コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


person of vision

 九条蒼也は、不満に強く鼻を鳴らした。
 行き着けのゲーセンで、最近嵌っているアーケードゲームで最高得点を叩き出し、気分良く帰路につこうとしていた時に妖魔の気配を感じ取るとは。
 この世界に流れてきて長いが、この理不尽とも言える気の歪みが吐き出す魔魅の類が絶える事はなく、退魔が生計の手段とはいえ気分の良い時に出会して気持ちのいいモノではない。
「このままバックれちまうか……」
一応、希望を口に出して思考に選択肢を与えてはみるが、そのま見過ごしてしまうには気配が大きく、蒼也は心中の不満を頭を掻く動作ひとつで誤魔化して、その気配の元であろう路地へと向かった。
 が、徐々にその気配が薄まって行くのに、足を早める。
「折角俺が相手してやろうってぇのに……逃げたら勘弁しねぇぞ!」
なんとも無茶な主張に舌打ちすると、蒼也は駆け出した。
 路地から路地へ、人を集める為の場所と違って生活が主になる空間は、人ず入り込むのを厭うように複雑化する。
 それを難とせず、薄まる妖魔の気配をたぐって容易く目的の路地へ辿り着くと、蒼也はその入り口で立ち止まった。
 ビルの間の袋小路、風に吹き溜まった邪気にとって昼尚暗い影の重なりに居心地の良い『場』を作る…その奥から一陣、花の香を含んだ風が頬を撫でるのに、妖気の残滓が天へ昇って行く。
 そして、こちらに背を向ける、少年が一人。
 魔が蔓延る土地ならばそれを祓う者が集うも道理、徒労に終ったのは先に現場に居た少年の所為でもないだろうが、腹立たしさは拭えずに影に紛れそうな学生服の背を睨め付けた。
 地面の一点を見つめる様子は項垂れているようで、いつまでもその姿勢で動かないでいる…その様に違和感を覚え、蒼也は影の内に一歩踏み込んだ。
 同じ明度の位置に立てば、見える物も多くなる。
 学生服の暗さに、露出した肌や他の色彩は存外に際立って見え、左側から斜めに表情を覗き込む位置に回り込めば、耳の後ろの髪の一房を束ねる彩糸が目を引き、身体の両脇に垂らされた拳の肌色…否、その先から暗く滴る色に気付いた。
 妖魔を滅するのに、拳に傷を負う者は居ない。そして魔を滅したならば一般人との関わりを避けて、素早く撤収するのはいわば暗黙の了解のようなもの…同業者はとうに現場を去り、少年はたまたま迷い込んだだけだろう。
 まぁただのケンカか、とあたりをつけ、蒼也は何気なく血の落ちた地面に視線を落とし…少年が地面を見つめていたモノに気付いた。
 最初は、薄汚れた袋が落ちているのかと思った。
 が、それが小さな…本当に小さな、命を納めていた骸だと、蒼也は直ぐに判じる。そして、動こうとしない少年が泣いている事も。
「……おい」
僅かな逡巡の後、蒼也はその背に声を掛けた。
「いつまでそうしてんだ? 早いトコ、埋めてやんねぇと可哀想だろうが」
その声に漸く他者の存在に気付いたのか…少年は背に注がれていた視線を振り払うように、蒼也に向き直る。
 警戒も顕わな…瞳の紅さに蒼也は軽く口笛を吹いた。
 東洋人の色素の濃さの中で、瞳にだけ色の欠落を示すというのは珍しい。
 が、死を前にしてその反応の不敬さに思い当たり、軽く咳払いをすると、蒼也は警戒を強めた少年に更に言葉を向ける。
「あんたが其処でべそべそしてんのは勝手だが、こんな日当たりの悪ぃトコでいつまでも、そいつも寒いだろうが」
べそべそ、と蒼也はいうが、涙は欠片もみせずに無表情な少年の脇を抜け、魂の抜けた骸ほど重いのは何故だか人も獣も一緒だと思いながら、硬直の始った小さな体を胸に抱き上げる。
 悲しみに捕らわれた者には、多少強引な位が丁度いい…外見は青年でも人生経験は65年分の下積みを持つ無遠慮さで、蒼也はとっとと歩き出す。
 そして、少年が着いてくるのを気配で判じて少し笑うと、子犬の小さな頭を指で撫ぜた。
 もう痛みも悲しみも…そして、喜びからも遠ざかってしまった魂に声にせず語りかける
(悲しんでくれる人間が居て良かったなァ、お前)
らしくもなく、声をかけてしまったのはお前が呼んだのかもな、と苦笑する…混乱の内に命を終えれば魂は迷うもの、ましてや死の覚悟を知らぬ子供は幼さに自らの命の終わりに気付かないというのに、清々しいまでに柵のなさは死の悲しみを知る者に教えられてか。
 それ故に、悲しむ少年を一人にすまいとしてか。
「何処へ埋める」
蒼也のぶっきらぼうな問いに、少年は表情の無さに相応しい固い声で応える。
「……紅い花の、咲く場所」
蒼也は少し眉根を寄せて考え込むと、肩越しに少年を振り返った。
「心当たりがある。ついて来い」


 性質の悪い瘴穴が空いたらしい。
 組織からの情報…といえば聞こえがいいが、その意味する所はほとんど指令で、蒼也に選択の余地はない。
 折悪しく、楽しみにしていた新作ゲームの発売日に重なり、蒼也の機嫌は最悪である…予約はしてあるが、やはり一秒すら惜しんでプレイしたいのがユーザー心理というものだ。
 それでなくとも気の短い蒼也が、一刻も早く障害を駆逐する方向で決意を固めるに充分な理由である…籍を置く大学の講義は代返を押しつけて憂いを無くして後、後は瘴穴を叩くのみ。
 日中は人目があるにも関わらず、とっとと始末をつけてそのままとんずらしちまえばいい、と始末書モノな考えで蒼也が現場に赴いた事を組織が知れば、彼を派遣した事を悔いたに違いないが、お互いの為に、という意味でも幸いにしてそれが他者の耳に入る事はなかった。
 何故なら、その場に居た人間は既に瘴気にあてられ、正気を失っていた為だ。
 瘴気の障りには特性がある。
 人の意識を無くすもの、じわじわと生命力を削って行くもの…今回のそれは、人の狂気、こと、闘争本能に走らせる代物らしく、ビジネス街の近さもあってかサラリーマンらしき背広姿の大半が目を血走らせて目につく者があれば闇雲に殴りかかって行く。
 否、一人だけ…確かな思考を保っている者が居た。
「お前、其処で何してやがる!」
蒼也はその乱闘の中、何処かで見たような背に訝しむ間もなく声で打つ。
 それにハッと振り返ったのは、先日、共に子犬の墓を作った少年である。
「こんなトコで遊んでねーで、子供はとっとと学校行きやがれ!」
自分の事は棚に上げて放つ大音声に、蒼也の存在に気付いた人々が一斉に襲いかかって来るが、欠片も焦る事なく的確に隙を突いては昏倒させていく。
 瘴気の影響下にあるとはいえ、人間は人間…動け無くさせてしまえばそれでいい、と些か乱暴だが確実な処置で蒼也は少年の元に行き着いた。
「よっぽどケンカ好きなのか? それにしちゃ、下手の横好きにも程があるぞ」
それまでに何人を相手にしていたは知らないが、少なくとも彼の周囲に五人は倒れ伏している…が、狂気に侵された人間を相手に健闘したといえようが、頬が腫れ、動きに少しぎこちなさが見えるに何発かはくらっているらしい…手に負えないのが承知なら逃げてしまえばいいものを。
 蒼也の進路を妨害した者こそは成敗されているものの、如何せん数が多くしかも光栄にも強敵と見なしてか、共闘の構えに人が輪を作り始めるのに蒼也は舌打つ。
「アンタはとっとと逃げろ、邪魔だ」
数が数だけに守り切るのは面倒、と自分本位ながらも少年を案じての提案…というか命令に、彼は首を横に振った。
「テメェ、ば……ッ」
かか、と続けようとした言葉は、見上げてくる赤の真っ直ぐさに呑まれる。
「舞えば、浄化出来ます」
墓を作る間も終始無言であった少年が、自発的に初めて発した声は自信ではなく、淡々と…だが、確かな事実を告げる言葉だった。
 それに蒼也はしばし黙し……にやりと笑う。
「ならお手なみ拝見させて貰うぜ。雑魚は俺に任せて、やってみな」
 舞う、と言った少年を守るべく背を向け、蒼也はまず包囲を狭めて来た手前の人間を、念動力でまとめて弾き飛ばした。


 瘴気に憑かれた人々は元より、瘴穴までも封じた少年の実力は、大したものなのだろう…意図しての浄化は不得手な蒼也は、ベンチに座って与えた缶コーヒーに口をつける少年、既に名乗りあって氷川笑也と知る彼を見た。
 口の端が切れている為、僅か顰める意外に表情に乏しい、といよりも欠落していると言った方が正しいか。
 言葉数も少なく、好んで荒事に首を突っ込むタイプにも見えないが、と蒼也は内心首を捻る。
「なんで彼処に居た? 金にもならんのに」
一応の所、退魔の組織にも縄張りめいたモノはある…それは地域毎に区画分けされているのではないが、依頼のレベルや専門とする分野に因るのは事実で余程の急場やそのような依頼でない限り、他の退魔師と共闘する事は珍しい。
 魔魅の発生を見逃すワケには行かないという、職業意識に溢れた人間…蒼也に言わせてみれば-自分も含めて-なんとも物好きな、人種は居はするが、笑也はどこかそういった分類からも外れているような気がした。
 蒼也の問いに、笑也は両手でコーヒーの缶を握り締め…一度、視線を併せるとついと逸らした。
 まるで本心を晒す事を恐れるように。
 だが、ぽつりと呟かれた言葉は偽りから遠かった。
「強くなりたい」
腿の上に肘を置く姿勢に、痛みを堪えているような、何かを恐れて身を竦めているような弱々しい印象を受ける。
 蒼也は、笑也が弱いとは思えない…だが、笑也の求める強さには何が足りないのだろうか、と痛ましく思った。
「……確かに弱ェな」
蒼也は、そう笑也の手を取り、掌で包み込むように拳を握らせる。
「お前、拳の握り方からしてなってねぇんだよ。握った時に指が浮いたら打った時に骨が痛む……こう、正拳を握るんだ」
指の背が平面になるように整える。
「ケンカの基本はテメェのダメージを如何に少なく、相手に与えるダメージをどれだけでっかくするか、だ。そのコツが掴めねぇウチはどんだけ場数踏んでも弱かろうよ」
そんな即物的な強さ、ではないだろうが、自らを傷つける為に拳を使うような、そんな生き方をすべきでないと思う自分の人の好さに蒼也は苦笑した。
「俺が古武道を教えてやるよ。今からお師匠様と呼んでいいぞ」
偉そうに胸を張る蒼也を見上げ、笑也が呼び掛けた。
「九条さん」
師匠と呼んで貰えずちょっと心寂しい蒼也に、笑也は続ける。
「……紅い、どんな花が咲きますか」
先だってに子犬を埋葬する折…紅い花が咲く場所を、と望んだ言葉を思い出す。
 子犬は、蒼也が案内した日当たりの良い、水場の斜面に埋めた。
「彼処は彼岸花で有名なんだ。秋には一面に花が咲く」
蒼也はその風景を思い出して僅か、目を細める。
「彼岸花の別名の曼珠沙華ってなぁ、梵語で紅い花、の意味があるそうだぜ?」
彼の望んだ通りの意味を込め、秋には弔いの花が咲くだろう。
 笑也はまた、目を伏せた。
 整えてやった拳は膝の上で、固く形を崩さぬままだ
 涙も見せずに泣く子供が、どんな思いであの舞を身に着けたのだろうか。
 彼がいつか悲しみに泣く事があれば…それこそが強さであるかも知れないと、蒼也はふとした思いに息を吐いた。