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<東京怪談ノベル(シングル)>


言葉

 【解決】とは、もつれていた物事にけりをつけたり、問題に結論を出したりすること。また、その物事や問題が片付くこと。
 【対応】とは、相手に応じて物事をすること。、である。
 そしてダンナ様は、後者の方を彼女に課したのだ。(それがちょっと引っかかるけど)至って日常における考える顔を浮かべるのは、その日常との間に永遠すら見える、絶対吹雪の只中であった。極寒の冷気が殴るように意識を。
 しかし、彼女にとっては日常である。戦場が傍らである彼女にとって、それに付け加え彼女は、海原みたまは主婦見習いなのだ。――金の髪を獅子のように振りかざし、奇跡と運命が合わさった時にしか生まれそうにない美貌の持ち主なれど、それでも日常的な主婦見習いだ、未だに料理は娘にかなわないが。日常と戦場との婚姻を具象化した存在、とでも謳おうか。伴奏もいらずに。
 それた話を吹雪へ戻す。海原みたまは今何をしてる?歩いている。バケツよりも深い雪を踏みしめながら。そして今頃になるけれど、彼女の衣は薄手である。バナナを凶器に変える世界でありながら、厚さはミリ単位で下敷きくらいしかない。普通の体型の線がシルエットとして浮かぶ程。だがカイロを欲しがらない理由、これは魔法の防寒具である。
 正確には、大気に入り混じる不思議な力を《気合で》集めた魔法であるらしいが。
 海原みたまの能力、道具の120%使用。錆びれたナイフでさえ正宗に変え、火縄銃をマシンガン、そして、魔法の杖ですら、彼女自身に力が無くともその杖に秘められた力か、今やってるように周りから冷気を転用して扱える。誰でも出来る事では無いが、『誰でも出来るわよ』と彼女は言ってのける。
 けれど普通常人には無理だ、例えば今取り出した、この青い眼鏡にしたって、
 本来の力を引き出せるのは――ホワイトアウトの彼方に、廃村の光景が広がって、さらにもう一度、魔力を眼鏡に注げば、
 森があった。

【 ロシア北部の寒村とその周囲で人が連続集団失踪 】

 それが、
 ダンナ様の依頼。解決で無く、対応の依頼。
 みたまは足を踏み入れる。森、すでに吹雪は止んでいる。ここはロシア北部じゃない。
 青い眼鏡でしか見られぬ、此処は、
 ―――青い空に気付き見上げた次に、それを背景にした渡る風をみた次、葉と葉が擦れ合った次、まるで一つの大木がみたまに語りかけたような、次、
 まばたきよりも短い刹那には、彼女は完了していた。

 黄金の樹。

 遡れば、それは余りにも穏やかな経過。何一つ嫌悪の無い変化。薄手の服は優しく燃え尽きて、露になった肢体が、そろそろと固まる、定まる、血が流れる肌が、手で撫でれば優しい触りの樹に。木目もない、ただ美しい幹の上に落ち着いてる美貌の頭髪が、嵐のように舞い上がった。
 それは黄金の秋、燃える様な実り、一切を投げ打ち感謝する賛歌。一本の毛が一つの葉になれば、それが百と千と重なる。もう気がつけば、葉はおおいにしげっている。
 音がする、ざわわ、ざわわと。
 全身の感覚にすら響く音は、
 喜びだろうか。

 夏の森の緑の中で、黄金の秋としてみたまは降りた。落ち葉がワルツを踊りだし、栄華の夢が遠くへと。ひらひらひらり、ゆうくるる。葉が落ちて、葉が落ちて、
 言葉になる。(貴方が、)、(大元の?)
 さよう、と葉が舞った。聞きたい事があると、秋の樹は枝を揺らせば、
 全てを知っているかのように、樹齢を重ねた大木は、『ある者に教えられ、ここに』
 地球上では無い、ここに、と。誰だろう、それも気になったけど、なによりも解決せねばならぬ事、
『村の人たちを、解放してほしいの』
 森になった人々を、樹になった人を、解決せねば、
 だけど、
『冗談じゃない』と右から聞こえた。『戻りたくても戻るものか』と左が続けた。
 私たちは満足してる、と背後、人はもういい、と正面、
 樹でありたいと、周りから。
 葉が揺れる音。
『最初は、』大元の樹が、『最初はみな、そう望んでおった。だが、今はこの方が暮らしやすいという。風を感じ、陽を浴びて、冷たい雨すら恵みに出来るこの身体を、わし等は尊ぶ、喜びとする』
 この幸せが、人にあるか?なぁ、
 人よ――言われた時には、
 《解呪の書》は起動して、みたまはもう、人の姿。そしてダンナ様の言葉を思い出した。
 これは解決でなく、対応する依頼だと。


◇◆◇

 嗚呼他に何を望もうと、言葉を浮かべたのは事実である。
 身を焦がして樹木と化する、己を思い返せば。

◇◆◇


 後日、みたまはダンナ様に報告する。そのまた後日、ダンナ様は言った、ある程度人を集めた後入り口を閉じたそうだ、と。
 今、海原みたまはあの異常を思い返せば、日常の微笑をそっと浮かべる。そうだ今度は娘達と、あの場所までに行楽へ行こうかしら?きっと娘達も気に入るはず。
 他に何一つ望まずに、天へと枝を伸ばすあの感謝は。

 黄金の髪が秋のように揺れた。
 解呪の書の間に、名残か、落ち葉が一つ。