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<東京怪談・PCゲームノベル>


彼の幸せ、彼女の幸せ
●幸せの鍵
「よぉ。」
「まーた怪我か?向坂さん。」
メットを抱えて入ってきた嵐はバイク便という職業柄怪我をすることが多く、よく来る患者の一人だった。
「いや、たまたま仕事帰りに通りかかって…って、またえらいもんくっつけてんな。」
少女は相変わらずの笑顔でおじぎをする。
「お、意外な所で嵐発見!飲みに行かね?」
最近よく顔を出すようになった蓮もやってきた。
といっても本人はいたって健康で、遊びに来ているだけだが。
「っ流伽ってば!俺を差し置いてとうとうこんな可愛い彼女をっ?!」
霊だと気付かない蓮に二人でツッコミを入れつつ、どうすればいいか話し合う事にした。
だが側から離れない少女に話は筒抜け、嘘や誤魔化しはまったく通用しない。
「どうすっかね。」
「ってかよ、流伽にとっての幸せってなんなんだ?ん?俺の幸せはだな――。」
「相澤さんのは聞かなくても解るな。」
蓮は感情がすぐ顔に出るので解りやすい。そこが良いところでもある。
嵐はチラリと流伽の表情を伺うが、こちらはいつもの笑顔。
しかしどこか心から笑っていない、これは仮面ではないだろうか。
それに気付く人間は、嵐を含めて極少数だ。

「俺は人の色恋に口出すの好きじゃねぇし……大体幸せなんてもんは人から押し付けられるもんじゃねぇだろ。」
「そう…ですよねぇ。」
嵐はなんだかバツが悪くなり、煙草を吸いに外へ出ようとした。
その時だ。
「ぐはっ!」
どすんという鈍い音。嵐は背を向けたまま動かない。
「嵐?」
ずるずると崩れ落ちて行くその陰から現れたのは火之歌だ。
「だ、大丈夫なのだ?!」
「だからそれ危ないっつったろ?嬢さん。」
低姿勢猛ダッシュで入ってきた火之歌の頭が、嵐の鳩尾にクリーンヒットしたらしい。
「こ…このくらい!!」
冷汗に震える声。どう見ても大丈夫ではない。
「ひぃのかぁぁ、どうせなら俺の胸に飛び込んで…。」
「大変なのだ、すぐオペなのだ!!」
火之歌は嵐の腕を掴み手術室へぐいぐい引っ張っていく。
「こら待て、俺をどうする気だ?!」
「ってか俺の話なんて聞いてねぇし!」
「あ、相澤さんいつからいたのだ?」
「めちゃくちゃ最初からいましたよっっ?!」
まるで漫才のようなやりとりに、流伽は思わず吹き出した。
それを見て少女が幸せそうに微笑んだことに、気付く者はいなかった。


「結局、流伽の幸せの鍵っつったら火之都じゃねぇの?」
ようやく落ち着いた3人は、流伽から少し離れたところで再び相談。
「でも、流伽さんの真意がどうも掴めないのだ。」
「いい奴はいい奴なんだけど、どっか他人と一線おいてるからな。」
色々考えてみたものの、他にキーワードは見つからない。
「その火之都ってのに、協力してもらう他ねぇな。」
「でも演技してラブラブ見せつける〜ってのは、無理だよなぁ。」
最初に見たのがバックドロップだっただけに、信じるとは思いがたい。
むしろ信じさせる前に、プロレス技が飛んでくるのは必至だろう。
「なんだかんだ、火之都ちゃんが流伽さんを一番解ってると思うのだが。」

居酒屋にいるらしい火之都に会うついでに飲みに行こうということになった。
「おい、流伽も来るか?」
「いや俺は買う物あるから、この嬢さんと行ってくる。」
少女の顔が本当に嬉しそうに、ぱあっと明るくなった。


店は客でいっぱいだったが、火之都がどこにいるのかは一瞬でわかった。
「うわぁ火之都姉さん、今日もカッコイイ。」
嵐が若干ひき気味な蓮の視線を辿ると、中年サラリーマンだらけの座敷で酒をあおる女性が一人。
「あれが火之都だったのか。この辺じゃ結構有名だな。」
「ど、どういう有名人なのかは聞かないことにするのだ。」
「大酒飲み記録万年保持者とか、居酒屋の女王とか・・・。」
「いい!同居人として聞きたくないのだ!!」
耳を塞ぐ火之歌に、嵐は面白がって耳元で吹き込む。
しかしどれも嘘ではない。

「あんまりいじめるなって、蓮ちゃん怒るぜー?」
蓮は嵐から火之歌を少し引き離した。
笑顔ではあるものの、明らかに引きつっている。
嵐にはこれでバレてしまったらしく、ニヤっと笑った。


ブーイングを受けつつ火之都を呼び出し、4人でテーブルを囲んだ。
全員が酒好きということですぐに打ち解けた。
「火之都、ちょっと聞きたいんだけどよぉ。」
本気で嫌っていないことは解っていた。
少しでも可能性があるなら、流伽の幸せに繋がるかもしれない。そう考えそれとなく本当の気持ちを探ることにしたのだ。

「流伽くんは別に本気でアタシを好きな訳じゃないのよ?」
意外な言葉だった。
「いや、ああいう性格だからそう見えるだけだろ?」
「詳しく言えないけどねぇ、今は誰かを真剣に愛せないんだって。つまりはまぁ、そういうことなのよ。」
それっきり、全員黙り込んでしまった。

ふとした瞬間、ほんの一瞬、流伽が何時もと違う表情をするのを見たことがあった。
けれどすぐにいつもの調子に戻るので、誰も特別気にとめなかった。
火之都だけがその表情の意味を知り、その上でいつものやりとりを交わしていたのだ。
「だから何も望んでないみたいなこと言ってたんか。」
「あ……。」
火之歌は慌てて皆に酒を勧める。
「せっかく来たんだから、楽しく飲むのだ!幽霊のお姉さんも流伽さんもきっと、きっと……!」
涙目で必死になる火之歌の頭を、蓮と嵐はがしがし撫でる。
「バカ、無理すんなって。」
「火之歌が心配することなんもないからな。大丈夫だーって。」
「相澤さん、向坂さん……。」

「嬢さんが出歩くには、ちょっと時間が遅くないか?」
背後に少女を連れた流伽が、いつの間にかそこにいた。気付けばもう12時。
「あーら流伽くん、よっ色男。」
「火之都さん、心配せずとも俺はいつでも君のモノさっ!!」
いつものように抱きつく流伽と殴る火之都。
良いコンビだが、二人の関係が恋愛に発展する事はなさそうだ。

「時間だし、そろそろ帰……。」
伝票を見た嵐が石化した。
「ん?どうかしたかぁ?」
覗き込んだ蓮も続いて石化。
火之都のお陰で勘定は飛び抜けた額になっていたせいだ。
「ま、ほとんど火之都さんの飲み代だしな。」
ひょいと伝票を取り上げ勘定に向かう流伽の後ろ姿を、嵐と蓮は拝んだ。
「医者って素晴らしいな、嵐くん!」
「そうだな、蓮!」

●朧月夜の告白
外に出ると冷たい風が、酒で火照った顔に吹き付けた。
解決策を見つけられなかった3人は顔を見合わせる。
蓮は火之歌の頭をぽんぽんと撫でて微笑むと、少女の方へ歩み寄った。
「結局な、流伽は今の距離が幸せなんだって。ほら、だから――。」
「ちょっとは気が晴れたか?吉乃の嬢さん。」
全員が流伽の方へ振り返る。
"名前"を呼ばれた少女が、一番驚いた顔をしていた。
流伽は穏やかな笑みを浮かべたまま、目を伏せて立ち止まった。

「うちのこと覚えててくれはったん?」
「嬢さん可愛いし、忘れろっつーほうが無理だろ。」
吉之は流伽が、自分を助けられなかったと悔やんでいたことを知っていたから気付かれたくなかったのだ。
自分のことを忘れているかも知れなくとも、ちょっとしたイントネーションの違いが出てしまうのを隠すために話すのも控えめにしたほどだ。

「いつから気付いてたんだよ。」
「さぁねぇ。」
適当な返事に、嵐はため息をついた。
「なぁ、もう顔見せてやったらどうよ。見せないようにしてたんだよな?」
蓮の問いかけに、少女は小さく頷く。

流伽がゆっくり振り返ると、そこに瞳いっぱいに涙を浮かべた懐かしい顔。
「嬉しおすなぁ。またせんせの優しい笑顔見れるやなんて…ほんま。」
出逢ったのはまだ開業する前。吉之は京都中の病院からサジを投げられ、やっとの思いで流伽の父親の大病院にきた。
家族も友達も居ない地で、たった一人毎日励まし治療してくれた流伽の幸せを願い、この世にとどまったのだ。

「時間やわ。ほなな、有り難うせんせ…幸せになってや。見守ってるえ?」
「今日のデート楽しかったぞ。またな、嬢さん。」
二人の手が重なった次の瞬間にはすでにその姿はなく、地面に涙の跡だけが残っていた。
「…さて、お疲れさん。火之都さん、酒飲めんけどハシゴするなら付き合うぞ?」
「仕方ないわねぇ、奢られてあげるわよ。」
二人は何事もなかったように笑い、他の店の方へ歩き出した。
それは火之都だからこそだ、だから誰もそこへ入ることは出来なかった。

「流伽、やる!」
嵐流のエールか、吸わない事を知りつつ投げた煙草は流伽の頭に当たって落ちた。
「サンキュ。相澤さんはちゃんと嬢さん送ってやれよ?」
「お、おう!任せとけって、それに俺は流伽と違って紳士だし!」
知らぬうちにスーツの裾を掴んでいた火之歌の手を、蓮はぎゅっと握った。
全員に少し笑みが戻る。

「火之歌ぁ、まだ哀しいか?」
「少しだけ。でもみんな独りじゃないから大丈夫なのだ。」
「ん、今度また飲みに来ようぜ。もち蓮の奢りで。」
「ひぃっ!そりゃ俺だって火之歌のために〜って奢りまくりてぇけどっっ!」
「…ありがとなのだ。ほら早く行くのだ…嵐くん、蓮ちゃん!!」
少し照れながら、火之歌は蓮と嵐の手を取り走り出す。
手のひらから伝わる温かさのお陰で、冷たい風も今は気にならなかった。


誰かが側にいてくれることは幸せ。
其の身が滅びようとも、誰かの記憶の中に生き続けられることが、幸せ。


最期、声にならなかった吉之の言葉は、流伽に届いただろうか――。

『ずっと、ずぅっと好きやったんよ――?』

[完]

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2295/相澤・蓮/男/29歳/しがないサラリーマン
2380/向坂・嵐/男/19歳/バイク便ライダー