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５０％オフ
ふと足を止めたのは、その音に聞き覚えがあったからだ。
顔を横に向けると見覚えのある単車と見覚えのある背中があった。愛用の単車を邪魔にならぬようにとめたあと、メットを外し、軽く横に首を振る。さらさらと髪が揺れ、一瞬、動きが止まった。そして、振り向く。
「奇遇だな」
やはり、そう。思ったとおり、柚品孤月だった。
「あ、香坂さん。こんにちは、今日は仕事ですか？」
柚品は穏やかに反応し、言葉を返して来る。
「何かあればと思ってな。おまえもか？」
「いえ、俺は……なんとなくです」
柚品は答え、単車に向かい、屈む。
「では、やはり奇遇だな」
その背に言葉を投げかけ、香坂は歩きだした。柚品もそれに続き、連れ立って草間興信所の扉へと向かう。柚品が僅かに前に出て、扉を軽く叩き、失礼しますと声をかける。扉を開くと、そこにはいつもの面々、所長たる草間武彦とその妹の零、そして事務員のシュライン・エマがいた。
「はーい……って、なんだ、あんたたちだったのね」
やけに丁寧に迎えられたと思った次の瞬間にはそんな言葉。
「なんだはないだろう」
ご挨拶だなと思いつつ、香坂はエマに言葉を返す。
「よう」
草間は呑気にも窓辺で煙草を口にしていたが、二人に気づくと煙草を灰皿に押しつけるようにして消した。
「……仕事は、なさそうだな」
ぽつり香坂は呟く。
「さあ、どうだろうな。とりあえず、そろそろ依頼人が来る時間だが……おっと、今度こそ依頼人のようだな」
背後で扉を叩く音がした。草間が窓辺から動き、香坂と柚品は窓辺の方へと移動する。そして、扉が開き、中年の男が頭を下げた。
「家を買おうと思っているんですよ」
そんな言葉から始まった男の依頼は簡単に言ってしまえば、家の調査だった。家を購入する予定だが、その家には殺人があった、幽霊がでる、妙な夢をみる、音がするといった不穏な噂と住居人がころころと変わるという実績があり、家族が反対をする。その家族を説得するために、不穏な噂は所詮、噂であり、不可思議なことなど何もないと証明してほしいというのだ。
「どうしたんです？」
男の話をそれとなく聞き、苦笑いを浮かべている香坂に気づいた柚品は問うてきた。
「いや、どうとも、なんとも、な……」
香坂は苦笑いを浮かべたまま答えた。いわくつきだとわかっていながら買おうとするその神経は理解できない。が、安ければ買いたくなるその心理はよくわかる……。
「？」
そうしている間にも商談はまとまりつつあった。
「とりあえず、了解した。それで、実際に幽霊が出るという結果が出た場合は……」
「言ったでしょう？ 私はそういうものは信じていません。心霊現象？ 超能力？ 宇宙人？ そんなもの……すべて、政府の陰謀ですよ……」
男はそれだけ言うと一礼して去った。なんとも言えない顔でそれを見送った草間は、ため息をついたあと場を見渡し、言った。
「……というわけで、壊さない程度によろしく頼まれてくれないか？」
その言葉が終わると同時に反射に近い速度で、名乗りをあげたのは男と草間が話している間に訪れた中学生らしき少年だった。
「任せろ！ 絶対に心霊現象があることを証明してやるっ」
ぐっと拳を握り言い切る少年。
「おいおい……」
「だってさあ、その台詞って俺の存在まるごと否定されているようなもんじゃん……」
俯き加減に少年は呟く。それから顔をあげた。
「そーいうのが一番ムカつく。怖がられたり嫌われる方がまだマシ……ああ、安心しろ、武彦には迷惑がかからないようにやるから。じゃ、行ってくるぜ！」
「いや、そういう問題では……ありゃ、行っちまったよ……」
草間の言葉が終わる前に少年は颯爽と出て行き、もうその姿はない。
「元気がいいですね」
苦笑いを浮かべ、柚品は呟く。香坂は黙って横に首を振り、軽く肩を竦めた。
「まあ、気持ちもわからなくもないけどな……で、あいつだけではどうにも不安なんだが？」
草間は場に残された面々を見回す。
「あ、俺も引き受けます」
柚品は苦笑いをやめ、小さく手をあげた。続いて香坂も胸のあたりまで手をあげる。
「俺も行こう」
「はい、これが資料。私もあとで行くから、よろしく」
調査を引き受ける旨を示すとエマが資料を差し出した。
「ありがとう。あとは……」
草間は頷き、柚品と香坂、それぞれの顔を見やったあと、最後に先程の少年のあとに草間興信所へと訪れた癖のある黒髪に深い緑の瞳が印象的な青年に顔を向ける。
「まあ、勉強がてら見てきますよ。出たら出たで、それを潰せばいいのでしょう？ そうですね、礼は……」
エマから資料を受け取りながら青年は答えた。
調査対象である問題の家は、所謂、新興住宅地、近年になって開発が行われだした場所にあった。
見事に区画整備され、計算されているだろう景観。公園には子供の声が響き、住民たちの表情も明るい。
「雰囲気は明るいようだな」
香坂は周囲を眺め、言った。付近住民の表情を見る限りでは、この区画に幽霊が出るという不穏な家があるようには思えない。
「こうやって見ると土地柄には問題はなさそうに思えますね」
同じように周囲を眺め、柚品は答える。
「さてと、それはどうでしょうかねぇ」
柚品の言葉を受け、聞こえるか聞こえないかという程度の声で言ったのは、功刀渉だった。最後に草間の視線を受けたあの青年である。
「この辺りの地名は『宮』がつくようです」
続けられた言葉に香坂はちらりと功刀に視線をやった。それからすぐに視線を正面へと戻す。
「宮がつく地名……御霊封じの土地柄……？」
はっとしたように柚品は呟く。
「どういう意味？」
歩きながら柚品を見あげ、訊ねたのは、元気よく興信所を飛び出したあの少年だ。名は伍宮春華。手にしている布に包まれた長いものが少し、気になる。
「『宮』という地名、例えば、一宮とか四宮とかそういった地名は、何かを祀り、封じた土地につけられることが多いとか」
「ふーん」
柚品の説明を理解したのかしないのか、とりわけどうでもよさそうに春華は答える。
「地図から行くと、件の家はあれということになるが……あれは……」
住宅街の外れ、境界に位置する場所に建てられた家。それが目的の家だ。それを見つけ、香坂は足を止めた。小さく息をつき、僅かに表情を引き締めると再び、歩きだす。
どうやら、普通ではない『何か』があることだけは確かのようだ。家を覆う暗い影のようなものが見える。
「これはこれは……位置的に『最高』ですな」
周囲を見やり、方向を確認したあと功刀は言う。自分と同じように見えているのか、或いは。
これを使うことになるかもしれない……香坂はヴァイオリンケースをそっと撫でた。
家の中へ足を踏み入れ、最初に思ったことは、空気が重いということだった。
埃っぽいというわけではない。湿っぽいというわけでもない。だが、どうにも陰気な印象を受けた。
「うわー、とりあえず、窓開けようぜ、窓」
春華が窓を開けてまわる間に、功刀は図面を片手に家の中を見てまわる。柚品は春華が一階の窓を開けていることを受けて、二階の窓を開けに行った。
「とんでもないな……」
香坂は小さく呟き、家の中を見やる。普通では考えられないほどに、そこには霊の姿が見える。所謂、霊道、霊の通り道なのかもしれないが、しかし、それにしても異常な数に思えた。
「さて、どうする？」
窓を開け終えると、春華はまずそう言った。
「死体を塗りこんだとかいう話をしていたからな。まさか、そんなことがあるとは思えないが、とりあえず壁を調べてみようと思う」
香坂は答え、和室へと向かう。何もない……いや、ひとつだけ。そこにはタンスがあった。これが依頼者が言っていたひとつだけあるタンスかと思いつつ、とりあえず壁を調べることにした。
壁の前に立ち、壁に軽く触れる。そのあと、一回だけ、こつんと叩いた。
「……」
耳を澄まし、音を聞く。とりあえず、それを基本とし、次の壁も同じように叩く。
同じ感覚、同じ反響。
地道に叩き、音を調べる。リビングの壁を叩き、香坂は微妙に表情を変えた。
音が、違う。
もう一度、叩く。やはり、他の壁とは音が違う。しかし、壁の厚さから考えて、そこに人を塗り込めることなどできそうにない。
「音が違いますか」
確信的な言い方。振り向くと図面を持った功刀がいた。
「そこ、音が違いますよ。中身が……使われている断熱材が違いますからね」
「……詳しいな」
「これでも建築系なもので。あなたこそ、その僅かな音に気づくとは」
功刀はすっと名刺を取り出すと、差し出した。とりあえずそれを受け取り、視線を落とす。
「だが、それだけではないだろう」
この男からはそれだけではない何かを感じる。それはどこか自分にも似た気配。表だけではない、裏に通ずる、何か。
「あなたもね」
返ってきたその言葉に香坂はふっと笑みを浮かべ、背を向けた。家の専門家がいるのであれば、科学的な見解に関しての調査は委ねてしまっても構わないだろう。いや、むしろ任せた方がいい。
香坂はエマから渡された資料を見やる。そのなかにこの家の過去の住人と入居期間が記されたリストがあった。建てられて三年、入居した家族は五つ。そのリストによると、最初の家族が一ヵ月という短さであったことを除けば、最近になるほど入居していた時間が短いことになる。
そういえば、妙な夢を見るという話をしていたか。香坂はそれを思い出し、リストを見やる。どんな夢を見たのか、その内容が気にかかった。話を聞くことができればと思ったが、電話番号は生憎と記載されていない。しかし、以前の住人が案外とこの近くに住んでいることに気がついた。住所から見ると、三軒向こうということになる。
行ってみるか……。
香坂は三軒向こうの以前の住人を訪ねてみることにした。
ぴんぽーん。
インターホンを押す。すると、二十歳そこそこと思われる青年が顔を出した。
「はーい……って、あれ」
手には印鑑がある。どうやら問答無用に宅配便扱いであるらしい。
「いきなりで失礼ではあるのだが、以前、三軒向こうに見えるあの家に住んでいたことがあったと思う。その家について少々、教えてくれないか」
すると、青年はきょとんとしながら香坂が示した方向を見やる。それから、はっと顔色を変えた。
「なに、あんた、あの家に住もうとしているわけ？」
こくり。香坂は頷いておく。
「やめときなよ。絶対、やめた方がいいって。ホント、悪いことは言わないから」
「何故？」
「こういうこと言うのってどうかとは思うけど……でも、不動産屋は説明してくれなかったしな、いいや、言っちゃおう」
そうだ、存分に言ってくれ。香坂は頷く。
「ぶっちゃっけ、幽霊が出るんだよね……」
「それは知っている。あ、いや、例えば、どんな？」
「俺は見なかったんだけど、妹が見たって言ってたな……俺も廊下とか歩く足音とかよく聞いて……それに、なんだか見られているような気がするんだよ。眠れば眠ったで、なんかいやーな夢を見るし」
はぁと青年は深いため息をつく。相当にイヤな思いをしたらしい。
「夢？」
そう、そこが本題だ。香坂はすかさず訊ねた。
「そう。何度も見るんだけど。白い着物の女がいてさ。痛い痛いっていうんだよ。声をかけると足が痛くて動けないっていうから、じゃあ、背中を貸してやるよというと、素直におぶさってくるんだ。で、しばらく歩くと女の姿が白い巨大な蛇になって、全身を締めつけられるんだ。苦しくて目が覚める」
いつも睡眠不足だったよと青年は言う。
「いつも同じ展開なのか？」
「いや、さすがにね、何度も見ていると自分も夢だとわかってくるからさ。声もかけずに逃げたんだよ。そうしたら、巨大な蛇になって追いかけてきた。参ったよ……家族も似たような夢を見ていたし、面白がって泊まりにきた奴も同じ夢を見たってさ。二度と泊まりに来なかったよ」
苦笑いで青年は言った。
「なるほどな。参考になった。礼を言う」
「いや、いいよ。俺、あの家に住んだあと、こういう周辺の調査って必要だなって感じたし」
親父も相場から外れたものには理由があるとわかってくれたしねと青年は笑った。
件の家に戻るところで、柚品の姿を見かけた。
「……」
どう見ても付近住民であろう主婦らしき若い女性数人に囲まれ、少し困ったような笑顔を浮かべている。
困っているのか……。
その雰囲気は、この場をあとにしたい。だが、言いだせない。どうしようというふうに香坂には見えた。
「何をしている。さぼるな」
べつにさぼっているとは思っていない。付近住民に対する情報収集を行っていたのだろう。それがわかっていて、少しきつい口調で言葉を投げかけた。香坂の声が響くと、柚品はすぐさま反応し、何回か周囲の女性に頭をさげたあと、ほっとした表情で香坂のもとへと駆けてきた。
「助かりました」
苦笑いを浮かべ、柚品は言う。
「いや、気にするな。だが、ああいうときは少し冷たいかもしれないが、ぴしゃりと言葉を遮りあとにするくらいではないとな。そうしないと気づくとお茶とお菓子を出されて世間話に参加……ということにもなりかねないぞ」
「ええ……危うくそうなりかけました……」
柚品はふぅと息をつく。
「わかってはいるんですが、情報収集に快く応じてくれた手前、心苦しくて」
そう続けた柚品をちらりと見やり、僅かに目を細める。礼儀を知るだけに器用にやり過ごせない場面も多いことだろう。とはいえ。
「そこがらしいところか……」
香坂は笑みのようなものを浮かべ、静かに目を閉じる。
「え？」
「なんでもない。それで、情報収集の結果は？」
通りを歩き、家へと辿り着く。扉を開きながら香坂は問うた。
「窓辺によく白いものが立っているのを目撃するそうです。実際に見たという人も何人かいましたね。新しい住居人が何ヵ月もつかと賭をしている人たちもいるとか」
「呑気な話だな……」
その話からわかることは、付近住民にとって、この家は驚異ではないということだ。
「依頼人が壁に妻を塗りこんだとかいう噂を話していたので、それについても訊ねてみました。……笑われました」
廊下を通り抜け、リビングへと戻る。見回すとキッチンに功刀がいた。図面を見やり、何かを書き込んでいる。あとから来ると言ったエマはまだ来ていないらしい。春華の姿もない。
「なるほどな。……そうだ」
ふと和室のタンスが目についた。これを調べようと思っていたのだ。
「気になっていたんだ。これを調べてみようか」
骨董品の域に達するであろう古いタンス。それを前に柚品は感嘆の吐息をつく。
「これは……かなり年代物ですね。いつの時代のものだろう……すみません、ちょっと……」
柚品は手を伸ばし、タンスに軽く触れる。瞼を閉じ、しばらくそうしたあとに満足げな表情で手を離した。
「これはある女性が嫁ぐ際に贈られたもので、とても大切に扱われてきたもののようです。その女性から娘の手に渡り、そこでも大切に扱われ……ですが」
柚品の表情が曇る。
「女性が亡くなり、売りに出されたようです。行く先々で問題を起こし、何度となく売り買いされ、とりあえずここへ落ちついているようですね」
「問題を起こす……？」
「ええ……あ、エマさんですね」
柚品の視線がリビングへと向く。同じように視線をやると、エマがいた。
「どう、調査は進んでいて？」
エマは周囲を見回し、うんと満足そうに頷く。
「器物損壊はしていないようね」
「最も危なそうな彼は夢の中で調査中ですから……と、終わったかな」
功刀は答える。なるほど、姿を見ないと思ったらそういうことだったのか。香坂は納得する。そのあと、どたどたどたと階段を勢いよくおりてくる音が聞こえてきた。そして、リビングの扉が勢いよく開かれた。
「おい！」
春華だった。功刀の背広の上着を片手にリビングへと現れる。話を聞くために香坂と柚品も和室からリビングへと移動をする。果して、夢は見られたのか……。
「はい、おつかれ。どうだった？」
「あ、ああ、ばっちりだぜ！」
どんと胸を叩き答える春華に功刀は手を出した。春華はああそうかと上着を差し出す。功刀はいそいそと上着を羽織る。
「おい！」
春華は不意にはっとした表情で功刀に食ってかかろうとした。
「で、どうだったの？」
しかし、エマに遮られる。春華は功刀を気にしつつ、夢のことを話しだした。
「暗いところにいてさ、痛い痛いって声がするから、そっちへ行ってみたんだ。そうしたら、白い着物の女がいてさ。足を怪我して動けねぇっていうんだよ」
どうやら、青年に聞いた話と同じ展開であるらしい。誰もが同じ夢を見るというのであれば、これは霊的なものと判断していいだろう。
「じゃあ、おぶってやるよ。でも、途中から重くなったりするなよって言ったら、黙っちまってさ。……なんだよ、その顔は！ 俺、間違ったことなんか言ってないぞ！」
「そうね、間違ってはいないけど。……いい根性」
香坂の、いや、おそらく他二人も言いたかったであろう言葉をエマが口にする。
「あ？ なんか言ったかよ？ ……じゃあ、続きを話すからな。そうしたら、女が……我が身の上に立つ……災いを……えーと、そう、我が身の上に立つそなたらに災いを、でも、痛みを取り除き、酒で祀れば福をもたらすと言ったんだ」
うーんと唸りながら春華は言い、こくんと頷いた。
「我が身の上……地面に埋められているのか？」
香坂は床を見つめ、呟く。
「まさか、遺体……？」
柚品は目を細める。香坂は横に首を振った。
「ここに泊まり、夢を見た奴らの話は、途中までは今の話と同じだった。痛いという声、白い着物の女……彼らは、逃げるか、おぶるかしたそうだ」
「普通の反応ね」
「逃げた奴は、白い蛇に追いかけられ、頭から食われそうになったところで目が覚め、おぶった奴は、女が白い蛇に姿を変え、身体中を締めつけられたところで目が覚めたということだ。……蛇だろう」
「そうだな。俺も蛇だと思う」
春華はあっさりと同意した。思うところがあるのかもしれない。
「蛇ですか……」
「どうしました、柚品さん？」
柚品はどこか晴れない表情で呟く。功刀は柚品を見やり、問うた。
「あ、いえ。では、床下を探りますか？」
「そうねぇ。問題は誰が行くかだけど……」
エマは周囲を見回す。同じように一同が周囲を見回す。そして、その視線は春華に集中した。それは、背の高さからいけば当然の成り行きにも思えた。
「……」
「……」
沈黙のあと、功刀はキッチンへと歩き、床下収納の扉を開いた。収納ボックスを外し、床下への道を開く。
「伍宮さん、入口はこちらです」
さあどうぞと功刀はにこやかに告げる。
「懐中電灯だ」
香坂は懐中電灯を差し出した。
「すみません、お願いします」
柚品はすまなそうに言う。
「はい、いってらっしゃい」
ぽんとエマに背を叩かれ、春華は床下へと旅立つ。が、床下へ姿を消すその前に、不意に春華は言った。
「くそっ、ジャンケンだ！ ジャンケン、」
ぽん。皆が手を出す。グー、グー、グー、グー。春華だけチョキ。
「これで文句ないわよね」
「天命だな」
しくしく。春華は床下へと素直に姿を消した。
春華が床下で白い蛇を発見、その身体を板にとめていたという釘を抜き、そのあとで浄化のヴァイオリンの音を響かせ、調査はとりあえず終了した。
「タンスは大切にすれば家の守り神になってくれますよ」
……粗末にすれば祟りますけど。柚品はそう付け足した。
「あいつも酒で祀れば福をもたらすとか言ってるし、問題ナシだな！」
春華は明るくそう言ったあと、いや、あった、あいつに心霊現象があることを認めさせてこそだったと付け足し、拳を握る。……やる気だ。
「家相が良くないのであまり勧められた物件ではありませんけどねぇ。まあ、タンスと蛇が守ってくれるなら、それを差し引いて、とんとんですかね。ああ、それと、これも依頼人に渡しておいてください」
功刀は名刺と見積書と書かれた紙をエマへと渡す。
「少し手を加えれば、家相の悪さを解消できます。まあ、無理にやる必要もないですが。やるつもりがあるならば、うちへどうぞってことで」
なるほど、商売上手だ。見習わなければ。香坂は功刀を見つめ、うんと頷いた。
「さて、一仕事終えたところでもう一仕事つきあってくれないか？」
興信所をあとにし、香坂は空を見あげた。そろそろ陽も暮れかけている。
「あ、いいですよ。なんですか？」
「実は、今日ならば、相場の半額で、どうしようか迷っていたんだ……」
香坂はややわざとらしいとも思える重々しい動作で折りたたんだ紙を取り出すと、柚品の前で広げた。
新装開店、焼肉《じゅうじゅう》５０％オフ特別サービス券……と書かれていた。
「……素直にメシ食おうって言って下さいよ」
はう。ため息をつく柚品を尻目に香坂は歩きだした。
新装開店の焼肉店。
さて、その味は相場に見合ったものか、どうなのか……。
−完−
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【1892／伍宮・春華（いつみや・はるか）／男／75歳／中学生】
【1532／香坂・蓮（こうさか・れん）／男／24歳／ヴァイオリニスト（兼、便利屋）】
【2346／功刀・渉（くぬぎ・あゆむ）／男／29歳／建築家：交渉屋】
【1582／柚品・弧月（ゆしな・こげつ）／男／22歳／大学生】
【0086／シュライン・エマ（しゅらいん・えま）／女／26歳／翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員】
（以上、受注順）
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■ ライター通信 ■
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依頼を受けてくださってありがとうございました。
相関図、プレイング内容に沿うように、皆様のイメージを壊さないように気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。遠慮なく、こういうときはこうなんだと仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。
はじめまして、香坂さま。
柚品さまと親友という間柄ということで、少し意識して書かせていただきました。が、どうなのだろうと少し不安です。いえ、親友というのはいろいろあると思うので。
最後、焼肉を食べに行ってしまいましたが、焼き肉がキライだったら……す、すみません（汗）
今回はありがとうございました。またご縁がありましたらよろしくお願いします。
願わくば、この事件が香坂さまの思い出の１ページとなりますように。
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