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<東京怪談ノベル(シングル)>


『嘉神先生の憂鬱なる日々 ― 神も仏もありゃしない ―』
「それじゃあ、俺はこれで」
「ええ。ああ、そうそう。嘉神さん、ナンパされてもついてっちゃいけませんよー」
「それと酔っ払いに絡まれてキレてもいけませんよぉー」
「あー、はいはい。気を付けます!」
 喫茶店を出て、俺は真っ直ぐにマンションに帰った。一緒に初詣に行ったマンションの住人たちはこの後にもう一箇所有名な神社に行くらしい。だけど無神論者の俺はもうあの人込みも足を踏まれるのにもうんざりなので、適当な理由をつけて逃げ出したのだ。
 なんでもこの地区には3つ有名な神社があるのだが、A神社とC神社の神様は仲が悪く、両方を参詣すると、必ず自分の前にあいつの方に行くとは何事だ! と、後から参詣した神が怒り、必ず良くない事が起こるらしい。お隣さんは去年それを知らずに3つ全部をまわってしまい、帰りに財布を落としてしまったらしい。
「なんだかね」
 俺は頭を掻きながら肩をすくめた。
 日本には八百万の神がいるそうだ。ちなみに八百万とはその漢字通りに800万人の神様がいるということではなく、数え切れないぐらいのたくさんの神がいるということらしい。帰国してそうそう古文でその事を習った俺はそれを知らずに「へぇー、日本にはたくさんの神がいるんだな」と言ってしまったから、その後は大爆笑で大変だった。忘れたい過去の一つだ。ちなみに俺は古事記や日本書紀を読破しており、あの世まで子どもである火の神によって殺された妻を迎えにいったが、その死者の仲間入りをした妻の姿に恐れ戦いて、妻から逃げ出し、怒った妻が放った鬼に旦那の神が追いかけられる話が好きだったりする。ギリシャ神話の大神といい、その神といい、ひどく人間臭くって滑稽なのが好きなのだ。
「まあ所詮は神なんて人間の安心したいという心が生み出した想像の産物なんだよ」
 しかし、そう無神論者でありながら、一時期神はいるのではと想ったことがある。それはクリスチャンである母にこんな話を聞いたからだ。それはとある神父の話。彼は白人にも黒人にも分け隔てなく公平に接する神父であったが、しかし地元の有力企業の社長婦人であり賛美歌のコーラスグループのリーダーであった白人女性が、生きるために仕方なく娼婦をしている黒人女性を蔑視し、ハブにし始めたのだ。彼は何とかその黒人女性を救おうと努力するがしかし、彼は結局その彼女を救うことができなかった。彼女は陰湿ないじめに耐え切れずに自殺してしまったのだ。
 神父はその無慈悲な現実に絶望し、神を失った。
 毎日、酒を飲んで神への暴言を吐いていた。
 そして・・・

「神よ、あなたがもしも本当にいるのなら、どうかあなたを失った私に、あなたのお姿を見せてください」

 と、天に向かって叫んだ。
 その瞬間、神の奇跡が起こった。
 彼が首から下げていたロザリオに雷が落ちたのだ。
 彼は雷の直撃を受け、病院に搬送された。
 だが、彼はその日のうちに退院することができた。
 それはロザリオに落ちた雷の電流が、ロザリオ→ベルトのバックル→靴の金具へと流れた事によって、人体に帯電せずに地底に逃げたからである。
 しかも起こった奇跡はそれだけではなく、彼の胸元にはロザリオに雷が落ちた事によって焼き付けられた十字の火傷・・・聖痕が刻まれていたのだ。
 彼はそれを神のメッセージとして受け取り、以後神父として多くの人々を救ったという。
 そんな話を聞かせられれば神も信じたくなるものだ。

 が・・・
「げぇ・・・」
「げぇ、とはなによ? げぇ、とはさ」
「ひどいな、お兄ちゃん」
 そこには妹たちがいた。初詣であんなにも一生懸命に今年こそは静かに人生を送りたいです、と祈ったのに、それはどうやら聞き届けてもらえなかったらしい。
 俺はため息を吐く。
「子守りはもう絶対にしないぞ」
 そう、前に子守りを押し付けられたときは泣くわ、叫ぶは、ミルクを吐くは、母親に間違えられるはで死ぬほど大変で、もう絶対に金輪際ごめんこうむりたいと妹にもその旦那にもよ〜〜〜〜く、言っておいたはずだ。ケーキを交渉のダシに使われようが絶対に断固拒否してやるっていうか、もう絶対に俺はその手には乗らない。
「って、新年そうそう久しぶりに会った妹と姪に対する言葉がそれ?」
「ひどいでちゅよねー、真輝おじちゃん」
「おじちゃん言うな。俺はまだ若い」
 ・・・。
 なんとなく若い・・・と自分で言った言葉に自己嫌悪を感じた。
 俺はごほんと咳払いして、
「で、だったらなんだ?」
「うん、一緒に初詣に行こうと想って」
「そうそう。久方ぶりに兄妹仲良くさ」
 ・・・。
「彼氏と旦那といけよ」
 と、至極まともな意見を言ってやると、二人の顔がひきつったので、俺は大きなため息を吐いて、それを了解の合図とした。

「って、参詣する神社って、ここ?」
「ん、そうよ」
 そこはC神社だった。
 なんだかな。どうしてよりによって・・・。
 先ほどA神社に行った俺はちょっと足踏みする。
「どうしたの?」
「え、あ、いや」
 しかし、俺が危惧する事を言えばきっと妹たちに馬鹿にされることはわかっているので、俺はそれを飲み込んだ。
 なに、あんなのは迷信さ・・・そう思い込むことにして、俺は鳥居をくぐる。転瞬、俺の背筋をぞくっと怖気が走ったのは果たして、A神社とC神社の話を知っているがゆえの怖気から来た感覚なのだろうか?
「「「あ、まきちゃんだぁー」」」
 しょっぱなからこれか・・・。俺は顔を片手で覆ってため息を吐く。そのアルトは小娘ズのものだ。まったく。奴らは先生と言う言葉を知らないのだろうか?
「まきちゃん、て兄貴?」
「やだ。お兄ちゃん、まきちゃんなんて呼ばれてるの?」
「笑いたければ無理せずに笑え」
「じゃあ、お兄ちゃん。この子、よろしく」
 と、子どもを俺に預けて、妹たちは笑った。けたけたとそれはもう心底腹の底からおかしそうに。ふん、いいさ。どうせ、教師の威厳がないように、兄の威厳もねーんだからさ。
 と、いじけているところにやってきたのは遠くから俺を見つけて、ありがたくも大声で挨拶をしてくれた小娘ズだ。
「まきちゃん、あけおめー♪ って、かわいい〜。やだぁー、この子、まきちゃんの隠し子ぉー」
「ほんとだぁー。やぁー、かわいい〜」
「わぁー、新しいママでちゅよぉー」
 って、おい! ちょっと待て!!!
「あー、ごめん。ごめん。この子のお母さんはこっち。この人は叔父さん」
 と、言った妹ズを見た小娘ズは、きょとんと数秒固まって、
「うわぁー、すごい綺麗ぇー」
「まきちゃんが女装したみたぃー」
 ズキぃぃぃぃぃーーーーー。心のダメージ98。
「すごーい。まきちゃんのお姉さんたちはモデルさんですかぁ?」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
 そして今度はこっちが固まって、小娘ズは小首を傾げて、妹ズはこめかみに血管を浮き上がらせた。
「ぷぅ」
 思わず笑ってしまった俺の足を妹たちが左右同時に踏み躙ってくれたので、俺は思わず姪を落としそうになってしまう。しかしそんな兄も無視して妹たちは、何やらイイ笑みを浮かべて、
「兄貴がいつもお世話になっております」
「お兄ちゃんの教え子さん。明けましておめでとう」
 兄貴、お兄ちゃん、を強調した。
「「「え、あ、嘘。妹さんなんですか、すみません」」」
 何やら焦った声でそう言うと小娘ズは退散していった。そして兄の俺はあの手強い小娘ズを退散させた妹たちをちょっと憧憬の眼差しで見てしまう。
 が、そんな俺が顔を引き攣らせたのは妹たちが何やらものすごく鋭い目で(一週間ほど餌を与えてもらっていない肉食獣でもこんなに鋭い目はしないだろう)俺を睨んだからだ。うわぁ、神様、殺されるぅ。
 しかし、そう想った瞬間、
「まきちゃーん。新年そうそう出会えるなんて、ぼかぁー、幸せだぁ―」
 それは空手部員のいつも俺に抱きついてくる(最近、ちょっとマジで本物なんじゃないのかと疑い始めている)生徒の声だ。しかし、彼は・・・
「って、あれ? まきちゃん、何やら太った? すごく胸がやわらかくって気持ちいい。これは85のDカップ? って、なんちゃ・・・って・・・あれ?」
 顔をあげた自分の顔を見下ろす妹のイイ笑みが浮かんだ顔を見て、彼は自分の間違いに気がついたらしい。
「えっと、まきちゃんじゃなくて?」
「嘉神真輝の妹です。ちなみに87のEカップです」
 にこりと笑う彼女。だけど俺は知っている。かつて高校生の時に痴漢をしてきたサラリーマンを三ヶ月の病院送りにした時も彼女がその笑みを浮かべたことを。おそらくは俺の愛ある空手の指導によって感性の磨かれた彼もそれを鋭敏に悟っているのだろう。妹につられて顔をにこりと綻ばせた(引き攣らせた)。
「私の胸の谷間に顔を埋めさせられたんだから、これで心置きなく死ねるわね」
「え、あ、はい・・・はい? すごく気持ちよかったけど・・・死ぬのは・・・」
「往生なさい」
「うぎゃぁーーーー」
 ・・・合掌。おまえの事はわすれないでいてやる。
 仲裁にはいっていらぬ火の粉を浴びて、妹に文句を言われるのは絶対に嫌だし、これも自業自得でいい勉強だろう、とものすごく深い兄弟愛と師弟愛によって蹴る妹と蹴られる生徒を無視した俺は、それをけらけら笑いながら見ているもう一人の妹に子どもを返すと、うーんと伸びをした。
 なんだかいい事ばかりだ・・・と、想った瞬間、災害は忘れた頃にやってきた。
「あらま、嘉神センセ」
「ほんと、嘉神センセだわ」
「あけました、嘉神センセ」
「うげぇ」
 そこに現れたのはばっちりと着物できめた女教師ズだった。
 そして妹を見た彼女らはそろって顔を綻ばせて、
「妹さんですか?」
「あ、はい。いつも兄がお世話になっております」
「いえ。お世話になっているのはこちらですわ」
 あー、ほんとにな!!!
「それにしてもやっぱり、兄妹。よく似ていらっしゃるわ」
「ほんと。なんだか忘年会を思い出してしまうわねー」
「そうそう、私、忘年会の嘉神センセの写真持ってるのよ」
 なんですと!?
「って、なんで持ってるんスかぁ?」
 にこりと笑う女教師ズ。
「それはもちろん、嘉神センセを愛しているからですわ。愛しい人の写真は誰だっていつも肌身離さずに持っていたいでしょう」
「うわぁ、お兄ちゃん、おめでとう!!!」
「やったね、兄貴。激美人なお嫁さんゲット!!!」
 って、やめてくれ。そんな悪夢のような冗談!!!
「妹さんも見ます、嘉神センセの忘年会での写真」
「「はい」」
「って、うわぁーーーーー。やめてください!!!」
 叫んだ俺に女教師ズはにこりと笑って、
「明日の教頭先生との街の見回り、代わってくださいません? 明日、急に彼氏とデートになったんで」
 体育教師らしい健康美溢れる笑みに涙ながらに頷き、
「冬休み中に音楽教室のワックスがけやってくださいません?」
 お嬢様らしいたおやかな笑みを浮かべた彼女にも頷き、
 そして俺はおそるおそる女教師ズ最強最凶のリーダーを見る。
 彼女は亜麻色の髪を掻きあげて、にこりと微笑むと、
「じゃあ、明後日の朝7時00に美術室に来てください。今度の展覧会に出す絵のモデルになっていただきたいので。あ、お弁当は嘉神センセお手製の奴がいいですわ」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・おそるべし、A神社とC神社のジンクス。

 それからの事は覚えてはいない。気づいたら茶喫茶にいて、コートのポケットには大凶のおみくじが入っていて、妹たちと女教師ズがものすごく仲良くなっていて、そして何やら知らぬ間にこれから俺の部屋で騒ぐ事になっていた。
 ただそんな事をぼんやりと意識の隅で認識してると、
「嘉神センセ。ここの茶菓子はすごく美味しいですから、甘党のセンセのお口にもあうと想いますよ。私もここの茶菓子はすごく好きですから、センセに気に入っていただけると嬉しいんですけど」
 おそるおそる美術教師から受け取った茶菓子はすごく美味しかった。なんとなく神様が最後に俺にささやかなご褒美をくれたようで、救われた感じがした。

 ― 合掌 ―