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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


狐ちゃんと熊さん



 ――来るべき時がきた、というか……やっぱりというか。
(またお声が掛かるとは思っていたけど)
 バイトのお話があったのは数日前。依頼して来たのはやっぱり……いつもの生徒さんだった。
「い、行かなくちゃ駄目……ですよね?」
「ええ。それは、もう」
(それはそうだよね……)
 今までがそうだったのだから。答えは既に決まっている。
「わかりました」
 電話を終えてから、あたしはため息をついた。過去の経験と、今回のバイト内容を頭に思い浮かべる。
「……今度は狐さんかぁ……」
 か細い泣き声にも似たあたしの声に、反応した家族が一人。
「素敵ですわ」
 誰かと思うまでもなく――振り返るとやはり、みそのお姉さま。
「用件はわかりましたわ」
 お姉さまの表情は晴れ晴れとしている。これからのことに期待しているような瞳。どうも立ち聞きされていたみたい。お姉さまって、音もなく近づくのが上手なんだから。
 お姉さまは待ちきれない様子。
「あさってが楽しみですわ。特殊メイクをしているみなもを眺める――わたくしにとって初めての経験ですもの」
「ついてくる気ですか!?」
「ええ。わたくしはみなもの初・狐体験を眺めておりますわ。楽しそうでしょう?」
 そんな体験いりません――あたしが何度言ってもお姉さまは聞き耳を持たず、それどころか
「当日に着るみなもの服を選ばなければなりませんわ」
 と悩んでいる。
「これなんて、どうかしら」
 お姉さまが取り出したのは、ごく普通のセーター。
(マトモだけど)
 お姉さまが選ぶにしては、マトモすぎる。
「この服はとても素敵ですの」
 そう言って、その服を自分の身体へ当てる。
 すると、セーターは急に色を失って、透けた。それどころか、お姉さまが元々着用している服も透けて、更に奥の――。
「きゃああああ!」
 あたしはセーターをお姉さまから奪い取った。
「ね? これを着けて行きましょう」
「何言ってるんです、捕まりますよ!」
「あら……。でも、素敵な服でしょう?」
「どこがですか! もう瞼に焼き付いちゃったんですからねっ」
「軽いサービスですわ」
「そんなサービスいりません!!」
(どうしよう)
 行く前から大変なことになっているような気がする。

 当日。
 妹とお母さんを残して、お姉さまと二人で家を出た。
 今までだって、このバイトは大変だったのに、今回はお姉さまも一緒なんて。
「……心配だなぁ」
 あたしの言葉を聞き取ったお姉さまは微笑んで。
「家のことは心配いりませんわ。お母様がいらっしゃるもの」
「……そ、そうですね」
(そうじゃないんだけどなぁ)
 お姉さまのことが一番心配。それにお姉さまはわかっているのか、わかった上であたしをからかっているのか、わからないんだから。
 とりあえず、流れを感じ取るお姉さまを半ば引きずって電車を降り、歩く。
 だんだんと見えてきた専門学校。生徒さんは、いつも通りのテンションで迎えてくれた。
「みなもちゃん、おはよう!」
 とあたしを一回抱きしめてから、お姉さまに気付いて。
「みなもちゃんのお友達?」
「いえ、姉です」
「海原みそのですわ」
 お姉さまは頭を下げる代わりに、フッと微笑んで見せた。
「みそのさん、ね。今日は宜しくお願いしますね」
 生徒さんもお姉さまに微笑みを返して、あたしに向き直った。
「みなもちゃんとは違ったタイプのお姉さんなのね」
「ええ、まぁ」
 あたしは曖昧に頷いた。内心、それでいつも苦労してるんです、と思いつつ。
「じゃあ、校内に入りましょうね。いつまでも外にいたら寒いもの」
 空からは雪が降り出してきていた。確かに、寒い。無意識にコートの袖を掴んでいた。手袋をはめてはいるけど、冷たい風が毛糸を超えて指先にまとわりついている。
 コートを脱いで校内に入った。一定の温度に保たれているため、外に比べて大分あたたかい。
「今日の狐はどうやるんですか?」
 猫のときと同じなのかな。植毛をつけたり――出来ればお姉さまには見られたくない姿なんだけど……。
 生徒さんはフッフッフっと不敵に笑う。どうやら今までとは違うみたい。
「今日はね、コレを使うわ!」
 ジャーン! なんていうちょっと古い生徒さんの言葉と共に現れたのは、妙な機械。
「三次元スキャナーよ! これにみなもちゃんの鋳型を覚えさせて、これに連動する機械で鋳型を作るの」
「大掛かりなんですね……」
「ええ。今日はスキャンだけ。明日メイクだからね」
(凄いなぁ)
 あたしの鋳型を作るなんて。今までとは全然違うみたい。
 お姉さまもこれには驚いたようで、
「これでみなもの鋳型を……」
 と呟いていた。
(もしかして、その鋳型を欲しいなんて思っていないよね?)
 用途はわからないけど、いかにも思っていそうだ。
 でもあたしの鋳型なんてものを、電車に乗って持って帰るのは無理だ。目立ってしまう。
 お姉さまは諦めたのか、また数秒黙り込んだ。それから花びらのように微笑んで。
「鋳型を作るには、当然服を脱いでからスキャンすることになりますわね」
「え!?」
「みそのさんは感がいいですねー、その通り。みなもちゃん、頑張ってね」
 生徒さんも嬉しそう。あたしはほぼ泣き顔に近いのに。
(頑張ってね、なんて言われても)
「ぬ、脱がないと駄目なんですか?」
「当然! みなもちゃん、脱ぐの嫌なの?」
「嫌です!!!」
「そんな今更。私はもうみなもちゃんのコトはよぉ〜く知ってるから、恥ずかしがらなくていいのよ?」
 あたしは顔が真っ赤になった。
(それって、どういう意味……?)
 ああ、やっぱり猫のバイトを引き受けたのは間違いだったのかなぁ。
(他にもトナカイとかマンティコアとかワイバーンとか色々やったけど)
 とにかく猫のことが最初の過ちだったに違いない。そしてこの過ちからは逃れられないのだ。何故って、生徒さんにすっかり憶えられてしまったから。何を憶えられたのかというと、それは、つまり、あたしの――……。
「や、やりたくないです〜!!!」
 助けを求めるようにお姉さまに抱きついたけど、お姉さまは無反応。
 生徒さんはあたしとお姉さまを見比べた。
「どうします? 無理やりするのは好きじゃないし」
「大丈夫ですわ。みなもは良い子ですから……」
 お姉さまはあたしの顎を両手で包み、二人の額をくっつける。
「ね。みなもは、良い子ですもの……」
 笑顔なのに、この威圧感は何だろう。結局あたしはいつものように、頷くしかなかったのだった。

 そして、過ちは一つ増えた。

 一定の温度に保たれているとはいえ、服を脱ぐと寒い。もうこの温度に身体が慣れてしまっているのだ。
 生暖かい風に包まれてもまだ寒くて、身体が葉のように震えた。寒さを抑えるべく、両肩を手で抱いたり、服を抱きしめたり。でもそうしていると撮影が出来ない。ちょっとの間あたたまると、あたしは服を床に置いた。
 お姉さまは椅子に腰をおろして、あたしをじっと眺めている。その様子が幸せそうというか、楽しそうで、あたしはますます恥ずかしくなってくる。
(何がそんなに楽しいんだろう)
 あたしを見ているだけなのに。
 ――でも、お姉さまが考えていたのは、あたしのことだけではなかったらしい。
 お姉さまはおもむろに口を開いた。
「わたくしもやりたいですわ」
 これには、あたしだけじゃなくて生徒さんたちも驚いた。
「勿論お金は出しますわ」
「構いませんが、何になります?」
「そうですわね。みなもが狐ですから――熊が良いですわ」
「わかりました。人数増えた方が面白いですしね、じゃあ、脱いでもらえます?」
「ええ」
 ためらいもなく、お姉さまは服を脱ぎ始めた。上を脱ぐときに足元が一瞬ふらついたのを除けば、澱みない作業だ。あまりにためらいないものだから、あたしや生徒さんたちの方が恥ずかしがったくらい。
 艶めかしい白い肌だけになったお姉さまは、にこやかに微笑んだ。
 二日前に見た記憶が甦る。お姉さまの身体は整いすぎるくらい整っていた。みだらではないけれど膨らんだ胸や抱きしめたら崩れてしまいそうなくらいに細いウエスト。
 絹をイメージさせる、繊細そうな肌と身体のラインとが交じり合い、女のあたしからみても艶めかしい。
 パソコンの画面に映し出されている映像を眺めた。これはワイヤーフレームのあたしの身体。それと今目の前にいるお姉さまの身体とを見比べたら、余計に恥ずかしくなってきた。
(駄目だぁ……)
 あたしなんて、到底お姉さまの身体に太刀打ち出来ない。それなのに、こんなところで二人一緒に脱いじゃうなんて。
(後悔するしかない)
 あたしは床に体育座りのような格好でしゃがみこみ、肩を両手で押さえた。人目にさらされた自分の身体が恥ずかしい。
 服は椅子に置いたまま。早く着替えたいけど立ち上がるのも恥ずかしい。
(逃げ出してしまいたいくらい)
 この翌日はメイクだなんて。あたしは上目遣いにお姉さまを見ていた。お姉さまが狐をやってくれたらいいのにな……。
 お姉さまは撮り終えると、察したようにあたしの肩に手を乗せた。しなやかなお姉さまの手に触れられて、緊張で肩が震えた。
「赤くなってますわ」
 お姉さまはそう言うと、あたしの耳に唇をつけ。
「ここも、赤くなってますわ」
 もう全身が赤くなりそうだった。寒さはまるで気にならず、暑いくらいだった。
「安心して良いですわ」
 お姉さまは微笑み。
「岸にいる人間が海を泳ぐ人魚に魅せられるように――みなもは目を離せないほどの愛らしさに包まれていますから」
 ハッとして顔をあげた。お姉さまと視線が重なる。それからあたしは立ち上がり、自分の身体に目を通して――また顔を赤らめた。

 翌日。
「それじゃあ、メイクを始めようか」
 生徒さんの張り切った声。
 猫のときは、植毛――丁寧な作業で時間も大分かかったけど、今回は大雑把な作業らしい。
「最初にこれを穿いてくれる?」
 あたしは狐色の、お姉さまは熊色の毛がついた下着のようなもの――を渡された。
「それから作業するから」
 とのこと。
 下着を穿き終わってから、あたしとお姉さまは台の上に寝かされた。
「今回は貼るのが主な作業なの」
 ペタリ。何を貼り付けたんだろうと見ると、そこだけ狐になっている。もう既に型を取り、メイクが終わっているものを貼っていくらしい。
「まぁ、顔は別にやるけどね」
 とりあえず、顔以外から始めるらしい。手や足――何人かの生徒さんが一気に作業を進めていく。
 慣れているとはいえ、少しくすぐったい。生徒さんの手が太腿に触れたとき、あまりにくすぐったくて、身体が動いてしまった。手足を抑えられているので、上半身だけが捩じるように動いただけで作業に支障は出なかったけど、動かないでと注意を受けた。
 横目でお姉さまを見ると、微動だにしない。
 目を閉じて、眠っているようにも見える。それくらい、動かなかった。
(お姉さま、初めてなのになぁ……)
 あたしも目を閉じれば楽になるのかなぁ。
 目を閉じてみた。それでも肌が敏感になっているせいで、微かな感触も気になっている。
 相変わらず暑い。でも、生徒さんの手はひんやりとしている。その冷たさで触れられれば身体がびくんと反応するし、逆に温度差が心地よくもある。
(海の中にいるみたいな感触)
 海の中にいると思えば楽かもしれない。目を閉じて、青を思い浮かべる。想像内の海がリアルになってくるのと同時に、生徒さんたちの手の冷たさが海のようで、求めたくなった。
 だんだんと眠くなってくる。目を閉じている状態で、泡の奥の夢に運ばれる。
 お姉さまも眠っているのだろうか。お姉さまが思い浮かべているのは海ではなく「御方」だろうか――。
 生徒さんの一人の手が、お姉さまの肋骨の上付近に触れた。その一瞬だけ、ぎくりとお姉さまの身体が跳ねた。まどろんでいるあたしの目には、深海で艶めかしく蠢く人魚に見えていた。

 メイクを終えたあとはいつも通り。
 赤いリボンを付けた狐と熊は、台の上に乗せられ、先生の目に晒されることに。
(この時間が一番苦手……)
 俯いて先生を見ないように努めるあたしの隣で、お姉さまはポーズまでつけて先生にアピールをしている。
「今日は二人なのねー」
 先生はお姉さんの身体をなぞり、
「うん、よく出来てるわね」
 満足そうに頷いた。
「で、狐はどうかしらね〜?」
 目を必至にそらすあたし。
 先生は素早くあたしの目の前に立つと、力強く抱きしめた。
「満点!」
 ……何がですか。
(絶対、メイクの点数じゃない……)
 窒息しそうなくらい抱きしめられている状態で、メイクがどうとか確認出来る訳ないもの。
 先生はあたしをよく眺め終えてから、生徒さんたちに向かってアドバイスをし始めた。技術的な話で、あたしにはよくわからない。でも重大なことらしく、生徒さんたちは各々メモを取っていた。
(やっと終われる……)
 ホッとしているあたしに比べて、お姉さまはまだ何かあるらしく。
 先生が去ってから、生徒さんの一人にカメラを渡した。
「わたくしとみなもを撮って欲しいのですわ」
「いいですよー」
 軽く笑った生徒さんはあたしたちから離れて、ファインダーをこちらへ向けた。
「じゃあ、撮りますねー。5、4、3、2、」
 と急にお姉さまはあたしの方を向いたかと思うと、両腕を振り上げ、
「がおー!」
「きゃあ!」
 カシャ!
 無常なシャッターの音。

 お姉さまと生徒さんの笑い声と共に、「今日はもういいよ」の声。
「驚かせてごめんなさいね」
 お姉さまは自分の分のホットレモンティーをくれたけど――。
 顔も上げられない程恥ずかしくなったあたしは、紙カップに口をつけて一気に飲み干してしまった。
(もう)
 これからは、生徒さんだけじゃなくてお姉さまにも気を付けなくちゃ。


 終。