺で。またこの世界で会えることを、楽しみにしています。

 伊塚和水 拝