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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


次はこちらが食べる番。


「これ、あまり甘過ぎなくて良いわねー」
「さすが高級ホテルのティーラウンジってところかしら?」
 …その場に居たのは女性三人。
 微かに色が付いた眼鏡を首に下げている、赤いスーツの似合う、切れ長の目のお姉さん。
 ショートカットに銀縁眼鏡の、パンツルックの似合うお姉さん。
 チャイナドレスに煙管を燻らせた――時々場所により文句を付けられてもいる――きつめ美人のお姉さん。
 …シュライン・エマと綾和泉汐耶と碧摩蓮。
 彼女たちは今。
 各所で高級スイーツの類をのほほんと食べていた。
 …全面的に碧摩蓮の奢りで。

 事の発端はと言えば人参果騒ぎである。
 時間差攻撃で草間興信所からあやかし荘から、各所に謎の赤ん坊型果実?がバラ撒かれた騒ぎがあったのだ。
 更に何故かそれを使って色々と料理をする羽目になり。
 …特にシュライン・エマと綾和泉汐耶は毎度のようにその件に遭遇し、料理を作ってばかりいた。
 その件もあり、ふとした切っ掛けで…ふたりは今度一緒に何か食べに行こうかと言う話になる。
 で。
 話を聞くに間接的にではあったようだが、その人参果騒ぎの加害者に当たるのが碧摩蓮。
 なので。
 食べに行く、と言う話になった時、どうせなので彼女を巻き込みそこのところを突付いてみた。
 …すると、ある程度悪い事をしたと言う気もあったようで――それより黒髪に青い瞳のお姉さんふたりの頼み方が何より怖かったのでは、と言う話は置いといて――快く奢らせる約束を取り付ける事が出来た。

 で、今ここに至っていると言う訳である。
「…もう三軒目なんだけど、さァ…」
 恐る恐る声を掛ける蓮。
 が、もぐもぐと嬉しそうに食べるシュラインと汐耶のふたり――特にシュラインのペースはまったく落ちる気配無し。
 各種洋菓子がテーブルに所狭しと並べられているが、特にシュラインの前、チョコ系統の物を中心に、減るのがやたら早い気がするのは気のせいか。

 ………………空の皿がどんどん増えている。
 汐耶の方はそれ程でも無いのだが。

 食べ方を見ている限りはシュラインもごくごく自然で、特にがつがつ食っている様子も無く普通なのだが。
 そう。
 普通な筈なのだが。
 …やはり減るのが早い。
 で、汐耶の方はと言うと一段落付いたのか、静かに紅茶のカップを傾けている。
 が。
 シュラインは相変わらず。
 フォークで洋酒の染み込んだ柔らかいケーキを小さく切り取り、口に放り込んでは、ん、美味し。…と嬉しそう。
 そんな遠慮無い様子を見て、蓮はと言うと食欲を失っている模様。彼女自身がはじめに頼んでいたチョコレートのムースにも全然手を付けていない。
 シュラインがその様子に目敏く気付く。
「あれ、蓮さんは全然食べてないけど?」
「…ああ…何だったらこれもアンタが食うかい?」
 やや投げやりに返す蓮。
 と、あら、良いの? と答えながらも早々に皿を持って行き、やはり遠慮無くぱくつくシュライン…。
 …蓮の表情が何処と無く引きつっている。

 そんなこんなで暫し後。
 テーブル上の皿は粗方片付いていた。
 汐耶は楚々として口の周りを拭いている。
 シュラインは最後に残ったチョコレートケーキの一切れを食べていた。
 そして、あ、そうだ、とシュラインは何か思い付いたよう、ぽむ、と手を合わせる。
「ねえねえ、御土産にこのチョコレートケーキ、ワンホールもらっても良いかしら?」
 …とっても美味しいから、ウチの貧乏探偵にも食べさせてあげたいなー、ってね。
 にっこり。
 そして有無を言わさぬ微笑みが蓮に向けられる。

 …ちなみにそのケーキ、ワンホール分の御値段は――。


■■■


 心底楽しそうに歩いているお姉さんふたりに少々顔が引きつっているお姉さんがひとり。
 楽しそうなお姉さんの片方――シュラインの片手にはケーキの箱が携えられている。
 そろそろ夜も更け、酒場の明かりがぼちぼち目立ち始める時刻。
 蓮の、煙管を持つ手が少々震えている気がするのは寒さのせいだけでは無いだろう。
 彼女は恐る恐る、同行しているふたりに伺いを立てる。
「えぇっと…御土産も買った事だし、もうこれで良いんだよね?」
「あれ、まだ飲みに行くつもりだったんだけど?」
 そのつもりでこの時間まで粘ってた訳だし。
「それに、私はまだまだ物足りないんですけどね?」
 あっさりと蓮にそう言うなり、シュラインと汐耶は何やら示し合わせたよう、にこやかに互いに頷く。

 …そしてやってきたのは、細い路地を進んだ先にある目立たない店。
 看板には申し訳程度に『暁闇』、とある。
「折角蓮さんの奢りなんだから、『確り稼がせてあげなきゃ』だもの」
「『私たち同様、被害受けてました』しね。…それにここのカクテル好きなんですよ私☆」
「ん。私も」
「…って、え?」
 上機嫌なふたりの様子に、訝しげな顔をする蓮。
 どうも、この店に誰か知り合いが居るらしい発言に蓮は思わず足を止める。
 そんな蓮に、誰の事かは会えばわかるわよ♪と弾むような声で言いつつ店のドアを押すシュライン。
 予め後ろに回り、ささ、どうぞ、と逃げ場を塞いで――蓮に先に店へと入るよう促す汐耶。
 からんころんとドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ――ってエマさん…に碧摩さんに汐耶さん」
 カウンターの中から声が掛けられる。
 蓮も即座に気付いた。
 ………………人参果騒ぎの時に、高峰心霊学研究所でシュラインや汐耶と同行していた人物のひとり。
 つまり、蓮にしてみると、敵がひとり増えた――事になる。
 が、そんな警戒振りを気にもせず、シュラインと汐耶は当然のようにカウンターに着いた。
 で。
「適当に見繕って一杯下さいな?」
「私もお任せでお願いします」
「…あ、アタシは水で」
「かしこまりました」
 ちょいと無粋な蓮の水と言う注文も気にせず、卒無くバーテンが頭を下げる。

 で、暫し後。

 三人の前にそれぞれ違ったグラスが差し出される。
「じゃ」
 乾杯。とふたりグラスを合わせ、それぞれで楽しむふたり。
 蓮はさすがに気が気では無い。
 先程のティーラウンジのハシゴの件もある。
 アレよりは酒の方が確実に単価が高価い。
 もしここでもあの調子で飲まれたら…。
 …更に、場所がこの酒場では…店員と予め示し合わせている可能性も否定出来ない…。
 蓮は思わず冷汗。

 結局、それから黙って蓮が密かに観察していたところ、シュラインは比較的ゆっくり、マイペースでグラスを傾けている。先程の汐耶の食べ方のような、とでも言おうか。
 だが。
 今度は汐耶の方が。
「…どうせだからボトルキープしても良いですか?」
 にこ、と全開の笑顔で蓮に言う。
 ちなみに汐耶、その時既にカクテルのグラスを五つは空けている。
 今日は飲む気ですね、などとのんびりバーテンに言われたりもしていた。
「って」
 ボトルキープとの言に俄かに慌てる蓮。
 が、汐耶は。
「…どうせ今日中に終わっちゃうと思うけど」
「はあっ?」
 あっさりと続けられた不穏な科白に蓮は思わず声を上げる。
 と、バーテンにお静かに、と注意されていた。

 暫し後。
『綾和泉汐耶』の名が書かれたタグが幾つかのボトルの首に掛けられる。
 …そう、汐耶の注文は一本では済まなかった。

 更に暫し後。
 …あっさりボトルが一本空になっていた。

 更に更に暫し後。
 …本日何度目になるのか、そろそろたったひとりの客の為になりつつあるシェイカーの音がまたも鳴り響く。

 更に更に更に…。

「…ちょっと待っとくれよ」
 蓮は冷汗かきながら青い顔になっている。
 それでも、汐耶の手許の傾くグラスは止まらない。
 脇には、ちょっと数えるのが怖い気がする空のグラスにボトルが…着実にひとつひとつ増えている。
 …本数は元より、特にボトルの方、ラベルを見ると更に怖い。
 どうやら汐耶はわざわざ高価な物を選んでいる様子。
 …更に言えばバーテンダーの方でもシュラインと汐耶の思惑に気付いているのかいないのか、わざわざ高価な酒を勧めている傾向があるよう。

 頼むからそろそろ勘弁しとくれよ。ぐったりとそんな声が発されるが――彼女たちふたりの耳にその訴えが入った様子は無し。
 カウンターの内側に居る方々も蓮が散々奢らされている理由を――バーテンがその件の当事者だったので予め承知していた故か…何処か面白がっているように苦笑しているのみ。止める気も無い様子。

 …果たして御勘定はいったい幾らになるでしょう。
 取り敢えず伝票は――やたらと長いです。


【了】