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<東京怪談ノベル(シングル)>


最大の敵

 さて現在、セフィアの目の前にはお皿にのったお餅が一つ、ででんっと存在感を主張していた。
 ことの起こりは今から十数分前。散歩に出たセフィアが、通りがかった公園で人が集まっているのを発見したことに起因する。
 普段はぱらぱらと小さな子供とその母親がいるだけの公園なのに、今日に限って賑やかな人だかりができているその理由に興味を持ったセフィアは、園内の様子を見に行ってみたのだ。
 今にして思えば、これが間違いの元であった。
「あら、いらっしゃい。良かったら一緒に食べる?」
 バチリと目が合った主婦の一人が、そんなふうに話しかけてきた。
「え?」
「はい、どーぞ」
 断る間もなくお餅の乗ったお皿を渡されて、結局。セフィアは、それを受け取ってしまった。
 思わず受け取ってしまった餅を見つめ、セフィアは真剣に考えこんでしまう。
 お餅は、咀嚼という行為を苦手としているセフィアにとってはまさに最大の敵といっても過言ではない存在である。
 ……このお餅をどうするべきか。
「そうだ」
 ゆったりと両手を合わせ、瞳を輝かせる。いかにも名案を思いつきましたと言うように。
 次の瞬間。ゆっくりと、餅が震えた。ぴょこんっと、お皿の上で立ちあがる。――立ちあがると言う表現が正しいのかどうかは微妙だが、餅が勝手に動いて縦置きになる様は、一応、立ち上がると表現しても良いだろう。
 セフィアは膝の上のお皿に乗ったお餅に魔召術・招魂で息吹きを与えることにしたのだ。
 これなら餅は自分で考えて動くことができる。
「こんにちわ、お餅さん」
 手も足もないが、器用に動くお餅に穏やかな笑みを向けた。お餅が、こちらを見る……――目も顔もないのだが、とりあえず雰囲気はそんな感じであった。
 公園の隅っこの目立たない場所に移動して、セフィアはお皿を地面へと置いた。
 しかしお餅は動かない。
「行っていいのよ?」
 お餅を野に帰すべく促したセフィアだったが、お餅はセフィアの思惑を外れ、皿の上から動く気配がない。
「どうしたの?」
 ふるふると首……というか、体の上半分くらいを横に振るお餅。
 こくんと首をかしげて餅の様子を観察してみた。餅は、じーっとセフィアを見上げて――体を斜め上に傾けて――その場を動こうとはしなかった。
 どうしてお餅は野に帰らないのだろう?
 しばしの沈黙が続く。
 そして先に動き出したのはお餅であった。皿の端っこに置かれていた割り箸を指し示し、セフィアを見つめる。
「……食べてほしいの?」
 お餅が、勢いよく何度も、コクコクと頷いた。
「えーっと……」
 期待のまなざしを向けるかのような雰囲気で、お餅がセフィアの答えを待っている。
「食べなきゃダメ?」
 再度頷くお餅。
「……が、頑張ってみる」
 まず一口。
 お餅なので当然伸びる。簡単には噛み切れない。
 うんと引っ張ったら、とりあえずなんとか切れたので一安心。だが、本当に大変なのはこの後であった。
 通常であればこの一口分の量はすぐに食べ終える量である。しかし、セフィアにとってこれは大変な量である。
 なにせ今までに食べたものの中で固形物らしきものといったら、ゼリー状のものだけなのだ。
 そんなセフィアがいきなり食べにくいものベストテンにでも入りそうなお餅を食べようとして、上手くいくわけがない。
 噛んでは休み、休んでは噛んで、また休む。お餅の、そのほんのひとかけを食べるのに有した時間は、なんと十分以上であった。
 ようやっと一口を食べ終えたセフィアを、角の一部が欠けたお餅が期待の雰囲気を漂わせて見つめている。
「…………」
 だがセフィアはたった一口でもう、喋るのも面倒になるほど疲れていた。
 箸を皿の上に置いたセフィアは、見つめるお餅にじーっと視線を返して、そして。
 再度お皿を地面の上に置いた。
 しばらくセフィアに期待の眼差しを送りつづけていたお餅だったが、一時間ほども睨み合いを続けた頃には、いい加減に諦めたらしく――餅は、がっくりと上半分を傾けた。
 と、その時。
「おねえちゃん、それ、食べないの?」
 どうやら向こうの餅がなくなったらしい。駆けてきた子供に頷いて答えると、子供は大喜びで皿ごとお餅を持ち上げた。
「んじゃ、これもーらいっ」
 パタパタと駆けて行く後ろ姿を眺めつつ、今更ながら考えた。
 最初から、子供にあげていればよかった――と。