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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 50%オフ
 
「家を買おうと思っているんですよ」
 そんな一言から始まった今日の依頼は、わりとありがちと言ってはなんだが、探偵としては実にありがちな調査を主体としたものだった。
 依頼人たる男が買おうとしている家は、相場の半値という格安さ。だが、それに見合うだけの不穏な噂と実績を持つ家で、奇妙な物音がするとか、さらには幽霊が出るだとかで住居人がころころ変わるという。男は心霊現象の類は信じていないらしく、自分でそれなりに調べてもいる。だが、ここへ訪れた。
「それで、最終的に、俺に何をしろ、と?」
 既に気になるところは調べているだけではなく、そういったものは信じていないと言い切る男を前に草間は問うた。
「何も起こらないと妻と子供に報告してほしいのです。私の説得では、今ひとつ……ですが、貴方が何も起こらないと言ってくれれば。妻と子供も安心するでしょう」
 どういう根拠なのかと困惑する草間を気にも止めず、男は話を続けた。
「不動産屋には話を通してあります。これが鍵です。自由に調査してもらって構わないそうですが、備品を壊すようなことはやめて下さいとのことです。壊した場合は弁償してもらうことになるかもしれません」
 男は鍵を差し出し、ガス、電気、水道は使えるが、空き家なのでタンスがひとつ置いてある以外は何も置いてないと付け足す。
「とりあえず、了解した。それで、実際に幽霊が出るという結果が出た場合は……」
 エマはそんな草間と男のやりとりを聞きながら、男が用意してきた資料をそっと拝借し、何枚かコピーをする。
「言ったでしょう? 私はそういうものは信じていません。心霊現象? 超能力? 宇宙人? そんなもの……すべて、政府の陰謀ですよ……」
 男はそれだけ言うと一礼して去った。なんとも言えない顔でそれを見送った草間は、ため息をついたあと場を見渡し、言った。
「……というわけで、壊さない程度によろしく頼まれてくれないか?」
 その言葉が終わると同時に反射に近い速度で、名乗りをあげたのは草間興信所によく遊びに来る中学生、伍宮春華だった。
「任せろ! 絶対に心霊現象があることを証明してやるっ」
 ぐっと拳を握り言い切る春華。それは微妙に違うでしょと心のなかで突っ込みながら、エマは資料を整え、クリップで止めた。
「おいおい……」
「だってさあ、その台詞って俺の存在まるごと否定されているようなもんじゃん……」
 俯き加減に春華は呟く。それから顔をあげた。
「そーいうのが一番ムカつく。怖がられたり嫌われる方がまだマシ……ああ、安心しろ、武彦には迷惑がかからないようにやるから。じゃ、行ってくるぜ!」
「いや、そういう問題では……ありゃ、行っちまったよ……」
 草間の言葉が終わる前に春華は颯爽と出て行き、もうその姿はない。
「まあ、気持ちもわからなくもないけどな……で、あいつだけではどうにも不安なんだが?」
 草間は場に残された面々を見回している。自分を含めなければ、残るは三人。長い髪を後ろで軽く束ねた背の高い大学生、柚品孤月と真ん中わけの黒髪の向こうの青い瞳が印象的なヴァイオリニスト、香坂蓮。そして、時折、ふらりと草間興信所に現れては草間をからかい去って行く建築家、功刀渉。
「あ、俺も引き受けます」
 はっとしたように柚品が小さく手をあげる。続いて、香坂も手をあげた。
「俺も行こう」
「はい、これが資料。私もあとで行くから、よろしく」
 ふたりが手をあげたことを受け、エマは図面などをまとめた資料を手渡した。それから、草間にも同じ資料を差し出す。
「ありがとう。あとは……」
 草間は頷き、それぞれの顔を見やったあと、最後に功刀を見た。
「まあ、勉強がてら見てきますよ。出たら出たで、それを潰せばいいのでしょう? そうですね、礼は……」
 資料を受け取り、功刀は続ける。
「『三月十五日に気をつけよ』」
 にこりと笑う功刀とは対照的な顔で草間は問うた。
「……は?」
「それで結構ですんで。電話番号は……教えるまでもありませんね。草間探偵、あなたは探偵なのだから」
 調べるのは簡単でしょうと言い、功刀は部屋をあとにする。香坂と柚品もそれに続き、部屋には草間とエマが残された。
「んー?」
 草間は難しい顔で腰に手をやり、軽く額を叩く。……かなり悩んでいる。
「わからない?」
「ああ。まったくね。答えがわかっているなら、教えてくれないか?」
 悪戯っぽい笑みを浮かべ、自分を伺うエマに草間は言った。その態度は、どう見ても答えがわかっている。
「有名な台詞よ。きっと、彼は次にこう言ってくるから……」
 ごにょごにょとエマは草間の耳元で言葉を囁く。
「だから、こう答えて……ね?」
 
「さて」
 エマは端末と向かいあい、情報収集に乗り出した。依頼人が話している間に、ある程度のことは調べ、資料としてまとめたが、それだけではまだまだ不完全だ。気になる点も幾つかある。
 まずは、依頼人が用意した資料に目を通す。家の間取りを示した図面、歴代の住居人の名と入居期間。最初の住居人が一ヵ月という短さであることを除けば、最近になるほど入居期間が短くなっていることになる。
 だんだん住みにくくなっているということかしら……そんなことを思いつつ、家の値が下がり始めた時期を調べてみる。と、最初の住居人の次から既に半額に近い値になっていた。
「あらあら……」
 その時期に、その地域で殺人事件はなかったのかを調べてみるが、特にこれといった事件はない。同時に、窃盗事件についても調べてみる。家のある土地へ物を隠し、取り出す時期を逃した犯人らが嫌がらせをし、住人を追い出しているとも考えられなくはない。……可能性としては低いが。
 付近で窃盗事件は幾つかあったが、どれも被害はそれほど大きくはなく、隠して嫌がらせという線は限りなくゼロに近いと判断するに至った。
 依頼人は妙な音がするというようなことも口にしていた。欠陥住宅で、施工した会社に問題があるのかもしれない。それについても調べてみた。
「建築設計、影山孝一……?」
 その名前には見覚えがあるような気がした。どこで見たのかと少しの間、考え、そしてはっとした。歴代住居人の名前が連ねてある資料を見やる。
 影山孝一。
 それは最初の住居人の名前だった。
 
 三階建ての賃貸マンション。その一室の扉の前に立つ。
 住所を確認する。……間違いない。
 ぴんぽーん。
 インターホンを押すと、女の声で『どなたですか?』と問われた。エマが草間興信所の者ですと答えると、すぐに扉は開いた。二十代後半、いや三十代かもしれない。女性は年齢と外見が一致しない場合が多い。
「こんにちは……あの……」
 女は不安そうな表情でエマを見つめる。その不安を解消させるようにエマは明るく、はっきりとした口調で切り出した。
「こんにちは。草間興信所の調査員です」
 本当は事務員だけど。エマは心のなかで付け足す。
「え、ええ……」
「お忙しいところを恐縮ですが、少しお時間をいただけますか?」
「あ、はい。ここではなんですから、どうぞ。散らかっていますけど……」
 確かに玄関先でする話でもないだろう。近所の目もあるだろうし。エマは素直に従い、家の中へと通された。散らかっていると言っていたが、確かに、散らかっている。いや、単に物が多すぎるだけかもしれない。収納しきれないものが廊下に積み上げてあった。
「すみません、本当に散らかっていて……こちらに」
「いえいえ」
 座るとお茶が用意された。女が座ったところで、エマは切り出す。
「それでは……少々、いわくありげな家をお買いになるそうですね」
「ええ……」
 女はため息をつく。その様子からするとかなり憂鬱と思われる。
「しかし、ご家族の反対を受けて、こちらに調査依頼をということで間違いはありませんね?」
「はい。あの人は……勘がいいのです」
 俯き加減に女は呟いた。
「勘がいい?」
 エマは僅かに小首を傾げた。
「過去、あの人が気に入ったものは、ほぼすべて……いわくありげなものでした」
「え……?」
 聞き違いかしら。エマの笑みがやや引きつる。
「もちろん、すべてがすべてというわけではありません。でも……ほとんど、そうでした……私と子供たちがどれだけ怖い思いをしたか……」
「お察し致します……」
 エマは沈痛な表情を浮かべ、そう言っておいた。呪われた品や霊的なものに作用されやすい……平たく言うと呼ばれやすい、魅いられやすいということになるが、そういう人間がいる。この家の主人もそうなのかもしれない。
「今回の家も確かに安いですけれど……安いからこそ、怪しくはありませんか?」
 顔をあげ、女は訴えてくる。そのとおりだとエマは思ったが、この段階で素直にええ、そう思いますと頷くわけにもいかない。
「あの人は自分で噂は噂だからといろいろ調べてきたようですが……そんなもの。相場の半値ですよ? 半値。つまり、半額。スーパーで半額といったら、賞味期限間近、言わば処分品も同等ですよ……」
 こめかみに手を添え、女はふるふると横に首を振る。
「とはいえ、安いにこしたことはありません。もしかしたら、噂によって値が下がってしまっただけで、何もない家なのかもしれません。でも、私にはわかりませんし……専門の方に見てもらい、大丈夫だというお墨付きをもらったら、あなたの言うとおり、家の購入に踏み切るわと主人に言ったんです」
「それでご主人はこちらに……」
 これも怪奇探偵の異名のせいだろうか……エマはぼんやりと思う。
「ええ、子供たちが草間興信所の人が大丈夫だと言ったら、大丈夫だよ、と。なんでも霊能力者でそういった事件を専門に、いくつも解決しているとか……すごいですね」
 ええ、本当にすごいですよ。子供にまで勇名(?)が轟いているし。しかも、霊能力者になっているし。武彦さん、噂に尾ひれ背びれ、エラ呼吸まで始めそうよ……エマは眼差しを遠くする。
「い、いえ、普通の依頼も受けているんですよ……いえ、主に普通の依頼を受けているんですよ。そういった依頼はたまにです、たまに」
 普通の依頼も、ではそれがオマケのように聞こえてしまう。そうではない。あくまで普通の依頼が主流で、たまたまそういう怪しげな依頼も舞い込むだけの話だ。最近では、専ら、怪しげな依頼が主流となりつつあるが。
「頼もしいですわ」
 女はここに来て初めて笑みを見せた。とても期待をされている、そのとき、エマは強くそう感じた。
「ご期待に添えるように努力いたします。それで……これから件の家の調査に向かうのですが、特に気になる点などがありましたらと思いまして」
「特に、気になる点……」
「はい。見学時に気になったこと、妙に思ったことがありましたら、そこを重点的に調査いたします」
 女は唇に手を添え、考える素振りを見せる。しばらくそうしていたが、やがて思い出したように言った。
「私は特に気になるところはなかったんですけれど、あの人がタンスをしきりに気にしていました。立派なタンスだと……主人は家ではなくて、実はタンスが欲しいのではないかと勘繰ってしまうくらいで」
 もしかしたら、本当にそうかもね。タンスに呼ばれてあの家を購入しようとしているのかも。エマはうんうんと頷いた。
「そのタンスは備えつけなんですか?」
「ええ。移動は可能なんですが、不動産屋さんが言うには、その家具も家の一部ということです」
「他には何かありませんか?」
「あとは……そう、娘が、あの家に行くと足が痛いと訴えました。家を出てしまうと痛みは感じないようなのですが、家の中を見学している間はずっと痛いと……足に針を刺しているように鋭く痛むと言っていましたね。……それくらいかしら」
「わかりました」
 特に注意をすべきはタンスと足が痛んだということか……とりあえず、この話を聞いている時点で、その家は購入すべきではないような気はするが、それはそれ。依頼を果たすためにエマは件の家へと向かった。
 
 地図を頼りにやってきた件の家は、所謂、新興住宅地、近年になって開発が進んだ場所にあった。すべてが新しく、明るい雰囲気に包まれている。
「ここか……」
 家を見あげ、呟く。昼間であり、日光がさんさんと降り注いでいるというのに、何故か暗い印象を受けた。だが、建物自体は新しく、デザインも悪くはない。
 とりあえず、庭を見てから家の中へと入ろう。エマは庭を見やり、それから家の土台となっているコンクリートを見つめた。胸から下げている眼鏡をかけ、入念に見やる。依頼人が口にしていた妙な音がするという原因のひとつに家の歪みが考えられる。もし、本当に歪みであれば、こういう場所への影響は顕著だ。
「うーん……問題ないわね」
 ひび割れなどは見つからなかった。そのまま裏手へと周り、湿っている地面や壁はないかとこれまた入念に調べる。工事の際に水回りの管に釘が刺さり、それがじんわりと漏れて徐々に浸食、音をたてるということもある。だが、地面も壁も綺麗なものだった。
 どうやら、外には問題はなさそうだ。そういう結論に達し、正面へ戻ると扉を開ける。流れる空気はどこか重く、湿っぽい。
 まずは、先行している四人の顔と、状態を見ておくか。廊下を歩き、リビングへの扉に手をかけた。
 リビングからはキッチンと和室が見える。キッチンには功刀が、和室のタンスの前には香坂と柚品がいた。言うまでもなく、タンスが怪しいと睨んだのかもしれない。三人の姿は確認したが、春華の姿がない。
「どう、調査は進んでいて?」
 声をかける。それから、周囲を見回し、うんと頷いた。
「器物損壊はしていないようね」
 それが少し心配だった。が、とりあえず無事(?)のようだ。安心した。
「最も危なそうな彼は夢の中で調査中ですから……と、終わったかな」
 功刀は答える。春華は……つまり、眠っているのかと思ったところで、どたどたどたと階段をおりてくる音が聞こえてきた。そして、リビングの扉が勢いよく開かれた。
「おい!」
 やはり、春華だった。背広を片手にリビングへと現れる。音につられ、功刀、柚品、香坂の三人もリビングへと移動をする。
「はい、おつかれ。どうだった?」
 エマは結果を訊ねる。春華はエマの姿に少し驚いた様子を見せたが、すぐににこりと笑った。
「あ、ああ、ばっちりだぜ!」
 どんと胸を叩き答える春華に功刀は手を出した。春華はああそうかと上着を差し出す。功刀はいそいそと上着を羽織る。
「おい!」
「で、どうだったの?」
 功刀に食ってかかろうとするところ、遮る。春華は功刀を気にしつつ、夢のことを話しだした。
「暗いところにいてさ、痛い痛いって声がするから、そっちへ行ってみたんだ。そうしたら、白い着物の女がいてさ。足を怪我して動けねぇっていうんだよ」
 足……依頼人の娘が足が痛いと言っていたことを思い出す。夢はただの夢というわけではないらしい。
「じゃあ、おぶってやるよ。でも、途中から重くなったりするなよって言ったら、黙っちまってさ。……なんだよ、その顔は! 俺、間違ったことなんか言ってないぞ!」
「そうね、間違ってはいないけど。……いい根性」
 エマの言葉に他三人は同意のような表情を見せた。
「あ? なんか言ったかよ? ……じゃあ、続きを話すからな。そうしたら、女が……我が身の上に立つ……災いを……えーと、そう、我が身の上に立つそなたらに災いを、でも、痛みを取り除き、酒で祀れば福をもたらすと言ったんだ」
 うーんと唸りながら春華は言い、こくんと頷いた。
「我が身の上……地面に埋められているのか?」
 香坂は床を見つめ、呟く。
「まさか、遺体……?」
 柚品は目を細める。香坂は横に首を振った。
「ここに泊まり、夢を見た奴らの話は、途中までは今の話と同じだった。痛いという声、白い着物の女……彼らは、逃げるか、おぶるかしたそうだ」
「普通の反応ね」
 この場合の選択肢としては妥当に思われた。
「逃げた奴は、白い蛇に追いかけられ、頭から食われそうになったところで目が覚め、おぶった奴は、女が白い蛇に姿を変え、身体中を締めつけられたところで目が覚めたということだ。……蛇だろう」
「そうだな。俺も蛇だと思う」
 春華はあっさりと同意した。思うところがあるのかもしれない。
「蛇ですか……」
「どうしました、柚品さん?」
 柚品はどこか晴れない表情で呟く。功刀は柚品を見やり、問うた。
「あ、いえ。では、床下を探りますか?」
「そうねぇ。問題は誰が行くかだけど……」
 エマは周囲を見回す。同じように一同が周囲を見回す。そして、その視線は春華に集中した。それは、背の高さからいけば当然の成り行きにも思えた。
「……」
「……」
 沈黙のあと、功刀はキッチンへと歩き、床下収納の扉を開いた。収納ボックスを外し、床下への道を開く。
「伍宮さん、入口はこちらです」
 さあどうぞと功刀はにこやかに告げる。
「懐中電灯だ」
 香坂が懐中電灯を差し出す。
「すみません、お願いします」
 柚品はすまなそうに言う。
「はい、いってらっしゃい」
 ぽんとエマに背を叩かれ、春華は床下へと旅立つ。が、床下へ姿を消すその前に、不意に春華は言った。
「くそっ、ジャンケンだ! ジャンケン、」
 ぽん。皆が手を出す。グー、グー、グー、グー。春華だけチョキ。
「これで文句ないわよね」
「天命だな」
 しくしく。春華は床下へと素直に姿を消した。
 
 春華が床下で白い蛇を発見、その身体を板にとめていたという釘を抜き、そのあとで香坂が浄化のヴァイオリンの音を響かせ、調査はとりあえず終了。草間興信所へと戻り、草間へ報告を行う。
「タンスは大切にすれば家の守り神になってくれますよ」
 ……粗末にすれば祟りますけど。柚品はそう付け足した。
「あいつも酒で祀れば福をもたらすとか言ってるし、問題ナシだな!」
 春華は明るくそう言ったあと、いや、あった、あいつに心霊現象があることを認めさせてこそだったと付け足し、拳を握る。……やる気だ。
「家相が良くないのであまり勧められた物件ではありませんけどねぇ。まあ、タンスと蛇が守ってくれるなら、それを差し引いて、とんとんですかね。ああ、それと、これも依頼人に渡しておいてください」
 功刀は名刺と見積書と書かれた紙をエマへと渡した。
「少し手を加えれば、家相の悪さを解消できます。まあ、無理にやる必要もないですが。やるつもりがあるならば、うちへどうぞってことで」
「やり手ねぇ〜」
「商売人なもので。さて、草間探偵」
 功刀はにこりと厭味にも思える笑みを浮かべると草間へと向き直る。
「な、なんだ?」
「『三月十五日は来たぞ』」
 功刀は言った。
「『来はしたが、まだ、去ってはいない』……ほらよ」
 草間は功刀に封筒を差し出した。
「おや、ご存じでしたか。それとも、有能な事務員さんが調べてくれたのか……いえいえ、仰らなくて結構ですよ、わかっています」
 封筒を口許にあてながら、功刀はちらりとエマを見やる。
「で、それってなんなんだ?」
「では、有名な台詞をもうひとつ。『ブルータス、おまえもか!』……これでおわかりでしょう、草間探偵?」
 
「だから! 心霊現象、その他諸々、不可思議な出来事はちゃんと存在してるのっ」
 ぐっと拳を握り、春華は訴える。
「では、その根拠は?」
 男は問う。
「それは……それは……」
 心霊現象肯定派(当然)の春華と心霊現象否定派(政府の陰謀派?)の男との熱い闘いは続いている。お互いに決定打に欠けて決着がつかない。
「あいつら、いつまでやるつもりだよ……」
 と、いうかここでやらずによそでやれよ……と草間は呟く。
「それで、あの男は家の購入に踏み切ったのか?」
 調査をすることが仕事であり、購入の有無を確認することは仕事ではない。
「奥さんは購入の条件に改装を要求したそうよ」
「功刀のところか?」
 草間の問いにエマはこくりと頷く。
「なんだよ、うまくやりやがったな……一石二鳥ってヤツか?」
 本人にそのつもりはなかろうが、結果的にはそうなのかもしれない。
「……コーヒー、いれる?」
「ん、あいつらにもいれてやってくれよ。火傷しそうなヤツ」
 エマは苦笑いを浮かべ、コーヒーをいれに行った。
 
 後日、引っ越しを終えた男が訪れた。
「おかげさまで引っ越しも無事に終わりました。これ、皆様でどうぞ」
 男は包みを差し出す。
「これはどうも。で、ご家族の方は?」
 この男は平気だろう。だが、家族の反応は気になるところだ。
「ええ。もう、すっかり。貴方のお墨付きということで安心しきっていますよ。今は、何事もありません」
「そうか……今は?」
 その最後の言葉が気にかかる。
「それで、ですね。今日、訪れたのは……」
 男は言葉を続ける。
「車を買おうと思っているんですよ」
 にこやかに切り出された一言に、草間は引きつった笑みを浮かべた。
「そ、それで?」
 なんだか嫌な予感がしてきた。
「相場の四分の三なわけですよ」
「なるほど、75%オフですね……って、後生だ。悪いことは言わない、やめておけ」
 そんな車は事故車に決まっている。何故か手形がついていたり、誰もいないはずの助手席に誰かが座っていたり、バックミラーに誰かが映ったりするに違いない。
「妻と子供が貴方が大丈夫だと言ってくれれば、買ってもいいと。そういうわけでお願いしますよ。ね、怪奇探偵の草間さん?」
 男の言葉の前にうなだれる草間を前に、エマはただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1892/伍宮・春華(いつみや・はるか)/男/75歳/中学生】
【1532/香坂・蓮(こうさか・れん)/男/24歳/ヴァイオリニスト(兼、便利屋)】
【2346/功刀・渉(くぬぎ・あゆむ)/男/29歳/建築家:交渉屋】
【1582/柚品・弧月(ゆしな・こげつ)/男/22歳/大学生】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

(以上、受注順)

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■         ライター通信          ■
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依頼を受けてくださってありがとうございました。
相関図、プレイング内容に沿うように、皆様のイメージを壊さないように気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。遠慮なく、こういうときはこうなんだと仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。

はじめまして、エマさま。
物件に対する深いリサーチや、依頼人に会いに行くとあったのはエマさまだけでしたので、別行動が主になりました。
今回はありがとうございました。またご縁がありましたらよろしくお願いします。
願わくば、この事件がエマさまの思い出の1ページとなりますように。