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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ヤミナリエ〜美少年狩り〜
------<オープニング>--------------------------------------

 東京駅で、数年前から、行われている光の一大ページェント。
 元は、クリスマスに活気をもたらそうと始められたそれは、あまりの人出に冬休み限定での期間延長が決定し、ますますの賑わいを見せている。
 だが、光あるところには、必ず影が出来る。影集まるところに、闇は生まれる。その闇より生まれ出た者達は、光溢れる空間を見て、舌なめずりをしていた。
『今年もこの季節が来たな。お前達、狩りの時間だ。人の道に則ったカップルを、引き裂き、底知れぬ堕落と禁忌の世界へ導いてやるがいい・・・・』
 無数に蠢く人あらざるものに下された命。それは、極普通の者達を、モラルの壊れた世界へと引きづり込もうとする謀り事。
『大量を期待しておるぞ』
 人の子には聞こえぬ高笑いが、周囲へと響く。それは時に男のものであったり、女のものであったり。
 さて、それと時を同じくして。
「今日はまた、何の御用で?」
「ご挨拶ですなァ。ほん少しご警告申し上げに来ただけでございますよ。最近、とある御方がご機嫌斜めでございましてなァ。気晴らしに、狩りをするとか何とか仰っておりましたが」
 草間探偵社を訪れた華菊屋は、応対に出た草間に、そう告げている。
「それがウチと何の関係がある」
「こちらの調査員様方には、その方の眼鏡に叶う者もおりましょうてな。何しろ、殿御ぶりを発揮する男子に目がありませぬ故。なァに、以前依頼したコトの、ほんの利息代わりでございますよ」
 しかし、そんな棘のある一言にも、彼は全く動じる事なく、『お歳暮』と書かれた練り切りと羊羹の詰め合わせを差し出しながら、こう続けた。
「ふふふ。そんな顔をなさらずともよろしいですよ。何しろ手前は、ただの菓子屋でございますから」
 相変わらず、信用性の欠片もない台詞を吐く御仁である・・・・。
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 そうして・・・・他の面々が、次々と犠牲者を増やしている頃、アイン・ダーウィンは、ようやく口説き落とした女性を待つ間、ぼんやりとその光景を眺めていた・・・・。
「あーあ。どう見たって、ナンパの口実なのに‥‥。世の中、人の良いのは、どこにでもいるんですね‥‥」
 端から見ていれば、あからさまに誘いをかけているとわかるモーリスとケーナズ。全く気付かないアルガードに、少しばかり同情しながら、彼はそう呟く。
(人の事、言えないか‥‥)
 だが、直後彼は自信の考えを打ち消していた。自分も、普段はアルバイトをしながら、ボランティア活動に精を出している身分である。人が見れば、いい人の代名詞の様な行動なのだから。
(それにしても遅いなぁ‥‥)
 時計を見ながら、そう思うアイン。すでに、約束の時間は20分程過ぎている。電話をかけようと、携帯に手を伸ばした刹那、その電話が向こうから鳴った。
「あ、もしもし? うん、俺。え? マジで? わかった。そう言う事なら、仕方がないね。気にしなくて良いよ。そう言う約束なら、そっち優先だし」
 話を聞けば、なにやら急な用事で、行かれなくなったとの事。
(ドタキャン‥‥か。やっぱり上手く行かなかったな‥‥)
 約束の時間をオーバーした時点で、フラれた事を半ば認識していたアインは、少し切ない気分になりながら、溜息をつく。
(さて、暇になっちゃったな。どこ行こうか‥‥)
 少し本屋にでもよって帰ろうか。それとも、何か美味しい菓子折でも買っていこうか。たまには、一人でぶらつくのも悪くないかも知れない。そう考えていた時だった。
(あれ‥‥?)
 大通りの反対側を、見覚えのある女性が、通り過ぎる。
(今のは‥‥)
 そう、それは、アインが週末の夜を楽しく過ごすはずだった、初デートの相手だ。おまけに、彼女の隣には、見知らぬもう一人。
「ふふっ。可哀想に。振られちゃったんだ」
 その彼女・・・・イヴ・ソマリアは、アインのデート相手にしなだれかかるようにして、そう告げている。
「いえ、あの‥‥。私は‥‥」
 困惑気味の女性。しかし、イヴは営業用の甘い声音で、ささやいていた。
「言わなくても、私には分かるわ。さぁ、お姉さんが慰めてあげる‥‥」
「あぁん。いけませんわ、こんな所で‥‥」
 そんな気などさらさら無いように見える、ごくまっとうな一般女性。の・・・・筈なのに、イヴの魅了の力は、ここでも遺憾なく発揮されているらしい。さすがは、人を虜にする能力に長けた、ヴァンパイアとセイレーンのハーフと言った所か。
「イルミネーションが綺麗に見えるホテルを予約してあるの。振られた女同士、のんびりお姫様気分でおしゃべりしましょ」
「はい‥‥。お姉様‥‥」
 二言三言、言葉を交わしただけにも関わらず、その女性はすっかりなついてしまっている。満足げに肩を抱くイヴ。誘い文句のままに、近くのホテルへと入っていく彼女。
(なるほど‥‥。そう言う事ですか‥‥)
 一部始終を見ていたアインは、そう考える。自身では全く気付いていないが、その面には、デートの相手を奪い取られた悔しさがにじみ出ていた。
「カップル狩り‥‥良いですね」
 少し考えた後、草間達の話を思い出して呟く。何の罪もないカップルに手を出すのは、褒められた行為ではないが、恋の相手をライバルから奪還するのは、正当な行為だと、言い聞かせて。
 そうして・・・・早速行動に移そうとした刹那だった。
『ぎゃぁぁぁ‥‥』
 アインの‥‥強化された聴覚だけに届く、『女性』の悲鳴。
(悲鳴ッ!? まさか、さっきの!)
 まるで、何十ものエフェクター処理を施されたかのような、くぐもった『声』。だが、彼の声紋分析装置は、それが人のものであると、判断していた。
(どこだ‥‥!?)
 行きかう通行人に気取られぬよう、自身の機能へとスイッチを入れるアイン。内蔵された生体レーダーが、消えようとする生命を瞬時に映し出す。
(裏通り‥‥ですね)
 場所を確認したアインは、奥歯に仕込まれた加速装置をかみ締める。即座に両脚へとパワーを与えるそれ。常人には捉えられぬほどの速度となった彼は、反応の合ったビルの隙間へと走りだしていた。
(線路、邪魔です‥‥ね!)
 一般の目には止まらないのを良い事に、アインは高架の下で、コンクリートの路面を強く蹴る。
(超遠視モード。目標補足次第、映像を拡大‥‥)
 線路を見下ろす位置から、彼は広域サーチをかけた。程なくして、反応のあった光点が、アップになって映し出される。
「あれか‥‥」
 そこでは、忍が異形の『女性』を相手に、片腕だけを変化させていた。
「ふん‥‥。何かと思えば。ずいぶんと脆弱だな」
 忍が見下した視線で、そう言った。既に、その『女性』に戦う術はない。悔しげに『人間‥‥風情が‥‥』と繰り返すだけ。
「あなた‥‥。そこで何をしているんですか!」
 それを見たアインは、そう言いながら2人に割って入った。
「見た通りの化け物退治だ。それがどうした?」
 平然と言い放つ忍。
「退治って‥‥人間じゃないですか!」
 異なる姿をしていても、女性は女性。人は人。それを主張するかのように、突っかかるアイン。
「そう見えるがな、こいつは『人』じゃない」
 しかし、忍はそんな彼の考えを、真っ向から否定するようなセリフを口にする。
「なんだって‥‥」
 普段は温厚とも言えるアインの表情に、敵意とも取れるそれが垣間見えた時、その『化け物』がこう言った。
『おのれ‥‥。せっかくの獲物‥‥よくも‥‥。お姉様‥‥土産に‥‥と思うたものを‥‥』
 くぐもった声。きしゃあとむき出した口の端から、甲殻類めいた牙が伸びる。
「まだ生きていたか。しぶとい奴だな」
 冷ややかなセリフと共に、忍はもう一度腕を振るった。
『ぐはぁっ!」
 今度こそ、その『女性』は完全に絶命する。
「お前‥‥!」
 非難のまなざしで、アインは忍を睨んだ。ところが、彼はそんなが嫌の様子など目に入らない様子で、1人、こう呟く。
「ふん。そう言う事か‥‥」
「何を‥‥言って‥‥」
「納得のいかないアイン。と、彼は「さっきのセリフが聞こえなかったのか?」と、お姉様がどうこうと言っていただろう? と、確認するかのような問いを投げかけてくる。
「まさか‥‥。こいつも‥‥?」
 思い当たる節は山ほどある。草間から話を聞いた限り、大掛かりな組織が動いている気配はない。
 そう。全てはこの企てに参加した妖し、霊、あるいは鬼と言った異世界の『魔物』の仕業だと。
「そんなセリフが出てくると言う事は、貴様も『狩り』にきたクチか」
「そう言う事になるかな」
 だとすれば、答えは1つだ。拳を握り締め、相手になる事を決意するアイン。と、忍はそんな彼の姿と、崩れて行く化け物を交互に見て、興味深そうにこう言った。
「面白い。こいつのゲーム、俺が続けてやろう」
「果たして、そう上手く行くかな」
 そこいらの魔物や妖怪の類に、遅れを取るつもりはない。自信たっぷりにそう言うアイン。
 だが。
「それはこっちのセリフ‥‥だな!」
 組み替えられた忍の遺伝子が、彼のサイバーアイに映らないよう、トリッキーな動きで、その背後を取る。
「え!? うわぁぁっ!」
 直後、アインは彼の片腕に持ち上げられていた。
「何てパワーだ‥‥。本当に生身なのか‥‥?」
「ああ。一応はな」
 驚く彼に、忍はそう言いながら、にやりと笑ってみせる。
「く‥‥」
 その‥‥半身を異形と化した腕から逃れようと、内部ジョイントを外す。刹那、手首から肘の付け根にかけて、逆三角形の刃が生えていた。
「ほほぅ。こいつは‥‥」
「その辺の人間とは、違うんですよ」
 目を細める忍に、そう言い放つアイン。
「どうやらそうらしいな。がぜん、興味が湧いてきた。サイボーグなら、奴への土産にもちょうど良い‥‥」
「奴‥‥?」
 まさか、黒幕‥‥? と、そう思う彼。
「俺の雇い主さ。ま、上司みたいなもんだ」
 と、忍はそう説明しながら、アインの背筋を、服の上からつつつっとなぞった。
「ひぁっ!」
 不意打ち気味に、皮膚の弱い部分を触られ、彼が思わず産毛を逆立てる。
「安心しろよ。喧嘩する気は、さらさらねぇんだから」
 そう言って、忍はアインを地面に降ろした。ただし、相変わらず喉元は押さえ込んだままだ。
「何を‥‥」
 行動が分からず、戸惑うアイン。と、彼は。
「別にこのゲームの参加者を襲っちゃ行けないって言うルールはないからな‥‥」
 そう言って、アインを背後の壁へと押し付けていた。
「身体を機械に変えたサイボーグか‥‥。少し、調べさせてもらおう」
 びり、と布の引き裂かれる音。
「‥‥ッ!」
 触れた指先の感覚で、肌が露出させられたのだと、認識する。
「ふ‥‥ぅ‥‥ッ‥‥」
 何かを確かめるかのように、人口骨格のすぐ上をなぞって行く忍。皮膚の薄いそこは、真下に通った神経を、容赦なく刺激して、アインはため息にも似た吐息をついていた。
「ほほぅ。きちんと触感まで繋がれているのか。技術力は大したものだな」
 感心したように忍はそう言った。そして、耳元に唇を寄せるようにして、こう囁きかける。
「どうだ? その力、我らの為に役立てて見ないか? 食い扶持には困らんぞ」
「断る‥‥!」
 脅迫めいた刺激を与えられながら、即答するアイン。いくら給料が良くても、『人』を『人』として扱わないような組織に入るのはごめんだった。
「そうか‥‥。そいつは残念だ。ならば‥‥」
「う‥‥ぁ‥‥!」
 破られた服の隙間から、腹の辺りへと移動してくる忍の掌。
「覚悟‥‥しろよ? 殺してやるぜ」
 酷薄に、そう言って。このまま、頚動脈を食いちぎってやろうか? と、続けながら、忍はアインの首筋に甘く歯を立てる。
「や‥‥。あ‥‥っ」
 そのまま、ちろちろと舌を這わされ、また、腹の柔らかさを確かめるように手を動かされて、彼は押し殺した嬌声を上げていた。
「人工皮膚にしちゃ、うまく作られてるな。本物と変わらん」
「触‥‥るな‥‥」
 つつき倒されて、それでも逃れようと、アインは忍を押しのけようとする。けれど、脊髄と脳は、まだ生身だ。そこからつながる五感は、アインの神経を直撃してしまう。
「それとも、他人の手で作られたからこそ、極上に出来ているって可能性もあるな。お前を作った奴は、自分の理想でも投影したと見える」
 作りこまれた存在である事を見せ付けるかのように、忍はアインを背中からはがいじめにするように抱いた。そして、ビルの壁へ、自身の身体を見せつけるようなポーズをとらせていた。
「違‥‥う‥‥ッ‥‥! そんなんじゃ‥‥な‥‥ッ‥‥」
 忌まわしい記憶を思い出したくないのか、必死で顔を背けようとするアイン。
「どうかな。その割には、反応してるぜ?」
「あ‥‥やぁ‥‥ん‥‥ッ‥‥うぁ‥‥」
 半裸の状態で撫で回され、時に強く齧られ、アインの思考回路がショート寸前にまで追い詰められそうになる。
 しかし、そんな彼を現実へと引きこもうとするかのように、忍はこう言った。
「いい声で鳴きやがる。感度は普通の女並‥‥。いや、それ以上‥‥。元々そうだったのか?」
「そんな‥‥事‥‥知らな‥‥」
 さぞかし、可愛がられたんだろうなァ‥‥? なんぞと言われ、アインは涙声のまま、否定する。
「下も‥‥かな」
 忍の指先が、わき腹をはいずるようにして、へその下辺りへと伸びて行く。
「やめ‥‥そこ‥‥だけは‥‥、いや‥‥」
 弱々しく首を横に振る彼。これ以上、あちこち触られたら、本当に理性の歯止めが利かなくなってしまう。そんな事になったら、自分自身、何をしでかすか分からなくて、怖かった。
 それでも、忍は。
「聞けないな」
 残酷にそう言って、ズボンのホックを外してしまう。
「‥‥ッ‥‥!!」
 こんな所で、人としての矜持を奪われてしまうのだろうか。そのくらいなら、いっそ‥‥と、アインが覚悟を決めた時だった。
「あら、聞いてもらわないと、困るんだけど」
「ッ!?」
 女の声が、アインを現実世界へと引き戻していた。
「誰‥‥」
「貴方を助けにきた、異界の女神様ってところかしら」
 どう反応していいかわからない‥‥と言った様子のアインに、彼女‥‥イヴは嫣然と微笑みながら、そう言った。
「邪魔が入ったか‥‥。人が調査しているのに、水を射さないでもらおうか」
 忍が、自分の実験行為を邪魔されて、不機嫌そうな顔を見せている。と、彼女は肩をすくめながら、こう言った。
「だーれが邪魔よ。むしろ、感謝して欲しい位よね。ここに人が来ないの、私のおかげなんだから」
「え‥‥?」
 1人、アインだけが状況把握をして居ない中で、忍は改めて周囲を見回し、納得したようにこう答える。
「フィールドバリアか」
「結界って言ってよね。ま、似たようなモノだけど」
 人工的に発生させた陽子バリアと、魔力を持って織り上げられた結界と。組成こそ違えど、与えられる効果は対して変わりはない。
「だいたい、おかしいと思わなかったの? それだけ派手に鳴かせてて、誰も来ない事に」
「それは‥‥」
 悪戯の対象となっていたアインが、『そう言えば‥‥』と、今までの行動を振り返る。確かに、あれだけ声を上げていたにも関わらず、周囲には見物客どころか、子猫1匹いない。
「そのまま見物していれば良かっただろうが」
「冗談」
 それも面白かったけど。と、忍のセリフに即答するイヴ。彼女は、相変わらず魅了の笑みを浮かべながら、こう告げる。
「うちの可愛い下僕レディを殺された上、こーんな可愛い坊やまで取られちゃ。女が廃るってもんよ!」
 叫びざま、彼女は、忍へ魔力の塊をぶつけていた。
「うわっ!」
 突き飛ばされ、バランスを崩すアイン。役に立たなくなった上着に足を取られて、倒れかけた彼を、イヴの細腕が支えていた。
「あなただって、どうせ抱かれるなら、こんなお兄さんじゃなくて、あたしみたいな美人の方が良いでしょう?」
「むぐ‥‥えーと‥‥」
 そのまま、均整の取れた肢体に抱きしめられ、否定する事の出来ないアイン。
「ほら、ごらんなさい」
「別に貴様が誰を狩ろうが知った事じゃないがな。そいつはこっちとしても利用できる存在だ。身体は置いて行ってもらおうか」
 勝ち誇った表情のイヴに、忍は冷ややかにそう言った。彼女がアインをオモチャにする事に異存はないが、そのサイボーグは、優秀なサンプルとして、持って帰りたいと言ったところか。
「嫌だって言ったら?」
 アインを後ろに下がらせたまま、魔力の塊を幾つも宙に浮かべるイヴ。
「この街中で戦おうってのか、面白い」
 忍の右腕が、それに答えるかのように変化する。
「言ったでしょう。納得行ってないって」
 だから、叩きのめさせていただくわ。と、そう言いたげな彼女。
「ああああ、2人とも‥‥。今日はつくづく女運のない日ですぅ‥‥」
 間に立つ形となったアインが、おろおろした表情で、そう呟いていた。
「何人死ぬか賭けるか?」
 そう言いながら、忍はぱちりと指を鳴らした。遺伝子操作されたその脳波に応じて、本部の格納庫が、彼の愛車を転送する。
「閉じたアリーナなら、何を使おうが、外への影響はないな! 行け!」
 現れたバイクのハッチから、ミサイルを放り出す。狙いを定めずに放たれたそれは、ビルの壁を直撃しようと、白煙を上げる。
「うわっ! ちょっと! こんな所で銃なんて撃たないで下さいよぉぉぉ! 危ないじゃないですか!」
 そう叫びながら、加速装置を発動させるアイン。ミサイルの初速をも上回るそのスピードで、壁に炸裂する寸前で、それを押さえ込んでみせる。
「さっきまで人の下で鳴いてたくせに、元気だな」
「当たり前です! そんな事、俺がさせません!」
 数本のミサイルを、床に落としながら、アインはそう言った。
 そうして始まる‥‥戦闘。閉じた空間とは言え、攻撃のあおりを受けて、壁のガラスが盛大に砕け散っていた。
「ああもう! 誰か何とかして下さいよぉ!」
 1人では対応仕切れなくなったアインが、砕けた破片から身を守りつつ、そう叫んだ時だった。
「呼んだか?」
 結界を張っていた筈の路地の向こう側、闇の中から現れるケーナズ。
「ど、どうしてここに‥‥!?」
 驚いたのは、イヴの方だ。と、そんな彼女の前に立ちはだかるようにして、ケーナズはこう言った。
「ああ、結界を張ったのに気付いてね。気になったから、様子を見に来たら、このざまだ」
「しまった‥‥。気配殺すの忘れてたわ‥‥」
 空間は閉じたものの、それ以外の処理は全く行っていない。その上、結界は術者の精神状態に依存する割合が大きい。自分に絶対に危害を加えないと確信している相手が、その結界を通り抜けてくることを、イヴは想定していなかったらしい。
「さて‥‥。そこの。私のイヴに手を出した返礼をさせてもらおうか‥‥」
 と、ケーナズはそのイヴが戦っていた相手に、そう告げた。ほっとした表情を浮かべている少年も、中々元気そうだ。ここで、成績を上げるのも、悪い手段ではないだろう。
 だが、忍は。
「ふん。冗談じゃない。いくら俺でも、こんな状況に3人同時なんて、アホらしくてやってられるか。それこそ、街が壊れるぜ?」
 そう言って、バイクを反転させた。
「どなたか知りませんが、ここは引いていただけませんか? お願いですから!」
 アインが、ケーナズにそう懇願する。
「ふむ‥‥」
 再考する彼。と、忍はヘルメットを被りながら、こう告げた。
「無理するな。お前たちに、一般人を巻き込むなんて出来やしまい。俺も、今日のゲームに飽きて来たことだしな‥‥」
 イヴの召還獣と戦ったせいか、アインに対する身体の検分欲求は、すっかりなりを潜めてしまったらしい。飽きやすい性格の忍に、ケーナズはこう宣言する。
「いいだろう。だが次に同じ様な事があったら‥‥」
「ああ。その時は何もかも壊してやるぜ」
 ビルの壁一枚では済ませない。そう返す忍。そのまま、愛車を駆って姿を消す彼を見送りながら、ケーナズは面白くないと言った表情で、イヴの方を振り返った。
「キミ、大丈夫だった?」
 そこでは、彼女がアインに、自身のコートを着せながら、そう尋ねている。
「え、ええ」
 忍を相手にしていた時とはうって変わった、優しそうな女性の表情に、ほっとした様子のアイン。
 と、彼女は。
「よかったー。あ、助けたお礼がわいといっちゃ何だけど、私、実は歌手やってんのよねー。それで、モノは相談なんだけど」
 そう言って、持っていたバックの中から、何かの書類と、CDのカタログを出してみせる。
「何ですか? これは」
「ファンクラブの入会申込書と、プロモーションDVD。CDは全巻セットもばら売りもあるわよ。もちろん、希望者には、サインも入れちゃうわ」
 少しでも印税をゲットして、自分の調査費用の足しにしようと言う魂胆のようである。目をぱちくりとさせるアインに、横合いからケーナズが「イヴ、ここで勧誘するのはどうかと思うぞ」と、呆れた声を出していた。
「あら、そう。ねぇねぇ、買わない? 貞操の恩返しに、万券一枚なんて、安いものよね?」
「あ、あんまりお小遣いないんで、勘弁してください〜!」
 居候の身の上では、フクザワさんを一息に投入できるほどの財力はない。しかたなく新曲のシングルを一枚だけ購入するアイン。出入りしている孤児院に、BGMとして持っていけば、喜んではくれるだろうと。
「でも、一体今回の事件って、なんだったんでしょうねぇ」
「さぁな‥‥」
 と、そんな事を口にするアインの言葉に、ケーナズはそう言って首をかしげた。
(私の知る限り、こんな事を思いつくのは、約一名しか居ないのだが‥‥)
 実家のホテルに出入りする客の1人に、若い男性に目がない故に、学校の校長なんぞやっている女性が居た事を、思い出すケーナズ。彼女が、人間ではないかもしれない事は、彼の耳にも届いていた。
「そんな事どうでも良いじゃない。それよりカラオケでも行かない? イヴちゃんの生歌聴けるなんて、そうそうないわよ」
 イヴはと言えば、黒幕なんぞより、自分の楽しみを優先したらしい。その為か、「遊ぶ前に、ばら撒いた下僕の女性達を、元に戻して下さい」と頼むアインに、「面倒だから嫌」なんぞと答えている。
 こうして、熱に浮かされた祭は、うやむやのうちに幕を閉じるのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2525 / アイン・ダーウィン / 男 / 18 / フリーター】
【2138 / 高千穂・忍 / 男 / 26 / TI社エリート工作員】
【1548 / イヴ・ソマリア / 女 /???  / 歌手兼異世界調査員】
【1481 / ケーナズ・ルクセンブルク / 男 /???  / 製薬会社研究員】

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■         ライター通信          ■
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大変遅くなりまして、申し訳ありませぬ。
その代わり、アイン君の隠された能力をちょこっとだけ増やしてみました。