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<東京怪談ノベル(シングル)>


ボクのお母ちゃん


 学校から帰ってきた門屋将紀(かどや・まさき)はいつもの様に郵便受けを見た。
 将紀が居候させてもらっている叔父は当然日中は働いている為に、この家に先に帰ってくる将紀が必然的に先に郵便受けを覗くこととなるため、それはいつの間にか日課になっている。
 何通かの手紙を持って、慣れた手つきで首から下げていた家の鍵を取り出して玄関を開ける。
 家の中に入った時に、「ただいま」と言わなくなったのはいつからだったろうか。そんな事を言っても帰ってくる返事がないのは判りきっているからだ。
 誰も居ない静かな家の廊下を歩き、リビングに向かう。
 ソファーにランドセルを投げ、テーブルの上に手紙を置く。
「……あれ?」
 いつもの様に叔父宛のダイレクトメールやなんだか小難しそうな仕事関係の手紙だけだと思っていた中に、一通だけ自分宛の手紙があることに将紀は気付いた。
 見覚えのある筆跡に、慌てて手紙を取り上げて裏を見ると差出人のところにはやはり予想通りの名前が書いてあった。
「お母ちゃんからや!」
 将紀の両親は離婚した。
 理由は色々あったのだろうが、子供心にその“いろいろ”の中で大きな割合を占めているのが母親の仕事だという事は将紀も知っていた。
 将紀の母親はそこそこ有名なジャーナリストだ。それこそ、世界中の事件事故を追いかけて飛びまわっているような。
 だから、将紀は昔から鍵っ子だった。
 なので、母親の弟―――叔父さんの家での鍵っ子生活も別に手馴れたものなのだ。
『将紀へ
 元気ですか? やんちゃをして叔父さんを困らせたりしていませんか?
 お母さんはとても元気です。
 お母さんは今、東南アジアにあるカンボジアという国に来ています――――』
 手紙と一緒に入っていた写真にうつっているのは将紀の母親と地元の子供たちだった。
 母親に抱かれて笑顔の子供に将紀の胸がなんだかもやもやした。


■■■■■


 ボクのお父ちゃんとお母ちゃんは『りこん』した。
 『りこん』いうんが何かくらい、今時の子供は結構知っとる。
 ボクが大阪に居た時に行ってた学校の同じクラスにだって親が『りこん』したいう子はおったし。


「将紀はまだ甘えたい盛りの子供や。それなんに、お前はテロだの戦争だのサーズだの何かと物騒な海外に行くんか!」
「でも、それがあたしの仕事なのよ。あなた、結婚する時に言ってたじゃない、仕事は続けていいって」
「そんな事は知っとるわ。でも、そん時と今じゃ状況が違うやろ。子供が……将紀がおるんやぞ!オレはもっと将紀の事も考えてやれ言うとるんや!」


 ボクが小学校にあがってすぐにお母ちゃんの仕事がまた忙しくなりだして、家を留守にする事が多なった頃からお父ちゃんとお母ちゃんがよくそんな事を言い争う声が、ボクの部屋まで聞こえてきていた。
 そんな時、ボクは決まって布団の中に潜り込んで目を瞑り、耳をふさいだ。
 それでもやっぱり聞こえてきたお父ちゃんの台詞が、
『もっと将紀の事も考えてやれ言うとるんや!』
言う台詞が頭から離れへんかった。
 夜、そんな声が聞こえた次の日の朝はたいてい、お母ちゃんは家に居ってくれたけど、元気がない事くらいボクにはすぐ判った。
 お母ちゃんもきっと、もっとボクの事を考えろと言うのもわかっとったみたいやけど、それでも今の仕事続けたい言うてた。
 正直言うと、ボクだって本当はもっとお母ちゃんに側におって欲しかった。
 他のトモダチのお母ちゃんみたいに、朝起きた時に『おはよう』言うて欲しかったし、一緒にご飯食べたかった。日曜日にはお弁当持ってお父ちゃんとお母ちゃんと3人でどっか連れていって欲しかった。
 何より、毎日学校から帰って来たら、
「だだいまー」
て帰って、
「お帰り、将紀」
って言うて欲しかった―――ホントは側におって欲しかったけど……でも、ボクは仕事しとるお母ちゃんが好きや。
 せやから、ある日、
「将紀、お父ちゃんとお母ちゃんどっちと来る?」
と言われた時、ボクはお母ちゃんを選んだ。


■■■■■


「おい、将紀。こんなとこで寝てると風邪ひくぞ」
 どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしく帰ってきた叔父に揺り動かされて将紀は目を覚ました。
「お、珍しい。姉さんから手紙が来てたのか。なになに、『お母さんは今カンボジアという国に来ています』って、今度はカンボジアか……本当に元気だなお前のお母ちゃんは」
「あたりまえやん、ボクのお母ちゃんやもん」
 叔父の言葉に将紀は胸を張ってそう応えた。


 ボクのお母ちゃんはあんまり側にはおらんけど、でも、ボクはお母ちゃんが大好きや。
 頑張って仕事しとるお母ちゃんはやっぱりボクの自慢のお母ちゃんやから……


Fin