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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


新春恒例!レンのセリ市


☆★富豪到着★☆

 そこは地下にある秘密のボクシングクラブ……ではなかった。
「20000円!」
「ハイハイ、2万エン〜、2万エン〜」
「25000円だっ!」
「ほい、25000、25000」
「28000!」
「30000っ!」
 会場は熱気に包まれている。
 打ちっ放しのコンクリートで四方の壁を固められた、車が10台は停められそうな地下室。天井からは数多の蛍光灯がシャワーのように光を降らせている。大型のファンがうなりをあげ、薄煙る会場の空気をせっせと浄化しようとしていた。が、それでは追いつかないほど、人々が発する熱と、欲望と、歓声が場を満たしていた。
「3が5つ。33333円でどうだっ!」
「いいねぇ、旦那!33333円たぁ、春から縁起がいいー」
 マイクを手にし、会場に詰め掛けた100人近い客を煽っているのは、司会進行役の双子の兄弟、ウッチャエ・カッチャエ。この地下倉庫の中央に設置された四角い特設リング上を、右に左に走り回り、セリ値をつり上げるために大声を張り上げていた。
「さぁ、もういないかぁ!この煙草入れは、われらが親愛なる碧摩蓮さまご愛用の品だぁ。そんじょそこらの煙草入れじゃないぜー」
「印籠も真っ青、天下御免、犬も見せれば平伏する、蓮さまの煙草入れだ〜。愛煙家には、たまらない一品だよっ。さぁさぁさぁさぁ」
「35000!」
「よっ、そうこなくっちゃ!」
「38000出すぞー!」
「まだまだぁ。おいちゃん、あり金全部、出しとくれぇ」
 特設リングからは花道が一本伸びていて、係員が別室から次々とオークション品を運んできていた。それを台の上に乗せると、リング下で回りを取り囲んだ客たちの血眼な視線が品定めを開始する。現在セリ中の品物にはスポットライトが当てられ、また壁の大型モニターには現在の値段とともにその映像が表示される。
 ここは、いまや新春恒例となった、レンの大セリ市の会場だった。
 正月にお年玉をしこたま貯めた小学生から、真面目そうな銀行員風のサラリーマン、水商売で一財産作ったオネエちゃん、もはや使い道のない大金を残してしまい困っている老人まで、実に多種多様で一癖ありそうな客たちが押しかけていた。
「まだ醍醐のおじさんは来てないの?」
 碧摩蓮が訊ねると、隣りで待機している鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)が首を横に振った。デルフェスは普段、アンティークショップ・レンで店員をしているのだが、その鑑識眼の高さと造詣の深さで蓮の腹心と呼べる人物になっていた。蓮は、会場の一段高い場所に用意された、審査員特別席のような場所で、ゆっくりキセルを吹かせていた。
「間もなくご到着のことと思われます」
「着いたら、ここにお通しして」
「はい、かしこまりました」
 醍醐というのは、醍醐大蔵(だいご・だいぞう)のことで、変な品物を収集することを趣味としている、物好きな老人のことだった。碧摩蓮にとっては、お得意様ということになる。大金持ちで、大きな体をしていて、大雑把な老人。去年から、この新春セリ市に参加するようになった。昨年は、とある事件を起こして混乱を巻き起こしたのだが、今年も何か一波乱ありそうな予感を、蓮は抱いていた。
「あと、蓮さま――」とデルフェス。「先日お話した、わたくしの出品物についても、よろしくお願いします」
「ああ、あんたが着ているそのイブニングドレス? 本当に売ってしまっていいのかい?」
「はい」
「お金に困ってるわけじゃないんでしょ、デルフェス?」
「いえ……大事に着てくださる方がいれば、わたくしは嬉しいのです。それに、セリも盛り上がりますし♪」
「かー、泣かせるね。あたしは良い店員を持って、助かるよ」
 そうしている間も、刻み煙草入れのセリは続いている。
「50000だ。文句あるかっ」
「出たー。5万円の声が上がりましたっ。いいねぇ、すかっとするねぇ!よっ、大統領。その値で決まり!」
 カンカンカンカン、と、本当にボクシングの試合で使うようなゴングの音が場内に響き渡った。それが、品物が落札された合図だった。モニターの画像に、赤丸に『落』というハンコ判がドンッと押された。おおー、というどよめきが客から沸き起こる。
「さぁさぁ、まだ序の口だよ。本番はこれからだぁ。金がないやつぁ、出直しておいでっ」ちょっと口の悪いキャラで司会をする兄のウッチャエのほうがそう言った。
「買って納得、買えなきゃ切腹、帰りゃ母ちゃんご立腹!」ちょっとウマい言い回しを身上とする、ふとっちょの弟・カッチャエがそう言って客を笑わせた。
「さぁ、次の商品だー。いざ、カーテン、オープ〜ン!」
「カーテンなんかないだろっ、兄貴!」
 そんな会場の様子を眺めながら、碧摩蓮はポーンとキセルをはたいた。新しい煙草の刻み葉を詰めようとしていたとき、髭を蓄えた大男が近寄ってきた。蓮はゆっくりと立ち上がる。
「これはこれは、醍醐先生。ようこそお越しくださいました」
 羽織袴と金無垢の杖で登場した醍醐大蔵は、蓮のチャイナ服をしばらく観察してから、
「ガハハ!今日はまた一段と美しいのぉ、蓮ちゃん。それに、おしとやかな物言いだ」
「女は場所と相手で姿を変える、カメレオンなのよ。それとも……いつものあたしがいいのかい? 大蔵チャン」
「そうそう、それそれ。蓮ちゃんはそれでないとな」
「今日もいっぱい買っていきなさいね。持ってきたお金を使い切らなかったら、許さないから」


☆★剣の女子高生★☆

 乃木・みさや(のぎ・みさや)は、レンのセリ市が始まってから、ずっとこの地下室の片隅にいた。
 セリに品を出すためであり、またいい出品物があれば、なけなしの小遣いで競り落としたいという気持ちもあった。
 よく動くかわいらしい黒い瞳は、絶えず会場内の物品に注がれていた。普通の女子高生といった彼女の外見からは想像できないが、その黒い瞳には鋭い鑑定眼が宿っているのだ。特に、刀剣・銃火器類において。
 みさやが刀を一本、背中に負っている理由がそこにある。
「あ〜あ、まだあたしのセリの番、来ないのかなぁ」
 午前の部はすでに終わり、午後の部が始まってかなりの時間が経っていた。こまごまとした他愛ない品が出品されるのが午前の部で、みさやの目に適うような出品物はなかった。彼女はお昼に売店でパンと紅茶を買い昼食を済ませ、午後の部に備えた。後半戦は、さすがに十万、百万単位を超える落札物が出るようになってきた。
 中央の特設リングより向こうに『ここはお金持ちさんたちが座る場所です』みたいな席があり、数人の客らしき人物が盛んに手を上げていた。その中でも一際目立つのが、羽織袴の老人。金無垢の杖を振り上げるたびに、セリ値も上がっていく。その隣りでキセルを吸っているのが、主催者の碧摩蓮だろう、とみさやは予想していた。
「さぁ、またしても醍醐先生の杖が振り上げられた〜!」司会進行のウッチャエがマイクで絶叫する。「大台の200万円だぁっ」
「210で行こう!」ライバルの客も負けていない。
「南方洋の小島で見つかった、この黄金の母子像。わずか1センチ、3グラムの首飾りに210万もの値がただ今ついておりますっ」
 ぶんっ、と再び醍醐大蔵の杖が振り上げられる。
「醍醐先生キター。300万っ」いまは杖一振りが100万アップの合図らしい。
「な、なに……。310だ!」
 セリ市は、そうやって次から次へと品物を捌いていった。買い物が終わった客が、帰ればいいものを帰らず、セリの様子を眺めていくので、地下室の人口密度が減る様子はまったくない。
 シルクロードを渡ってきた琵琶だとか、誰々作の磁器だとか、どこどこ出土の仮面だとか、そういったものには、みさやはそれほど興味を示さない。蓮の店の品物だから、平安の呪物や、血染めの衣、武将の遺骨、などの品もある。そのたびに場内がざわめいたり、歓声が沸き起こったりする。中国三国時代のある刀剣が出たとき彼女はピクンと反応したが、さすがに一発で偽物だとわかった。真偽定かでない品物も出品されるようだ。蓮の店が真贋を確かめないわけがないので、わざとそうやっている可能性が高い。
「乃木みさや様」
 ふと気づくと、そばに美しい女性が立っていた。青と白を基調としたマーメイドスカートのイブニングドレスを着て、なんとなく無機質な微笑をたたえて彼女を見ている。
「……はい」みさやは少し見とれながら、なんとか返事した。
「わたくし、鹿沼デルフェスと申します。乃木みさや様の出品のお時間となりました」
「あ〜、やっとあたし? 待ちくたびれちゃいましたよー」
「申し訳ございません」
「あたしの剣なんて、希望最低落札価格が1万円ですよ? いま、何百万の品物が出される時間帯なんじゃ」
「いえ、ご謙遜を。わたくしどもの鑑定では、その背負われている刀は、500万以上の値がつくことが予想されています」
「ふんふん、そうなの?」さすがに、この店には見る目を持った人間がいるようだ。みさやはちょっと満足したが、しかしこの剣は少々『難アリ』な品物なのも確かだった。もともと神社へ奉納するために彼女が作った一品だったが、神聖な空気に馴染まない、荒々しい刀ができてしまったのだ。買い手に渡すまで、みさやが持っているのも、危険を避けるためだった。
 しかし、500万円とは大げさじゃないだろうか?
 そんな大金、いままで持ったことないや、と彼女は内心びっくりしていた。それに、刀に貫禄がついたら買い戻そうかとも思っているので、あまり高い落札価格なのも困る。
「では、こちらへ」
 デルフェスとみさやの二人が控え室に入って準備を始めたとき、突然、地下室天井の蛍光灯がすべて消えた。


☆★メインイベントその1―刀★☆

 真っ暗な地下室に、ドラムのドドドドド――という音が響き始めた。
「さぁ〜、やってまいりました、みなさま!本日の目玉商品その1の時間ですっ」
 控え室から特設リングまでの花道が、パッパッパッと下から横からライトアップされて浮かび上がる。
 その道を、一人の少女が歩いてきた。乃木みさやだった。上から、今度はスポットライトが彼女に当てられる。背中に刀を背負い、照れ笑いを浮かべつつ、中央へと進む乃木みさや。店側の演出だったが、人前に出るとは彼女は予想もしていなかった。
「一見普通の女子高生、しかしホントは刀剣師。次の商品は、これですぞ〜!」
 カッチャエの合図で、巨大モニターに、彼女が出品する刀が映しだされた。
 おー、というざわめきが起こる。
「現役女子高生が造った、この刀。今回は特別に、出品者ご本人に来てもらったぞ〜。こんにちは、乃木みさやさん」
 ウッチャエにマイクを向けられて、慌てるみさや。会場はいま暗くなっているが、明るかったらもっと緊張していたことだろう。
「こ、こんにちは」
「今回出品された刀は自作だそうだけど、特徴などあるかい?」
「特徴……ですか。えっと、長さは二尺四寸、反りは四分、目釘穴は二個で鎬造り。一応、うちの兼綱って銘が入ってますが――失敗作です」
「はっ。失敗作を出品しちゃったんだ〜。いまどきの子は、やるねぇ」
「いえ、そうじゃなくて。なんて言うか、すごく凶暴な刀ができてしまいました。使い手を選ぶ、というか」
「出来る主人しか背中に乗せない荒馬、みたいなモノですか?」カッチャエがウマい例えを出して訊ねた。
「ええ、そんな感じです。神社に奉納するつもりだったけど、それより誰か腕に覚えのあるような方に使ってもらったほうが、この刀のためにはいいかな〜って思って出品しました」
「切れ味は保障するかい?」
「保障します。切れすぎて困るくらい」
「じゃ、あれは切れるかな?」
 そのとき、地下室の蛍光灯が再び点灯した。司会者が指差すほうを振り返ると、そこには人の形をしたオブジェがいつのまにかセッティングされていた。一目で彼女には、それが鉄で鋳造されているものだとわかった。
「あたしは造る人間で、使うほうはそれほどでもないですけど――あれくらいなら」
 そう言うと、みさやは素早く剣を抜いて、オブジェに近づき、構えた。
 誰かの合図を待つまでもなく、ふっと力を落とし、刀を左下から右上へ逆袈裟に一閃させた。
 鉄のオブジェは斜めに切断されて、上半分が大きな音をたててリングへ滑り落ちた。
 一瞬、静まり返った場内は、次の瞬間、割れんばかりの歓声につつまれた。
「なんてことだぁ!なんて切れ味だっ!さぁ見たか聞いたか、みなの衆!うちの鑑定員も太鼓判を押したこの一品、そんじょそこらじゃ手に入らないぜー」
 拍手に包まれて、照れながらも、みさやは観客に頭をさげた。
「欲しいか?欲しいよな、レディース&ジェントルメ〜ン!さぁ、最後に出品者へ聞いておこう。みさやさん、希望開始金額は、いったいいくらだい?」
「えーっと――新春だし、1万円で」
「なんという太っ腹!いや、失礼。1万円から、セリをスタートだぁ。さぁ、お客さん、どうぞ!」
 そのとき、特別席から、ちょっと待てぇ!、という大声が発せられた。
「わしは、醍醐大蔵じゃ。お嬢さん、なかなか良い刀を造っておるの。わしが、1000万円で、買おう。どうだ、わしと競り合うライバルはいるかの?」
 一千万と聞いて、会場は再び沈黙した。他に誰も手を上げる者がいなかった。
 メイン出品物その1は、こうして即刻落札された。


☆★メインイベントその2―ドレス★☆

「大蔵チャン、まだお金は残ってるでしょうね?」
 審査員特別席、醍醐大蔵の横でキセルを吹かす碧摩蓮が、そう言った。
「ガハハ!もうだいぶ使ってしもうたの。5千万ほど持ってきておったのだが」
「いまから部下に頼んで追加資金を持ってきてもらったら? 次のは、もっと高いよ」
「品物はなんだ? 蓮ちゃん」
「ドレス――とっておきの、ドレスよ」
「うーん……そういうのは、わしの趣味じゃないのぉ」
 蓮は横を向いて、醍醐大蔵の顔をじっと見つめた。
「あたし、いつも思ってたんだけど、大蔵チャンって――なにか秘密があるね。お金にものをいわせてアレコレ買い漁ってる変な老人、というのは、その一面でしょ? あんた、本当に欲しいものは何なの?」
「わしが本当に欲しいもの、か」
「不老不死の薬?」
「ガハハ!こりゃ、参ったまいった。蓮ちゃんには敵わんのぉ。けっこう当っておるぞ」
「そりゃ、お得意さまのこと、少しは調べるからよ。あんたに、幼い孫娘がいることも知ってる」
「老人の遊びよ。あんまり詮索せんことじゃ、蓮ちゃん」
「今日の最終出品物を見れば、あんたの考え、変わるかもね」蓮は薄く妖艶に微笑んだ。

「さぁ〜、本日のメインイベント、その2だー。みんなぁ、準備はいいかぁ?」
 室内の照明が再び落とされ、真っ暗になった。花道だけが、一筋の光の道として、浮かんでいる。
 その道を、今度は鹿沼デルフェスが楚々としたなりで歩いてきた。歩くだけで、かぐわしさを感じるほど、その姿は決まっていた。
「ご登場いただいた方を紹介しよう!アンティークショップ・レンの店員として活躍中の、鹿沼デルフェスさんだっ。今回は、彼女が着ているそのドレスが競売されるぞっ。その美しい顔ばかり見てないで、ちゃんとドレスを見ろよなー」
 笑いが起こる中、デルフェスはリング中央で立ち止まり、お辞儀した。
 デルフェスは、外見は19歳の美麗な女性だが、実は中世ヨーロッパ時代に錬金術によって某国の王女をモデルに創られた真銀(ミスリル)製のゴーレムだった。特殊加工の皮膚と、スタンダロンな自己人格があるため、すぐにそれとはわからないのだが。
「素敵なドレスだね、デルフェスさん。いかにも高そうだ」
「わたくしの父パラケルススより贈られたドレスですわ」デルフェスは優雅に答えた。「縫製や装飾品は正真正銘16世紀のもの。手放したくはないのですが、大切に着てくださるかたがいらっしゃるのなら、喜んで提供するつもりです。今回のセリ市も大いに盛り上がるでしょうし」
「なるほど!すばらしい決断だよ、それ。おかげで、がっつんがっつん盛り上がってるよ〜、なぁ、みんな!」
 おー、と客が勢いよく反応した。
「あっちのおじさんなんか、鼻の下伸ばして、落札してやろうって意気込んでるよ。こっちからも見え見えさっ。他にも、目をギラつかせた客たちがいっぱいいそうだ。おい、カッチャエ、誰かひとりにインタビューしてみてくれ」
「わかった、兄貴!もしもし、そこのお金持ち風なかた、あなたはあのドレス、欲しいですか?」
「そりゃ、欲しいさぁ」
「いくらまで出します?」
「さ、300万までは持ってきてるぞ!」
「頼もしい返答です」
「1つ聞きたいのだが――落札したら、その場でドレスは脱いで渡してもらえるのか?」
「お客さ〜ん、そんなことしませんよっ。変なこと言わないでください。それに、あなたが着ちゃだめだよ。娘さんのプレゼントにしてあげてね」カッチャエが客の肩をポンポンと叩いた。
「さぁ、質問が終わったところで、デルフェスさんに確認しようか。希望最低設定金額は?」
「100万円」デルフェスが返答した。
「OK。それでは、100万円から、スタートッ!」

 蓮は、ドレスには目もくれない醍醐大蔵に気づいていた。
「孫娘さんへのプレゼントにしてあげたら?」
「そんな小娘はおらんよ、わしには。――生涯、ひとりだ」
「うそ。大蔵チャンとは、似ても似つかない、かわいい孫がいるでしょ」
「知らん。わしにとっては、蓮ちゃんが孫みたいなもんよ」
「じゃ、遺言書で、遺産はすべて碧摩蓮に残す、って書いてくれるかい?」
「ダメじゃ」醍醐は顎鬚をさすって、苦笑した。
「やっぱり。でも、余命がそれほどないんでしょ、あんた?」
「そうじゃ」なぜ知っているのかと驚くふうでもなく、淡々と大蔵は答えた。


☆★メインイベントその3―換石の術★☆

 結局、デルフェスが出品した、マーメイドスカートのイブニングドレスは2180万円で、あるネット会社オーナーが落札した。
 ドレスは後日、その女性社長へ送られることになる。
 地下室の熱気は、すでに最終段階に入っていた。最初からいた客の中には、疲れて居眠りしている者もいる。
「さぁー、会場のみなさん。長く続いたセリ市も、ついに最終品目になってしまったぞ。なんだか、寂しいね。最後の出品物については、いまリングに上がってもらっている鹿沼デルフェスさんから話を伺うことにしようか。ちゃんと聞くように。では、よろしくっ」
 デルフェスはマイクを渡され、一人でリングに残された。
 少し間を置いてから、彼女は話し出した。
「本日最後の品について、ご説明します。これです」
 デルフェスが両腕を胸の前でクロスさせて何かを念じると、彼女の頭上に青い炎が立った。
 瞬間、彼女は飛び跳ねた。右手で空中からその炎を奪い取るような動作をすると、右手が青い炎で包まれた。
 何も音はしない。燃えるような匂いもない。ゆらゆらと青い炎が彼女の右手を包み込んでいる。
 客のあいだから、どよめきが起こった。
「換石の術、とわたくしはこれを呼びます。普段、この術は目には見えないものです……」
 この術は錬金術の錬成の一種で、あらゆる物体を一定時間(一瞬〜数十年)ダイヤモンドよりも硬い石に変換するというものだった。デルフェスが自分で自分に術をかける場合は、硬化したのちも意識は残るので自在に術解除ができる。しかし、他者に術をかける場合は、意識を失うため、任意に術を解除できない。他者にかける場合、効果持続時間を設定する必要がある。
 デルフェスは観客に、『この出品物』についてそうやって説明を続けた。
「使い道はいろいろありますが、こういうのはいかがでしょうか。現在の医学で治療できない病魔に侵されているひとが、冷凍冬眠の代わりに使う。意識はなくなりますが、体は一瞬でダイヤモンド以上の硬度を得ることができるので、延命に使えるわけです。解除は、本人の設定次第で、一瞬から数十年。将来、医療が発達しただろう時代に目覚めるわけです。下手な冷凍睡眠より安全です」
 ざわつく客席をよそに、デルフェスは蓮たちがいる特別席を見上げた。
 醍醐大蔵と目が合う。彼が、余命いくばくもないことは調査済みだった。ほとんど、大蔵に呼びかけているようなものだった。
「この術自体をお譲りしてもよろしいんですが、それだとわたくしの能力がなくなってしまうので、使い捨てパックを作ります。この青い炎が、それです。これを使って、自分で自分に術をかけてください。硬化時間を設定するのをお忘れなく」
 上から大蔵が声をかけてきた。
「おい、鹿沼デルフェスとやら。ほんとに、ダイヤより硬くなるというのか? わしは信じられんぞ」
「信じられないのはごもっともです。ですから、見本をお見せします。あの――蓮さま、よろしいでしょうか?」
「はぁ? あたしで試すつもり、デルフェス?」上からチャイナ服の蓮が呆れた声を出した。
「すみません」
「ま、あんたの術のことはすでに知ってるけど。遊ばれてるわ〜、あたし」
 蓮がゆっくりと舞台までやってきた。蓮とデルフェス。並ぶと、東西美女の共演といったところだった。
 デルフェスが椅子に座って、では、と言って左手で蓮の腕に触れた。蓮はキセルを咥え、優雅な立ち姿のまま一瞬でかたまってしまった。そしてデルフェスのほうは、術をかけた途端、意識を失ってしまった。
 それはまるで、金属を削って生まれた麗しき彫刻と、製作に疲れた香しき彫師が並んでいるような場面だった。
 醍醐大蔵が降りてきて、蓮の腕に触れた。確かに、この世ならざるほど硬そうだった。
 コツコツ、と大蔵はなおも腕を叩いた。
「いたたっ!大蔵チャン、もう術は解けたんだから。それに、固まってても意識もあるんだよ」10秒で元に戻った蓮が悲鳴を上げた。
「おお、すまんすまん」
 デルフェスも、設定時間をすぎて意識を取り戻した。術を他者にかけているうちは、こうして意識を失っているわけだった。
「どうですか、信用していただけますか?」
「うむ、そうじゃな。いやいや、もともとあんたらを疑うつもりはないんじゃ、わしは」
「みなさま!」デルフェスが問いかける。「いかがでしょうか? これが、本日最後の商品です。力の消耗が激しいので、簡易パックは1つだけ。本人使用で1回のみ、この場で有効です。セリを始めたいと思います」
「最初の設定金額は、いくらかの?」大蔵が聞いた。
「1億円です」デルフェスが答えた。


☆★矛と盾★☆

 1億円と聞いて、会場はシーンと静まり返った。
 さすがにここにいる連中では、現金で持参してきているわけがない金額だった。
 原則、レンのセリ市は現金払いである。いわくつきの品物が多いので、後日支払いとなると、出さない客が出てくるからだ。
「この最終品目のみ、お支払いは後でも結構です」
 それを見透かしたように、デルフェスがそう告げた。しかし、誰も競り落とそうとする者はいなかった。
 デルフェスは、青い炎の右手を頭上に掲げた。落札者を狙っているかのように。
「どうなの、大蔵チャン? 買う気ない? もう病のこと、隠してるときじゃないと思うな」
 蓮に言われた大蔵は、その青い炎を見つめたまま、熟考していた。
 決断のとき。
「1つ条件がある」大蔵が言った。「これで数十年眠ってしまうのなら、いまが最後の瞬間となる。1つ試してみたいのじゃ」
「何を?」と蓮。
「さっき、あのお嬢さん――乃木みさやちゃんから買った刀、あれを使う」
「あたしぃ?」会場の隅で舞台上を見守っていたみさやはびっくりした。呼ばれて、リング上へあがる。
 みさやは、まだ刀を背にしていた。帰るときに、大蔵へ渡す段取りになっていたのだ。
 大蔵は、デルフェスの炎と、みさやの刀を眺めた。
「どちらが強いか。デルフェスちゃんの硬化か、みさやちゃんの刀の切れか。最後にそれを試してから、わしは長い眠りにつきたい、そう思ってのぉ」
「え?」
「術でわしはカチンコチンになる。そこへ、刀で突きを入れてもらう。術の盾か、刀の矛か。面白そうじゃとは思わんか? もし、その願いを受けてくれるなら、わしがその術を買おう。3億出して」
「3億円っ!でも、そんなことして、どうすんだい、大蔵チャン? もし術が偽物なら、死んじゃうよ?」
「ガハハ! 言ったろうが、老人の遊び心じゃて。責任はわしが取る」

 すべて、条件は揃った。
 店の売り上げも、満足な結果。客の興奮も最高潮。大蔵が捜し求めていた物も見つかった。
 あとは、孤独な老人の『お遊び』につきあうのみ。
「用意はいいですか?」デルフェスが、青い炎を頭上に掲げた醍醐大蔵に訊ねた。
「よし、わしは設定年数を念じて、この炎に触れればよいのだな?」
「はい、そうです。そして乃木みさやさま、あなたには、硬化した醍醐さまを一刺ししていただきます」
「ホントは嫌なんだけどな〜。自分の作品に自信はあるけど、人様に向けて使いたくないし」みさやはスネた。
「何が起こっても、店側で責任は取りません。醍醐さま、重々お願いしておきます」
「平気の平左だ。わしが去ったあとのことは――あいつに任せておけばいい」
 隠していた孫娘らしき者のことを、ポツリと大蔵は言った。

 醍醐大蔵はその巨躯で立ったまま、上を見上げた。そこに、青い炎が浮かんでいた。
 反対側に対峙した乃木みさやは、さっと刀を抜き、鉄のオブジェを斬ったときと同様、剣を構えた。
 大蔵は、手にしていた金無垢の杖を地面に放り投げると、その空いた手を頭上へと伸ばした。
 そこに、炎がある。青い炎。
 触れると固まってしまう、青い魂。
 蓮、デルフェス、みさや、その他大勢の観客が、固唾を呑んで、その様子を見つめている。
 あと、少しで触れそう――
 触れれば、数十年、意識を失い、この世界から離脱する。
 あと、少し――
「ゆくぞ。さらばだ、諸君」
 大蔵が触れたそのとき、彼は仁王立ちのまま、完全に凝固した。
 あっという間もない、あっけない出来事。
 蓮が近づいて、鉱石以上に角質化した大蔵の皮膚にそっと触れた。そして叫んだ。
「さぁ、あなた、大蔵チャンにその刀を突き刺して! 真っ直ぐ、体の真ん中へ!」
 その言葉を聞いて、みさやは素早く行動した。
 巨像の前まで到達すると、奇声をあげて、横構えにした刀を、胃の辺り目掛けて突き刺した。
 誰もが――会場で見守っている者のみか、剣を持ったみさやでさえ、その刃は跳ね返されるだろうと予想していた。
 しかし――
「あっ!」
「なんてこと!」
 人々は、予想と反した事態を目撃することになった。
「きゃ〜っ」と声をだし、みさやはそこから不思議な力で跳ね飛ばされた。
 乃木みさやが作り、醍醐大蔵に落札された刀剣・兼綱は、深々と大蔵の体を貫いていたのだった。
 死――!?
 刀は瞬間、大蔵を貫き、そして飲み込まれた。
 刃は最後の煌きを放ち、大蔵の体の真ん中に刺さったまま、青い炎に刹那のあいだ包まれ、そして固まった。
 刀も、大蔵の体と同じ材質へと変化したようだった。
 つまり、同化したのだ。
 そこには――刀を腹に突き刺したまま仁王立ちする、老人のオブジェが残された。


☆★短いエンディング★☆

 そこは、何処とも知れない場所にあるアンティークショップ・レン――
 初めて来たとおぼしき少女が、店の奥にある、なかなか売れない物品が陳列してある場所にいた。
 少女は、とある珍しい造形のオブジェをしげしげと眺めていた。
 そのオブジェをあらゆる角度から眺めまわし、さわったりしている。
 買う気があるのか、どうなのか。
 店員の鹿沼デルフェスは、少女の様子が気になって、さっきから彼女を観察していたのだ。
 こちらから声をかけようと思った矢先、彼女がデルフェスに言った。
「これ、いくらですか?」
 あどけない少女は、そういってオブジェをゲンコツでコンコンと叩いた。
 そのオブジェは、新春のセリ市で、最終商品『換石の術』を購入し、使用した醍醐大蔵その人そのものだった。 
 いまは、ただの硬い塊にすぎない。しかし、数十年たてば、術が解け、大蔵は蘇る。
 蘇ったとき、刀が突き刺さった大蔵がどうなるのか議論したが、そのときにならないとわからない、というみなの結論だった。
「非売品なんです。申し訳ありません」
 本当はあのとき、碧摩蓮は、そのオブジェすら売ってしまえと、セリにかけたのだ。
 幸い、誰も買い手がなかったし、デルフェスが頼み込んだので、醍醐オブジェはこの場所へ置かれることになった。
 数ヶ月たったのちも、引き取り手はないのだ。
「非売品ですけど」デルフェスは続けた。「関係者の方には、もちろんお渡しできますよ。失礼ですが、あなたは――」
「いえ、値段が聞きたかっただけです」少女は答えた。「非売品なら結構。こんなの、欲しいわけないし」
 そう言って醍醐オブジェのスネを足で蹴ると、少女はにっこり微笑んで、店をあとにした。
「あの少女は……ま、詮索はしないってことよね」
 デルフェスはそう呟いて、これから先何十年も仁王立ちを続けるだろう醍醐大蔵の像を見上げた。
 


  <了>




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

☆2181/鹿沼・デルフェス/女性/19歳(463歳)/アンティークショップ・レンの店員

☆2411/乃木・みさや /女性/16歳/刀剣も作る女子高生