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<東京怪談ノベル(シングル)>


『ドラゴンスレイヤー』
 人が住むこの世界には変な風習がある。
 その中の一つがクリスマス。
 人間界にある宗教の聖人の誕生日を祝う日らしい。
 だけどわたしは魔女。しかも故郷の魔界のためにこの世界を調べている女。そのわたしがどうしてたかが人間ごときの、しかも魔女狩りなんかを率先してやっていた宗教の聖人の誕生日を祝いなきゃならないのよ?
「イヴ。ここ、日本では彼の誕生日を祝う人間なんてごく少数さ。ほとんどのがただ七面鳥を食べて、クリスマスケーキを食べて、シャンパン飲んで、ホテルに行って世間公認でベッドの上で一夜のワルツを踊るのを楽しむ日。子どもなんかは白い髭をはやした赤い服のおじいさんがトナカイがひくソリに乗って、プレゼントを持ってきてくれる日としか想っていないよ。本当に日本人ってのは宗教に無節操だ。結婚式はキリスト教で、葬式は仏教。七五三は神教でさ」
「イベント好きなのね」
「そう、イベント好き。だからさ、12月24日はただのごく一般の恋人たちのイベントとして私と過ごそう。キミがよければね」

「うーん、なるほど。クリスマスには互いにクリスマスプレゼントを交換しあうのね。さてと、わたしは彼に何をプレゼントしようかしら?」
 ブランド物の眼鏡? しかし、彼にとっては眼鏡はファッションではないし、必要な実用品とはいえちょっと意味は違うから、なんとなくそういう眼鏡をプレゼントするのは躊躇われる。なら、何にする?
 そんなイヴの目に、雑誌の表紙ページの隅にあるコピーが入った。

 貴女も彼に手作りプレゼントを贈ろう

「手作り、プレゼントね」
 とんと指先で雑誌の表紙を叩いて小生意気そうな仔猫そっくりのものすごく魅力的な微笑を青い髪に縁取られた美貌に浮かべて、イヴは自分の分身を作り出した。

 イヴが乗ったマンションのエレベーターは彼女が扉の開閉ボタンや階のボタンを押してもいないのに扉は自動的に閉まり、ケージは下の階へと動き出した。
 ケージがどこにあるのかを示すランプはだんだんと一階に近づき、そして一階を通り越して地下駐車場へと。しかし、ケージは表示されている地下駐車場がある地下一階に到達しても止まらずに下がり続けた。
 ・・・?
 ちーん。
 ケージが目的地に着いた事を示すベルが鳴った。
 しかし、イヴを乗せたケージはどこに到着したというのだろうか?
 開いた扉から一歩足を踏み出したイヴが吸い込んだ空気は濃密に魔法を含んだ空気だった。
 彼女は山の頂上に辿り着いた登山者がよくやるように、大きく深呼吸した。もとから彼女の白く艶のいい肌はしかし、その空気を吸い込んだ瞬間より艶やかになって、美しいイヴの美貌はより跳ね上がったように想われた。
 指を組み合わせた両手を天に向かって伸ばしてうーん、と気持ち良さそうに伸びをしていた彼女は、両目を細めて・・・ものすごく不敵な微笑を浮かべて、空を睨んだ。転瞬、緑の絨毯が敷かれた大地に大きな影が落ちた。それはこの魔界の下級の住人である鬼だ。
 筋骨隆々で、禿げ上がった頭。分厚い唇を捲り上がらせて笑うそれは腰の下に申し訳程度に巻いた布切れを翻らせて、肩にかかる髪を洗練された動きで掻きあげているイヴに手に持つこんぼうを振り上げて、肉迫する。
「やれやれ。しばらく魔界を離れているうちにこういう馬鹿が増えたのね」
 無造作に言った。そして彼女は平然と銃の形にした右手の人差し指の先を鬼の頭に照準して、
「セット」
 鬼の頭を空間操作を応用したエネルギーで包み込んで、
「バング」
 瞬間、鬼の頭は破裂した。
 脳漿や大脳、小脳といった破片を散らばさせて鬼は両膝をつくと、そのまま前のめりに大地に転がった。

 魔界の中心に位置する小高い高台にその瀟洒な城はあった。
 王の間に参上したイヴは広間の奥、一段高くなっている場所に置かれた緋色の椅子に座る王女に作法に乗っ取って丁寧にお辞儀をした。ドレスのスカートをわずかに持ち上げて、王女にお辞儀を1回。王の間の両端に立つ文官長と武官長にそれぞれお辞儀を1回。
 真紅の繻子が幾重にも天蓋のように吊られているその下で、王女はたおやかに微笑んだ。青い色の髪に縁取られた美貌はイヴに勝るとも劣らずに美しい。
「よく来てくれましたね、イヴ。元気そうでなによりです。あちらの世界での生活にも慣れましたか?」
「はい、姉上。わたしはアイドルという職業をしながら、日々、この世界に住む同胞のために人間界を調べております」
「そうですか。それは何よりです。して、今日はどうしましたか?」
 姉のその言葉にイヴは苦笑いを浮かべた。
「姉上に会いに」
 しかし、それを聞いた王女が次に浮かべたのはやっぱりイヴによく似た悪戯好きそうな仔猫そっくりの小生意気な笑みだ。
「まあそれは当然として、だけどそれだけじゃないでしょう? 他に何か目的があってやってきた。ではどんな目的があって来たのかしら?」
 イヴは肩をすくめて、
「意地が悪いですね、姉上は。狩りに。ドラゴンを狩りにやってきたのです」
 女王は目を見開いた。
「ドラゴンを狩りに?」
「はい」
 頷いたイヴの肌がぞわっと総毛だったのは果たして、彼女が姉のものすごく嬉しそうな笑みを見たからだろうか? 文官長も武官長もそれぞれ苦虫を噛んだような表情を浮かべている。
「ではここより東に向かった砂漠に最近出るというドラゴンを丁度良いから狩ってきてもらえるかしら?」
「東の砂漠?」
 イヴが眉を怪訝そうに寄せたのは、自分の中にある地図と姉の言葉とが重ならなかったからだ。自分が魔界を離れて幾日。どうやらその分だけ、魔界の崩壊も進んでいるらしい。
「わかりました。ならばこのイヴがそのドラゴンを狩ってきましょう」

 お供にペットのケルベロスと城の兵を五人連れて、イヴはやって来た。
 砂漠にある唯一の水飲み場である湖のすぐ近くには村があるが、そこには人は住んではいなかった。砂漠を生きる魔獣たちが唯一の水源である湖に住み着いたためにそこに人が住めなくなったからだ。
「どうしましたか、イヴ様?」
「いえ、別になんでもないわ。それじゃあ、始めましょうか」
 ため息を吐いてイヴは服を脱いだ。水着になった彼女は湖の中に入っていく。
 そして彼女は水泳を楽しんだ。
 しかしここはただの湖ではない。当然・・・
「イヴさまぁー、来ましたぁーーーー」
 兵士が叫んだ。イヴは湖の中心で立ち泳ぎをしながら、空を見上げる。巨大な翼を羽ばたかせて迫ってくる影。人間界でいえば巨大なトカゲにコウモリの翼をつけた中堅のドラゴンだ。
 それは真っ直ぐにイヴに迫ってくる。
 そしてイヴが逃げる隙もなく急降下してきて、水面すれすれに飛ぶそれは鷹がうさぎを狩るように、イヴを口にくわえ込んだ。
 唸るケルベロスの三つの頭を、鋭い血の色の瞳で睨みながら、ドラゴンは見せ付けるようにイヴを噛み砕き飲み込んだ。ぺっと吐き出したのは頭蓋骨の一部だ。
 だがどうした事だろうか? 今まで小憎たらしいほどにぞんざいな表情をしていたドラゴンが七匹の子やぎのラストの狼かのように、いきなり腹を押さえながら苦しみ出したのだ。そして立ち始めたばかりの子どものようなよたよたとした足取りで湖に歩いていき、口を湖につけた。喉が渇いていた? いったいどんな理由があって、そのドラゴンが湖の水を飲んだのか不明だが、しかしその行為がドラゴンを次なる窮地に追い込んだのは言うまでもない。突然、ドラゴンは口から煙を吐き出したのだ。
 そのドラゴンの様子を見ていた兵士たちが兜を脱いだ。なんとそれは全員がイヴであった。
「美女が最大限のごちそう。そしてあなたの目はわたしを美女と判断した。うん、それは正しいわ。だけどね、わたしを食べられるのはあの人だけよ。人の物に手を出していけないのはこちらの世界でも一緒♪」
 そう、ドラゴンが食べたイヴは偽者のイヴで、そしてそれの中に流れるのは血液ではなく魔界の銀であった。その魔界の銀は、器が噛み砕かれたことで食道や胃を焼いたわけだが、さらにドラゴンが飲んだ水がその銀と化学反応を起こしたためにドラゴンの内臓はぐちゃぐちゃに破壊されたのだ。
 そして五人のイヴはドラゴンの首、右左の手足の付け根に拳銃の形をさせた人差し指の先を照準して、
「「「「「セット・トリガー」」」」」
 見事、ドラゴンを倒した。
「「「「「やったーーー♪」」」」」
 そして五人のイヴたちは手を取り合って、歓声をあげた。しかし・・・
「どうしたの?」
 イヴのその声にもケルベロスは反応しない。
 彼はただ震えて、空を見上げるばかり。そう、それは空より舞い降りた。
「ば、馬鹿な。魔界最強のアルキメットドラゴン」
 先ほどまでイヴが相手にしていたドラゴンとは違う。魔界の宝玉かのような美しい肢体と翼を持つドラゴンだ。その翼から青白いスパークが上がっているのはおそらくは空気中に漂う静電気を限界までに帯びさせているから。そしてアルキメットドラゴンは大きく口を開いて、イヴたちに向かって電撃を放った。
「きゃぁーーーー」
 辛うじて本体のイヴは他四人の分身が身をていして逃がしてくれたおかげで逃げられた。
 先ほどの一撃によって、湖はぐつぐつと沸騰し、せっかく倒したドラゴンも丸焦げだ。
「冗談じゃない」
 イヴは舌打ちして、ケルベロスにまたがると、彼を走らせた。
 ケルベロスはぐつぐつと煮えたぎる湖の上を走る。
 アルキメットドラゴンは追いかけてくる。彼は怒っている。
 そう、ここは彼の狩猟場なのだ。その狩猟場で好き勝手にやっていた彼女を許す気はない。
「お姉さま、やってくれる」

『ではここより東に向かった砂漠に最近出るというドラゴンを丁度良いから狩ってきてもらえるかしら?』

 あえてドラゴンの前にアルキメットを付けなかったのか、忘れていたのか。
 だから村の人間も村を捨てたのだ。
 ケルベロスは全速力で、湖を越えた。
 魔界ドラゴン族最強のアルキメットドラゴンだが、しかしその翼はいってみれば電力装置であるから、高くは飛べないし、飛ぶスピードも遅い。故に強靭な四肢で空間を駆るケルベロスでも逃げられた。
 そう、だからこそ、イヴは、
「やれやれ。念のためにここにトラップを仕掛けておいてよかった」
 空を飛ぶのが苦手なアルキメットドラゴンは疲れていた。そして彼は見てしまった。湖の中心の奥深くで透明な水の中で輝く美しい宝石を。
「かかった」
 イヴは唇の片端を吊り上げた。
 アルキメットドラゴンは湖の中に突っ込む。宝石は彼らのご馳走だ。
 そして、
「セット」
 イヴが叫んだ瞬間、アルキメットドラゴンは、巨大な水の立体の中に閉じ込められたまま空中に浮かんだ。水の中で彼は息ができずに苦しみもがいている。
「誰に喧嘩を売ったか、これでわかった? アルキメットドラゴンちゃん♪」
 イヴはにこりと笑った。
 そしてアルキメットドラゴンが溺れて瀕死になったところで、彼女は次元刀によって彼の首を飛ばした。

「お姉さま。はい、アルキメットドラゴンの逆鱗よ」
「まあ、嬉しい。よく私が欲しかった物をわかってくれたわね、イヴ。しかもアルキメットドラゴンのなんて」
 と、大いに喜ぶ姉を前にイヴは次の獲物を選別している連続殺人鬼そっくりの微笑を浮かべている。
(まったく、お姉さまは。あそこにアルキメットドラゴンが出るのがわかっていて、わたしを行かせたくせに)
 宝石を好んで食べるアルキメットドラゴンの逆鱗は、この魔界でも一番の宝石なのだ。
「まあ、いいわ。お姉さま。メリークリスマス♪」

 そしてイヴは魔力の高い瞳や爪、牙を加工した武具や装飾品を彼へのプレゼントに。肉は魔界の親戚に配った。
 それにしても、イヴは、
「うーん、体が痛いわね。たまに狩りでもしないと身体がなまるわね」
 これからしばらくは姉の負担を減らすために困ったちゃんの魔獣を狩るのもいいかもしれないと、イヴはアルキメットドラゴンの牙を研いで作った細剣を自分の物にすることにした。