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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


立ち読みユリウスさん追い出し計画

●ことの始まり

 その日は珍しく、草間興信所は穏やかであった。
 興信所の主である草間武彦とその妹草間零。いつもの如く事務仕事に精を出しているシュライン・エマ。
 そして本日現在の来客は三人。本の返却の催促にやってきた綾和泉汐耶と、情報を仕入れにやって来た隠岐智恵美、騒ぎを期待してきたらしい海原みあおである。
「珍しいねえ」
 零の淹れてくれたお茶を飲みつつ、みあおがぐるっと部屋の中を見渡して告げた。
「本当に、今日は静かですわねえ」
 ソファでゆったりと寛いでいる智恵美も頷く。
「仕事は大丈夫なの?」
 汐耶の問いに、シュラインが苦笑して首を横に振った。
 ちなみにこの場合の大丈夫とは、仕事をしなくて大丈夫なのか? という意味ではなく、仕事が来ていないのか? という確認の意味である。
「あんまり大丈夫じゃないわねえ。なるべく早く仕事を見つけないと、生活できなくなるわ」
 金がないのはいつものことだが、それにも限度と言うものがある。
 そんな話をしていた時、
「草間さん、こんにちは。何か仕事はありますか?」
 ガチャリと扉が開いて、やってきたのは神職と門屋心理相談所事務員を兼任している空木崎辰一であった。
「仕事は大丈夫なのか?」
 武彦が、さきほどの汐耶の問いと同じ言葉ながらまったく意味の違う――こちらは仕事をしなくていいのか? という意味だ――問いを発する。
「今は一段落ついたので仕事があまりないんですよ。それでですね……」
「草間さん、ちょっと頼みがあるんだけど、いい?」
 話し始めた辰一の言葉を遮るように、新たな客が訪れた。
 蒼い髪に金の瞳。時折この興信所に厄介ごとを持って現われる本のつくも神――結城であった。


●迷惑なお客

 結城が住まう本屋は、店主の入院のため、ここ半年ほどずっとシャッターを閉じていた。
 無事本屋が再開されてのち、病み上がりのうえ老齢である店主に代わり、結城がレジを預かっている。
「最近、ものすっごく長時間の立ち読みをする客がいるんだ」
 ムスくれた顔でそう告げて、結城は、ことの次第を説明した。
 芳野書房は古書店であり、本の状態をお客様自身の目で確認してもらいたいという意向から本にはビニールがかかっていない。だから、多少の立ち読みは気にしない傾向にある。
 だが、どんな物にも限度というものがあるのだ。
 時折ふらりと現われては最低一時間、最高記録は八時間。延々と立ち読みをしているのだ。毎日来るわけじゃないとは言っても、週に一度以上は訪れるし、ただでさえ狭い通路で延々と本をめくるその姿は、なんとゆーか、邪魔。
 最初は、本の整理をするフリをして邪魔をしてみた――失敗。
 次は「長時間の立ち読みはご遠慮ください」と言葉で注意してみた――これも失敗。
 そんな日々が続いた挙句、結城はついにブチ切れて、ここ草間興信所にやって来たというわけだ。
「うーん。みあおもそういうことをやる方だから『だめっ!』とは言いにくいけどね」
「でも、このまま立ち読み状態だと店の邪魔なのは確かですね。私も、その場に遭遇したら邪魔だと思って日を改めそうですし」
「そういえば、その客の特徴は?」
「え? ああ。神父服で、外見は二十代半ばか後半くらい。金髪に青い目の外人なんだけど…」
 シュラインの問いに答えて告げた途端、空気が変わった。
「…へぇ、特徴どう考えても彼よねぇ? いい事聞いたわ、ありがと結城くん」
 にっこり笑ったシュラインはさっと身を翻し、ファイルなどが仕舞ってある棚の方へと向かった。
「ええと、滞納金の請求書と、資料と…」
 時たま依頼を持ってきては結局依頼料が払われた試しのない彼――ユリウス・アレッサンドロへのものである。
 無類の本好きで、本屋の迷惑な立ち読み客ブラックリストに名前を連ねているという噂のある人物で、いろいろと問題のある性格だが、上位聖職者である。
「ああ、それと麗花ちゃんのところにも行ってみようかしら」
 星月麗花はユリウスのところに預けられているシスターである。地位としてはユリウスのほうが上のはずなのだが、ユリウスは何故か彼女に頭が上がらないのだ。
 いきなり彼女に告げ口をするつもりはないがユリウスのスケジュールを聞いておけば、いつ彼が本屋に現われるかも予測しやすくなるだろう。
 一通りの準備を終えて一行が話しているソファーの方へ戻ると、早速詳しい作戦会議が開始された。


●集合・芳野書房

「そうねえ。とりあえず、和菓子を勧めてみるのはどうかしら?」
「和菓子?」
 不思議そうな顔をする結城に、智恵美が穏やかな微笑を浮かべつつ言い足した。
「ユリウスさんは和菓子が苦手なんですよ」
「店内に餡子の匂いを漂わせてみるのも手かもしれないわね」
 シュライン自身の意見もだが、他の誰の意見を聞いてもなんだか説得方法というよりも嫌がらせ方法に近い案に思える。が、まあそれもしかたがない。
 ただの説得では絶対に彼は立ち読みを止めない――誰の意見も同じように一致していたのだから。
「あとは……そうね、麗花ちゃんに許可とって、連絡先を教えておくわ。基本的に彼は彼女に頭が上がらないから、彼女に連絡入れてそっとそのまま受話器ユリウスさんに渡したら効果あると思うの」
「その時は去ってもまたすぐ来そうだけどね」
 みあおが軽く笑って言った。

 ――とまあそんな話がされたのが数日前。
 結局その日のうちには話がまとまわらなくて、続きは後日芳野書房でという事になったのだ。
 だが。
 前もって麗花にスケジュールを聞いておいたシュラインは、十中八九、今日ユリウスが現われるだろうと予想していた。
 さてさて、一体どうなることやら……。


●ブラックリスト客、登場

 芳野書房に集った一行は、シュラインの持って来た福梅――金沢でこの時期にしか売ってない梅の形の最中である――を囲んでユリウスの登場を待っていた。
 先にユリウスのスケジュールを調べておいたシュラインが、おそらく今日現われるだろうと告げたためである。
 ちなみに、結局作戦はまとまっていない。とりあえず全員の案を順番に試そうといった結論に落ちついたのだ。
 そして。
「さて、と」
 店に入ってきたユリウスその人を目に留めて、まずはシュラインが席を立った。
「こんにちわ、明けましておめでとう」
 少しばかり遅い年始の挨拶ではあるが、今年最初に顔を会わせたのだから間違った挨拶でもないだろう。
「こんにちわ。珍しいところでお会いしますねえ」
 突然知った顔と遭遇して、少々驚いたような表情を見せたものの、ユリウスはすぐいつもの態度に戻ってにっこりと笑みを浮かべた。
「ちょうど良いところで会ったわ」
 張りついた笑みを浮かべつつ、シュラインが手渡したのは土産の福梅と、滞納金の請求書である。
「……なんでこんなに準備が良いんですか?」
 苦手な和菓子と請求書を突き付けられて、ユリウスは思わずと言った感で聞き返す。
「気のせいよ。それよりもこれ、くれぐれも、よろしくね」
 しっかりと請求書を押しつけて、シュラインはなおもにっこり笑っている。
「ああ、それと」
「はい?」
「どうして今の時間にこんな場所にいるのかしら? たしか今日のスケジュールは――」
「何故そんなことまで知ってるんですかっ!? はっ、まさか麗花に……」
「ここにいるとは言ってないわ。でもバレる前に仕事に戻った方が良いんじゃないかしら。ほら、支払いも溜まっているし、ね?」
 しかし。
「そうですか。……では私が今ここにいることはご内密に願います」
 冷静に言っている――ように聞こえるが、微妙に声が上ずっている。
「ねえねえ。なんでここで立ち読みしてるの?」
 作戦第一弾が空振りに終わったと見て、奥から出てきたみあおが無邪気に問い掛けた。
「面白い本がいろいろとあるもので、つい」
「でも結城……ここの店員サン、あんまり長い間立ち読みされると迷惑だって言ってるよ。図書館じゃだめなの?」
「だってマニアックな本は古本屋の方がそろえが良いんですもの……」
 とりあえず、どうやらこの程度ではめげないらしい。
「だったら買おうよ。甘い物を断つとか、ユリウス秘蔵の古書を売るとか」
「そんな、酷いっ! 私の大切な本を売るだなんて!」
「じゃあ、甘い物を断つ? おやつ代が浮くだけでも結構お金になると思うんだけど」
「私から一日の楽しみを奪う気ですかっ!?」
 なにやら真剣に言い返してくるユリウスに、みあおは困ったような表情――そのわりに楽しそうだが――を見せた。
「じゃあ、ここでの立ち読み止めるとか」
「ここの古書店、いろいろと面白い本があるんですよ」
 どうやら話は平行線を辿りそうな雰囲気である。
 と、その時。
 いつの間にやら、ユリウスの横に、白黒のブチ猫が浮いていた。
 ユリウスとブチ猫の目が合った瞬間――猫が獅子へと変化する。
 だがしかし。
「おや、凄いですね。変身するんですか」
 反応はしごく呑気なものであった。まあ彼はエクソシストとしても有能であり、そういった超常の存在と縁のある場所にいるのだから、害がないとわかっていれば驚かないのも当たり前かもしれない。
「旦那〜。わいでは無理ですわ〜」
 無反応に多少傷ついた様子を見せつつ、ブチ猫はあっさりと戻っていく。
「ここで長話をするのも迷惑になりそうですし、とりあえず奥でお茶でもしませんか?」
 ブチ猫とほぼ入れ替わりに、智恵美がにっこりと誘いにやってきた。
 テーブルの上にはお茶とケーキ。
 甘い物に目がないユリウスはもちろんすぐに手を出して――食べてすぐに手が止まった。
「あの、このケーキは……?」
「ケーキ風和菓子です」
 智恵美の宣告に、ユリウスはケーキそっくりの和菓子を見つめて心のうちで涙した。いくら和菓子であっても見た目はケーキそのものなのだ。これをオアズケと言わずになんと言う。
「さっきから店先での話を聞いてたんだけどね」
 こう切り出したのは汐耶。続いて、智恵美が邪気のない笑顔を浮かべる。
「立ち読みを止めてくださいっていう説得は無理そうだという結論に達したんです」
「それじゃあ……」
 立ち読みを認められるか、それとも無理やり追い出されるのか。
 智恵美の言葉の続きを待って、ユリウスがじっと智恵美を見つめた。
「はい、これ」
 横からスッと汐耶の手が伸びた。
「……なんですか、これ」
 請求書である。
「今度から店に有料の読書スペースを置く事になったのよ。今まで貴方が立ち読みした時間と迷惑料も乗せて計算してあるから」
「どこかの依頼料もたくさん残ってるし、大変だあ」
 みあおが呑気に言って笑った。どこかとは当然草間興信所のことである。
「…………」
「麗花ちゃんの連絡先は結城くんに教えてあるから、あんまり滞納すると連絡が行っちゃうかもしれないわね」
 シュラインの留めの一言に、ユリウスがガクリと肩を落とした。
「皆さん、私が嫌いなんですかっ!? なんでそんな意地悪ばっかりするんですっ」
「意地悪じゃないと思うんですが」
 至極真面目に淡々と、辰一が事実を告げる。
「ま、まあ。さすがに今日すぐにとは言わないから。近い内に払ってね」
 さすがに可哀相に思った結城の言葉に、ユリウスは思いっきり結城の手を握って揺さぶった。
「ありがとうございますっ」


 さてそんな騒ぎから一週間後。
 まだ、請求した料金は支払われていない。
 そろそろ麗花に連絡をするべきか、結城はちょっと悩み中である。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2390|隠岐智恵美   |女|46|教会のシスター
1449|綾和泉汐耶   |女|23|都立図書館司書
1415|海原みあお   |女|13|小学生
2029|空木崎辰一   |男|28|神職/門屋心理相談所事務員

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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ、日向 葵です。
 このたびは依頼をお受け頂きありがとうございました。
 皆様からいろいろと楽しい案をいただき、プレイングを読んでついつい爆笑してしましました(笑)
 なんとか全部を入れようと必死になったところ‥‥いつもよりちょっと長くなっております。
 作戦会議時の個々の提案は個別になっておりますので、お時間ありましたら他の方の作戦も読んでみてくださいませ。

 それでは、またお会いできることを祈りつつ…。
 今回はどうもありがとうございました。