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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


真っ赤なセーラー服
「……っ、と、なんだ!?」
 上から落ちてきた植木鉢をすんでのところでかわしながら、不城鋼は声を上げた。
 見れば、地面に落ちて粉々になっている植木鉢の横に黒ローブ姿の少年が尻餅をついている。少年は鋼を見上げて、目をぱちぱちとしばたたかせていた。
「あ……あの、ごめんなさいっ!」
「ん? いや別にあんたが悪いわけじゃないし……」
 なぜ謝られたのかわからずに、鋼は首を傾げた。
「いえ、実は……僕、狙われてるんです」
「……は?」
 真剣な表情で告げられた言葉に、さすがの鋼を目をまるくする他はなかった。

「……とまあ、こういうわけなんです。なんとなく、ただのいたずらっていうよりは、命を狙われてるとか、そんな感じかなって……」
 とりあえずは落ち着ける場所ということで、神聖都学園内にあるカフェへと移動したふたりだったが、そこで鋼が少年――学園の生徒で、朝野時人というらしい――に事情を聞いたのだったが、事態は鋼が想像していた以上に深刻だった。
 上から植木鉢やバケツが落ちてくるのはもはや日常茶飯事だし、しょっちゅう階段からつきおとされかけるし、食べものの中にガラスのかけらが入っていることもある、のだそうだ。
 原因はわからないし、なにか心当たりがあるわけでもない。手がかりはといえば、、以前、階段からつきおとされかけたとき、ちらりと見えた赤いセーラー服のすそだけで……犯人のめぼしはまったくついていない、ということらしい。
「なんていうか……それで、よく、平然としてられるな」
 時人のあまりにものんびりとした対応に、鋼は思わず肩を落とした。まったく、そんなにひどいめに遭っておきながら、どうしてこう平気な顔をしていられるのだろうか。
「まあ、これも修行のうちかな、って……思いません?」
「……普通は思わないだろ、それ」
 首を傾げてにへら、とした表情で訊ねられ、鋼は思わずツッコミを入れた。時人は照れくさそうに笑う。
「あの……それで、その、今の状況でこういうことお願いするのって、なんだか図々しいかなって思うんですけど。もしよかったら、犯人探し、手伝ってもらえませんか?」
「まあ、乗りかかった船、ってやつだな。しょうがない、手伝ってやるよ」
「ほ、ホントですか!? ありがとうございます! 助かります!」
「……ま、気にするなよ」
 ぱたつかせているしっぽが見えそうな勢いで頭を下げられ、鋼は思わず苦笑した。
 もともと、総番などというものをやっていた関係上、後輩から懐かれるのには弱いのだ。
「……なにか、物騒な話をしていたようね」
 そこに、後ろから声がかかる。鋼が振り返ると、ゆるくウェーブのかかった銀髪の、どこか神秘的な印象の少女が立っていた。
「あ、あの、あなたは……?」
 時人が訊ねると、少女はふ……と笑みを浮かべる。
「私は硝月倉菜。立ち聞きはあまり行儀がよくないとは思ったのだけど、ちょっと気になる単語が聞こえたものだから」
「気になる単語、って?」
 今度は鋼が聞き返す。
「命を狙われているそうね。同じ神聖都学園の生徒として、見逃してはおけないわ」
「じゃあ……その、硝月先輩も一緒に犯人を探してくれるんですか?」
「……ええ。あなた、もう少し詳しい話を聞かせてくれないかしら?」
 倉菜が首を傾げる。
 時人はやや赤面しつつ、何度も大きくうなずいた。

 空き教室では男ばかり、大勢の人間が整列して、鋼の方をじっと見つめている。
 全員、鋼の言葉を待っているのだ。
「……うわ、すごい」
「そうか?」
 その様子を見て目をまるくする時人に、鋼は首を傾げた。すごい、と言われても、鋼にとってはこれは当たり前のことなので、どうすごいのかわからない。
 とりあえずは、二手にわかれて調査をしよう――そういうことになったので、それならばと、鋼の人脈を駆使して手がかりを探すことにしたのだ。
 いくら神聖都学園が広いといっても、これだけの人手があれば目当ての生徒はすぐに見つかるはずだ。
「ま、でもこれだけ人手があったら、赤いセーラー服なんてすぐに見つかるだろ? 赤いのなんて珍しいし」
「でも、こんなにいっぱい……なんか、悪いような」
「あんまり気にするなって。困ったときはお互いさま、って言うしな」
「……は、はい! じゃあ、なにかあったら僕に声かけてください。がんばります!」
「ああ、そのときはよろしく頼むな」
 あまり期待せずに言いながら、鋼は集まった男たちの方へ向きなおる。
「一応、話はわかってると思うが、探すのは赤いセーラー服だ。多分女だとは思うが……ま、男でもかまわない。とりあえず、赤いセーラー服を着た人間がいたら、教師だろうと生徒だろうと俺のところに報告すること! 解散」
 よく響く声で鋼が号令をかけると、男たちは低い声でウス、と答える。
 そうして、みるみるうちに教室から男たちの姿が消えていく。
「なんだか……こう、すごいです」
 時人はその様子になぜか感激しているらしく、キラキラとした眼差しを向けてくる。
「そ……そうか?」
 なんだかこそばゆくなって、鋼は時人から視線をそらして笑みを浮かべた。

「……その様子だと、収穫はあったようね」
 約束の場所で鋼たちと落ち合うと、倉菜は開口一番にそう言った。
 鋼は重々しくうなずくと、言いにくそうに倉菜から視線をそらす。
「どうしたの?」
「……なんか、調査、してみたら……赤いセーラー服って、結構、有名な怪談らしくって……」
 浮かない様子で、鋼の代わりに時人が答えてくる。
「やっぱり。私のほうも、風紀の先生からそう聞いたわ」
「僕、どうしたらいいんでしょう。その、お化けとかそういうの、全然ダメなんです」
 時人はすっかり怯えた様子で、鋼にすがりつかんばかりだった。
「なにか、心当たりはないの? その子を怒らせるようなことをしたとか……話によると、その子、旧校舎の階段のあたりで亡くなったそうだけど」
「旧校舎の階段……?」
 倉菜が言った途端、時人が顔色を変える。
 どうやら、なにか心当たりがあるらしい。
「いったい、どんな悪さをしたんだ?」
 鋼が時人のわき腹をひじでつつく。
「悪さをした、っていうか……僕、そういえば、この間、旧校舎の階段で転んだんです」
「そのときに、赤いセーラー服の幽霊を怒らせるようなことをしてしまった――ということでしょうね」
「……なんだ、ある意味自業自得じゃないか」
「ご、ごめんなさい……」
「私たちに謝っても仕方ないでしょう? ……行きましょう」
 ため息をつくと、倉菜は踵を返した。原因がわかったのなら、直接、その原因のところへ行けばいいのだ。
 交渉して終わればそれでいいし、もしもダメなら強制的に浄化してしまえばいい。どんな事情があろうとも、命を狙うほどの悪さをする霊を放置しておくわけにはいかない。
「あの、ど、どこにですか?」
「決まってるでしょう? 旧校舎よ。早くしないと日が暮れるわ」
 短く言うと、倉菜はふたりを置いてすたすたと歩きはじめた。

「ここ……か」
 時人が転んだという階段の前にたどりついて、鋼は緊張した面持ちでつぶやいた。
 まだそう遅い時間でもないというのに、あたりはうっすらと暗くなっている。だが、この階段のまわりは、他と比べてさらに一段階暗いように思えた。
「いやな雰囲気ね」
「ああ、かなりな。でも、こんなところになにしに来たんだよ」
「ちょっと、教室を間違えちゃったんです」
「……どう間違えたらこんなところに来られるのか、理解に苦しむわ」
「方向音痴なんです。……すみません」
「まあ、たまには間違えることもあるだろ。気にするなよ」
 すっかり落ち込んだ時人を、鋼はなぐさめてやる。こんなことをする柄ではないのだが、やはり、習性のようなもので、後輩が困っていたり落ち込んでいたりすると反射的になぐさめてしまう。
「この階段を上がってみれば、『彼女』に会えるのかしら」
 そんな様子など気にもとめない様子で、倉菜が階段を上がっていく。
「……きゃっ」
 5,6段上がったところで、倉菜が悲鳴を上げる。あわてて鋼が駆け寄ると、倉菜が背中から落ちてくる。
「わっ……!」
 鋼はなんとか倉菜を支えた。だが、かなり小柄な鋼は倉菜とそう体格が変わらないため、思わずよろめいてしまう。
「ごめんなさい、もう大丈夫よ」
 それを察したのか、倉菜はすぐに鋼から離れる。そして、階段の上の方に厳しい視線を向ける。
「ん、あっちになにか……」
 言いながら倉菜の視線の先を見て、鋼は絶句した。
 真っ赤なセーラー服――スカートのすそが血で赤く染まったセーラー服を着た髪の長い少女が、階段のところに浮かんでいる。
 その表情は見るからに禍々しく、荒事には慣れている鋼ですらぞっとするほどだった。
「あ、あのっ、僕がなにかしてしまったんだったら、謝ります! だから……その……!」
 言いながら飛び出していった時人が、あっさりとはじきとばされる。廊下に強く打ちつけられて、時人は苦しげに表情を歪める。
「……どうやら、聞く耳を持ってはいないようね」
 倉菜が低く言う。彼女が手をかざすと、手の中に硝子でできたバイオリンが現れた。彼女がそれを構えると、バイオリンに色がついていき、やがて美しい飴色に輝く普通のバイオリンへと変化する。
 倉菜はそっと弦に弓を乗せ、ゆるやかに動かす。ぴんと張りつめた音色があたりに響いた。
「ぐ……ぅっ……!」
 その途端、少女の幽霊が苦しみはじめる。だがそれもつかの間のことで、少女の幽霊の輪郭はだんだんに薄れていき、ついにはすっかり消えうせてしまう。
「……終わったようね」
 倉菜はバイオリンを下ろすと、弓を持った手で髪をかきあげた。
「終わったって?」
「浄化させたの。……あの様子じゃ、話し合いなんて無理そうだったから」
「なんか、すごいんだな」
 鋼は素直に感心した。倉菜はやわらかく微笑む。
「そうでもないわ。まだ、あの子はそう強くはなかったから……」
「ま、朝野もよかったな。これでもう悩まされることもないだろ」
 うずくまっている時人に鋼が声をかけると、時人は勢いよく起き上がった。
「ごめんなさい、僕、最後まで迷惑かけっぱなしで……!」
「いいのよ、気にしないで。邪魔にはなってないから」
「じゃ……邪魔……」
 傷ついたらしく、時人がぐらりとよろめく。だが、すぐに気を取り直したらしく、
「と、とにかく! ありがとうございます! 助かりました!」
 やたらに力いっぱい言ってくる。
「それで、あの、なにかお礼がしたいんですけど……」
「お礼、ねえ。別に大したことしたわけでもないしな」
「でもなにもしないのは僕の気がすまないです! なんだったら、せめて、お茶でも! それとか、うち、半分趣味みたいなマジックショップをやってるので……もしよかったら、なにか持っていってください!」
「……ま、まあ、それだったらお茶だけでもご馳走になろうかな」
「私もお邪魔させていただくわ」
 時人の勢いに圧されて、鋼と倉菜はこくこくとうなずく。
「よかった、それじゃあ、早速! もしよかったらゴハンも一緒にどうぞ!」
 すっかり憑き物が落ちた様子で、時人は嬉しそうにうなずく。
 鋼はそれを見て、苦笑した。ここまで喜ばれるのは気分がいいが、本当にたいしたことはしていないので、どこか複雑な気分でもある。
 だが、感謝されて悪い気はしない。鋼は時人に歩みよると、時人の肩にぽんと手を置いた。
 時人は一瞬きょとんとしたものの、鋼に向かって満面の笑みを浮かべたのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2239 / 不城・鋼 / 男性 / 17歳 / 元総番(現在普通の高校生)】
【2194 / 硝月・倉菜 / 女性 / 17歳 / 女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒)】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、二度目の発注ありがとうございます。今回、執筆を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹です。
 今回は犯人が幽霊――という感じだったもので、不城さんはどちらかというとサポート的な方面にまわっていただいたのですが、いかがでしたでしょうか。打撃系の能力はおありのようだなと思ったのですが、霊など人外のものに対する部分はよくわかりませんでしたので、あえてその辺りには触れずにいたのですが……。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。