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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


容疑者その数……。

 新年早々、よくこれだけ人が集まったものだ。
 人で一杯になった境内には参拝客であふれかえっていて、誰もが思うだろう事を考えていた盛岬りょうもその参拝客の一人である。
「そろそろ帰るか」
「そうね、まあ進めそうにないけど」
 今回こうしてここにこようと言いだしたのは彼女、三日月リリィ。
 誘われなければ来なかった場所という物は、大抵何かが起きる物。
 それにここは人の多すぎる場所だからその確立が跳ね上がる事に気付いたのは後の話だ。
 ドンとぶつかった男相手に、今日何度目かの現象が起きる。
 たまにだが……こうして自分の意志とは関係なく何かが見える事があるのだ。
 別に幻覚などではない、不安定なものだがちょっとした予知や誰かの記憶を見るような物と考えて貰えればよい。
「あー、また……っ!」
 見えたのは、自分の財布だったのだ。
 慌ててポケットを探る。
「無い!」
 慌ててあたりを見渡すも時既に遅し、犯人は人混みに紛れて消えていた。
「やられた!」
 これが連続した悪質なスリ犯の仕業であると解ったのは、偶々近くにいて……同じように財布を取られた草間武彦に話を聞いてからの事である。

【綾和泉・汐耶】

 賽銭箱に小銭を投げ入れ、手を叩く。
 僅かな沈黙の後、綾和泉汐耶は隣で手を打っていたメノウが顔を上げるのを待つ。
 待つと言うほどの時間はなかったのだが、何を祈っているのだろうとふと思ったのだ。
 もちろん聞くのはマナー違反。
 顔を上げたメノウが、汐耶を見上げた。
「お待たせしました」
「行きましょうか」
「はい」
 二人揃って最も込んでいるだろう賽銭箱の近くから、多少すいている場所へと移動する。
 しっかりしたお姉さんと妹。紫色の着物を着た汐耶と紅い着物を着たメノウ。並んで立っていれば、仲の良い姉妹に見えた事だろう。
「次はどうするのですか?」
「そうね、草間さんの所で挨拶でも……?」
 近くから聞こえる声に、その考えを少しばかり訂正する。
 近くから知った人の声が聞こえたのだ。
「……知っている声に思えるのですが」
「聞き間違いじゃないようね」
 遠目から見ても、この人混みで声が聞こえた原因が騒いでいるからだと解る。
 どうやら七五三の服を着た子供二人相手に騒いでいるらしい人物は、りょうだった。
 二人の子供は、確か斎悠也の式神で悠と也と言う。
 近くでは、淡い桜色の着物を着た少女、リリィが困っているのも見える。
「何してるのかしら?」
 そう言いながらも、このままでは迷惑になるのは明らかなので一応声をかけるべきか。
 そう思って至る間に、他にも知っている人が居る事に気付く。
 青から薄青のグラデーションの振袖が印象的な……光月羽澄だった。
「彼女が居るなら大丈夫そうね」
 実際に騒ぎはすぐに治まった。
 念のために側に行き、事情を聞いてみる。
「何があったの?」
「それがスリにあったって……」
「新年早々災難ですね」
 それだけで騒いでいた訳ではなさそうだ。
「あけましておめでとーございます」
 声をそろえてお辞儀をする悠と也に、羽澄と汐耶も挨拶を返す。
「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう」
 ちなみに、新年早々財布をすられた知り合いがもう一人いた事が解ったのは、すこしだけ先の話。


 世間という物は、意外に狭いものだ。
 こんなに身近にスリにあった知人が居るのだから。
「飲み過ぎよ、武彦さん」
「そうです、義兄さん」
「うっ……」
 珍しくできた暇を利用してきた黒地の着物でシックに決めているシュライン・エマと暖かい色合いが可愛らしい零、その二人に攻められているのが、もう一人の財布をすられた人物。草間武彦である。
「もう少し早くお会いできていれば良かったのですが」
「そんな事無いですよ」
 残念そうな口調で天薙撫子。華やかな振り袖がよく似合っているのは、着物を普段から着ているおかげだろう。 
 知り合いもここまで揃えば十分だ。
 そして、こうして目の前に被害者が居る以上。スリはどうにかしなければならない問題だろう。
「二人の財布だったらナハトに頼めばいいんじゃない」
 羽澄の提案にシュラインも納得する。
「いいかも知れないわね」
「わーい、ナハッちゃんと遊ぶですー」
「楽しみですーー」
 ナハトが来ると解り悠と也の二人も楽しげである。
「ナハトに? でもこの人混みで……」
「無理だったら人型になってきて貰ったら? 幸い、ここらは電話繋がるみたいだし」
「つかれんだよなーあれ、まあいいか」
 携帯を取りだしたりょうがスッと息を整えて一言。
「『厳粛で破る事の出来ない夜』大丈夫か、ナハト……ああ、鍵よろしく」
 携帯をしまい、視線が集まっている事に気付いたりょうが顔を上げる。
「今のがナハトを戻す言葉な。あー、寝む。とりあえず、すぐ来るってさ」
「その間に話をまとめましょうか、草間さんも燃料切れで大変そうだし」
「そっちは気にしなくってもいいわ。少しぐらい我慢してよね、武彦さん」
 燃料、もといタバコ切れで本当に元気が無くなってきていたが、それは置いといて撫子が話を進める。
「どのような状況だったのですか?」
「まあお約束にぶつかってきた相手で、偶々気付いたから解ったけど、腕はまあ良かったな」
「慣れてると言う事ですね、特徴は?」
 汐耶の言葉に、りょうが上を見上げた。
 思い出そうとしているらしい。
「背は、俺より低かったな……で、髪が明るい茶だったようなー、服が黒っぽかった」
 身長以外は全部証言が曖昧だ。
「とりあえずりょうさんには考えて貰ってて、武彦さんは?」
 職業柄、目敏いはずだろう。
「盗られたとしたら、あの時だな。やけに歩くのじゃましてる奴が居たから……今考えてみればスリの常套手段だ」
 こうもあっさりとしてやられた事に、くやしそうな草間。
「常套手段なのですか?」
「そうね、例えばこう……」
 普通は撫子や汐耶のようにスリの手口に詳しくなくてもおかしくはない。その事に気付いて羽澄とシュラインが説明を始めた。
「りょうがされたみたいにぶつかって注意を引いた隙には良く聞く手だけど、二人以上でやればもっと別な事が出来るのよ」
「例えば私が人混みの中でゆっくり歩いてると前を見るでしょう、そうするともう一人が……」
「横から近づいて財布をすり盗る、これでお終い」
 もちろんそれなりの技術が必要だが、ばれたとしてももう一人が何かの理由を付けて王のを邪魔すれば逃げる確率はずっと高くなる。
 すぐには出てこずとも、一度聞きさえすれば確かにどこかで聞いた事のあるような話だ。
「そうなると犯人は複数ね」
「組織だっての犯行かも知れないから、そっちを当たってみるわ。りょうはどう?」
「思い出した、茶髪の帽子被ってたんだ、ニットのな、色は黒。それでスニーカーが青」
 話を聞き羽澄がまとめていく、後で連絡を取る為だ。
「それで調べてみるわ」
「了解」
「お願いね、羽澄ちゃん」
「統率が取れていない可能性も考慮して、囮をして捉えると言う事も」
「それもそうだな」
 極めて迅速に捕まえていく計画が立てられていく。
「犯人さんも馬鹿ですよね、盛岬さんと草間さんに手を出さなければもう少し普通に捕まっていただろうし」
「本当に、そう思います」
「私もそう思うわ……」
 汐耶にメノウとリリィも同意する。
 明らかに犯人の捕まるカウントダウンは始まっていたし、待っているのは末路という言葉に相応しい物になると言う予想は容易に想像できそうな事だった。



 どこかに集まる場所があるのではないかという羽澄達とは一度別行動を取る事にする。
「囮が一番のような気がするんですけど」
 人混みの中でスリを見つけるよりも、被害に遭っている人を見つけるか実際にスリに会えばいい。
 後者を実行に移すなら、現行犯で捕まえる事も可能だ。
「それでしたら、わたくしにお任せ下さい」
 おっとりした撫子なら、きっとスリも狙うターゲットに選びやすいと踏んでの事である。
「私もやるわ、何処にいるか何人いるかも解らないから。人手は多いほうがいいわよね」
「大丈夫なのか?」
 シュラインの事を信頼していても、それとこれとは話が別だと草間の言葉にポンと肩を叩く。
「不安だったら、今度はしっかり見守っててね」
 既に財布をすられている草間では無理だろう。
「わかった、スリがかかったらすぐに行くから気を付けてくれよ」
「もちろんよ、武彦さん」
 草間の行動に苦笑しながらも、悪い気分ではない。
「財布に何かしかけたほうがいいわよね」
 シュラインは噂を聞いた時点で、既に手提げ袋の中にねずみ取りを仕掛けてあるから、すぐに解るだろう。
「私の財布は封印をかけてありますから、盗られたとしてもそれを辿れば大丈夫でしょう」
「わたくしもすぐに身動きが取れないように致しますから」
 準備万端。
 あとはそこらを歩いてスリがかかるのを待つだけである。
「では、行ってきます」
 撫子が先に歩き初め、シュラインは犯人の特徴を再確認する。
「武彦さんの財布をすった二人組の特徴は?」
「前にいたのが、黒のジャケットにジーンズ。スリ盗った奴は……背は低めだな」
 酔っていたにもかかわらず、ここまで記憶がハッキリしている辺りは流石だ。だからといって盗られた失態は今さら無かった事に何て出来はしないが。
「そろそろ私たちも……」
 距離が開いたから、そろそろ良いだろうと歩き出そうとしていた汐耶とメノウが何かに気付く。
「待ってください、誰か来ます」
「一人、の様です」
 撫子に、声をかけて居る男の人がいるのだ。
 確かスリの手段に、相手の注意を引いている間に財布をすり盗る。そんな手段が有った事を思い出す。
「ちょといいですか、一人?」
 僅かに緊張が走るり、彼や回りに居る人からも不振な動きはないかと目を凝らす。
「いえ、今は近くに友人がいまして」
「友達って、女の子。だったらその子達も一緒に遊ばない?」
 軽い口調に、すぐに状況を察する。
 これは、ただのナンパだ。
「申し訳ございません、用事があるので」
「そんんなこと言わないで、ちょっとだけでいいから」
 尚も食い下がる男に、撫子は出来る限り丁重に断ろうと試みる。
 あれほどの容姿だ、声をかけたくなるのは解るが……今はとても厄介だ。
 ここでキツい行動に出れば、近くにスリが居た場合は警戒されるおそれがある。
「私が止めてきます」
「そうね、お願いするわね」
 人混みをかき分けていった汐耶が、撫子を困らせている男性に声をかけようとした矢先。
「……!」
 シュラインはこの人混みの中で独特の足音が近づいているのを聞き分け目を閉じ意識を集中させる。
 人混みに左右される事のない、どこか慣れた歩き方。
 その足音が、僅かにぶれる。
 撫子と汐耶の横を通った男が、少し離れた場所にいるシュラインにもハッキリと解った。
「二人とも!」
 シュラインの合図と同時に、撫子が腕を上げて妖斬鋼糸で絡め取る。
「逃しませんよ」
 捉えたのは、一人、二人。
「くそっ!」
 離れたところにもう一人仲間が。
 糸に絡め取られる前に、すった財布を投げて渡す。
「無駄な事をしますね」
「ええ、本当に……」
 汐耶の財布は向こうの手にあるのだから、すぐに解るのだ。
「まだ遠くには行ってません」
 汐耶の言葉を受け、シュラインがどうするかを決めながら逃げた犯人を追いかける。
「武彦さんと零ちゃんはそっちのスリを警察にお願い」
「出来たらチカンの罪もおまけして差し上げてください」
「……了解」
 こういう交渉が得意なのは草間だ。
「こっちです」
 ちょっとした騒ぎで、周囲の人混みが足を止めて身動きが取りにくい、そこを抜けさえすれば逆に張りしやすいぐらいである。
 けれど、着物とスニーカーではやはり差が出る。
 途中でで見失った事を悟り、頼れるのは汐耶だけだ。
「どっち?」
「向こうの……待ってください、今引き返してきて……」
「えっ!? 居たわ!」
「あの方ですね」
 逃げたばかりの男が、何かに追われたように戻ってくる。
 その時聞こえてきたのは、良く知った声。
「ーーっ! アレだ、あいつだ俺の財布盗った奴!」
「とにかく追わないと!」
 りょうと羽澄の声。
 どうやら向こうに行ったところを見つかったらしい。
「運のない人ね」
「……まだ終わってないみたいよ」
 ため息を付くようなシュラインの言葉は事件が、ではなく『犯人の不幸が』である。
 男は流れの緩い部分を見つけ、そちらに流れるように移動していく。
 人混みの中に、まるで小クレイターの様に緩やかな部分があり、その中央には紋付き袴を来た色男。
 逃げやすい方を選んだ結果、必然的に犯人の足はそちらへと向く事になった。後数秒で事件は解決だろう。
 相手は、斎悠也その人だ。
「ど、どけっ!」
 逃げていた男が悠也と鉢合わせ、怒鳴りつけたがいたって余裕の笑み。
 悠也が能役者のような振る舞いでザッと扇を閉じるだけで、回りから黄色い悲鳴が上がった。
 流れるような動きで扇を額へと突きつけると、スリの男は雰囲気に飲まれ動かなくなる。
「………っ」
 トンと扇で額を突くとヘナヘナと糸が切れたように、その場に座り込んだ。
「相変わらずね」
「ええ、本当に……」
「無事解決、ですね」
 どうやらこれでスリの件は落ち着いたようである。
「あけまして、おめでとうございます」
 悠也は平然と微笑んだ。



 結局あの場所でスリを行っていた人数は5名、全員キッチリ捕まり窃盗の容疑以外にチカンや器物破損の罪をプラスされて警察に届けられたそうだ。
 チカンの罪はよく解らないと証言。
 もちろん警察は信じなかった。
 器物破損は、スリグループがたまり場にしていた、ファミリーレストランが請求した物のようである。
 日頃の行いは大事だという良い教訓である。
「あーー、よかった!」
「これでタバコが買えるっ!」
 本来は証拠品として色々手間取るところだったのかも知れないが、そこら辺を端折るのは犯人を捕まえた特権だと勝手に納得。
 喜んでいる二人はさておき、これからはゆっくり出来る。
「仕切り直しにしましょうか」
「はい、おみくじとかも引いてみたいです」
 今度こそ、何事もなくすませたい物だ。
「ご一緒しましょう」
「わたくしもまだお参りを済ませていませんでしたから、ご一緒させてください」
 それが終わったら、いつものように興信所に行くのもいいかも知れない。
 きっと、こうして決めなかったとしても興信所で会っていた事だろうから。
「私たちは住ませてしまいましたから、向こうの甘酒を配っているところで待ってます。行きましょうか、メノウちゃん」
「はい、お姉さん」
 この人混みで二回も祈るのは大変だ。
「解ったわ、じゃあまた後で」
「羽澄はどうするんだ?」
「そうね、私はお汁粉でも……あっ、伊織」
 人混みの中で、羽澄を見つけて駆け寄ってくる人物が一人。
「私行くわ。今年も宜しく」
 ナハトを撫でてから、手を振る。
「ああ、今年もよろしく」
「良かったね、羽澄ちゃん」
 ニコリと微笑んでから、羽澄は人混みの中へと紛れていった。
「それじゃ、行きましょうか」
「そうですね、では」
 シュラインや撫子と共にお参りに向かいかけていた悠也が、思い出したように振り返る。
「後でおみくじを引いて貰えませんか?」
「……?」
「結果がどうなるかと言う話しになったものですから」
「…………まてこら」
 実際どうだったのかはあまりにもお約束なので置いといて、しばらく後の興信所。
 何時来ても、何かの事件が起きる確率が高いのに落ち着く場所というのも不思議なものだ。
 ゆっくりとお茶を飲みながら、いつものように会話を交わす。
「良くできていますね」
「おいしい……」
「本当に、何かこつがあるのですか?」
「ありがとう、そう言って貰えると作った甲斐があるわ」
 前から下ごしらえなど色々と準備をしていただけに嬉しい。
「コツって言うほどの物ではないんだけど、里芋を煮付ける前に一度揚げておくと味が良くしみておいしくなるのよ」
 他の説明もしながら、ぜひ試してみてねとシュライン。
「よかったらこちらもどうぞ」
 悠也も重箱を持参していて、蓋を開くと思わず感嘆するばかりの彩りが詰まっている。
「すっげ」
「家じゃ食べられないもんね」
「よし、飲むか」
「兄さん」
「今度は程々にね、武彦さん?」
 あまり昼間から酔うのは、興信所所長として控えて貰わないと困る。

 のんびりと話したり、ゆっくりとお茶を飲んだりと……草間興信所の新しい一年は、こうして始まった。



     【終わり】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0164/斎・悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】
【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女)】
【1282/光月・羽澄/女性/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1449/綾和泉・汐耶 /女性/23歳/司書 】

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■         ライター通信          ■
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あけましておめでとうございます。
参加していただいた皆様、ありがとうございました。

今回の個別部分はオープニング。
事件部分で犯人追跡編が羽澄ちゃんと悠也君。
囮編がシュラインさんと汐耶さんと撫子さんです。

楽しんでいただけたら幸いです。
ちなみに余談にはなりますが、おせちの里芋の煮っ転がしを揚げてから作ると味がしみておいしい。
というのは私が食べたおせちでおいしかったものであったりします。
本当においしかったのでよかったら試してみた下さい。

それではまたお会いできる時をお待ちしてます。