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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


笛と白拍子

------<オープニング>--------------------------------------

「…まあ…何かあるとは思っていたけど」
 古いからくり人形を眺めてぽつりと呟く蓮。
「安眠妨害…これだけは、いただけないな」
 うっすらと目の下にくまを作り。無表情で前方を見続ける公家姿の人形の白い面を眺め。
「どうすればいいんだい?…どうすれば…静かにしてくれる?」
 人形は答えない。
 引き取ってきた日から、毎晩。
 あれだけ激しい声で哭いているというのに。
「意思の疎通は無理、かな?」
 煙管を持ってはいるものの、今日は火を付ける気になれない。気だるさと頭の重さがどうしようもなく襲い掛かってくる。
「何かが心残りなのか?」
 あれだけ眠りを邪魔している存在であるのに、蓮の手はあくまで優しく人形の毛羽立った衣と烏帽子を被った髪を撫で、ふ、と苦笑を浮かべ。
「…主人の元に戻りたい?」
 同じように騒音騒ぎで気味悪がられ、結果此処に来た時のことを思い浮かべてそんなことを呟く。答えが返って来ることは期待せずに、思いついたことを次々と口の端に浮かべ。
 細面の顔立ちは気品ありげな面差しをしている。稚児眉に、元は真赤だっただろう口の跡。涼しげな瞳はどこを見ているのか、微笑を浮かべているようにも見えた。
 僅かに開いた唇は今にも何か語りだしそうだ。
「あまりコレが続くようだと…帰ってもらうしかないんだけど。それは、少しばかり悔しいね」
 誰の手で作られたのだろうか。今はもう動かなくなり、装飾品も大分痛んではいるものの、魅力…と言うのだろうか。曰くつきのものだと…それも、いくつもの店の手を経て来る程のものだと分かっていながら引き取ったのはそこにあった。
「ん?」
 衣装のを探っていた手が固いものに触れる。指先で探り、取り出してみると塗りの剥げた細い笛。元は手に持っていたのだろうと手に持たせてはみたが、当然動く筈もない。
「だんまりは歌舞伎だけにしてもらいたいね…仕方ない。誰かに頼むかな」
 耳栓を買うことを真剣に検討しつつ、蓮は手帳に手を伸ばした。

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「時間は…丁度良いわね」
 ウィン・ルクセンブルクが腕時計で時間を確かめてから店の扉を開け、こんにちは、と奥に声をかけた。が、誰かが店番をしている様子はなく。それなのに、しんとした店の中は何処かざわめいていて。
「侵入者でも、お客でもないわよ。――蓮に頼まれて来たんですからね?」
 そっと呟くと、それを『聞』いて安堵したのか、それともがっかりしたのか、ざわめきが一斉に収まった。
「やあ、いらっしゃい。今日はどうやら、誰も待ち合わせてないようだね」
「先客が?」
 ひょこっと顔を出した蓮が頷き、案内されて奥へと行く。少し痩せたのだろうか、足の運びがやや頼りないように見える。
 私室なのだろうか、廊下途中で止まって襖を開いた。中で待っていたのは2人…和服を着てきちんと座っている、奇妙にこの部屋と合っている男が1人。それに高校生くらいだろうか、綺麗な銀の髪の少女が此方を見て軽く頭を下げた。
「あと2人…おや、来たようだ」
 忙しいね全く、と呟きながら手をひらっと振って再び店に取って返す。
「こんにちは。今回一緒に呼ばれた方達ですね?」
 ええ、と少女が答え、男がゆっくりと頷いた。

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「――全員揃ったね?それじゃ、はじめようか」
 蓮が皆の前に立って煙管で人形をす、と指さす。
「依頼内容は電話でも言ったとおり、夜泣きするあの人形をどうにかしてもらいたいってこと。最悪、壊れても構わないが…なるべくそうならないように。聞きたい事があれば先にどうぞ。あんた達が仕事始めたらあたしは少し寝かせてもらうから」
 ふわー、と遠慮も何もない欠伸を浮かべて手を口に当てる。
「この人形に付いてのデータは全く無し?箱とか、人形の名前とか」
 倉菜が真っ先に手を上げた。蓮はゆるりと首を横に振る。
「あたしが買い取った時点ではね。箱は間に合わせの木箱だよ…其処の、隅に置いてあるやつさ」
「…動かないと聞いたが、欠陥品なのか?」
 総一郎が次に、人形を見ながら訊ねる。
「動く筈がないんだよ。…持ち上げて見てごらん」
 言い出した総一郎が、丁寧に持ち上げた。皆の視線が人形に集中する。蓮が外していたのか、衣の一部がめくれあがり、そして様々な技巧を凝らしているのだろう内部が覗けた。
「後で詳しく調べても分かるだろうけど。服の中は歯車と糸と木だけ。動力は何処にある?」
「――じゃあ、何で動いているんだ?」
 慶悟が眉を顰める。
「発条(ぜんまい)さ。決まってるじゃないか…その下の台に、もっと細かい仕掛けがあるんだよ。本当ならね」
 下?
 思わず人形をひっくり返して見る総一郎と、其れを見る他の者。
「ないじゃないですか?」
 ウィンの抗議の声に、煙管ごと左右に振りながら、
「本当なら、だよ。半端なんだ、この人形はね。人形だけでも価値はあるけど、此れだけじゃ動けない。そういうこと」
「この人形が動くための舞台が必要、ってこと?」
「そう」
 こっくり頷くともう一度欠伸し、
「他にある?もう眠くてね」
「――人形の売主は誰ですかな」
 微妙に響く声が、天鏖丸から聞こえて来る。
「あたしが買い取ったのは、知り合いの古物商だよ…ああ、ちょっと待って。今メモするから」
 手近な所にあるペンでさらさらと電話番号を書き、
「たらい回しもいいトコさ。何処でも泣くんだから仕方ないけどね」
 此処だよ、とメモを一番近くにいた人物、倉菜に手渡した。
「それじゃ頼んだからね。あー、これでようやく寝れる」
 店番はいいのか、閉店にする気もなさそうなまま蓮は廊下の奥へと消えていった。

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「さて、どうする?」
 慶悟の言葉に皆が少し考える素振りを見せ、
「まずは…この人形をもっと詳しく調べたいわね。それから、出来れば本来の姿を見てみたいわ」
 倉菜がメモされた電話番号を見ながら、其れをテーブルの上に置いて告げる。
「台付きのか?」
「それだけじゃなくて…もし、他にもパーツがあるのなら、組み合わせてみたいってこと。何が原因で夜泣くのか、その理由も分かってないんだもの」
「…複数の人形がいる可能性も、無いではない。それは調べれば分かる事だろうが」
「そうですね」
 総一郎の言葉に何人かは頷き、ウィンが代表するように言葉を紡ぐ。
「其れでは、このからくりの解体から行きましょうか」
 今まで黙っていた甲冑姿の天鏖丸が突然声をあげると滑らかな動きでテーブルの上の人形を手に取り、直ぐ近くで座っていたウィンがぎょっとした顔を見せた。
「宜しいですかな?」
 言うなり、鎧の脇から…かちり、と音を立てて内側に収納していた小さな箱を取り出す。無骨そうに見える篭手がその見た目にそぐわない繊細な動きを見せ、テーブルにことりと置いた。中は、ドライバーや小さな鑿、木槌など細かい作業用の道具類。
「ちょっと待って、解体って全部?腕とかも?」
「必要とあれば。ですが私の一存では行いませんから、ご心配めさらず」
 言いながらも、すいすいと衣を脱がせていく鎧武者。つ、と硬そうな指を走らせるだけで、どこをどうしたものなのか衣装がはらりと外れ、内部の無骨な作りが剥き出しになっていく。其れは少々無残な光景で。
 思わず、痛ましげな視線を送るウィンと倉菜。目を見合わせながらお互いに何となく頷いてしまう。
「…見事な…此れは、参考になりますね…ああ、いえ」
 すっかり衣と本体に分けられた其れをひっくり返したり横から斜めから見ながら、天鏖丸は小さく呟いた。
「そうだ。笛を渡していただけるかな」
「あ」
 総一郎の言葉にぽむ、と手を打ったのはウィン。
「私、衣だけでも調べさせてもらいたいですわ」
「済んだら教えてくれ。俺も試してみたい事があるんでな」
 部屋の隅にゆったりともたれかかりながら、慶悟が皆へ言った。懐から数枚の札を取り出しながら。

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 ――さあ、行くわよ。
 内心でそう呟きながら、受け取った衣にそっと指を当てる。
 向こうで鎧武者に――今日呼ばれた中では一番不思議な人物だろう――調べられている人形に視線を注ぎ、
「お前の願いを叶えるためにも、私に知っていることを教えてちょうだい」
 小声で囁きかけると、衣に意識を集中して一気に能力を解放させた。

 景色が歪む。
 切り取ったような風景が、いくつも目の前に現れては消え――昔から大事にされてきたのだろう、様々な手が人形に触れる、が、それはどれも温かくて。かたかたと歯車を回しながら笛を口にあてがう仕草を繰り返す人形の口元は、微笑んでいるように見える。…先程ウィン達が見た無表情ではなく。
 そして、その、向こう。
 赤く塗られた舞台の、対極に霞んで見える、もうひとつの影。それは、ぼんやりとした、白と、赤…これは、人形の視点なのだろうか?先程までの人の手と違い、はっきりした姿は見えず…只、
 ――幸福感が。
 見物している人の拍手や楽しそうな子供達の笑い声の合間に、はっきりと感じ取れるもの。
 向こうでゆるゆると動きを見せる――舞い、だろうか?その動きに合わせようと笛をしっかり唇に当てて、視線は真っ直ぐ前。

 不意に。

 その画は途切れた。
 何か激しい衝撃に、ウィンが身を震わせる。それは、痛みを伴わない痛み――文字通り身を引きちぎられる、悲しみ。
 怒声が聞こえて来るが、何を言っているのかは聞き取れず、只、舞台の上に居たもう1人の――白い、姿の。
 人形の身には、動く事も助けることも叶わず。
 お――おぅ…おおぅ。
 気付けば、いつも暗い箱の中で。身動きをしようにも何故かぴくりとも動かない身体。
 おう…おおおぅ、おぉう――
 まさに、慟哭だった。
 ウィンの耳に、いや体中にびんびんと響いてくる。其れは何時止むとも知れない、血を吐くような叫び。
 ――止めて…止めてッッ!

「――大丈夫か?」
 終わりは唐突に。
 耳に届いたのは、心配そうな慶悟の声だった。
 ふ――――っ、と大きく息を吐いて、苦笑する。
「蓮が眠れないわけですね…毎晩、あんな声で哭かれたら」
 皆に説明しながら、まだわんわんと鳴っている耳にそっと手を当てた。

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「仲間がいるのか。舞、ね」
 慶悟がウィンから聞きながら、取り出していた札を何枚か懐に戻し、必要と思われるものだけを出しておく。其れを見ていた中で、ウィンがあの、と皆に声をかけ、
「他に何かすることありますか?…私、元の持ち主を探してみたいんです」
「あ、それは私も言おうと思っていたところ。他の人はどうする?」
 慶悟は見てのとおり、と何か書かれた札をひらひらと見せ、総一郎が何かやりたそうな素振りを見せたがこく、と頷いて、
「俺も同行しよう」
「――では、私はこの場に残ります。…良き結果をお待ちしていますぞ」
 がしょ、と音を立てながら武者姿の天鏖丸が頭を下げた。自分の姿を一般人の目に晒すのは、と思ったのだろうか、其れを聞いて皆が頷き、3人が立ち上がって、倉菜がメモを手に取った。
「どの程度店を転々としたのか…電話たくさんかけないと」
「お店の電話をお借りしましょう。蓮からだと言えば分かるでしょうし」
 ウィンの提案に頷いた倉菜がすたすたと部屋を出て行く。
 そして最後に部屋を出てきた総一郎が振り返り、
「念のために連絡先を置いていく。何かあったら直ぐ電話してくれ」
「ああ。そっちも何かあったらな」
 そう、中に残っている2人に声をかけているらしい会話が聞こえてきた。

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 店内の電話を拝借し、ウィンが代表して教えてもらったメモの先へ電話する。出た相手に人形を買った先を訪ねると、また別の店の名が出…普通なら教えてくれないだろうが、蓮の名とこの人形の特性が効いたか、少々時間がかかったものの何とか一番最初の売主らしき住所と名前を手に入れることが出来た。

 タクシーで行った先は、見るからに大きな和風の屋敷。玄関に入る前に庭園が見える…が、何か寂れている印象を受ける。
「植木屋を入れていないようだな。枝や葉が不均等になっている」
「あ…ほんと。それでなのね」
 雑草は処理しているらしいが、庭木にまで手を加える気はないらしく。暫く前までは手入れされてたような分、みすぼらしさが目立った。
「こんにちは」
 チャイムを押し、声を上げる。
「――何の用だ?」
 何度か呼んだ後でのそりと出てきたのは、いかにも不機嫌そうな、30過ぎ位の男。あまり眠れないのか、目の下に隈が目立つ。…蓮みたいね、とこっそり倉菜がウィンに囁いた。
「渡部次郎さんですね。貴方があのからくり人形の持ち主ですか」
 この家の主人らしい男よりも、服装も構えも主人らしく見える総一郎が訊ねる。一瞬息を呑む男。
「あんた達は誰だ?今更買い戻せって言ったって無理だぞ、アレは…」
 語尾を濁しながら、何か後ろめたい事でもあるのか目に落ち着きが無くなっていくのを暫く黙って待ち、
「いえ、そうではなく。もう1体の人形と、2人が乗る台を見せてもらいたいのですが。其方が望むのなら買い取っても構いません」
 ウィンたちが何か言いたそうなのに構わず、どうです?と総一郎が畳み掛ける。
「何で、知ってるんだ?売るときにそんなこと言わなかった筈だぞ」
「――人形を調べましたので」
 ちっ、と男が舌打ちし、降りてきて草履を履き、
「付いて来い。案内する」
 すたすたと先に立って庭に行ってしまった。
「いいんですか?買取りなんて言って」
 後を追いながらこっそり訊ねるウィン。
「最優先は、夜泣きを止めることだからな。気にすることはない」
「それでも止まらなかったら大変よね」
 ぽつりと呟く倉菜。総一郎がゆるりと首を振って小さく笑うと、
「泣いている理由は、相方と、舞台だろう。どちらかか、両方か、だ。此処なら両方あるのだから」
 行こう、と2人が促されて先に進む。
 行った先は屋敷の裏手にある、土蔵。いつも持ち歩いているのかポケットから鍵を取り出してがちゃりと開け、
「…あの人形の執念か。引き離したと思っていたのに」
 くそっ、と悔しげな呟きが男から洩れた。
「この中の何処かだ。持っていくならさっさと持っていけばいい。…どうせ、金なんかもらえるような状態じゃないんだ」
「どういうこと?」
 倉菜は後に残ったらしい。ウィン達は倉に入り、中の埃と黴の匂いにむせかけて口元を押さえた。
「何処でしょうか。こんなに箱が積んであると…」
「…少し、待て。今『見』てみる」
 え?と聞き返す間もなく、総一郎がす、と目を細め…倉をゆっくりと眺め回した。
「記憶だけが頼りか。笛だけでも持って来れば良かったな…ん」
 呟いていた総一郎が、何か見つけたのか迷いもせずすたすたと奥へ進んで行く。そして――その隅の暗がりに、埃で汚れるのも構わず手を突っ込んだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「――あまり…良いとは言えないな」
 急に不思議な動きを見せた総一郎の言葉にどう返事を返したものか迷っているその手に、
「此れだ」
 そっと――埃に塗れた、ぼろぼろの人形が乗せられた。それは紛れも無く、あの公家人形と同じ顔立ちの――女性の人形。言葉も無く其れを見つめるウィンに、懐から布を取り出しながら総一郎が軽く埃を払って丁寧に包み込んだ。
「行こう。聞かなければならないことが出来た」
 険しい顔で、くるりと踵を返してすたすたと入り口へ戻って行く――何やら不貞腐れている男と、困った顔をしている倉菜の傍に。
「2人が乗っていたからくり箱はどうした?一緒じゃなかったのか」
「あ、箱?壊れたみたいで踊らなくなったから捨てたよ」
 その言葉が聞こえたと思った途端――総一郎がぽん、と包みをウィンに手渡すと物も言わずに男を殴り倒した。

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「大丈夫?」
「いや、この位なら問題はない」
 帰りの車の中で拳を軽く擦った様子に倉菜が心配そうな顔をする。
「あちらは大丈夫でしょうか?随分怒っていたようでしたが…」
「それが問題だな。面倒をかけることになったらすまない」
 いいえー、と2人が揃いの声を出してくすっと笑い。
「だって、怒りますよね」
「こんなことされたらね」
 包みの中に、鼠に齧られたらしいぼろぼろの衣を纏った人形が、塗装の剥げた木目の浮かぶ顔で、それでもごく僅かな微笑を浮かべて正面を見つめていた。
 髪はいくらか抜け落ち、片方の目は既に黒さを失って、それでももう片方の瞳は黒々と、強い視線を放ち。それ故に酷く痛ましく、帰りの車の中でウィンと倉菜が代わる代わる汚れを拭き清め、埃を払ってやった。

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「見つかったが…」
 待っていた2人に包みを見せる。慶悟が思わず顔を顰めたほど、その人形はぼろぼろで悲惨な姿だった。天鏖丸でさえ小声で酷い、と呟いて口元を手で覆ってしまう。
「どうだ?何か変わったか」
 求めていた筈の人形がやって来たことで部屋の空気は変化しているか、慶悟が訊ねる。が、テーブルの上の人形も全く反応は無い。
「まだ何とも。対面させれば変わるかもしれませんけど…」
 ぼろぼろの人形だが、せめても、と髪を整え、口紅を差してやる。其れをゆっくりと、公家人形の前に置いた。
 しん――とした空気に、何故か、皆息を呑む。
 ――其処に。
 ヒィ…ヒョォゥ――
 静かな笛の音が、響き渡った。総一郎が懐から取り出した笛を、ゆっくりと演奏し始めたのだ。
 曲目は――二人静。
「え…」
 驚きの声を上げたのは誰だったか。指さしたその先にあるモノに気付いているのかいないのか、無心に演奏し続ける総一郎。
 差ししめす指先には、
 ――人形の、腕が。
 き、きぃ、と僅かな軋みの音を立てながら持ち上がる。ゆっくりと、唇にあてがい…まるで、自らが演奏しているかのように首を振る。
 その動きを待っていたかのように、扇を持つ手が、途方もない時間を掛けつつも作法どおりの動きで動いて行く――舞うために。笛の音に合わせながら。
 ――べぉん。
 琵琶の音が、其れに唱和した。内蔵していた琵琶を、これまた神妙な姿勢で演奏する天鏖丸。

 赤く塗装されたテーブルの上を、危なげなく舞う、ぼろぼろの衣を着た白拍子。其れにひた、と視線を当てたまま笛を奏でる動作を繰り返す男。
 舞う女も向きが変わるたびに男へくるりと顔を向け、目が合うたびに赤い唇の端に微笑を浮かべ――。

 総一郎と天鏖丸の演奏が終わるまで、その見事な動きは続き、そして。

 ――ぱたり、と。
 曲目が終わった途端、2つの人形はテーブルの上に倒れ、ことりとも音を立てなくなった。
 慌てて人形を拾い上げる。が、先程まで動いていたにも関わらず歯車が動いた様子もなく、白拍子などは元から立てる状態ではなかったことに今更ながら気が付いた。

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 後日。
「良くやった…と褒めたいトコだけどね。持ち主を殴ったのは行き過ぎじゃなかったかな」
 医者代その他含め、買取交渉までやらされたのだろう、蓮が苦笑しながら告げる。
 店の一角に集められたのは5人――あの日に集められたメンバーと同じ。
「其れはきっと、愛の力かもしれないな。…あの人形の」
 良く言うよ、としれっと…笑いながら言った総一郎の言葉に慶悟が小さく笑う。
「で?その後泣く事は?」
「いや、もう無いよ…きっと、この先もずっとね」
 蓮の視線の先には、2人仲良く箱の中に並べられた人形がある。数日一緒に過ごしてみて、泣かなくなったのを確認して修復に出す所なのだとそう言い。
「また離れ離れになっても?」
 かつん、と灰吹きに煙管の灰を落としながら首を振る蓮。
「だって、今のアレは只の人形だからね。もう何にも入ってない只の人形。…名前を付けられて、ずっと大事にされて宿っちまったモノは、この間の舞で昇華してしまったらしい」
 残念だねえ、と本気かどうか分からない呟きを洩らし、
「直ったら早々に売りに出すつもりだよ。いつまでもこの店に置いていると、空っぽな中に何が住み着くか分かったもんじゃない」
 そう皆に告げた。
「それなら――買い手に立候補してもいいかしら」
 もう、離れ離れにならないように、と続けながら倉菜が言葉を続ける。ああ、もちろん、と蓮が頷き、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「まあ、今の主人はどうやら骨董品に興味がないようだからね。…元々あの人形も先代のものだったようだし。面白そうな品もいくつか手に入りそうだから其れで今回の減点は帳消し。御手伝い賃は振り込んでおいたよ」
「そりゃ助かる。交通費だけじゃ割に合わないからな」
 慶悟にそうだろ?と言いながら、しかし惜しかったね、と再度呟く蓮。一世一代の舞台を見損なったのが未だに悔しいらしく。

「そうそう。彼らの名前は九郎丸にお静だってさ。――元がなんだったのか、分かるだろ。そりゃあ、引き離されれば泣きもするさ」
 そう、からかい顔に続けながら。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0389/真名神・慶悟     /男性/20/陰陽師               】
【1588/ウィン・ルクセンブルク/女性/25/万年大学生             】
【2194/硝月・倉菜      /女性/17/女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒)】
【2236/大神・総一郎     /男性/25/能役者               】
【2481/傀儡・天鏖丸     /女性/10/遣糸傀儡              】

NPC
渡部次郎

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。「笛と白拍子」をお届けします。
どうでしたでしょうか?楽しんでいただければ幸いです。

それにしても、この話を考えるにあたって少しばかりからくりを調べてみたのですが、いや、思っていた以上に凄いですね。よくもこんな仕掛けを作ったものだと思います。

最後に、今回参加して下さった皆様、ありがとうございました。
またいつか、別の物語でお会いできれば幸いです。
それでは。
間垣久実