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<東京怪談ノベル(シングル)>


はじめの一歩


「ヤバイヤバイヤバイわぁ」
 長くつややかな髪を靡かせて掛けて行く少女を振りかえる人は多かった。
「あかん〜、もう間に合わんわ」
 美少女といっても差し支えない容姿に西の方の言葉遣い。そのギャップも目を引いたのかもしれない。
 当の本人はそんな事には当然気付かず、人ごみを上手く擦り抜けながら先を急いでいた。
 言葉遣いで判る通り理佳子はもともと関西の方の生まれだが、退魔師の能力が開花して最近その能力向上と抑制の修行も兼ねて東京に上京してきた。
 そして、今は私立学園の中等部に通っているのだが、今現在進行形で遅刻寸前だった。
 長く続く塀。
 彼女に言わせれば無駄に広い学校の敷地を取り囲む高い壁。
「あぁ、もうしゃあないわ」
 そういうと、彼女は目に付いた粗大ゴミ置き場においてある洗濯機を踏み台にして、飛んだ。腰まである長い髪がふわりと靡き、次の瞬間には彼女の姿は塀の向こうに消えていた。
 運動神経、反射神経抜群、容姿に比べて口調は雑―――これが今城理佳子(いましろ・りかこ)という少女の素のままの姿だった。


■■■■■


「理佳子センパーイ」
 下校途中、正門へ向かおうとしていた理佳子に向かって校舎の方から呼び声がかかった。
 理佳子がひらひらと手を振ると、下級生の少女達がきゃーっと高い叫び声を上げた。
 女子高というのは不思議な空間で、理佳子は下級生たちの間では「カッコイイ先輩」という事で何故か大人気だった。
 体育大会でビリから一気に3人ごぼう抜きしたラストのリレーのアンカー姿や、応援団の団長として白い長ラン姿で一気にブレイクしたらしい。
 ともすれば傍若無人ともとられかねない言葉遣いなのだが、サバサバした性格などから男だったら良かったろうに……と、昔からよく言われていた。
 だが、女子高では意外にそういった性格の方がうまくいくようだ。
 そんな昔で言えば『男まさり』な理佳子も今、恋をしていた。
 相手は東京に来て間もない頃から理佳子に親切にしてくれていた年上の人だった。
 彼の事を考えるだけで理佳子は胸がときめくと同時に、次の瞬間には苦しくなるのだった。
 なぜなら、この気持ちは理佳子の完全なる片思いだったから―――

 彼には既に大切な女性が居る。
 彼とその彼女はお互いの気持ちを明らかにしてはいないが、2人が惹かれ合っていることなど傍から見てもすぐに判る。
 彼が、自分の事を手の懸かる妹くらいに思っていることも。
 だから、彼への理佳子の想いは、どうひっくり返ってもうまくいく筈のない一方通行の想いである事くらいイヤというほど判っている。
 皮肉な事に、望みがないからといってそれですぐに打ち消す事が出来るほど理佳子の想いは幼い想いではなかった。
 いっそ、憧れの延長くらいの気持ちだったら良かったのに。
 でも、このままでは自分はどこにも進めないから。
「今城理佳子、ここで1発女を上げとかんとなぁ」
 自分に気合を入れる意味で、ぱんぱんと自分の両手で両方の頬を叩いて、理佳子は彼を呼び出した場所に足を1歩踏み出した。


「好きです。彼方のこと」


■■■■■


 案の定、結果は失恋だった。

「ありがとう。でも、ゴメン。好きな人がいるんだ」
「……そ、そんな気にせんといて下さい。知ってます、好きな人いること」

 予想通りとは言え、
「やっぱ失恋はいったいわぁ」
 告白の後はもう、めちゃくちゃだった。
 迷惑を掛けたくはないし、振ったという事で自分に変な負い目は持って欲しくなくて―――
 平気に振舞おうとすればするほどあがけばあがくほど、彼との間が気まずくなってしまった。
「やっぱ、言わん方が良かったんかなぁ……」
 考えれば考えるほどのめり込んでしまう。
 しょっちゅう出入りしているクラブで後悔にさいなまれてぼんやりしている理佳子に、顔見知りの男子高校生の彼に声を掛けられた。
「珍しいな、なんだか元気がないのう」
 外見は立派に今時な高校生のクセに、妙に年寄りじみた口調の彼になんで全てを話してしまったのか……。
 彼を本当に好きだった事。でも、彼には想いを寄せている人がいること。彼女の方も彼のことを想っているだろうことも。
「はじめから望みなんかなかったんやから。わかってたんや、失恋する事くらい」
 黙って理佳子の話しを聞いていた彼は、理佳子が話し終わるとぽんぽんと、頭を撫ぜられた。
「泣いた方が言い時だってあるんじゃないか」
 そう言われると、唐突に理佳子の涙腺からじわりと熱いものがこみ上げる。
 だが、理佳子は泣かなかった。
「別に、大丈夫。初恋なんて実らないもんだって言うやん」
「強いなぁ」
 わしの時はそんなに強くはなれなかったな……と、彼は続けた。
 その時理佳子は思った、あぁ、この人もきっと辛い望みのない片思いをした事があるんや―――、と。
「何時かは乗り越えられるから」
 長い長い髪を撫でられながらそう優しく囁かれた。


 あぁ、明日起きたらどうしようか?
 まずは……すっきりしてみようか。足取りと気持ちを軽くする為に。
 次の季節が来る前に。
 新しい一歩を踏み出す準備を―――


Fin