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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


激走! 開運招福初夢レース!?
〜 スターティンググリッド 〜

 気がつくと、真っ白な部屋にいた。
 床も、壁も、天井も白一色で、ドアはおろか、窓すらもない。

(ここ、どこ? あたし、なんでこんなところにいるの?)

 納得のいく答えを求めて、懸命に記憶をたどる。
 その結果、導き出された答えは一つだった。

(これ……夢、なのかな?)

 自分の記憶は、ちょうど眠りについたところで途切れている。
 だとすれば、これはきっと夢に違いない。
 眠っている間に何者かにここへ運び込まれた、ということもありえなくはないが、それよりは、これが夢である可能性の方が高いだろう。

 それにしても、なんと奇妙な夢だろう。
 何もない、だだっ広い真っ白な部屋に、自分ひとりぼっち。
 その上、夢の中の自分は、なぜかファンタジーの世界の勇者さながらの鎧を身につけていた。
 ご丁寧に、腰には剣まで備えつけられている。
(せっかくこんな格好をしてるんだから、冒険の一つもできればよかったのに)
 そう考えはじめた時、突然、どこからともなく声が響いてきた。
「お待たせいたしました! ただいまより、新春恒例・開運招福初夢レースを開催いたします!!」

(『新春恒例・初夢レース』……?)
 新春恒例と言われても、そんなレースは聞いたこともない。
 不思議に思っている間にも、声はさらにこう続けた。
「ルールは簡単。誰よりも早く富士山の山頂にたどり着くことができれば優勝です。
 そこに到達するまでのルート、手段等は全て自由。ライバルへの妨害もOKとします」

(よくわからないけど、なかなか面白そうじゃないか)
 聞いているうちに、次第とそんな気持ちが強くなってくる。
 なんでもありの夢の中で、なんでもありのレース大会。
 考えようによっては、こんなに面白いことはない。

 それに、どうせ全ては夢の中の出来事なのだ。
 負けたところで、失うものがあるわけでもない。
 もちろん、勝ったところで何が手に入るわけでもないのかもしれないが、楽しい夢が見られれば、それだけでもよしとすべきだろう。

「それでは、いよいよスタートとなります。
 今から十秒後に周囲の壁が消滅いたしますので、参加者の皆様はそれを合図にスタートして下さい」
 その言葉を最後に、声は沈黙し……それからぴったり十秒後、予告通りに、周囲の壁が突然消え去った。
 かわりに、視界に飛び込んできたのは、ローラースケートやスポーツカー、モーターボートに小型飛行機などの様々な乗り物(?)と、馬、カバ、ラクダや巨大カタツムリなどの動物、そして乱雑に置かれた妨害用と思しき様々な物体。

 想像を絶する事態に、なかば呆然としつつ遠くを見つめると……明らかにヤバそうなジャングルやら、七色に輝く湖やら、さかさまに浮かんでいる浮遊城などの不思議ゾーンの向こう側に、銭湯の壁にでも描かれているような、ド派手な「富士山」がそびえ立っていたのであった……。

(うわぁ、本当に「なんでもあり」みたいだね)
 そのあまりと言えばあまりの光景に、寡戒樹希(かかい・たつき)は呆れ返った。
 しかし、考えようによっては、これはこれで悪くない。
 特に、「冒険の一つもしてみたい」という思いが確実に叶えられるであろうという点においては。
(じゃ、早速準備しなきゃ)
 レースへの参加を即決して、樹希は改めて辺りを見渡した。
 初夢レースで、ゴールが富士山とくれば、残る乗り物と道具にふさわしいのは鷹と茄子しかない。
 そう思っていると、不意に、とんでもないものが視界に飛び込んできた。
 茄子を満載した籠を背負った大きな鷹である。
(鴨がネギ背負って、とは言うけど、まさかねぇ……)
 あまりにも都合の良すぎる登場に少し不安になりつつも、とりあえず籠を鷹から外して自分で背負い、その鷹の背中にまたがってみる。
(あ、意外としっくり来るかも)
 その乗り心地に気をよくして、樹希はついこう叫んでしまった。
「ハイヨー、シルバーッ!」
 次の瞬間、鷹が豪快にずっこける。
 当然、背中に乗っていた樹希も一緒にひっくり返る形になり、地面に思いきりしりもちをついてしまった。
「ったたた……ずいぶんノリのいい鷹だなぁ。ひょっとしてあたしの言葉わかってる?」
 その言葉を肯定するように、鷹は一声鋭く鳴いた。
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 「ただでさえ強い者がさらに威力を加えること」を……? 〜

 綾和泉匡乃(あやいずみ・きょうの)の乗った気球は、気球なりの早さでゆっくりと富士山の方へと向かっていた。
(さすがに、それほどのスピードは出ないようですね)
 とはいえ、多少スピードが遅くても、空を飛んでいることのメリットは大きい。
 最短距離でゴールを目指せるし、何より陸路と比べてアクシデントに巻き込まれる可能性が格段に低い。
 実際、匡乃もここまではきわめて順調にきている。
(このまま、トップでゴールできればいいんですけどね)
 と、彼がそう都合のいいことを考えはじめた時。
 突然、何かがバスケットの中に飛び込んできた。
 見た感じでは、色といい、形といい、「ヘタのとれた茄子」に似ている。
 しかし、一体どうしてそんなものが飛び込んでくるのだろう?
(よくわからないですが、なんだか嫌な予感がしますね)
 この奇怪な出来事に、一抹の不安を感じる匡乃。
 そして、すぐにその不安は現実となった。

 突然、「ヘタの取れた茄子」が弾け、中から大量の……そう、一体どこに入っていたのかさっぱり理解できないくらい大量の、茄子型のおもりが飛び出し、バスケットを埋め尽くしたのである。
 おもりの重みに耐えかね、気球が急速に高度を下げていく。
(ああ、やっぱりこうなりましたか)
 自分の悪い予感が当たっていたことに小さくため息をつくと、匡乃は急いでおもりを下に投げ捨てはじめた。





 目の前の気球が高度を下げはじめたのを見て、樹希はにやりと笑った。
 彼女が持ってきた大量の茄子は、どうも「妨害用」の道具だったらしく、ヘタを抜いてから投げることによって、ライバルを足止めすることができた。
 もっとも、効果が使う度に違うため、あまり安定した効果が得られないという欠点もあったが、それも別に気にするほどのものではない。
「じゃ、お先にっ!」
 気球を抜き去りながら、片手をあげて挨拶する余裕さえある。
 樹希が前に視線を戻すと、そこにはすでに先行する者の姿はなかった。
 ここから、一気に独走態勢に入りたい樹希。
 だが、それを許すほど、このレースは甘くはなかった。

 獣のうなり声のような音が聞こえた気がして、樹希はふと下を確認した。
(なんだ、虎か……)
 その声の主の正体を確認して、ほっと息をつく。
 空を飛んでいる彼女には、虎がいようと関係ない。

 ……関係ない、はずなのだが。
 今ちらりと見えた虎は、明らかにこちらに向かってきてはいなかったか?
 そして、その虎の背中には、本来あってはならないはずのものがなかったか?

(まさかっ!?)
 樹希があわててもう一度下を見ると、すでに虎はすぐそばまで迫ってきていた。
 背中には、ペガサスのような純白の翼が生えている。
「そ、そんなバカな!!」
 予期せぬ襲撃に動揺しつつも、とっさに「茄子型手榴弾」を投げつける樹希。
 けれども、虎は器用にそれをかわしながら、なおも執拗に樹希を狙ってくる。
「うわっ、バカ、来るなっ、来るなぁっ!!」
 樹希もうまく虎の攻撃を回避しつつ、投げても投げても不思議と減る様子のない茄子を、とにかく次々と投げつけて反撃する。
 すでに、レースどころではなくなっていた。

 そうこうしているうちに、いつの間にか先ほどの気球が追いついてきた。
「ただでさえ強い者がさらに威力を加えることを『虎に翼』と言いますが……なるほど、確かにこれは手に負えませんね」
 一人で納得している匡乃に、藁にもすがる気持ちで助けを求めてみる。
「のんきに感心してないで、早くなんとかしてよ!」
 けれども、ついさっき妨害した相手が、自分を助けてくれるはずなどあるはずもない。
「なんとか、と言われましても、こちらには、あなたのような武器はありませんから。
 お役に立てなくて残念ですが、私はお先に失礼させていただきます」
 さほど残念そうでもない様子でそう答えると、匡乃はさっさと先へ行ってしまったのであった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 なぜか懐かしい取り合わせ 〜

 スタート地点から見えた、さかさまに浮かぶ浮遊城。
 その中を、匡乃は探険していた。

 もちろん、とにかく優勝することだけを考えるのなら、こんなところに寄り道する必要はない。
 しかし、わざわざこんなところにこんなものが浮かんでいると言うことは、きっとこの中に何かがあるに違いない。
 そう、ゴールである富士山の頂上に通じる扉とか。

 もともとはそんな気持ちで探索を始めた匡乃だったが、調べてみるといろいろに興味深いことが多く、すでにレースの勝敗などはどうでもよくなっていた。
 
 例えば、この城はさかさまに浮かんでいるが、どうやら中では重力も逆転しているらしく、城の中の物は、上に向かって「ぶら下がって」いたり、「落ちていったり」する。
 ところが、匡乃自身や彼の持ち物には、普通の方向、つまり、城の中のものに対してとは逆の方向に重力が働いているらしいのだ。
 実際、壁に立てかけてあった剣を手に取るとまるで上に引っ張られるような感じを受けるし、剣から手を離すと上に向かって「落ちていく」。
 それなのに、匡乃の私物、例えばペンなどは上に引っ張られるかわりに重さを感じるし、手を離すと下に向かって落ちていくのだ。

 他にも、「空間が歪んでいるらしく、何度行ったり来たりしても位置関係が掴めない部屋の数々」やら、「なぜか宙に浮いているブロック」やら、そういった不思議な現象が、探せば探すだけ次々と見つかるのだから、いくら探索しても探索したりない気分である。
(夢だから、と言ってしまえばそれまでですが、実に興味深いですね)
 匡乃がそんなことを考えていると、そこに鎧姿の少女――樹希が姿を現した。
「おや、先ほどの虎はどうなさいました?」
 そう尋ねてみると、樹希は不機嫌そうにこう答える。
「その虎から逃げ込んできたんだけど」
「では、虎はまだ外に?」
「さあ。あきらめたとは思うけど、言いきれるだけの自信はないかな」
 それを聞いて、匡乃はどうしたものかとため息をついた。
 表にあの虎がいるかもしれないとなると、今出ていくのはあまりにも危ない。
(これは、いよいよもって、「頂上へ通じる扉」でも探すより他ありませんか)
 彼がそんなことを考えていると、今度は樹希が口を開いた。
「それより、何か面白そうな物でもあった?」
 どうやら、今出ていくことはできない以上、ここで暇を潰すしかないと判断したらしい。
「それなら、あなたのすぐ隣にもありますが」
 と、彼女の隣にある「なぜか宙に浮いているブロック」のことを教えると、樹希は興味津々な様子でブロックの下を歩いてみたり、吊ってあるのでないことを確かめるようにヘタをつけたままの茄子をブロックの上に投げてみたりしはじめた。
「下から支えている様子も、上から吊っている様子もありません。
 場内の重力の働き方を考えれば、下から吊ってあったり、上から支えていたりということも考えられますが、どうやらそれもないようです」
 匡乃の言葉に、樹希は不思議そうにそのブロックを見上げると、突然こんなことを言い出した。
「思いっきり叩いてみたら、何か変化があったりして」
 そして、言うが早いか、ジャンプして下からブロックを叩く。

 すると、次の瞬間。
 ブロックの上から、突然太い蔓のようなものが生えてきて、天井を……いや、本来は床であるはずの部分を突き破った。
 破壊された床の破片は全て上に向かって「落ちて」いき、後には蔓と、何とか人が通れそうな大きさの隙間が残される。
 匡乃と樹希は顔を見合わせると、ほぼ同時に大きく頷いた。





 蔓は、床を突き破った後も、さらに上へ上へと伸びており、その先端は雲の上へと消えていた。
 雲の辺りまでだけでも、だいたい二十メートルほどはあるだろう。
 ところが、それだけの高さがあっても、登るのはそう骨の折れる作業ではなかった。
 城の壁には、まだまだ多くの剣や盾などが飾られており、それらがことごとく上に向かって重力が働いている……つまり、自分たちの体重を軽くする方向に働くものだったからである。
(こういうのも、楽でいいかな)
 そんなことを考えながら、樹希はちらりと下に目をやった。
 まだそれほど登ったような気はしないのに、いつの間にかずいぶん高いところまできている。
 それが、なんとも言えず気持ち良かった。
 
「樹希さん」
 匡乃の声に、樹希ははっと我に帰った。
「あ、どうかした?」
 彼女が尋ね返してみると、彼はすぐ側まで迫った雲に手を伸ばしながら、こんなことを言い出した。
「この雲、触れますよ。
 ふわふわしてますけど、わりと丈夫そうですから、ひょっとしたら上を歩けるかもしれません」
「本当?」
「本当ですよ。手が届くところまできたら、試しに触ってみて下さい」
 それだけ言うと、匡乃はさらに上へ行ってしまう。
(雲の上の散歩、かぁ)
 そんなことを考えながら、樹希はすぐに雲に手の届く高さまで登ると、早速雲に手を伸ばしてみた。
 確かに、ふわふわした感じの手触りがある。
 今度は少し力を入れて押してみると、ある程度までは凹むが、それ以上はなかなか凹まない。
(なんだか、綿の塊みたい)
 触れるということ自体には納得しつつも、上を歩くのは厳しそうだと思いながら、樹希は匡乃の後に続いた。





 それからさらに十メートルほど登って、二人はついに雲の上に出た。
 蔓はちょうど雲の上に出た辺りで成長が止まっており、これ以上上には行けそうもない。
「どうやら、ここが終点のようですね」
 辺りには、見渡す限り真っ白な雲が広がっている。
「で、本当に歩けると思う?」
「そうですね。ちょっと試してみましょうか」
 疑わしそうな顔をする樹希にそう答えてから、匡乃は雲の上に降りてみた。
 多分歩けるだろうとは思っていたし、よしんば突き抜けて落ちてしまったとしても、どうせ夢なのだから何とかなるだろう、と考えてのことである。

 そして、その結果。
 匡乃は、何とか雲の上に立つことが出来た。
 立つことは出来たし、歩くこともできなくはないが、一歩歩く度に足が膝の辺りまで埋まってしまうため、歩きにくいと言えば相当歩きにくい。
「とりあえず、歩くことはできるようですよ」
 そう言いながら、実際に何歩か歩いてみせる。
 その時、匡乃は何か「小さくて固いもの」を踏んづけたように感じた。
「どうしたの?」
 それが表情に出たらしく、怪訝そうに樹希が尋ねてくる。
「何か踏んだみたいなんですよ」
 匡乃はそう答えると、一歩下がってから足下を手で探ってみた。

 落ちていたのは、一枚の金色のコインであった。
 表面には猿……というよりゴリラのような横顔が、そして裏面には富士山と日の出のイラストに、「2004」の文字があしらわれている。
「記念コインか何かでしょうか?」
 こういったものに詳しい人間なら何かわかるのかもしれないが、あいにく匡乃にはこの手の知識はあまりない。
「まだあるかもしれませんね」
 二人で適当に歩き回ってみると、すぐに同じものが何枚も見つかった。

 そこで、匡乃はふとあることに気づいた。
 蔓があって、雲の上で、そしてコイン。
 この取り合わせ、どこかで聞いたことがあるような気もするが……さて、どこだったろう?
「何か、こんなのありましたよね……」
「あたしも聞いたことある気がするけど、なんだったかなぁ……」
 二人はしばしの間首をひねっていたが、結局それがなんだったかは思い出せなかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 鉄壁のゴール 〜

 浮遊城を出ると、樹希は全速力で富士山の頂上へと向かった。
 例の虎がらみでさんざん時間をロスしてしまった以上、もはや一刻の猶予もならない。
(まあ、陸路の方も何事もないはずないし、きっとまだ誰もゴールしてないよね)
 我ながら希望的な観測だと思いつつも、樹希はそうであることを信じてもいた。

 山頂のゴールが彼女の視界に入ったのは、それからまもなくのことだった。
 彼女の予想通り、まだそこには他の参加者の姿はない。
 彼女の予想と違っていたのは、むしろゴールそのものの方だった。

 そこには、確かにゴールがあった。
 ゴールはゴールでも、サッカーのゴールを単純に数倍に引き延ばしたようなゴールが。

 そして、ゴールの前には、当然の如くゴールキーパーが立ちふさがっていた。
 某国代表ゴールキーパーのようなユニフォームを着た、巨大なゴリラである。
 威風堂々、迫力満点。眼光鋭く、隙はまったく見当たらない。
 これなら、PKを止めることも、ニューヨークのビルによじのぼることもできるだろう。

 とはいえ、樹希としても、今さら引き下がることなどできるはずもない。
(とりあえず、あのゴールキーパーをなんとかしないと)
 彼女はそう考えると、一つの作戦を編み出した。
 まずはゴール上空に移動し、キーパーの頭上を往復しながら茄子型手榴弾を次々と投下する。
 これを繰り返せば、いかにあのゴリラが打たれ強くても、いつかはダウンするだろう。
(よし、完璧!)
 樹希は一度大きく頷くと、早速作戦を実行に移した。

 キーパーの頭上を飛びながら、立て続けにいくつかの茄子型手榴弾を投下する。
 すると、キーパーはそれをお手玉の要領で器用に投げ返してきた。
(えっ!?)
 予期せぬ事態に、樹希の反応が一瞬遅れる。
 その一瞬の間に、茄子型手榴弾が目の前で次々と弾けた。





(……あ、紫色の人が飛んでいく……)
 全身紫色に染まった樹希と鷹が飛んでいく……というより、飛ばされていくのを、葛城雪姫(かつらぎ・ゆき)はまるで他人事のように見つめていた。
 きっと、紫色の人が飛んでいくことくらい、ここでは日常茶飯事なのだろう。
 もはや、その程度のことでは全く驚かなくなっていた雪姫だったが、その直後に見えてきた「ゴール」と「ゴールキーパー」には、さすがにショックを受けた。

 はたして、本当にあのゴールに入ることなどできるのだろうか。
 もし、失敗して、あのゴリラにひっぱたかれでもしたら……?
『むぅ……申年だけに、最後は大猿の化け物か』
 さしもの鎧武者も、若干及び腰になっているようにも思える。

 その時だった。
「おお! きっとあれがセイショーナゴンさんの言っていたバケモノなのですね!」
 相変わらず勘違いしまくったことを言っているのは、ウォレス・グランブラッドである。
「あれがそのバケモノなら、この柳刃で戦えば何とかなるはずです!」
 そう一声叫ぶと、止める間もなくゴールに向かって突撃していくウォレス。
 右へ、左へ、華麗にターンを決めて、キーパーを翻弄……しているつもりのようだが、キーパーは両手を広げたまま微動だにしようとはしない。
 ウォレスはそれを横目で確認すると、そのままゴールの左下隅に……飛び込まずに、よりにもよってキーパーの方へ突撃した。
『なんと!?』
 そのあまりに意外かつ無謀な行動に、鎧武者が驚きの声を上げる。
 そのまま、ウォレスは柳刃包丁を振りかぶり……あっさり片手で払いのけられて、明後日の方へとふっ飛んでいってしまった。

 続いて、キーパーは視線を雪姫たちの方に移し、再び両手を広げた構えに戻った。
『……姫。残念ながら、戦って勝てる相手とは思えませぬ』
 不意に、鎧武者が弱気な言葉を口にする。
 しかし、ここであきらめてくれるなら、雪姫はそれでもよかった。
 むしろ、ウォレスに続こうなどと言い出された日には、本当に気を失っていたことだろう。

 ところが、鎧武者にはゴールをあきらめる気はさらさらなかった。
『故に、我々は、あの大猿を避け、「ごおる」の右隅を狙いましょうぞ』
「や、やっぱり行くんですか?」
 慌てて聞き返す雪姫に、鎧武者は振り返らずにこう答えた。
『ここまで来て、あきらめるわけには参りませぬ』
 それと同時に、サーフボードが再び動き出す。
 まずは、ウォレスと同じく、左右にターンを繰り返して相手の動揺を誘いつつ、ゴールとの間合いをつめる。
 そして、ゴールまで後二十メートル位になった時。
 鎧武者は、進路をゴールの右下隅にとって、一気にスピードを上げた。
 それとほぼ同時に、キーパーが横に飛び、その大きな手がこちらに向かってくる。

 ゴールが近づく。
 キーパーの手も近づく。
(間に合って!)
 祈るような気持ちで、雪姫は目を閉じた。

 ものすごい衝撃が来たのは、それとほぼ同時だった。

 どういうわけか、不思議と痛みはなかった。
 痛みはなかったが、次に雪姫が目を開けた時には、世界がぐるぐるとものすごい勢いで回転していた。
(……落ちたら、やっぱり痛いんですよね……)
 気が遠くなっていく中で、雪姫はふとそんなことを考えた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 そして 〜

 茄子型手榴弾の爆発で飛ばされてしまった樹希が降り立ったのは、湖の片隅だった。
 夢の中だからか、あれだけ派手にふっ飛ばされたにもかかわらず、特に身体にも異常はなく、水の浅いところに落ちたおかげで、溺れることなく全身についた紫色を落とすこともできた。
 その後、どうにかこうにかレースに復帰し、結局、参加者二十人中七位でゴールすることができたのであった。

 ゴールに入った時、どこからともなく最初の声が聞こえてきた。
「本日は、当レースに御参加下さいまして、誠にありがとうございました。
 本年が皆様にとって良い年となりますように……」 

 そして……樹希は、夢から覚めた。





 目を覚ました後で、変わったことが一つだけあった。
 机の上に、夢の中に出てきた「茄子型手榴弾」のような物が置かれていたのである。
(まさかね)
 そう思いながら、冗談でヘタの部分を引っこ抜いてみる。
 すると、予想に反して、茄子型手榴弾が弾け、中から茄子型のおもりが大量に飛び出した。

(こんなもの……どうしたらいいんだろ)
 部屋中に散乱したおもりを見て、樹希は大きなため息をついた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 1537 /  綾和泉・匡乃      / 男性 /  27 / 予備校講師
 1582 /   柚品・弧月      / 男性 /  22 / 大学生
 1992 /   弓槻・蒲公英     / 女性 /   7 / 小学生
 0086 /  シュライン・エマ    / 女性 /  26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0664 /   葛城・雪姫      / 女性 /  17 / 高校生
 0526 / ウォレス・グランブラッド / 男性 / 150 / 自称・英会話学校講師
 2481 /   傀儡・天鏖丸     / 女性 /  10 / 遣糸傀儡
 1692 /   寡戒・樹希      / 女性 /  16 / 高校生

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私の依頼にご参加下さいまして誠にありがとうございました。

 新年最初だったせいか、はたまた「なんでもあり」を公言してしまったせいか、今回はいろんな意味で私の想像を遥かに超えたプレイングが集まりました。
 私の側でも、それを活かせるよう、また、それに答えられるよう、昨年度のどのノベルよりも気合いを入れて書いたつもりなのですが……いかがでしょうか?

・このノベルの構成について
 このノベルは全部で五つのパートで構成されております。
 今回はオープニングも含めた全てのパートに複数パターンがありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。

・個別通信(寡戒樹希様)
 今回はご参加ありがとうございました。
 樹希さんには、「妨害あり」「最短距離」「優勝狙い」と三拍子揃っておりましたので、一番バタバタしていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
 ちなみに、最初の虎が襲ってきた理由は、「匡乃さんが投げたおもりが頭に当たった」→「おもりの出どころが狙われた」ということで。
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。