コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


1.ネクロ・カウンター ――vsギルフォード

■ヨハネ・ミケーレ編【オープニング】

「――探偵。”満月に病める町”から、再びSOSが来ていますよ」
 ゲルニカ内の草間興信所にて。
 机で頬杖をつき、物思いにふけっていた少年探偵――探偵に、青年助手――助手は告げた。その手には、割られたばかりの言霊を持っている。
 探偵は助手に視線を合わせると。
「満月の夜に起こる、狂気的殺人事件?」
 それは以前にもあったことだった。そしてその事件を、探偵は一度解決している。
 助手はYesを飛ばして続けた。
「しかも多発、です。これは明らかに――ネクロ・カウントでしょう」
「ふん」
 探偵は鼻を鳴らして応える。
 ネクロ・カウント――それは死体の数を競うゲームだ。ただしプレイヤーは、自らの手を汚してはならない。あらゆる策を講じて、人を死に追いやってゆくのだ。
「しかし一体誰が”あいつ”と……」
 助手の表情が暗く沈んでゆくのを、探偵はただ眺めていた。
 ネクロ・カウントを楽しもうとする者など、”あいつ”しか考えられない。現に以前ネクロ・カウントが行われた時、それを競っていたのは”あいつ”と――医学探偵だった。しかし医学探偵は、そのゲームに負け既に殺されている。2人は互いの命を賭け、勝負していたのだ。
 助手の視線が、ゆっくりと事務所奥のドアへと移る。その部屋の中には、探偵のために命を賭けて”あいつ”を殺そうとした、医学探偵の遺体が飾られていた。
「――もう、僕のために命を賭けようなどというバカ者は、誰も残ってはいないのだ」
 助手の視線を引き戻すように、探偵は口を開いた。
「だから今回の事件は、本当にただ単純に、楽しんでいるのだろうさ。そしてだとしたら1人、思い浮かぶだろう?」
 探偵と目を合わせた瞬間、助手は閃いたように手を叩く。
「ギルフォード! ……さん、ですか?」
「ご名答」
 嬉しそうな顔をした助手に、探偵は苦笑を返した。
「邪魔をしに行くかね?」
「もちろんです!」
 ネクロ・カウントは、第3者にその策を見破られた時点でゲームオーバーとなる。つまり互いが死体の数を競っているのと同時に、その策の完成度をも競っているのだ。
 それを邪魔するということは、見破ろうとすること。それが狂気的殺人事件の解決にも繋がる。
 そしてこのゲーム自体、”あいつ”が今現在その町に存在しているという何よりの証拠だった。
 探偵は立ち上がり、机上の帽子を手に取った。
「――さあ、追いかけごっこを始めよう」



■旅立ち【都内某ビル:屋上】

(どうして僕はここにいるんだろう?)
 さいわいながら、僕がそんなふうに戸惑うことはなかった。それどころか、ここにいることが初めてではない気さえしてくる。
(あらかじめ、わかっていますからね)
 ここは定められていた場所。そして定められていた――
「――約束の時間ですね」
 そう、時間であるということ。
 それを口にした少年・桂(けい)さんは、自らを囲む僕たち――8人を見回した。手にしている銀時計が、キラリと光る。
「これからどこへ行くのか、わかっていますよね?」
 同じ声に、皆一斉に頷いた。もちろん僕も。
(からくりは簡単だ)
 前に一度”ゲルニカ”を訪れているセレスティ・カーニンガムさんに、話を聞いているからだ。
(そして僕も、行ってみたいと思った)
 不安はある。
 そこは不条理な世界で、教皇庁のツテも師匠の存在も(多分)ないのだ。共に旅立つ仲間ですら、一歩踏み込めば敵に変わるかもしれない。
(頼れる者は、自分だけ)
 そんな世界を経験したら――僕はもっと精神的に大人になれるんじゃないか?
 甘やかされて育ったわけでは全然ないけれど、僕はそんなふうに思った。
”人生たるもの、時には自分を追い込むことも必要である”
 それが誰の言葉であったのか忘れてしまったけれど、僕は真理と受け止めている。
 桂さんは全員が頷いたことを確認すると、言葉をつけたした。
「自己紹介はいりませんよね? それも既に、わかっているはずです」
(――え?)
 その言葉には、僕も戸惑う。確かに、前回セレスさんと共にゲルニカへと旅立った人たちのことならば聞き及んでいるけれど――しかし順に見ていくと、確かに桂さんの言うとおり僕は”わかって”いた。
(これも”あいつ”さんのせい?)
 その感覚に思い出す。そういえば僕は、おぼろげながらもゲルニカがどんな世界なのか、セレスさんに聞いた以上に理解できている。
「確認作業は無駄だというお達しのようです。こうしている間にもゲルニカは動いていますからね。早く、行きましょう」
 僕たちを急かしながら、桂さんは銀時計で空間に穴を開けた。それは空間を移動するためのものだ。
 素直にぞろぞろと穴の方へ向かう僕たちを、最後に桂さんは振り返って。
「どうしても確認したいなら、後ろの方を見るといいですよ」
 そんなことを告げた。何人かが、後ろを振り返った。



■状況整理【ゲルニカ:草間興信所】

 ゲルニカの草間興信所には、草間・武彦さんは存在しない。代わりに少年探偵さんと青年助手さんがいて、仕事をこなしている。――そう、聞いていた。
「…………また、人が増えたな」
 事務所を訪れた僕たちを見て、心底不快そうな顔で告げたのは探偵さんだ。
「”あいつ”なりに、多くの人との関わりを求めているんでしょう」
 さらりと答えた桂さんに、探偵さんはより鋭い視線を送る。
「――時計。君はこんな所にいていいのかね? 死体の数を数えるのは君の役目なのだろう?」
「!」
 その場にいた全員が、一瞬にして桂さんを捉えた。その視線の先で、桂さんはクスリと笑う。
「確かにボクは、審判としてゲルニカに来ています。完全なる傍観者は意外と少ないですからね。――でも、だからこそどこにいても”わかる”んですよ」
 その悟りは、僕がこれまでに何度か感じたことのある”わかる”と同じ種類のものだろう。わからせているのは他の何でもなく、”あいつ”さんだ。
「……なるほど」
 今度は探偵さんが笑った。
 その隙をついて、助手さんが僕たちを促す。
「さあ、立ち話もなんですから、皆さん座って下さい。”満月に病める町”で起こっている事件について、詳しく説明しましょう」
 その機会を、じっと窺っていたようだった。



 僕も含めて、6人がソファに腰をおろした。テーブルを挟んで2つあるソファは、もちろんそれだけで満杯だ。桂さんは既にいない。そしてそれ以外に――
(2人、減っている)
 その事実を、いちいち口にする方はいない。この世界での行動はすべてが自由。”あいつ”さんの手の平で踊らされていながらもある程度は自由であることを、誰もが知らず理解しているからだ。
(だからこそ、僕は覚悟した)
 共に旅立つ皆が、必ずしも仲間であるとは限らない――と。
 皆がそれぞれの場所に落ち着いた中、探偵さんは本来草間さんが座っているはずの場所に、偉そうに腰かけていた。そして早口に告げる。
「――さて、僕としては早く向こうに行きたいのでね。質問は1人1つとさせていただこう」
「向こうというのは、”満月に病める町”のことですか?」
「そう。……君の権利はこれで消滅した」
「あ」
 探偵さんの口調につられ、さらりと問い掛けてしまった僕。
(うー)
 我ながら、がっくり。
 慣れない雰囲気は、思い切り僕を呑み込んでいた。
 すると隣のセレスさんが、僕をフォローするように問い掛ける。おそらくこの短い時間で弾き出された、最良の問い。
「現在の”満月に病める町”の状況は?」
 探偵さんは軽く頷くと。
「満月のたびにかなりの人数が死んでいる。だがおそらく、”あいつ”とギルフォードのゲームは終わっているはずなのだ」
「?!」
 息を呑んだだけで、誰も喋らなかった。1度きりの質問のチャンスを、じっと窺っているようだ。
(うっかりさんは僕だけですか……)
 ――いや、もしかしたら皆、そんな僕を教訓としたのかもしれないけれど。
 感嘆符すら控えようとする皆を見て、探偵さんは「ふん」と鼻で笑った。
「賢明な判断だな。続きは自動的なのだから」
 空気はピンと、張りつめたまま。
「結論から言おう。今回のネクロ・カウントには、複数の参加者がいるようだ。調査の結果ギルフォードは明らかに反則負け――それでも殺人が続いているところを見ると、そうとしか考えられない」
「……反則負け、ですか?」
 慎重に言葉を発したのは、アイン・ダーウンさん。置いた間から、それが考え抜かれた問いであることがわかる。
 それに答えたのは、探偵さんではなく助手さんの方だった。
「”ネクロ・カウントは第3者にその策を見破られた時点でゲームオーバーとなる”――こういうルールがあるのは当然ご存知でしょう? ですがギルフォードさんは、そのルールに最初から無頓着だったのですよ」
 その表現に、探偵さんは笑って傍らに控える助手さんを見上げる。
「無頓着、か。相変わらず面白い表現をするな、君は。まあ間違ってはいないがね」
 それからこちらに顔を戻して。
「ギルフォードが他人に人を殺害させる方法は、少し調べただけですぐわかるようなお粗末なものだったということだよ。どんな方法かは、君たちの目で直接確かめてみればいい。彼はまだその方法で、殺し続けている」
「な……っ、止めないんですか?!」
 思わず口走ったのは巽・千霞さん。口を抑えた時にはもう遅かった。
 ふっと笑う探偵さんの目には、少しだけ淋しさが見えた。
「残念ながら、警察は死体の片付けと身元確認作業で大忙しなのだ。――あと、犯人逮捕でね」
(そういうことですか……)
 僕たちは大本の原因がネクロ・カウントを楽しむプレイヤーたちにあるのだということを知っている。それは他のすべてと一緒で、あらかじめ与えられていた情報だ(もちろん、”あいつ”さんによって)。
 でも実際にその渦中にある方々から見たらどうだろう? 直接手を下した人が犯人でしかありえない。まずは彼らを捕まえるのが、確かに筋と言えるのだ。
「じゃあさぁ、探偵がどうにかしたらー?」
 重苦しい雰囲気とは裏腹に、八尾・イナックさんの明るい声が飛んだ。
「それも残念ながら、無理なのだよ。”探偵”の仕事は謎を解くことと犯人を暴くことだけなのだ。犯人を拘束したり裁いたりする権限はない。だからこそ自由に動けるし、間違いが許される存在でもあるのだがね」
 それに合わせるように、探偵さんは明るい声で答えた。これで、まだ質問をしていないのは――視線を移した。
(志賀・哲生さん、だけですね)
 志賀さんは逡巡するよう視線を揺らしてから。
「――他に情報は?」
「いい質問だ」
 志賀さんの選んだ問いに、本気かどうかもわからない言葉が返る。
「ネクロ・カウントが3人以上の手によって行われていると考える理由が、もう1つあるのだ」
 ゴクリと息を呑む間を、探偵さんは置いた。
「死体の出ない殺人――いや、もしかしたら消えた子供らは殺されていないのかもしれないがね。満月の夜に子供が消える事件も多発している。いなくなった子供たちはまだ、誰一人として見つかっていない」
(子供までも、ですか……)
 慣れることができないのは、この雰囲気だけではない。次々ともたらされる衝撃的――悲劇的な情報にも、僕は慣れることができない。
(――いえ。それは……)
 慣れてはいけない。
 そんな部類のものだと、思った。
(どうか、皆生きていますように)
 握りしめた手で、強く祈る。
「う〜〜〜〜」
 そんな唸り声に目をやると、千霞さんが問いたそうな目で探偵さんを睨んでいた。
 探偵さんは当然それを察していて無視を決めこんでいたようだけれど。
「探偵、お2人にはチャンスを与えたらいかがですか?」
 同情を含んだ助手さんの声に、揺れる。
「――仕方がないなぁ。ならばさっさと言いたまえ」
 その言葉が出た瞬間、隣のセレスさんが僕の耳にそっと口を近づけた。
『”町”へ向かう前に、アトラスへ寄りましょう。探偵くんを誘ってみて下さい』
 一瞬のできごと。他の人は気がついていないようだ。僕も気づかれないように、小さく頷く。
(そうだ)
 ”2人”には、僕も含まれている。けれど僕には咄嗟に思い浮かぶ気の利いた問いなどなかったから、セレスさんのその助言はありがたかった。
 皆は千霞さんに集中している。
「その子供が消える事件を起こしてるのが、”あいつ”さんだったりしないんですか?!」
 探偵さんはゆっくりと――しかし確実に首を振った。
「”あいつ”はそんな生ぬるいことをしないのだよ。子供には手を出すかもしれない――が、だとしても僕を苦しめるために結果をばら撒くだろう」
 それは永い間”あいつ”と対立し続けている探偵さんだからこそ、出せた答えなのだろう。
「さてそこの神父。君が最後だ」
 ドキリとした。
 相変わらず急かすような探偵さんの口調に、僕は引きずられぬようゆっくりと口を動かす。伝えるべきことを、間違わぬように。
「えーと……僕たち、”満月に病める町”へ向かう前に、アトラス編集部に寄りたいと思っているんですけど……探偵さん、お付き合い願えますか?」
「!」
 それが余程意外な言葉であったらしく、一瞬探偵さんの動きがとまった。それから急に。
「あはははは」
 大声で笑い出す。
「笑いすぎです、探偵」
 そう助手さんが諌めるほど、探偵さんは笑い続けていた。それでもやがて落ち着くと、涙(笑いすぎたための涙だ)を拭いながら。
「いいだろう。君たちが望むのであれば」



■捜査開始【ゲルニカ:アトラス編集部】

 きっとこの道は、アトラス編集部へと続く道なのだろう。確信が持てないのは、向かっている場所は聞き慣れた名前であるのに、存在している世界はまるで違うからだ。
(殺伐とした、世界)
 きっと現実よりもずっと簡単に、人の命が奪われる世界。
 それはあまりにも、哀しい――
 僕は今年のニューイヤーコンサートで、リッカルド指揮者(識者でも間違いではないだろう)が口にしていた言葉を思い出していた。
『この痛みと紛争に満ちた世界に、平和が訪れるよう祈りながら、シュトラウスの音楽を奏でたい』
 それがゲルニカであっても、同じことだ。今ここにオルガンがあったなら、世界が変わるまで僕は弾き続けるだろう。
『喜び、悲しみ、希望を持つことは、人種や宗教、文化に関わらずすべての人々に共通のことです』
 それなのに何故、この世界はこんなにも暗闇に満ちているの?
 どうしてそれを忘れてしまったの?
(きっと”あいつ”さんですら)
 この世界に希望を持つことができるはず。
(どうか思い出して)
 そして世界に光を――
 その言葉を胸に刻んだ時と同じくらい、僕は祈りをこめた。このゲルニカという世界に。
(――ああ、なんてもどかしいんだろう)
 ここに鍵盤があったなら……
「――着くまでに、お話を訊いても構いませんか?」
 セレスさんが、ひとり前を歩く探偵さんに掛けた声。それによって僕は、理想から現実へと引き戻された。
 探偵さんは先を見たまま。
「”あいつ”がそれを望んでいるようだからな。癪でも答えねば、永遠にアトラスにはつけないだろうさ」
「え……?」
(永遠に?)
 それは探偵さんの行動いかんで、僕らの運命が決まってしまうことを意味していた。
 不安全開で呟いた僕を、探偵さんは歩きながら振り返り。
「場所と場所の距離なんて”あいつ”の意思ひとつで容易に変わるのだ。今僕たちがこうして歩かされているのは、”あいつ”に話す時間を与えられているだけにすぎない」
「ひぇ……」
(ここは”あいつ”さんの世界)
 それを改めて、思い知らされた。
「それで? 何を知りたいのだ」
「キミの”あいつ”に対する感情を」
「!」
 間髪入れず問ったセレスさんの言葉に、探偵さんは足をとめた。セレスさんは探偵さんを通り越し、振り返る。僕とセレスさんで、探偵さんを挟む形になった。
「――憎悪以外に、何があるのだ? それに今、この事件になんの関係がある」
「関係があるのは事件ではなく私の心証に」
「君の心証など、僕にとってはどうでもいいことだ」
「ええ、そうですね。たとえ私が死んでも、キミが哀しむ必要はない」
「セレスさん……っ」
 とんでもない可能性をあっさりと口にするセレスさん。耐え切れずに僕は名を呼んだ。
 探偵さんを通して見えるセレスさんは、それでも穏やかな表情をしている。
(大人、ですよね)
 僕にはとても真似できない。
「――ないのは必要ではなく、権利だ」
 その切実な響きに、僕は視線を探偵さんへ移した。
「そこの神父にあるものが、僕には存在しない。たったそれだけのことだろう?」
 まるで禅問答を聞いているかのような、2人の会話。もちろん僕はそのすべてを理解することはできない。
 けれど――
「何を――それほどまでに何を恐れているんです?」
 震える探偵さんの肩は、言葉よりも雄弁にそれを伝えていた。
 探偵さんの足が、再び動き出す。ゆっくりとセレスさんを通り過ぎたあと――
「自分の真の感情を、自分自身100%知ることはできない。だからこそ解剖探偵は、人体の中に”精神(こころ)”を探した。見て知ることができるなら、それがいちばんだから」
 それから小さく、付け足した。
「もしかしたらその衝動すら、僕のせいであったのかもしれない」



 そうして探偵さんは、過去の事件――”あいつ”さんと医学探偵さん(探偵さんは解剖探偵と呼んでいるようだ)が行ったネクロ・カウントのことを語ってくれた。
「”満月に病める町”で、狂気的殺人事件が起こっている」
 その話を聞いた時、探偵さんはすぐに医学探偵さんのことを考えたという。何故なら医学探偵さんは死体を解剖し”精神”のありかを探すことを趣味としていたからだ。
 黙っていても勝手に死体が出る町。そんな町に医学探偵さんが目をつけないはずはない。
 探偵さんにとって医学探偵さんは命の恩人であり友人であったけれど、しばらく2人は会っていなかった(特に理由はないそうだ)。
 そこで探偵さんは、その町へ行けばもしかしたら会えるかもしれないと、期待をこめて向かった。
 ――間接的には、会えた。
 目撃者や他の町民の話を聞いて、探偵さんは1つの仮説を立てた。そしてそれを、我が身をもって証明する。
 おもちゃ屋から買った、月の魔術から身を守るためのお守り。薬屋から買った睡眠薬(それは眠れない人用でもあり、または無意識に殺人を犯さないためにより深く眠るためでもあった)。そして、あえて用意しておいたナイフ(果物はオプション)。
 すべてが揃った満月の夜。惨劇の始まり。
 探偵さんは”あいつ”の幻覚を見て、助手さんを殺そうとしたという。けれどその首にナイフを突きつけた時、探偵さんは正気に戻った(探偵さん自身正気に戻れることを確信していたようだ)。
 すべてを看破した探偵さんは、2つの可能性に揺れながらもしかるべき場所へ報告する。しかしその解決が本当は間違っていたことを、探偵さんはあとから”確認”した。
(――そう)
 探偵さんはそれが間違いであるということを予感していて、告げたのだ。犯人は言霊屋と薬屋であると。
 すべては、医学探偵さんをかばうために――。
「怖くて確認できなかったのだよ。睡眠薬――もとい幻覚剤の痕跡を消す薬は存在するのか。もしそれが存在しなければ、真犯人は医者でしかありえない。医者が嘘をついていることになるから。そしてならば、何故医者がそんなことをする……?」
「…………」
 僕たちは答えられなかった。
 探偵さんも答えを期待していなかったらしく、すぐに続ける。
「僕にとって”医者”と呼ぶに値するのは彼だけなのだ。だから僕は最悪の可能性を考えた。そのままいくつかの町を過ぎ、やがてその可能性は現実として僕の前に姿を現す」
「医学探偵に会った……?」
 セレスさんの合いの手に、探偵は笑った。
「Yes。しかもその時既に、彼は本当の意味で犯罪者だった。事故とはいえ、人を1人殺していたからね」
「!」
 僕は思わず、胸の前で十字を切った。
「彼は僕の前に姿を現さなかった。すぐ傍に来ていることを、知っているはずなのにね。それで確信したのだ。”満月に病める町”で起きていた事件は、すべて彼によって仕組まれたものであったと」
 そしてネクロ・カウントだったのだと?
「ちょっと待って下さい。もしそれが”あいつ”さんとのネクロ・カウントのせいだとして……事件を起こしていたのが医学探偵さんだけなんておかしくないですか?」
(本当にそれがネクロ・カウントであったのなら)
 ”あいつ”さんの方も何か行動を起こしていなければおかしい。
 すると探偵さんは、自らを嘲るようにわらった。
「おそらく”あいつ”には確信があったのだよ。解剖探偵は必ず反則負けする、というね。だから”あいつ”自身が、動く必要はなかった」
「な……っ」
「僕が解剖探偵を死においやる――それが”あいつ”の仕掛けた罠だったのだよ」
(卑怯だ)
 そんな言葉を、呑み込んだ。
 僕が口にしてはいけない気がした。それが許されるのは――そう、探偵さんだけだ。
「では2人は、互いの命を賭けていたのですか?」
 既に医学探偵さんが亡くなっていることを仮定して、セレスさんが問う。
 探偵さんは、力なく頷いた。

     ★

 アトラス編集部へ着くと、探偵さんのカオで資料室に入れてもらえた。そこでふと気づく。
(セレスさんが探偵さんを誘った理由)
 それは探偵さんから直接過去の事件について聞くためでもあり、資料室へ入るためでもあったのだと。アトラス編集部でバイトをしているはずの桂さんがいれば別だったかもしれないけれど、いない以上探偵さんがいなければ入れてもらえなかったかもしれない。
 資料室で過去の事件のことをあさってみると、確かに探偵さんの話とほとんど違わないものが載っていた。それどころか、探偵さんが言わなかったことまで。
(医学探偵さんの遺体は、ホルマリン漬けにされて探偵さんのもとへ届けらていれた……?!)
 そんなことを、探偵さんには振れない。
「――気が済んだかね?」
 資料を読んでいた目を上げると、椅子にふんぞり返って座っていた探偵さんが声をかけてきた(どの椅子でもこうらしい)。
「今回の事件も、”あいつ”が何もしていないという可能性は?」
 冷静に様々な可能性を吟味するセレスさん。しかし探偵は、右手をひらひらと振った。
「ありえないね。参加者は3人以上だと言っただろう? ギルフォード以外の誰かは確実に動いているはずさ。少なくとも子供にちょっかいを出しているやつはね」
「でも、”あいつ”さんてそんなに勝負にこだわるタイプなんですか?」
(子供をターゲットにしてまで)
 勝ちたいのだろうか。
 するとそれも、探偵さんは否定する。
「いや、こだわっているのは勝敗ではなく賭けだろう。負けた方が自分に有利なら平気で負けるのさ。――今回の事件、何を賭けたのかはまだわからないが、自分に意味のない賭けなどするはずがない。君たちも、身辺を気をつけた方がいいかもしれない」
 それはあまりにも意外な言葉だ。
「心配、して下さるんですか?」
「自分のね」
 ニヤリと、笑った。



 それから僕たちはついに、”満月に病める町”へと向かった。
 その町はアトラス編集部から驚くほど近く――それなのに、なかなかたどり着くことができない。目の前に見えているのに。
「これも言わなければダメか」
 探偵さんが小さく呟き、最後の告白をする。
「僕の真の感情は僕にさえわからない。それはもう告げたことだ」
「はい、聞きました」
 僕が律儀に返事をすると、笑みをひとつ。
「でもね、”あいつ”の真の感情ならば、助手が知っているよ」
「!?」
「だが聞き出そうとしても無駄だ。助手は僕の懇願も聞き入れなかった。それどころか、”死んでも喋らない”とね」
「――助手さんはどうして、それを知ったのです?」
「それも”あいつ”の罠だったのだよ」
 探偵さんは即答した。
「ただそれを語るのは、僕の役目ではないようだ」
「え? ――あっ」
 気がつくと、僕たちは既に町の中にいた。



■情報交換【ゲルニカ:満月に病める町――町長の家】

「捜査本部を用意してあるのだ」
 そう告げて探偵さんは、どこかへ向かおうとした。けれど、偶然にも道端で先にこちらへ来ていた助手さん御一行と合流できた。
(――あれ、イナックさんがいないみたいだけど……?)
 訊いてみると、途中で急にいなくなったのだという。
 でも心配ばかりもしていられないということで、人数を増やした僕たちはまた探偵さんのあとに続いた。
 たどり着いたのは町長さんの家。どうやら町長さんが、探偵さんにSOSを送った張本人のようだ。
 皆が席に着くと、まず助手さんが口を開いた。
「本当に、ちょうどいい所に来ましたね、探偵」
「ふん。日頃の行いがよければ運さえも味方するのだよ」
 ウソかホントか判別のつかない言葉を返す探偵さんは、当然のように上座に陣取っている。
「調査は進んだのかね?」
「ええ、現場検証と訊き込み調査を」
「まともなことをやってるじゃないか」
 驚きとも呆れともつかない声音。いつものことなのか、助手さんは苦笑するだけで何も言わなかった。
「ではとりあえず聞かせてもらおうか」
「じゃあまずは私から」
 千霞さんが手を挙げる。道端で合流した時点ではなんだか顔色が良くないと感じたけれど、大分良くなったようでいつもの顔色に戻っていた。
「私と志賀さんで現場検証を担当したんですけど……現場に残された感情は、次のようなものでした」
 それから千霞さんが羅列したものは――驚愕&恐怖&苦痛、安堵&無念&怨恨&苦痛、恐怖&希望、悦楽&満足、歓喜&期待……
「その&はなんですか?」
 問い掛けたのはセレスさんだ。
「それらの感情を同時に感じた、ということです。混ざりすぎてわけのわからないものもありました」
「負の感情だけじゃなく、正の感情まであるんですか……」
(人が殺される時)
 そこに”悦楽”や”歓喜”が存在するなんて、信じたくはない。
 僕の呟きを聞いた探偵さんは、しかし当然のように告げた。
「驚くことはないさ。恐らくその半分以上がギルフォードの感情だろう」
「え?!」
「彼に逃げ回る趣味などない。町中を闊歩してターゲットを探しているよ。――まあ、明日になればわかるか」
 探偵さんはそれ以上ギルフォードさんについて語りたくないらしく、「終わり」というふうに手を振った。
「で? 訊き込みの方はどうなのだ?」
 アインさんと助手さんは顔を合わせると、助手さんがどうぞというようにアインさんを促した。アインさんは頷いて。
「どうもこうも、目撃者が多すぎて話になりませんよ」
「え?!」
 また、意外な答えだ。
「共通しているのは、”突然”人が人を襲った、殺した。この”突然”という言葉です。そして殺害の瞬間を目撃された人たちの半分以上が、既に逮捕され取り調べを受けているという話でした――が、逃げ果せている犯人の中には、ギルフォードの名前も挙がっていました」
「?!」
「だから言っただろう? 少し調べればわかると」
「ま、待って下さい探偵さん! ネクロ・カウントは間接的に殺めることもルールなんでしょう? 犯人に名前が挙がるということは、ギルフォードさんは直接――」
「それ自体は。別にルール違反ではないよ。ただカウントされないだけなのだ」
 挟んだ千霞さんの言葉に、あっさりと返した。
「そう――時計が、数えないだけ。それだけギルフォードは無駄な殺人をしているということだよ。自分が楽しむためだけにね」
 どこか諦めたような表情。おそらく最もどうにかしたいと願っているのは、探偵さんなのだろう。けれど現時点で探偵さんができることは、あまりにも少ない。
(――でも)
 皆に比べれば、僕も同じようなものだ。
 僕は小さい。
 この閉鎖的な世界の中にあってなお。
(だからこそ、成長する時)
 大したことはできないけれど、僕ができる範囲で一生懸命頑張ろう。
 これ以上死者が増えることのないように。
 先立った人々が、安らかに眠れるように。
(僕は祈ろう)
 この世界に、大いなる希望を――
 その時僕の脳裏では、こうもりが啼いていた。



■ゲームの始まり そして終わり【ゲルニカ:満月に病める町――道端】

 ついに訪れた満月当日。といっても、事件が起こるのは夕方から翌朝にかけてであり、少なくとも午前中はまだ平和なのだった。
(しかしだからといって)
 落ち着いては、いられませんよねぇ。
 夜のことを考えただけで、緊張と……そして少しの恐怖が訪れる。これで実際に夜になったら、僕はどうなってしまうんだろう?
 そんなふうに僕は、多分他の人とは違うことを心配し、頭を悩ませていた。
 するとアインさんが探偵さんに外の見回りを提案したので、僕も度胸付けにとついていくことにする。他に行くのはセレスさんだけで、助手さんと志賀さんと千霞さんは残ることとなった。



「――ところで探偵くん。1つ気になっていたことがあるのですが」
 町を見回り歩きながら、セレスさんが探偵さんに振る。
「なんだね。君はまたずいぶんと質問が多いな」
「僕の分の質問の権利を、セレスさんにあげたんですよっ」
 僕がそんなふうに口を挟んだのは――やっぱり初めの失敗が効いているからだろう。
(それに)
 うまい質問が思い浮かばないのもまた、事実だった。僕はまだ、理解する所までで精一杯なのだ。
 僕の言い方がおかしかったのか、探偵さんどころかアインさんまで笑っている。
「なるほど。それでバランスが取れているというわけか。――で? 質問は?」
「何故ネクロ・カウントのプレイヤーに加担する人が存在するんです? 他の多くの人たちを巻きこむことを知っていて……」
 セレスさんの問いに、探偵さんはこれまでとは違う笑いを見せる。
「それは他人よりも自分が大事だからなのだ。ゲームに協力した者は基本的には”殺されない”。それはルールではないけれど、殺してしまったらそこで作戦は一度終わってしまうワケで。そんな面倒なことをわざわざしないだろう」
 それはあまり、理解したくない理屈だった。
「殺される場合もあるわけですか」
 問い掛けたのはアインさん。
「作戦がバレかけた時、それを隠すために殺すことはあるのだ。あとは――それこそギルフォードのような方法を用いる輩がいるとね」
「あっ、ギルフォードさんがこ……殺している対象は殺した人なんですか……」
 ”殺す”という言葉は、口に出しただけでまるで罪を犯したように重かった。確認しただけで、少し後悔した。
 辺りはまだ、静寂に包まれている。これから起こる惨劇の、片鱗すら窺うことはできなかった。

     ★

「――あっ、探偵さん!」
 不意に呼んだ声に、皆の視線が移る。見ると千霞さんがこちらへ走ってきていた。
「どうしたのだ? そんなに慌てて」
「実はっ」
 息切れで続きを言えない千霞さんに、僕は嫌な予感を覚える。
(興信所から結構来ましたよね……)
 その距離をこれだけ急いで走ってきたと思えば――ただ事ではないだろう。
「落ち着きたまえ。まだゲームは始まっていないのだ」
 諭すような探偵さんの言葉に、千霞さんは激しく首を振った。
「志賀さんが……志賀さんが助手さんを連れてどこかへ行ってしまったんです……っ」
(?!)
 また、人が減った。
 しかも今度は明らかに、自分の意思で……。
 それにぼかされた”どこか”は、僕には一箇所しか思い浮かばない。助手さんを連れて行くような場所といったら……
 探偵さんも当然それをわかっているのだろう。けれどただ一言。
「――そうか」
 呟いた。
「そ、そうかってそれだけですか?!」
 その淡白な反応に、思わず突っ込みを入れる。しかし当然その態度には理由があって……それをセレスさんが教えてくれた。
「……なるほど、探偵くんには確信があるわけですね? 助手さんは”まだ”殺されないと」
「!」
 探偵さんは深く頷く。
「そのうち戻ってくるのだ。気にすることはない。私立探偵の方は、どうだかわからないがね」
「一体どうして、そんなことになったんです?」
 首を傾げるアインさん。千霞さんはやっと落ち着くと、町長の家での出来事を皆に話してくれた。



「――その会話のどこかに、彼にとっての”きっかけ”があったのだろうな」
 聞き終えた探偵さんはそんな感想を漏らした。「助手さんがかつて探偵さんを憎んでいた」という僕たちが思わず息を呑んだくだりにも、眉1つ動かさなかった。
(だとすれば)
 最初から知っていた、ということになる。
「もしかして探偵くん……助手さんがキミを憎んでいたことと、助手さんが知っている”あいつ”の真の感情には、何か繋がりが……?」
(!)
 セレスさんの推測に、探偵さんは自嘲気味に笑った。
「それは理由と結果なのだよ。助手はそれを知っていたからこそ、会ったこともない僕を憎んでいた。理屈は簡単だろう?」
「「「どこがですか……」」」
 僕と千霞さんとアインさんが、声を揃えて呟いた。
「そろそろ本部に戻ろう。夜になるまでは何の変化もないようだ」
 探偵さんが促すと、千霞さんが。
「あ、イナックさんは……?」
「色んな場所を捜し回ってみたんですが、見つかりませんでした」
 答えたのはアインさん。彼が散々走り回って捜したのだ。ただそれでも、見つけることができなかったから。
(志賀さんと同じように)
 それも当人の意思であるのかもしれない。

     ★

 夜――。
 ネクロ・カウントの始まりとともに、僕たちは外へ飛び出した。
 町はほんの数時間前までが信じられないほど、人であふれていた。
(――そうか)
 もしかしたら、閉鎖された空間にいる方が怖いのかもしれない。
 これから殺人を犯しそうな人を、見かけで判断することはできない。何故なら今回の事件のポイントは”突然”。それより前に判断できないからこそ突然なのだ。
(ただ)
 僕たちには千霞さんがいる。人の感情を読み取ったり、同調することのできる千霞さんが。だから僕たちは、見かけで判断するのではなく、中身で判断することができた。
「あの人! 殺しそうですっ」
「任せて下さい!」
「あっ、その人も!」
「OK」
 千霞さんの指差した人物が、次々に倒れてゆく(殺さないように、皆で気絶させているのだ)。僕も微力ながら、実は町長さんの所からこっそり失敬してきた(?!)やけに分厚く大きな本を振り回して、応戦していた。
「しかしこれ、わかっていたことですがキリがありませんね……」
 車椅子のため積極的には参加できないセレスさんが、ため息混じりに呟く。
「危ないっ!!」
 その後ろから突然斬りかかった男性を、アインさんが加速して吹っ飛ばした。ちょうど道の真ん中だったために、男性は100Mほど飛んでから着陸。もちろん意識はないだろう。
「ありがとうございます、アインくん」
「いえ、俺はこのために来ましたから」
 吹っ飛ばした方のアインくんはぴんぴんとしていて、力こぶを作るような仕草をした。
(かっこいいですねぇ……)
 非力な僕にとっては、やはり憧れの存在である。
 一瞬だけ、場が和んだ。
 そんな中、ふと千霞さんが呟く。
「ギルフォードさん……?」
 それに真っ先に反応したのは、やはり探偵さんだ。
「掴んだか。どっちだ?」
「多分――向こう」
 千霞さんが指差した。
「行ってみます!」
 その方向へ、すぐにアインさんが走ってゆく。恐ろしいほどのスピードで。
 もちろん僕たちもそれを追いかけた。先で見たものは――



 アインさんとギルフォードさん、そして何故か、W・1105――スカージさんが戦っている。私がそれをスカージさんだと判断できたのはもちろん、ゲルニカへやってくる前に会っているからだ。
 3人の戦いは高度すぎて、とてもとても僕たちには手出しできない。だから僕たちはとばっちりを喰らわぬよう気をつけながら、先ほどまでと同じように周りの危険因子を排除していっていた。
 そのうち、千霞さんがあることに気づく。
「そう……ギルフォードさんは、脅して殺させていたんですね」
 それは散らばった感情を紐解いた答えなのだろう。
 肯定するように、探偵さんが言葉を付け足す。
「そのうえで、殺した奴を殺していた、というわけさ。バレないワケがないだろう?」
 襲い掛かる人を器用に気絶させながら。
(だから)
 見ればわかると言ったのだ。さすがにそれは、何の説明もいらない事件。
(でも――)
 できれば、それは見たくない部類のものだった。
 3人の戦いはさらに激しさを増していた。その辺りの殺人者予備軍は大体取り押えることができたけれど……アインさんに加勢することは、とてもできそうにない。
 ――と。不意に1人の攻撃対象がずれた。
「探偵さんッ!?」
 叫んだのは、誰だったろう。
「危ない――ッ!!!」
 スカージさんが探偵さんに向かって突っ込んだのだ。今度こそ、アインさんも間に合わなかった。
 辺りが静まり返る。ギルフォードさんですら動きを止め――何故かニヤリと笑っている。
「探偵さんっ!」
 呼んだのは千霞さんだ。しかし駆け寄ったりはしなかった。砂煙で何も見えなかったからだ。皆が黙って、それが収まるのを待っている。
 やがて少しずつそれが晴れ、黒い影が見えた。
「よかった、無事でしたか」
 口にしたそれは、ある意味間違っていた。
「――?!」
 その影が本当は影ではなく、人そのものであることに気づくのに、かなりの時間を要した。
「まさか――」
(”あいつ”さん?!)
 立ち尽くす彼の後ろを見ると、探偵さんが転がっていた。起き上がる様子はない。気を失っているのだろうか。
(――でも)
 もしかしたらそれで、良かったかもしれない。
 黒い”あいつ”さんはゆっくりと右手を伸ばすと、僕たちに一枚の紙を見せた。その紙には、神経質そうに角張った文字が書かれている。
『もう1人の”方法”も破られた』
 それはゲームの終わりを意味していた。
「なんでぃ、結局あんたの勝ちかよ」
 ギルフォードさんが残念そうに吐き捨てる。もうこれ以上戦う気はないようで、その手を下ろしていた。
「で? あんたは何を殺すんだ?」
「?!」
(2人が賭けていたのは)
 何かの命……?
 すると”あいつ”さんが持っている紙の、文字が変わる。
『すでに向かわせた』
「ハッ。準備のいいこって」
 ギルフォードさんは言い終わると、俺たちに背を向けた。
「そこのゴーレムが、あんたに用あるらしいぜ? じゃあな」
 少し振り返ってそう告げると、そのまま歩いていってしまった。
 皆の視線が、そこのゴーレム――スカージさんに移る。
「てめぇに会いたかったぜ」
 真っ直ぐに”あいつ”さんを睨んで、スカージさんが告げた。言葉をなんと無視して、”あいつ”さんは歩き出す。――スカージさんの方へ向かって。
「なんだ? やんのか?」
 しかし”あいつ”さんはスカージさんの横を通り過ぎ、ギルフォードさんが歩いていった方向と同じ方に、そのまま歩いて行った。
「待てよ!」
 スカージさんが追いかける。――途端。
「え?!」
 2人の姿が視界から消えた。
「…………」
 呆然と立ち尽くす私たち。
「探偵くん! 大丈夫ですか?!」
 そんな中声をあげたのは、やはり冷静なセレスティさんだった。
「う……」
「しっかりして下さいっ」
 声をかけると、意識を取り戻したようだった。
「すみません、俺がついていながら」
 謝るアインさんを。
「でもさっきのは仕方ないですよ。本当にいきなりでしたから……」
 僕は慰める。
(不可抗力、ですよ)
「頭を打ったりしていませんか?」
「ああ……大丈夫だ。一体何が……」
 さらにセレスさんが問うと、答えるよう身体を起こした探偵さん。僕たちは思わず顔を見合わせるけれど、誰も何も言うことができない。
(言わない方がいい……ですよね)
 それは暗黙の了解だった。
「――ゲームが終了しましたよ」
 探偵の後ろから、不意にした声は桂さんのもの。
「”あいつ”が勝ったのか? 何を賭けていた」
 下半身は地面についたまま振り返った探偵さんは、そんな言葉を口にした。一瞬ドキリとしたけれど、どうやら話を聞いていたわけではなさそうだ。
 いつの間にかそこにいた桂さんは、何故か淋しそうに笑って。
「”一度死んだ者を殺す権利”――だそうですよ」
「?!」
 それを聞いた途端、探偵さんは立ち上がり走り始めた。
「探偵さん?! 無理をしては……」
 すぐにアインさんが追いかける。
(そうだ)
 アインさんの足は速い。探偵さんがどこへ向かおうとしているのかわからなかったけれど、アインさんに連れて行ってもらえばいい。
 アインさんももちろんそう思ったようで、2人は先に目的の場所へと消えた。
「草間興信所ですよ」
 これからどうしようかと迷う僕たちに、桂さんが声をかける。
「! ではまさか、医学探偵さんの遺体を……?!」
 そのセレスさんの言葉に、僕も気づいてしまった。
”一度死んだ者を殺す権利”
 既に亡くなっている、医学探偵さん。そして探偵さんはその遺体を、大事に保管しているようだった。
(それならば)
 それが壊されたら――
 再び、顔を見合わせる。
 すぐにあとを追うことは、ためらわれた。



■再会【ゲルニカ:草間興信所】

 草間興信所には、助手さんも無傷で戻っていた。けれど代わりに傷を負っていたのは、やはり――
「こんなことをするために、僕に渡したのか!?」
 探偵さんはまだ、感情を抑えられずにいた。彼の腕の中にいる遺体には――首がない。
(医学探偵さんは、2度、殺された)
 そして2度とも、”あいつ”さんの思惑は成功だった。
 探偵さんは見る影もないほど傷ついている。
(復活は――もうない)
 死ぬことは生まれることと同意だ。復活するためには、一度死ななければならないという言葉すらある。
(けれどもう)
 それすらも望めない姿になってしまった。
 僕は静かに手を合わせ、握りしめた。それは祈るためのポーズだ。
(まさしく慰めの言葉にしかならないけれど)
”どうか安らかに”
 ――でも。
 2度切り裂かれた魂は……どこへ、ゆくのだろう?
 定型句では決して答えられない。
(少なくとも、今はまだ)
 僕はそう感じていた。
 ――こうもりはもう、啼いていない。

■終【1.ネクロ・カウンター】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

番号|P C 名
◆◆|性別|年齢|職業
2151|志賀・哲生(しが・てつお)
◆◆|男性|30|私立探偵(元・刑事)
2086|巽・千霞(たつみ・ちか)
◆◆|女性|21|大学生
0164|斎・悠也(いつき・ゆうや)
◆◆|男性|21|大学生・バイトでホスト
1883|セレスティ・カーニンガム
◆◆|男性| 725|財閥統帥・占い師・水霊使い
2525|アイン・ダーウン
◆◆|男性|18|フリーター
2266|柚木・羽乃(ゆずき・はの)
◆◆|男性|17|高校生
1286|ヨハネ・ミケーレ
◆◆|男性|19|教皇庁公認エクソシスト(神父)
2457|W・1105
◆◆|男性| 446|戦闘用ゴーレム
2430|八尾・イナック(やお・いなっく)
◆◆|男性|19|芸術家(自称)



■ライター通信【伊塚和水より】

 この度は≪闇の異界・ゲルニカ 1.ネクロ・カウンター≫へのご参加ありがとうございました。
 今回は皆さんの行動の幅が広く、人によってはまったく違う行動をとっていらっしゃる方もおりますので、長くて読むのが大変かもしれませんが、他の方のノベルも読んでみるとより楽しめると思います。
 さて、ヨハネ・ミケーレさま。初めてのご参加、ありがとうございます。なんだか唯一純な感じのキャラクターで、終始びくびくとしてしまいました(笑)。そしてちょっとどころか最初から最後までシリアスです。……よね?
 それではこの辺で。またこの世界で会えることを、楽しみにしています。

 伊塚和水 拝