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<東京怪談ノベル(シングル)>


ドクターSの憂鬱な一日

病院の前に、一台のタクシーが止まった。
風呂敷包みを持った女性が降りて、中へと入っていく。正面玄関からではなく、職員用玄関から。
患者ではないようであるが、彼女は一体…?

ドサッ!!!
高価ではないが、上質な来客用テーブルが置かれた物の重みと衝撃でかすかに揺れる。
その「物」と持ってきた「者」を見つめ、その部屋の主は深く、大きくため息をついた。

数藤クリニック
内科、外科、眼科その他基本的な医療科の殆どを持つ総合病院である。
さらに救急病院としても指定されている信用の高いこのクリニック。
統べる院長は数藤・恵那。 
まだ若干27歳の若さ、しかも女性でありながらその腕前は名高い。
いろいろな圧力や、陰口を彼女は実力とメスで切り伏せてここまでやってきた医学界立志伝中の一人である。
何者も恐れないクールビューティと呼ばれる彼女の今の顔を見たら、そう呼んでいたものたちは考えを改めるだろうか?
「恵那、これに目を通しておいて頂戴よ。なるべく早くね…。」
「…母さん、また持ってきたのか?…しないって言ってるのに。お見合いなんか。」
積まれた写真の山を重ねた恵那の母は、ニッコリと、上品に頷いた。穏やかな、でも有無を言わせない微笑に、明らかに恵那の腰は引けている。
「そんなことばかり言って、女はなんだかんだ言っても結婚するのが一番の幸せなのよ。」
「私には仕事も有るし、クリニックもある。結婚なんかしている暇は無い。」
「恵那…。」
母は恵那を見つめる。怒鳴られたわけでもないが、何故か恵那はじりりと後ずさった。
「あなた、今いくつ?」
「…27……。」
「女はねえ、クリスマスケーキを過ぎたら売れ残りっていうくらい、盛りは短いのよ…。」
「…私は、自分を…安売りするつもりはない。相手は自分で探す。それで。それにまだ27だし…。」
「まだ、27じゃないの。もう27なのよ。それに何かに夢中になっていると30なんてあっという間になってしまうわよ。忙しいというのなら自分で探す時間なんて無いでしょう?30過ぎたらその先の時間は倍以上の速さで過ぎていくの。」
「ぐっ、…ぐっ、……ぐっ。」
速いはずの頭を回転させても、母の言葉への反論が見つからない。なんとか言葉を捜す娘を気にも止めず立ち上がる。
「まあいいわ。いずれ解るでしょう?とりあえず、それには目を通しておくのよ。良い方ばかりなんだから。その中の人が嫌だというのであればまた次のを持ってくるから…。」
「…母さん!!」
用件を済ませ、言うだけ言って母は去っていった。止める間もなく、気力も無い。
恵那は自動ドアのように閉じられた扉を見つめ、重く深い息を吐き出した。

「まったく…どうしろっていうんだ?この有象無象の群れを…。また持ってくるってことは交換が利くってことだろう?本当に、いい相手っていうのはそういうもんじゃないと思うんだが…。」
医療用シューズの足音は床に吸い込まれる。やれやれと、肩をすくめながら恵那は写真の山の一枚を手に取った。
「こんな写真なんてレントゲンの代わりにもならないし、論文の下書き用紙にもなりはしないの。燃えるゴミをこんなに増やしてどうする?このエコロジー化の進む昨今に。」
微妙にずれた心配をしながら、手に取った写真を開いて釣り書を見た。写真を信じるならなかなかの好青年がこちらに向かって微笑んでいる。
「なかなかの好青年だな。健康状態も良さそうだ。…なになに、立命館大学卒、現在銀行マンか…。こっちは…ふむ、東大卒の国家公務員…でも、厚生省勤務は頂けないなあ。最近不祥事も多いし。」
母曰く「良い方」ばかりというだけあって、高学歴、高給取りの男性が多い。写真も美形ぞろいである。写真が本当であれば。
いくつかの写真がテーブルから、院長の事務机の上へと移動した…あたりで恵那はハッと我に返った。
「…!私は…一体何をしてるんだ?見合いなんてする気ないのにこんなに真面目にチェックして…」
思わず口からまた、ため息がこぼれる。
「そうえいば、最近やたらと新聞広告の安売り、とか大特売とかの文字が目に付くようになったよな…。前より気にするようにもなった…。」
豊富な知識であらゆることに理論付けをするのが、恵那の性格である。
もっともそんな知識を使う必要も無く今回の現象への理由は簡単に、あまりにも簡単に説明がついた。それすなわち…
「まさか、まさか、おばちゃん化!?」
自分で言ってて、恵那は軽いショックを受ける。さらに、自分だけの部屋で一人きりとはいえ、大声で独り言を言う自分にも頭を抱えた。
(これも…おばちゃん化現象かな…?)
深く吐いた息がため息となる直前、上げられた手が、頭を抱える寸前、部屋の電話が鳴った。
「私だ、どうした?何?HOT?それで?うん…解った。すぐ行く。」
急患の知らせ。恵那は手に持っていた見合い写真を放って駆け出した。写真を大リーグ選手もかくやのコントロールで「有象無象の群れ」の中へと埋めて…。

「状況は?」
白衣を翻してやってきた院長に軽くお辞儀をすると、医師達は患者の検査結果と状況を説明した。
「交通外傷、27歳男性、意識レベルV−200 肋骨骨折が確認されています。子供を庇って車に跳ねられたそうで肋骨で肺が傷ついている可能性が…。」
レントゲンや検査結果を見ても、結論は一つ。
「…この状況では緊急手術をするしかないな。すぐにオペの準備を!」
「ハイッ!!」
スタッフが早足で準備を始める。恵那もそれに続こうとした時。
くいっ!
足元に小さな抵抗を感じて、彼女は立ち止まった。見ると自分の背後で誰かが白衣を引っ張っている。
ゆっくりと振り向き、足元を見てみる…。
「こども…か?」
4〜5歳というところだろうか?子供を庇って、との報告があった。とすれば、この子(男の子らしいが)患者の子供なのだろう。
「おばちゃん、おいしゃさん??」
(…お、おばちゃん…?)
処置室の空気が一瞬凍りついた。皆が子供を見つめ…恵那の方を見ている。
当の恵那は…というと、ごく普通の顔をしていた。
相手が子供でなければ、怒鳴り声の一つでも上げていたところだろうか?頭ぐりぐりでもしてたところかもしれない。
でも、恵那は凍りかけていた空気を溶かすように優しく微笑むと、しゃがんで子供と視線を合わせた。
「ああ、私はおいしゃさん、だ。これからお父さんを治してあげるからここで大人しく待っているんだぞ。出来るか?」
「うん、パパを…早く治して。おばちゃん。」
「解った。必ず助ける。だから、お利巧にしているんだ。それから、お父さんが助かったら、私のことはおばちゃん、ではなくお姉さんと、呼んでくれるかな?」
「先生!手術室の用意ができました。」
「今行く。」
恵那は子供の返事を待たずに立ち上がる。父と一緒に部屋を出て行く彼女の背中を、看護婦に抱きしめられながら、その子供は黙って見送っていた。

「術式開始…メス!!」
恵那の声で、手術室の空気が動き出す。
「待っている人がいるんだ。死ぬなよ!」
手術室で、患者と向き合いながら恵那は思う。
目の前の男性は27歳。同い年。でも、もう子供がいる。
年齢的に不思議でもなんでもない。
母の言っていることも頭では解っているし、子供に「おばちゃん」と呼ばれても仕方ない年になってきたのかもしれない。
でも、今、自分は医者でありたい。人を助ける、本当の「医者」でありたいのだ。
他のことを犠牲にしても、それが、自分の選んだ道だから…。

「手術は、無事成功した。お父さんは、もう大丈夫だぞ。」
「ありがとう。お姉ちゃん。」

「なあ、わたしたち、もう若くはないんだな…」
「突然、何、言ってるのよ。」
ハンドバッグの中からコンパクトをパチンと開いて恵那は鏡を見つめた。
横に座るのは半分、腐れ縁と貸した友。
「こことか、こことか、皺増えてきたしな、最近化粧をチェックする時間が、増えた気がする。」
これもまた、おばちゃん化の現象か!?
自分で言って、自分でため息をつく恵那に、友はニッコリと微笑んだ。
「じゃあ、お見合いでもする?そして、お嫁さんになる?」
恵那は、慌てて首を振る。
「自分の相手は自分で決める。自分の未来もな…。」
ちょっと落ち込みモードに入っていたような恵那が、少し浮上したようだ。
友は恵那を見て、淡く微笑んだ。

「で、院長。この写真はどうなさるんですか?」
「シュレッダー。」
「………解りました。」
また送ってくるだろうが、とりあえず、今はこれでいい。
見合いのみの字も、今は…見たくない。事務員に軽く同情して恵那は少し広くなった机に向かって書類を広げはじめた…。

後日談
恵那はプロポーズされた。
「お姉ちゃん、僕大きくなったらお姉ちゃんをお嫁にしてあげる。」
回診の途中、そう告げられた院長は滅多に見せない笑顔で笑ってこういったと言う。
「ありがとう、楽しみにしているよ。」

以降、入院患者の退屈しのぎのつまみに、その話はよく登った。
「院長先生って…ショ…(ボカッ!殴られた音らしい。)」
続きや憶測を口にする勇者は、残念ながらもういないようだ…。

病院の前に、一台のタクシーが止まった。
風呂敷包みを持った女性が降りて、中へと入っていく。正面玄関からではなく、職員用玄関から。
患者ではないようであるが…  

【続(嘘)】

※ライターより

夢村まどかです。今回は発注ありがとうございます。
コミカルより、ほのぼの風味になってしまいましたが、楽しんで頂けましたでしょうか?
ただ、落ち込ませるだけにはしたくなかったので。
少しでも楽しんでいただける事を祈っています。