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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


依頼人は幽霊

幽霊に足がないという俗説は本当だった。もっとも、今目の前にいる少女に限ってのことだが。髪の短い少女の膝から下はなく、体を通して向こうの景色を覗くことができた。
しかし少女はなくしたくて膝下をなくしたわけではない。
「私の足が見つからないんです」
少女は数日前、踏切の故障による列車事故に巻き込まれて死んだ。列車が、と思った直後意識が途切れ再び気づいたときには足元をなくしていた。
足がなくても痛むわけではないし動き回ることも可能である。しかし少女はなにやら不安で、そして心残りで成仏できなかった。足の行方が気になって、少女は幽霊になってしまったのだ。
「私の足を見つけてください」
こんな依頼人は初めてだった。

モーリス・ラジアルはサングラスのくもりを拭き取りながら尋ねた。
「何歳?」
「十四歳、です」
「へえ」
驚いたようなため息は、柚品弧月。もう少し年上に見えるのは、背が高いからなのだろうか。だが、どちらにしろ死んでしまうには早すぎる若さだった。
「とりあえず、今から警察へ行ってみようと思うの」
ここ何日かの新聞に目を通していたシュライン・エマが顔を上げた。眼鏡のレンズ越しにその目は、これといった情報が見つからなかったと言っていた。
「警察へ行けば、鑑識から話を聞けるかもしれない」
「そうですね。まとめられた情報を読むより実際に事故を担当された方にお会いしましょう」
弧月が同意する。モーリスは、ソファから立ち上がった。
「それでは私は、現場を見てきても構いませんか?何事も自分で確かめなければ気の済まない性質なので」
「そうね、お願いするわ」
二時間で戻ってきます、とモーリスは言い残し事務所を出て行った。反射的に弧月が腕時計を確かめていた。なんてことはない昼下がり、平凡な日曜の昼下がり。恐らく警察も退屈しているだろう。
「エマさん、俺たちも行きましょうか」
「ええ・・・・・・」
頷きかけて、シュラインは迷った。少女を連れて行くか、否か。事故現場は当然、警察へ連れて行くのもためらわれた。ソファに腰掛ける少女はひたすらうつむくばかりで、早くその不安げな瞳を落ち着かせてやりたいと思うのだ、けれど。シュラインは少女の髪の辺りを、実際には触れられないのだけれど撫でてやる。
「私たちも用事を済ませたらすぐ戻ってくるわ。だから、待っていて頂戴。・・・・・・大丈夫、必ず見つけてあげるから」
「・・・・・・はい」
ぎこちなく少女は笑う。十四歳だから、本当はもっと笑えたはずなのに。何年も何十年も、笑いつづけるはずなのに。きつく唇を噛み締める。
「エマさん」
弧月に肩を叩かれ、シュラインはゆっくり頷いた。
「行ってくるわ」

警察に残っていたものはそれこそ、可哀想としか言えないものばかりだった。元々身元の確かな事故だったので少女の持ち物はほとんど家族に引き取られており、証拠に残った写真にはどれも赤い色が混じっていて、制服に染み付いた血の色など目を伏せたくなってしまうほどだった。
「現場に残っていたのはもう、このキーホルダーくらいですね」
鑑識が見せてくれたのはビニール袋に入った犬のキーホルダー。銀色の金具もやはり、血で錆びかけている。
「それを貸していただけませんか」
サイコメトリー能力を持つ弧月が手を伸ばす。袋越しではうまくいかないかもしれないけれど、それでも念を込め、そして弧月は呟いた。
「・・・・・・エマさん、俺たちはあの子に尋ねなければなりません」
「なにを?」
「足の行方を」
シュラインには、弧月の言葉の意味がわからなかった。けれど言葉の響きだけを頼りに、それが従えるものかどうか判断できた。だからシュラインは頷いた。
「あなたの判断に任せるわ。だけど、質問をするのはモーリス・ラジアルが返ってきてからよ。彼の報告でわかることを、彼女には尋ねないで」
「わかりました」
一見姉御肌というか、さっぱりした性質のように見えるけれど実際のシュラインはこういう心の細やかな人だった。出来る限りに心を砕いて、少女を傷つけないようにしていた。

事務所へ先に戻ってきたのはシュラインと弧月だった。扉を開けて中に入ると、少女はソファに座ったまま目を閉じていた。どうやら眠っているらしい、幽霊も眠るのだ。
「あどけないわ」
シュラインはため息にも似た感想を漏らす。
 眠る少女を正面に二十分ほど低い会話を交わしていると、それでちょうど約束した二時間だった、モーリスが法衣姿の女性を連れて帰ってきた。
「こちらは清修院樟葉嬢、事故現場で出会いました。私たちに協力してくださるそうです」
「初めまして」
深々と頭を垂れる樟葉、ソファに座っていた二人は慌てて体制を整える。その拍子にシュラインの肘がテーブルにぶつかり、ガラス製の灰皿が派手な音を立てた。音に気づいて、少女は目を開ける。
「お帰りなさい」
どうでしたかと少女は全員の、二時間前より一人増えているのに今気づいたらしい、四人の顔を見回した。
「ついさっき帰ってきたところよ。今から情報を交換するところ」
「それじゃあ見つからなかったんですね」
率直に切返され、シュラインは言葉に詰まった。確かにそのとおり、足が見つかっていれば誰かがすぐ見つかったと答えただろう。全く、子供の直感的な鋭さにはいつも不意を突かれてしまう。
「足はまだですけど、手がかりは見つかったかもしれません。事故現場のほうはなにかありましたか?」
「ええ、彼女が」
モーリスの返事は一瞬冗談かと思えた。だが弧月が樟葉に視線を移すと、樟葉は結ばれていた唇を開いた。
「踏切にはもう、誰もいませんしなにもありません」
「そう」
樟葉の報告を聞いてシュラインは内心、正直落胆してしまった。少女の足は事故現場かその近辺に残っている可能性が一番高いと予測していたのだが、外れてしまった。だが隣の弧月は樟葉の言葉を予想していたかのように
「やはり、そうでしたか」
嬉しそうに頷いたのだった。
「彼女の足は恐らく、彼女と同じように失われた半身を捜し求めているのです」
弧月は、サイコメトリーで頭に浮かんだ映像を事務所のホワイトボードに板書した。大勢の人間、茶色いボール、そしてなにかのユニフォーム。
「あなたの足はきっと、あなたが一番行きたいと思った場所にいるでしょう」
「これは・・・・・・バスケットボール?」
あなた、バスケットをしていたの?とシュラインが尋ねると、少女は頷いた。
「日曜に、大会があったんです。私、ユニフォームがもらえて、それで」
出たかったんです、と続けられず少女は涙を零した。思わずモーリスが天を仰ぐ。
「女性に泣かれるのは、苦手なのですが」
「それより泣いている暇はないわ。今日は何曜日?」
「日曜です」
樟葉が答える、そして気づく。
「大会の日ですね」
「ええ。足はきっと会場で見つかるわ。行かなくちゃ」
過ぎたことに泣いていて、今手を伸ばせるものまで失うわけにはいかない。少女の涙に共感はするが、同調している場合ではない。四人と少女は、大会の行われる市民体育館へ向かった。

「きっと見つかる、とは言ったものの」
サングラスをかけたモーリスが肩をすくめるのも無理はなかった。大会は近辺の中学校が何校か集まって開かれているもので、応援者の人数まで含めると小さな体育館の中に三桁の人間が膨れ上がっていた。この中から少女の足を見つけなければならない。
「バスケットシューズを履いた足、というのも多いですからね」
男二人はさすがに、女子中学生の足を眺め回すわけにはいかない。日頃和服を着慣れている樟葉は、どれが普通の靴でどれがバスケットシューズなのかよくわからない。シュラインも、目がいいとは言いがたく見つけることは困難だった。
「ねえ、あなたの足は・・・・・・」
少女に問い掛けてはみたが、しかし少女自身はそれどころではなかった。偶然にも、自分の学校の試合が行われていたからだ。気になるのだろう、シュラインの声も届かない。
「あの八番」
赤いユニフォームの少女を指差す。
「私、あれを着るはずだったんです」
リバウンドを取った、少女のバスケットシューズがコートを甲高く鳴らす。床のワックスが塗りたてなのか、雨の日でもないのによく響いた。響きすぎるほどだった。他の選手はそうでもないのに、八番の少女のときだけよく鳴った。
「新品なら多いことですけど」
八番のバスケットシューズはかなり使い込まれていた。
もしかして、とモーリスがハルモニアマイスターの能力を使う。これは、そこにあるものを本来あるべきものに戻す力だ。少なすぎるものには形を足して、多すぎるものは形を分けることができる。
能力を発動させた瞬間四人と少女の目にだけ、八番の少女から足首だけが剥がれ落ちたように見えた。いや、少女の足自体はそこに残っているから、多すぎた部分が姿を現したのだ。
「私の足!」
モーリスは能力を使い続ける、今度は少女に向かって。少女の足が、今まで足りなかった足元が蘇る。その瞬間、俗説は嘘になった。少女は足のある幽霊だった。
「これで、仏の元へ行けますね」
数珠を握った樟葉が微笑む。少女はにこりと、初めて嬉しそうに笑い返した。そしてそのまま、透き通って消えてしまった。

少女が消えてから一週間後、つまりやはり日曜の昼下がり、四人は踏切に立っていた。少女が成仏したことを知ってか知らずか、花束の数はずいぶん少なくなっていた。けれど四人は今日、さらに花を増やすため訪れたのだった。
「元気でいればいいんですけど」
大きな手を泥に汚しながら、弧月が高い空を見上げた。
「きっと元気よ」
シュラインは髪の毛をかきあげる。元気だと、そう信じなければ人間は生き続けられない。二三歩下がったところに立っているモーリスも同じ気持ちだった。
「花にもきっと、気づいてくれるわ」
「ええ」
弧月は、植えたばかりのパンジーを優しく撫でた。黄色と紫と、一輪ずつ。本当は違う花を供えようとしたのだけれどシュラインが
「この子たちも足を探してしまうかもよ」
と言うので、根づく花を買ったのだ。
日曜日の空は、先週よりももっとずっと晴れていた。樟葉の唱える経がパンジーの花弁を揺らし、少女のいる空へ向かって細く高く伸びていった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1582/ 柚品弧月/男性/22歳/大学生
2312/ 清修院樟葉/女性/23歳/尼僧
2318/ モーリス・ラジアル/男性/527歳/ガードナー・医師・調和者



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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
事故死した少女の話、ということで今回は暗い話になりがちでした。
悲しみというのは苦手なのですが、悲しさを共感できる優しさというのは
素敵です。
勝気な女性でありつつ、涙もろいところもあるシュラインさまは
すごく、人の痛みを感じられる人ではないかと思いした。
自身もいろんな経験を乗り越えて、今に至るのではないのかと。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。