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<東京怪談ノベル(シングル)>


オンナの腕の見せ所

 時は冬、年が開けて半月も過ぎれば始まるとある賑わいの中、源と嬉璃は相変わらず、あやかし荘の一室で炬燵に入って熱々のそば茶を啜っていた。

 「ところで嬉璃殿」
 このような、唐突な話の切り出し方の時は、ろくでもない話題を持ち出してくるに違いない。今までの経験上、それを身を持って学んだ嬉璃は、興味なさそうにンー?とだるい声を漏らした。
 が、そんな程度の反抗では、この源が堪える筈もなく。それをも身を持って知っている嬉璃だからこそ、逆に源が『どうした、元気がないな』等と突っ込んできた事に驚いて身を乗り出してしまった。
 「ど、どうしたのぢゃ、おんしがそのように、人の機微に敏感になっておるとは…」
 「…さり気に失礼な事を言っておるな、嬉璃殿。いや、わしはまた、嬉璃殿が例のほれ…なんじゃったかいの……例のイベントの事でちっぽけな胸を痛めておるのかと思ったのじゃよ」
 「ちっぽけな、は余計ぢゃ。と言うか、そのいべんととはなんぞや?」
 そう、何となく尋ね返した嬉璃の言葉に、源は、意を得たりとばかりにニヤリと口端を持ち上げて不適に笑う。キラーンと覗いた白い歯と瞳が鋭く光った気がして、思わず嬉璃は炬燵に入ったまま(寒いからだろう)後ろに仰け反った。
 「な、なんぢゃ、その不気味な笑みは…」
 「良くぞ聞いてくれた、嬉璃殿。ほれ、なんじゃったっけ?鋏手の宇宙人のような名前の……」
 「何を言わせたいか分かったが、それには乗らぬぞ。ツブラヤのに叱られるからな」
 嬉璃がさくりとそう告げると、ちっと源が舌打ちをした。
 「では、エネルギーの高い粒子がドーナツ状に取り巻く電磁波層のような……」
 「それは【バン・アレン帯】」
 なかなかテクニカルなボケを、これまたテクニカルに鋭く突っ込む嬉璃。
 「では、天草四郎の磔のような……」
 「それは【伴天連、痛いんでぃ】」
 「…おお、その無理無理なボケにも的確にツッコむとは、さすが嬉璃殿。天晴れじゃ」
 感心してパチパチと拍手を鳴らす源に、はーっと深い溜息をついて嬉璃は額を押さえた。
 「…で、なんじゃ、早い話がバレンタイン・ディが如何したと言うのぢゃ」
 「そうそう、そのばれた!インディ・ジョーンズでぇ」
 なおもボケ続ける源の肩先に、嬉璃は思わず『えー加減にしなさい』と裏手ツッコミを入れた。

 「…で、そのバレンタイン・ディの事じゃが」
 数時間後、源と嬉璃が、相変わらず炬燵に入ったままで胡麻煎餅を齧っていると、また唐突に源がそう切り出した。
 「なんぢゃ。まだ覚えておったのか。と言うか、おんしはただ単に、わしと駄洒落合戦をしたいだけではなかったのか?」
 「何を言う、あれは単なる前哨戦、或いは肩慣らし。真の目的はこれから語られるのじゃ!」
 がばっと急に立ち上がって源は拳を握り締める。最近、良く目にする源の気合いの入れように、ハイハイと嬉璃はやっぱり気のない返事をした。
 「良いか、嬉璃殿。世のおなごどもはまったくもって嘆かわしい。故事の当人は投獄、拷問、撲殺と散々な目に遭ったと言うに、そんな事はさっぱり忘れて本命だ義理だと浮かれてばかり。これでは日本の経済はいつまで経っても向上する筈などない」
 バレンタインと天草四郎は全くもって関係ないし、ついでにバレンタインと日本の経済事情も関係ない。が、突っ込みどころ満載のその辺りはさっくり無視して、それで?と嬉璃は先を促した。
 「まぁ、そんな日本の事情はわしにはどうでもよい。この、何かとおなごの財布の紐が緩むこの時期、わしもその波に乗っかって一儲けしようと思うのじゃが、嬉璃殿、一口乗らぬか?」
 「またイキナリ小市民な事を言い出しおったな」
 「喧しい、こんな世の中じゃ、現金が何より心強いに決まっておるじゃろう。おでん屋の常連は、ツケで飲み食いするヤツが多くて困るのじゃ。ここで小銭を稼ぐのは何が悪い」
 息巻く源に、分かった分かったと嬉璃は両手で立ち上がったままの源に、座って落ち着くように促した。
 「…まぁ良い。でだ、嬉璃殿。わしは惚れ薬入りのちょこなど作っておなごに売ろうと思っておるのじゃ。この時期、他力本願で男心をげっとできるのであれば、多少値が張っても、大抵のおなごどもは欲しがるに決まっておる」
 「それは確かに意を得ておるな」
 感心して頷く嬉璃を見て、源は同志よ!とばかりにその手を両手で握り締めた。
 「で、じゃ。わしは実はな、既に惚れ薬の元を手に入れたのじゃ。ちと値切ったので効果の程は薄いが、何、心配はいらぬ。既成事実さえ作ってしまえば、おなごの勝ちじゃからの」
 六歳児とは到底思えぬその発想を、際どいと言うべきかあざといと言うべきか。
 「それでその惚れ薬、どう仕込むつもりぢゃ、おんし」
 「そう、それが肝心じゃ。実はな、これは惚れさせたい相手に飲ませることは勿論、同時にそやつの目の前で己も飲まなければ効果が得られんのじゃ。故にわしは、これを猪口に仕込もうと思う。意中の相手とこの猪口を使って酒を飲めば、それでもうばっちぐー!おまけに酒に酔った振りでしなだれかかるも良し、酔いに任せて女から押し倒すも良し、何処かに連れ込み、好きし放題も良し。やりたい放題じゃ♪」
 「……待ちや。おんし、先程『ちょこ』と言ったが、それは……」
 「うむ?何を不審げな顔をしておる。ちょこと言えば、酒器の猪口に決まっておるじゃろう?」
 いや、バレンタインディの時の『ちょこ』は、どう考えてもチョコレートの事だろう、と言いたかったが、このままの方が面白そうなので嬉璃は黙っておいた。
 そろそろ、嬉璃も源に本格的に毒されて来たようだ。

 そうして再び数時間後。源と嬉璃はおでん屋の屋台の片隅で、完成したバレンタイン用・惚れ薬仕込みの猪口(ペア)を見ては、にやにやと怪しげな笑みを浮べていた。
 「ついに完成ぢゃな」
 「うむ、これもそれも、嬉璃殿の協力のお陰。感謝しておるぞ」
 「何を仰いますやら、お代官さまこそワルですのぅ……」
 ふふふ…と含み笑いをする二人の童女は、明らかに時代劇の見過ぎだ。
 「さて、それはともかく。あとは、この猪口を欲しいと言うおなごを待つばかりじゃな」
 「待ってても客は来ぬぞ。ここはやはり、宣伝をせねばなるまいて」
 「なるほど…世の中、メディア時代だからのぅ。では取り敢えず、身近なおなごに…」
 そう言いながら歩き出した源だったが、その足元ににゃんこ丸が丸くなって寝ている事には気付かなかった。目線は猪口へと注がれていた為、当然の如く、源はにゃんこ丸にものの見事に蹴躓き、そして……。
 「うぁお!?惚れ薬猪口が―――ッ!?」
  妙な叫びは、転び掛けた源の手から離れて飛んで行く、惚れ薬猪口の軌跡を追って延々と響いた。源の手からすっ飛んだ猪口(ペア)は何とか割れずに無事に着地したのだが、そこはおでん屋台の食器棚の上。そして落下地点には、惚れ薬猪口と同じ型の猪口がたくさん並んでいて……。
 「……どれが惚れ薬猪口か、分からなくなってしもうた………」
 「…………」
 戯けめ。そう呟いた嬉璃だが、源の余りの落ち込みように、仕方なくそのオカッパ頭をよしよしとばかりに手の平で撫でて慰めるのであった。

 そうして、源の会心作、惚れ薬猪口はおでん屋台の猪口の中に紛れてしまい。いつもの常連客の内の誰かと誰かが、それとは知らずに使用したのだろうが、惚れ薬の効果が出たかどうかは未だ不明である。


おわり。