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CVS〜行列のできるコンビニ店
のんびりと時間が流れるお昼時、草間興信所の前に黒塗りの車が止まる。後ろのドアからは腕を大きく振って歩く偉そうな男が、運転席からは弱気な感情を全身いっぱいで表わしている青年が出てくる。青年は男の前を進み、先に草間興信所の扉をノックする。そしていそいそと出てきた零に草間への取り次ぎを頼む。彼は名刺を差し出すと、顔いっぱいにやさしそうな笑みを浮かべるのだった……
「エンゼルマート関東支部最高責任者……エンゼルマートってあの、全国展開してるコンビニの?」
草間は一瞬、店の名前と本人の名前のギャップに吹き出しかけたが、くわえていたタバコを両唇で噛み締めることでなんとか我慢した。そのエンゼルマートのふたりは草間の向かいに並んで座っていた。
「はい、先生。私は『いつもウキウキエンゼルマート』の責任者をやっております鬼原です。こちらが秘書の神沼です。今日は草間先生にお願いしたいことがありまして……」
「先生ねぇ……で、何をすればいいんです?」
営業スマイル満点のふたりを目の前にして、だんだんと呆れ顔になりつつある草間……零も同じようにニコニコしながらお茶を持ってくる。もはや興信所内は笑顔の大安売りだった。お茶をもらった方も必死で笑顔を作るのだからたまったものではない。零に向けていたスマイルを正面に戻した鬼原だったが、その顔は決してにこやかではなかった。
「実はですね……私どもの加盟店のひとつに東杉下村店というのがあるのです。都心から離れた田舎に建っています。競合店の出店もないので、なかなかいい売り上げを出す店舗です。」
「……おかしな話だな。そんな店舗なら何の問題もないだろうに。」
「いっ、いえ、ここからが問題でして……その東杉下村店の店長さんに関することなんです。店長さんは一ヶ月前、交通事故に遭ってお亡くなりになられました。しかし、その店長さんが一日も立たないうちにすぐ化けて出まして……要するに自縛霊ですね。こちらでも事前に調査はしました、間違いないそうです。」
鬼原から説明をバトンタッチされた神沼の話を聞いている最中、草間は思わず手をまぶたに当てて天を仰ぐ。その口元は『やっぱり』という表情でいっぱいになっていた。彼の頭の中はその分野に詳しい人物の割り出しと要求する依頼料の計算が全自動で始まっていた。神沼は動きの止まった草間が話を聞いているかどうかを心配そうな面持ちで確認する。
「よ、よろしいですか。」
「聞いてる、ちゃんと聞いてる。」
「は、はい、続けます。それで店長さんは『この店は私のものだ。誰にも渡さない。私は事故で頭を打って新しい能力を手に入れた。このサービスで売り上げナンバーワンになってやるんだ』と意気込んでるんです。その言葉はウソではなく、売り上げは右肩上がりに伸び続けてます。このまま行けば間違いなく全国でもトップになるでしょう。」
「それは……都合の悪いことなんですかぁ?」
零の疑問は草間の疑問だ。草間も同時に頷く。すると鬼原は自分の顔の前で大きく手を左右させる。
「いいや、お嬢さん。確かにそれ自体は悪いことではないが、あの店長は世間に迷惑をかけているんです。ところで……この秘書の神沼、おいくつに見えますかな?」
「えっとー、どうでしょう20歳くらいでしょうか?」
「外見はそう見えるでしょうな。実はこの男、47歳なんです。」
「な、なんだって……神沼さん、あんたホントに?」
「はは、ははは……お恥ずかしいことに本当なんです。免許証もこの通り……そ、その店長さんはレジを使ってお客様の年齢を変えてしまうんです。」
免許証を片手に持った草間は驚きすぎで声が出ない。
「コンビニエンスストアのレジには客層ボタンというのがありましてな、それを押すことでいつ誰がどんな商品を買ったかがすぐにわかるシステムになってるんです。だがあそこの店長が客層ボタンを押すと、なぜかお客様がそのボタンに記された年齢になってしまうのです。他の者が触っても何ともないんですが……」
「その結果、私のような方々が増えてしまったんです。そのせいで東杉下村の役場や一部のお客様からエンゼルマート本部に苦情の電話が毎日かかってくるようになりました。役場に戸籍の年齢を書きなおしてほしいという元オバさんたちが毎日殺到しているという被害があり、多大なご迷惑をかけてしまっているようで……」
「それに加えて、店長のご機嫌を損ねたお客様が壮年や老人にされてしまい、皆さんのお怒りは頂点に達しているんです。一刻も早くなんとかしないといけない……草間先生、なんとかしていただけないでしょうか。店長を祓って皆さんを元通りにして下さい! これ、この通り!」
「まぁ……ちゃんと依頼料を払っていただけるならね、やりますが……」
草間はそう言って頭を掻く。しかし口でやると言ったからにはやるしかない。草間は零に依頼解決のための人間を集めるよう指示し、鬼原たちとその作戦を実行する日を決めるのだった……
決行日は土曜日だった。その日の早朝、眠い目をこすりながら興信所前に集まった面々はワゴンカーの前で草間から挨拶があった。
「今日の仕事はコンビニの店長を祓うことにある。詳しいことはシュラインから……」
「武彦さん、これだけオカルト事件に巻き込まれてるんだから説明くらいできるでしょうに……なんで知識があるのに自分でやらないのかしら、ホントに不思議だわ〜。」
「俺は好きでオカルト探偵になったわけじゃない。さ、早くしないと子どもが寝ちまうぞ?」
「はいはい、わかったわよ。蒲公英ちゃん、だっけ。今日は朝早かったけど、大丈夫?」
「…………………は、はい。」
「最近のガキんちょは朝につよぉてええなぁ……あーあ、こっちは徹夜やっつーの。ま、今日はあんじょうしたってや。」
シュラインの心遣いに怯えた表情で頷く少女の名は弓槻 蒲公英。自分の背丈ほどある長く美しい黒髪をわずかに揺らしながら小さく頷く姿は可憐だ。その蒲公英が頼りにしているのが保護者でホストの月見里 豪だ。彼女は常に豪の後ろに隠れている。零からの情報によると蒲公英は豪の子どもではないらしい。しかし豪は彼女の保護者をやっている。実際にふたりはマンションで一緒に暮らしているし、蒲公英の父兄参観に豪が顔を出したという。シュラインはそんな奇妙な関係に興味を持ちつつも、人それぞれ事情があると納得しようと心がけた。
しかし、前日になって豪から興信所に電話があってから考え方が変わった。その時偶然シュラインが対応したのだが、その内容はあまりにも滑稽だった。つい数時間前、学校から帰った蒲公英から『明日、仕事に行くの?』と問われ、素直に興信所から受けた仕事があると答えたらしい。すると蒲公英がそれについて行くと言い出すではないか。豪が詳しく話を聞くと、彼女は社会の宿題で『お父さんの働くところを調べてくるように』と言われたらしく、その見学に行くからその場所に連れて行ってほしいと言うのだ……働いているとはいえ、さすがに真夜中の世界を子どもに見せるわけにもいかず、仕方なしに明日の仕事に連れて行くことにしたと話す豪。シュラインは「噂よりもいいパパを演じてるのね」と冷やかすと、「冗談は顔だけにしときや」と不機嫌そうな声が返ってきた。
一呼吸置いた後、豪はシュラインにあるお願いを始める。彼は蒲公英の前で現場を仕切っているお偉いさんを演じたいから協力してくれと言った。その話を聞いて目を丸くさせたのはシュラインだった。前知識で得ていたふたりの関係とはずいぶんかけ離れた内容に驚きを隠せなかった。依頼に関してはそれほど乗り気ではないくせに、こんなことに熱を上げているのがどうしても理解できなかったからだ。
「どういうことよ、それ……」
「まぁ、蒲公英のためや。小学校ってとこはなかなかややこしーてな。とりあえず俺が元気いっぱい仕事しとったら嬉しそうに宿題を書きよんねん。そんで月曜日に行って気の利いた作文出したらそれなりに満足できるやろとまぁ、こんなとこや。せやからこういう根回しを先にしとるっつーわけ。」
「なるほどね。わかったわ、あなたのためじゃなくって蒲公英ちゃんのために協力してあげるわよ。」
「おーおー、気ぃ強い姉ちゃんやこと。それでもええで、じゃその辺のとこよろしゅう頼むわ。」
ようやくシュラインが納得し、当日の作戦が決まった。その作戦通り、豪がワゴンに乗り込もうとみんなに指示しようとしたその時……
「店長さん……待ってて下さい。この里見 勇介が宇宙の力であなたを救ってみせます……」
強く握り締めた右手をじっと見つめながら、突拍子もないセリフを真面目に吐く青年がそこにたたずんでいた。さすがの豪もワゴンに片足をかけたままのポーズで勇介を呆れた表情で見つめる……彼は気づいていなかったようだが、シュラインも零も草間も鬼原も神沼も蒲公英もみんな同じ表情で固まっていた。
「……………うちゅう。とーさま……うちゅ」
「あかんあかん、蒲公英! そーゆーことはもっとオトナになってから覚えればええ! さ、早よ乗りーや! みんな乗りーや!!」
「そっ、そうね……じゃ武彦さん、説明は中でするから……」
「あっああ、ワゴンの前を鬼原さんの社用車が走ってくれるからそれに従ってくれ。」
「……行きましょう、皆さん!」
「なんか嫌な予感するなぁ……こいつのせいでなんか予測できんことが起こりそうな気がする……」
早々と弱音を吐きながら運転席に乗り込む豪。その隣で蒲公英が太陽の刺繍がしてある手提げかばんを膝に乗せてちょこんと座る……慣れない手つきでシートベルトを引き、それをセットして出発を待つ。そしてシュラインと勇介が乗り込み、いよいよ東杉下村店に向けて車は走り出すのだった……
「兄さん、宇宙ってそんなに強いんですかぁ?」
「……………奴が帰ってから、直接聞けよ。俺は知らん。」
心配そうな顔をして見送る草間の頭の中はすでに真っ白になっていた。
先導する車を追いかけて、ワゴンは都心から田舎へと駆け抜ける……風景の中に高層ビルがあったのはほんの一瞬だけで、建物の背丈はどんどん小さくなっていく。都会的な華やかさも薄れ始め、同じ東京とは思えないほどのどかな風景が窓を彩る。蒲公英は窓に食いつくようにしてその景色を静かに眺めていた。その様子を見て、運転中の豪もたまに彼女の頭をやさしく撫でる。
道半ばでシュラインが依頼の話の確認を始めた。勇介はその一言一句を聞き逃さぬよう、彼女の方に体を向けて真剣に話を聞く。シュラインはその迫力に圧倒されたのか、「じっ、事前に話したことなんだけど……」と遠慮気味に話し始める。しかし勇介はその一言に大きな頷きで答える。その後の彼はシュラインの話の腰を折ったりして邪魔をしたりしないが、とにかく話の合間で必ず大きな頷きをするのだ。彼女にしてみればたまったものではない。この話はすでに電話で伝えたことでこれで二度目になるはずなのだが、目の前の青年はそれを忘れているのか何なのか……とにかく瞳は真剣だった。そんな彼を目の前にして説明を続けるシュラインも最後にはぐったりしてしまっていた。
「っと、言うことで……とりあえずは……こんな感じなのね……ふぅ……」
「うんうん。」
「……や、やっとぉ……終わったわ……説明っ。」
疲れ切ったシュラインをバックミラーで確認した豪は今がチャンスとばかりに口を動かす。勇介の扱いは運転中にしっかり観察したおかげで操る方法はすでに見切っていた。
「よっしゃ、まー最初は手堅く説得してみて、あとは無茶せんうちに成仏させたったらええやろ。とにかく俺らの基本ラインはそれで決まっとるわけやし。それで行こか!」
「豪さん……俺もあなたの意見に賛成です。まずは私にやらせてください!」
「まーええで、その意気を買おうやないか〜!」
「あら、ずいぶんやる気じゃない……どうしたのぉ?」
「本業と一緒でいつも一生懸命なだけや、どや蒲公英、普段の俺はがんばっとるやろ……なぁ、たんぽ……?」
シュラインの合いの手もありここは決まったと思った豪。しかし知らない大人たちがいるので怯えておとなしくしているのか、蒲公英から返事がない……豪は往来の少ない交差点で止まるのを計算して助手席を見る。すると……安らかな顔をした蒲公英がそこにいた。
「なぁ、蒲公英……って、ええ〜っ?!」
「……………すーすー、すーすー。」
蒲公英は父親の活躍をよそに静かに眠ってしまっていたのだ……無理やり起こすわけにもいかず、ばつの悪そうな顔をして頭を掻き始める豪。それを見て代わりにシュラインが笑った。
「あらあら、お仕事も空回りしないように気をつけてね。」
「くっそーーー、ええシチュエーションやったんやけどなーーー。まぁええ、ホンマの仕事でええとこ見せたるわ!」
「そうです! 小さなコミュニティーのささやかな平和を救うため、宇宙の神秘を結集させましょう!」
「おっ、おお……ってなんじゃそりゃ!」
「これ、子どもに悪影響だわ……なんてメンバーのなんて仕事なの、今回は……」
とにかく調子が上がらないメンバーの乗るワゴン車は、ギャグマンガのように車ごとずっこけそうな勢いだった……
一行は1時間弱かけて東杉下村店にたどり着いた。さすがに村と名のつくところとあって、周囲には自然があふれている。街中ではまず見ない田園風景にだだっ広い空き地……コンビニの駐車場を見渡せばそんなものばかりが見える。勇介は車から降りるとなぜか天に両手を掲げて何か気のようなものを集めているようなポーズを取り始めた。後から降りるシュラインたちの驚く顔は説明するまでもないだろう。豪は万が一、蒲公英が真似をするといけないので見えないように立ち回ろうと必死だった。
東杉下村店は朝だというのに賑わっていた。駐車場は半分以上埋まっている上、店の中もそこそこ混雑しているようだった。先導していた鬼原たちは堂々と歩く彼らとは対照的にコソコソしている……
「あ、あの……後のことはお任せしますね。」
「よろしくお願いしますぞ……」
「まぁ、あなたたちが出てくると話がややこしくなって店の中が大混乱……ってこともあり得るわね。わかったわ、その社用車でとりあえず待ってて。」
シュラインがそういうとふたりは頭を下げて、揃って腰も頭も低くしたポーズで車に向かった。普通の客が普通に駐車場を歩く中で彼らは明らかに異彩を放っていた……
そろそろ呆れ慣れたメンバーは近くのウインドウから店の中の様子を伺う。勇介も大宇宙からのパワーを十分に得たらしく、普通の人間と同じポーズで眺めている。蒲公英は身長が足りないからか、それとも宿題を最優先にしているからか、目を細めて遠くを見ている豪の姿をつぶらな瞳でまじまじと見ていた。
「見た感じは普通やなぁ、どこにでもあるコンビニやで。」
「でも俺たちの近くを通っている人たちが本当の姿をしているのかどうか怪しいですね。現場を押さえないと実感も罪も沸いてきません。」
「結局、このいわくつきのコンビニでお買い物するしかないのね。ちょうど飲み物が欲しいから買ってこようかしら。蒲公英ちゃんは何か飲みたい?」
「……………わたくしはいいです。ありがとうございます。」
「ま、立っとってもしゃーないいうことやな。ほな、行きまひょか。気は進まんけど……」
4人は揃ってエンゼルマートの中へと入りこむ……するとさっそく金持ちそうなオバさんがレジにいる従業員に食って掛かるシーンに出くわした。そのオバさんがあまりにも大きな声を張り上げるものだから、蒲公英は驚いて慌てて目を閉じて豪のズボンをぎゅっとつかんだ。豪もその成金を絵に描いたようなオバさんを見てビックリする。そして隣にいるシュラインは毅然とした態度で応対する従業員を見て驚いていた。その男、よく見れば体の輪郭がうっすらぼやけて見えるではないか……そう、彼こそが東杉下村店の店長だった。あまりにもハッキリと目に見える幽霊で勇介もその存在感に驚いていた。だが、その事実こそが彼を自縛霊にしているのだ。
成金のオバさんは大きな宝石のついた指輪を差し出し、店内に響く声で若返りのお願いをしていた。
「ちょっとちょっと店長さん! この私を二十歳の頃の美人にしてほしいざます! これはエチオピアで手に入れた最高級の指輪ですのよ、これをあなたに差し上げるざます。だからさっさと若年層のボタンを押すざます!」
『奥さん、申し訳ないんだがそういうお願いは聞かないことにしてるんです。』
「なっ、何を言ってるざますか?! この宝石はあなたの稼ぎの何億倍あると思ってるざぁ〜ますか! ばっ、バカにしてもらっちゃ困るざますーーーっ!」
『そういうものを換金した場合、うちの店の稼ぎとして計上できないんですよ。プレゼントで渡されても私が困るだけです。お引き取り下さい。』
高額のプレゼントを差し出すオバさんに対して店長が丁重にお断りする経過を聞きながら、シュラインと豪はひそひそと話し始める。
「さすが自縛霊、経営のことしか頭にないのね……でもそういうのは使途不明金で計上すればなんとでもなると思うんだけど……」
「アホ、そんな融通が利かへんから幽霊になったんとちゃうんか?」
「でもそう思ってるのは私だけじゃないみたいよ。ほら、あそこで店員がジェスチャーしてるでしょ……同じ苗字の名札つけてるから、たぶん家族の方じゃないかしら?」
「……………やっぱ残された家族にとっては、ポリシーよりも金か。なんかあのオッサン祓うのかわいそうになってきたなぁ。おかんも嫁はんも息子もおんなじよーにバッテンしてるんじゃちょっと気の毒やなぁ。」
家族の心からの叫びを目の当たりにし、涙がこぼれそうになる豪。しかしそれをこぼす暇などなかった。怒ったオバさんが店長のレジにつかみかかって無理やりボタンを押そうと動き出したのだ!
「どうせあなたの力がなくってもこのレジは決まり通りに動くんざましょ! あなたに媚びずに若返るざますぅぅ!」
『あっ、スタッフしか入ってはならない場所に無断で……! 仕方ない、あなたを変身だ!!』
『ボンっ!』
突如、オバさんを中心に煙が立ち昇る……だがその煙はすぐに消え、中からよぼよぼのお婆さんが出てくるではないか!
「う、う、うひぃぃ……なんじゃますか、これは……なぜかろれつがまわりゃな」
『営業妨害です。さっさと出ていきなさい!』
「ひぃぃ、うひぃぃぃ!」
お婆さんになったオバさんが悲鳴を上げながら外へ出ていくのを見て、さすがの勇介も顔色を変えた。
「早くあの人を止めないと大変なことに……!」
「せやけど〜、俺はあのおっさんが悪いことしてるよーには見えへんなぁ。確かに気分屋かもしれんけど、今のは店長の言う通りちゃうか?」
「どっちみち誰かが泣くんだったら、店長さんに泣いてもらうんでしょ。車の中で何聞いてたの。」
「…………………とーさま、やさしくしてあげて。」
「まぁ、今んとこは気に入らん奴ちゃうからな。安心せーや、蒲公英。さてと、まず勇介にお願いするんやったな。その間に俺らは菓子でも持ってくるわ。行くで、蒲公英。」
「……………はい、とーさま。」
すると勇介はゆっくりと頷き、颯爽と店長の使っているレジ前へと歩き出す……それを見届けた豪は蒲公英を引き連れてお菓子を買いにわずかな散歩を楽しむ。シュラインは心配そうな面持ちで一番手の様子を伺っていた。
「ああいうタイプはどっちかなのよね……大成功か大失敗かのどっちか。」
そう言うシュラインの顔はすでに心配で表情を曇らせていた……
蒲公英と一緒にお菓子を物色する豪は、コンビニの商品にしては少し高級なチョコレートパイを手に取る。自己主張の控えめなパッケージが気に入ったのか、それを蒲公英に勧める。
「どーや、蒲公英。こんなんええんちゃうか〜?」
彼女はかわいいキャラクターが描かれているクッキーをつかもうとしていたが、豪がオススメのお菓子を見ると素直に手を伸ばす。そしてそれを取ろうとする……しかし、蒲公英の後ろから緑色の物体が現れて喋り出す。
『ケロケロっ、蒲公英ちゃんにはこれがいいんじゃないかなっ、ケロケロ♪』
緑色の物体はよく見るとカエルのパペットだった……それをつけて器用に腹話術で喋るのは若い女性だ。彼女は少しぼーっとした顔でカエルの口にくわえさせてあるクッキーを手渡そうと必死になっていた。たまに『ケロケロ』と喋るところを見ると、彼女は蒲公英相手にこれをやっていて楽しいのだろう。蒲公英はユニークな顔をしたカエルと彼女を交互に見ながら、「ありがとうございます」と小さくお礼を言ってクッキーを受け取った。しかし、保護者は黙っていなかった。
「あんた……なんでこの娘の名前がわかったんや? それに、なんで蒲公英がそのクッキーが欲しいとわかった?」
『だって、彼女が自分がそうだって名乗ってるんだケロ!』
「ならお前の力をコピーして直接っ……ってなんやこれ、あんたの考えが俺の頭の中に流れこんでくる……これまさか……!」
何かしらの能力を持つ怪しい女性の能力をコピーした豪の目は深い緑色に変化した。だがその瞬間、頭の中に巽 千霞という名の女性が感じていることが思考の中にわずかではあるが流れこんできた。その時、さっき蒲公英がカエルの勧めたクッキーを欲しがっているのをたまたま能力で知ったという事実も入ってきたのだ。目の前の女性の能力と都合を理解した豪は即座に能力を解除する……そして目の前の女性・千霞は彼の思考に流れこんできたものと同じ声で話す。
「あなたの心は私の心……自己紹介は蒲公英ちゃんにすればいい? このクッキー、彼女に買ってあげる……」
「……………とーさま? いいの?」
「う、ううん。ええぞ、買うてもらえ……」
豪はただ頭を掻きながら頷くしかなかった。何の事情も知らない蒲公英はおろおろしながらも、信頼するとーさまからの許可が出たことで何の不安もなく、レジへと向かう千霞の後ろについていった。すると、レジ前では珍妙なショーが繰り広げられていた。一番手の勇介がオーバーアクションでレジに手を触れながら一声上げる!
「ブレイブゲット!」
その掛け声とともに勇介は自らの能力を発揮する……その能力とはどんなものにでも合体できる能力『融合合体』だった! レジロボットのような姿になった勇介は急展開についていけない周囲を無視して店長の握り、説得を始める。
「店長、もう貴方の役目は終わったんです。貴方は幽霊としてここにいるんです。幽霊というのはこの世では不自然な存在なんです。だから、この世にいてはいけないんです!」
『……………そ、それはわかってるんだけど。わかっててここにいるんだけど。』
「てんちょぉぉぉ! なぜあなたのレジであるこの俺の言葉が信じられないんですかぁぁぁっ!」
『だってそれ……2号レジだよ。私の使ってるのは1号レジで……ほら、ちゃんとここにあるじゃない。さっきあなたそっちのレジに触れてましたよね?』
「えっ……………あれ、しまった! もしかして俺は勘違いしてたのかぁぁっ! アクションした時の動作で手を置きやすいのが何の関係もない2号レジだった……!」
それを聞いたシュラインは豪快にずっこけた……豪も関西仕込みの豪快なズッコケを惜しげもなく披露する。
『あの人、なぜかあれで本気だから何にもフォローできないケロ……』
「千霞、そんな気遣いせんでええって。無理にそないなことせんでええから……」
「とーさま…………………だいじょうぶ?」
『しかし2号レジを使用不能にされては……これも営業妨害か! やむを得ん、やるしかな』
「あーあーあーあーあー! オッホン!」
『おっとお客様、お待たせしました〜。いらっしゃいませ〜。』
勇介が危機一髪のところを救ったのが豪だった。千霞と蒲公英、そして彼がレジの前で商品を持って待ち構えていたのだ。それを見て大きなため息をついて安心するシュライン。乱れた髪を整えつつ、本命の作戦を見守るのだった。
(『ふっふっふ、見とれよシュライン、蒲公英、ついでに千霞と勇介ぇ〜。この俺が隙をついて見様見真似の除霊術でこの店長を昇天させたるんや……まっかせとけ!』)
「……そううまく行くかしら……」
さっき会ったばかりの千霞にまで小声で心配されているのも知らず、作戦の二番手を買って出た豪。そしてそれぞれが店長の前に商品を出した。
「これ下さい……」
『はい、かしこまりました〜。』
「俺はこれや。ホンマはこいつにこれを勧めたんやけどな、どーも別の本命があったみたいで。まーその後いろいろあって、この娘に買ってもらうことになったんや、なぁ蒲公」
『しかしちっちゃなお子様にこれを勧めるのはちょっと……どうかと思いますけどね。』
「ああん、なんでや?」
『ほらここ。「赤ワイン風味抜群」って書いてあるでしょう。やっぱりこのお姉さんが持ってらっしゃるこちらのクッキーの方がお子様には適当かと……』
「じゃかぁしわ! なんでお前の趣味に合わせて買わなあかんねん! だいたい赤ワインにはお子様にも健康的に作用するポリフェノールがやな!」
シュラインは豪と店長が言い争いになった時点で目を覆った。冷静さを欠いた豪が勇介の二の舞になるのは火を見るよりも明らかだった。そして彼女の想像通りに話が進んでしまう……
『仕方ないですね〜。だったら子どもの感覚で味わってご覧なさい! あなたは小学生に変身ですよぉ!!』
「し、しもた、こうなったら早よ除霊の術を発動させんとあか」
『ボ、ボンっ!』
セリフ半ばで煙の中に消えた豪……彼の回りに蒲公英たちがいたためか、煙はさっきのオバさんの時よりも大きく出ている。その煙が晴れると、そこには短い黒髪で半ズボンをはいた元気印の子どもがそこにいた。身長は蒲公英よりわずかに高いくらいだ。
「しもたーっ! 俺っ、この頃まだ能力使えやんやーん!」
「……………とーさま?」
蒲公英はまざまざと子どもに戻った豪の顔を見る。小学生の姿になっても面影が残っているからか、いつものように安心して彼の背中に隠れる蒲公英。そんな彼女を再び驚かせる事実がその隣で起こっていた。なんと千霞までもが同じように小学生になってしまっているではないか! それを証拠に手に持っているカエルのパペットがわずかに大きくなったように見える……
「ああーっ! 千霞、お前まで!!」
『それは違うケロ。』
「……………ちょっと聞いていいか。なんでお前、そんな冷静になれるん?」
『店長さんが興奮のあまりボタンを連打したケロ。そう心の中で白状してるケロ。』
「ああ、もう理由知ってたんか……ってお前、日本一目指す店長がなんつーミスしてんだ!!」
なんとかカウンターによじ登り、視線を店長に合わせる豪。すると店長はすかさず彼が買う予定だったチョコレートパイを半分に割って口に詰め込む!
「うう、うううっ! んがんん。」
『ほら、食べてみればわかるでしょ? ちょっとお酒の匂いが強いって……』
「ん……もぐもぐもぐ……んぐん。確かにちょっとよーないかもしれんな……でもな、俺は蒲公英に食わしたかったねん……わかるか、この保護者の気持ち?!」
『じゃあ……お子さんを成人させればいいんですよ。』
「え、お前なんか恐ろしいこと言わんかった……?」
『変身ーーーっ!』
『ボンっ!』
豪や千霞だけでなく、ついに蒲公英まで変身させられた……だがその姿は目を見張るものがあった。二十歳前後の姿になった蒲公英はゴスロリのワンピースに身を包む美女だった! 髪の長さも同じだったので見るもの全員が彼女だと理解できた……
「蒲公英ちゃん……宇宙の神秘だ!!」
「……………と、とーさま。はずかしい。」
「うわぁ! お、お前……そんなにおっきくなって隠れられると思ってんのか……やめろつかむなって! 俺はカウンターの上に立ってるんだぞ、ひっつくなって……ところでお前、身長とかは伸びたけど胸はやっぱりないな〜。」
『……あなたもそう思いました?』
懸命に背中に隠れようとする蒲公英だが、今の豪には彼女が隠れられるほどの身長はない。それでも彼女は必死に身を屈めて隠れようとしていた。もはやこの場は成仏だの変身だの味見だの言えるような状態ではなくなってしまっていた。しかしその時、ある男性が店長の名を呼んだ……
「店長さん、神沼です……ここにいらっしゃるのはスーパーバイザーの教育にあたっていらっしゃるシュライン・エマさんです。今日、シュラインさんはあなたのお店を日本一にしたいという夢を聞いてわざわざ本社からやってきてくださったのです。どうぞお話だけでも聞いて頂けませんでしょうか?」
『なっ……ご多分のお心遣い、本当に感謝します……これで夢が叶うんですね……』
「ええ、店長さん。ご安心なさい……私がちゃんと分析してあげますわ。さ、レジから離れられないんだったらここでお話を始めましょうか? ただし、レジ打ちはマネージャーさんにお任せなさい。説明に身が入らないとこちらもやりがいがなくなりますから。」
シュラインの指示は適確だった。2号レジとの合体を諦めた勇介はすでに人間の姿に戻っており、すぐにでもそれを使って業務することができた。店長はマネージャーである妻を呼び、接客を担当させる。そして自分は目の前に広げられた日本一への資料に目を通し始めた……その周りには草間興信所から派遣されたメンバーもいる。
神沼のハッタリが功を奏し、すんなり物を言い聞かせることができる立場になったシュラインはさっそく分析の結果を報告する。
「さて……まずはこの東杉下村店なんですけど、正直に言ってしまうと売り上げを伸ばすこと自体がもう限界に近いのよね。それは店長さんもわかってると思うけど。」
『そ……………そうですね、自覚はしております。競合他社が近くにないというのも原因でしょうね。』
「………とーさま、『きょうごうたしゃ』ってなんですの?」
「まー簡単に言うと、別の会社のコンビニのことやな。もしここと同じ店が近くにあったら、お客さんの取り合いになるやろ? そうなるとみんな必死になってお客さん呼ぼう思ていろいろ考えるわけや。そうしていくうちに店自体がよくなったりするってこともあるってことやな。ちょっと難しい話やけどわかったか?」
「……………はい。」
「客層の分布もここ数ヶ月はほとんど変わってないし、村の人口が増える気配もない。特に目立ったレジャーもないのによくここまでやってるわって思ってます、ホントに。ただ……先月だけずいぶん変わってるのね。なんでかしら?」
「そりゃそーや、俺らとかを変身さすのにやたらめったら客層ボタン押すんやもん。正しいデータが本部に行っとるわけあらへん。」
『しまったーーーーーーーーーーーーーーっ! サービスが裏目にーーーーーーーーーーー!!』
「あら、燃え尽きそうなくらいショックを受けてらっしゃるわ……この方。」
あの千霞が感心するほど大ショックの店長は、もはやぐうの音も出ない。そのまま成仏しそうな勢いだ。それを止めるために必死にフォローするシュライン。
「結局は自分でゴールを遠ざけてるっていう結果になるのよね……この年齢変更サービスも店長さんのさじ加減で決まるわけだし。それにあなたにはそんな能力に頼らなくてもあなたの魂には立派な経営哲学が刻み込まれてるじゃない。それがないのなら、さっきのオバさんの指輪をもらってるはずだし……ね。」
『シュ、シュラインさん……ありがとう、ありがとうございます……』
「ということで地道にやっていくのが一番だわ。正しいデータに正しい経営。それさえあればスーパースーパーバイザーの私の助言がなくてもきっと日本一になれるわよ。ね、神沼さん?」
「そ、そうですとも。我々が今まで通りバックアップしていきますので……」
すでに店長の目は涙でいっぱいだった。蒲公英はその顔を見ているだけで目をうるうるさせているのを見て、再びカウンターの上に立って頭を撫でる豪。勇介も感動的な場面で目頭を熱くしていた……その中でひとりマイペースを保っているのは千霞だった。
しかし、シュラインの経営に関するメスは鋭い。だがそれは、彼女のやさしさの裏返しだった。
「そして……あなた。あなたがいつ幽霊になったのかはわからないけど、この店を継いだお母さんや奥さん、息子さんはあなたの残した店を守ろうとしてここで働いてるんじゃない?」
『はっ……』
「そんなこと……私がわざわざ心を読んでまで解説する必要なんてないでしょ……家族なんだし。」
「あの娘のいう通りじゃない……ね、息子さんもいるんだし、夢を任せてあっちで見守りましょ……」
千霞の言葉がよほど身に染みたのか、もう店長は泣きながら頷くことしかできなくなっていた。用意された資料に大粒の涙を落とす姿は客はおろか、家族の涙をも誘った。
『わかりました……私、成仏します。神沼さん、スタッフを……家族をお願いします。』
「臨終の時に聞けなかった言葉を今お聞きして、わたくし身が引き締まる思いです……後はお任せ下さい。」
『皆さん、ありがとうございました。おかげで目が覚めました。人に夢を与えることも重要なことなんですな……死んでやっと気づけました。本当にありがとう。私が成仏すれば、皆さんの年齢は元に戻ると思います。それでは……』
店長の輪郭が徐々にぼやけ始め、メンバーたちが一度まばたきする頃には彼の姿はすでになかった……そして変身していた者たちはみんな光に包まれ、元の姿へと戻っていくのだった……
「いや〜、今回はとんだ目に遭うたわ〜。まさか蒲公英より小っちょなるとはな〜。」
「あら、かわいいお姿だったわよ。また写真が現像できたら蒲公英ちゃんに送ってあげるわね。」
「ん……ちょっと待たんかい。なんでシュラインが俺のチビの写真持ってるんや?!」
『ゲロゲロ、興信所に勤めてる女性にそんなこと聞くのは失礼だゲロ。』
「てめぇ、もしかして隠し撮りかー! 趣味悪いなぁ、ホンマ。気ぃ悪いわ〜!」
恥ずかしい姿を激写されたことを知った豪は顔を赤らめてすねる。その様子をまたいつものように助手席からまじまじと見つめる蒲公英。帰りのワゴンにはなぜか千霞も乗っていた。彼女も大学の調べもののついでにあのコンビニにいただけだというので、方向も同じことから一緒に帰ることにしたのだ。
「でもどうしよっかな……今回のギャラはどう分けよっか。千霞ちゃんががんばったのもあるし、査定のやり直しね。4人……あっと蒲公英ちゃんも入れて5人ね。」
「……………とーさま、私ももらっていいの?」
「ええんちゃうか、パトロンの部下がそない言うてるし。」
「まぁ……大いなる宇宙の意志と思って頂いておきます。」
『ケロケロっ、ボクの分はどうなの? 6人で割らないの?』
「お前はボケとっただけやんけ! 5人でええの、5人で。ったく、お前が喋るとややこしなるやんけ!」
それぞれにいいたいことを言いながら賑やかに村を去っていくワゴン……気づけばもう太陽が西に傾きかけていた。
そして半年後。
エンゼルマート東杉下村店は今は亡き店長の遺志を継いだ息子が偉業を果たした。さまざまな偶然が重なったのも事実だが、それでも立派な日本一だった。今回はたった1ヶ月の天下だったが、今後もスタッフが一丸になってがんばるというコメントが地方紙に踊った……
その店内の高いところに2枚の賞状が飾られている。1枚は売り上げ日本一を達成した店に対する賛辞、そしてもう1枚は亡き店主に捧げる感謝状だった。その1枚は事件を解決してここを去る時、シュラインが是非もなく鬼原にお願いしたことで生まれたものだった……彼はこの店で今も生きている。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/ 26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2352/里見・勇介 /男性/ 20歳/幽霊
2086/巽・千霞 /女性/ 21歳/大学生
1552/月見里・豪 /男性/ 25歳/ホスト
1992/弓槻・蒲公英 /女性/ 7歳/小学生
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■ ライター通信 ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は久しぶりに『ギャグ』です。
最後までギャグテイストで進むと思ったらそうでもなかったですね〜。
でも途中まではキャラクターの個性全開です! ぜひ楽しんで下さい!
今回のシュラインさんはもうまさに「まとめ役」です(笑)。
とにかくみんなに振りまわされっぱなしでなんかかわいそうです。
しかし最後は「スーパースーパーバイザー」としてまとめてもらいました!
店長さんだけに対してではなく、みんなにやさしいシュラインさんでした(笑)。
皆さんのプレイングに合わせて、今回は若干の変更があります……
どこが変わっているかはまたじっくり探してくださいませ!
今回は本当にありがとうございました。また別の依頼やシチュノベでお会いしましょう!
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