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<東京怪談ノベル(シングル)>


何かに襲われたら「火事だあ」と叫ぼう


「まま、ままあ、ながれぼしい」
「あらまあきれいね、お願いごとはした?」
「ぜんせかいがへいわでありますようにって」
「24時間テレビの見すぎよ、いい子だからもうおやすみなさいね」


「でぇえきますかねぇ、」
 とん、
「僕にでぇえきるかなあ、」
 てん、
「はてさて!」
 かん。
「ふむぅ!」
 以下256回繰り返し。

 記録的な大雪が降りしきる東京の夜空の下、宇奈月慎一郎はだいぶおかしくなりながら(どこがおかしくなっているのかなどと野暮なことは聞かないでほしい、無論アタマだアタマに決まっている)水漏れし始めた屋敷の屋根の修繕に当たっている。詳しく説明すると3000文字くらいかかる出来事がこの夜に――慎一郎の身に起きていて、彼は金槌と釘と剥がれた床板を駆使し、工作……いや、大工仕事をしているのであった。頭には古ぼけたチューリップハットがある。
 彼の屋敷は両親が遺した大いなる物品どものうちのひとつだ。ひとりで住むには広すぎる屋敷だが、慎一郎はここにひとりで住んでいる。ともだちは本とパソコン、別の宇宙にいるかみさまがた(及びそれにつき従うもの)、夢の国に住む幻獣たち。蝶ドラゴンは可愛すぎ。『夜のゴーンタ』はもっとラブリイ。
 ともかく、慎一郎の自宅は築50年の古い大きいもので、彼ひとりがこの夜のうちにすべての屋根の穴を直すのはほぼ不可能と言えた。彼はともだちに手伝いを頼んだのだが丁重に断られていた。大切な書斎の上部分を直したところで、慎一郎は力尽きた。危うく屋根の上で気を失うところであった。気絶したが最期、彼の上には雪が降り積もる。程よく体温が下がる。死。翌日の朝刊の片隅には『屋根の修繕中に凍死』。
 ……という悲劇的な(見る者によっては喜劇的な)バッドエンドを迎える前に慎一郎は屋根から下りた。下りたというよりはほとんど転落と言ってよかったのだが、信一郎が「はう」と落下したのは、雪をまんべんなくかぶった庭木の上だった。雪と枝がクッションになり、慎一郎は『屋根の修繕中に転落死』という見出しで朝刊を飾らずに済んだ。
「ああああ身体さむいこわい。僕は一体どうなるるのでししょうかか。屋根は直りました。うれしかったですす」
 青褪めた顔、怖い発言、前後不覚な足取り、今の慎一郎を目の当たりにした人間は、99%の確率で救急車を呼ぶだろう。残りの1%は警察を呼ぶ。
 よろよろと屋敷に戻った慎一郎は、冷え切った身体を冷え切った書斎に押し込んだ。屋根から漏れた雪融け水は、今や床に置いたバケツから溢れ、部屋をじっとりと湿らせていた。寒い。冷たい。
「火、火を。あたたまましょう。部屋ををあたたまけるばなるません」
 すっかり青く変色した唇で呟き、慎一郎は愛機の電源を入れる。今のところ世界最小のノートは問題なく動いたが、バッテリーは赤表示。残念ながら今はコンセントにプラグを差し込むのも億劫だ――というか重労働だ。
「ふんぐるいー、むぐるうなふー、いあ! いあ! いあ!」
 しかしながらこの状態でも、彼は「何かを温めるには火が必要」ということを理解出来るぐらいの正気は残っていた。呟く呪文の真似事がそれを示唆する。慎一郎はフォルダの中の目指すファイルを探し出し、迷うことなくダブルクリック。

『 フNN&$ルイ ムGルウN|フ C8%2"^ア フォ@マルハウト
ンガア=Gア
  ナフルTRグン イア! C8%2"^ア! 』

 あと2回繰り返し。
 ただし、人間には何を言っているのか全然わからない上に(たぶん発音も出来ない)、高速で代唱しているためにやっぱり全然聞き取れない。
 だがその願いは、一応フォーマルハウトに届いたようだった。

 どうれ、と暇を持て余していたあるお方が腰を上げる。
 揺らめくのは、目でも手でも髪でもない、赤い橙色の白い炎。

 冒頭にもどる。
「まま、ままあ、ながれぼしい」
「あらまあきれいね、お願いごとはした?」
「ぜんせかいがへいわでありますようにって」
「24時間テレビの見すぎよ、いい子だからもうおやすみなさいね」




 ……とりあえず宇奈月慎一郎の命に別状はないのだが、彼は今入院中だ。慎一郎はあんまりあの大雪警報が発令された日のことを覚えていないのだが、その他の日々のこともあんまり覚えていない状態なので特にその点について戦慄する必要性はない。と思われる。

 ただ彼は、べつに大雪から東京を救おうとしたわけではなかったし、逆に東京を滅ぼそうとしたわけでもなかった。ただ、とても寒かったから暖まろうとしただけだ。彼のパソコンが三度呟いた次の瞬間、東京は夜だというのに明るくなった。火が――宇宙から降ってきたからだった。
火は一瞬で関東地方を暖め、雪を消し飛ばした。幸い人間は燃えなかった。落ちてきた火は宇奈月慎一郎の屋敷を直撃し、たちまち焼き尽くした。いや、その「たちまち」のうちに、慎一郎は書斎から読みかけの書物を何冊か抱えて命からがら脱出したのだが。

 屋敷から飛び出した慎一郎が見たのは、生ける焔の御姿だった。
 揺らめく炎には、絶対悪としか言い様のない意思があり、皮膚と髪と触手のようなものが、時折爆発してはまた生まれているのだ。恒星がそこに居るのであった。どの惑星を照らし、どの惑星から顔を背けるか、自分で選ぶことが出来る恒星が。
 それは人間ごときが見てはならないものであった。人間ごときに理解出来る存在ではなかった。しかしながらこの『火』ですら、宇宙の中心でのたうつ、盲目にして白痴の神に比ぶれば、象を咬み殺そうとする蟻のようなものであると云う。
永遠に消えることがない『火』はのたまう、
<望みは叶えた>
 そして、絶対善の眼が開く前に、炎はフォーマルハウトへと消えていった。

 慎一郎はそこで10面ダイス2個を転がしてみた。
「ああ出目72。だーめーでーすーねー、あはっ」
 すでにダイスを振り始める時点で一時的狂気どこの話ではないことになってしまった慎一郎の頭の中では、炎の眷属とパーグのファイアーアームとあと何かが笛の音に合わせて踊り始め、慎一郎は熱燗とおでんをかみさまたちにすすめるのであった。
「もーーーーえろよもえろーーーーーーよーーーーー、とおおおおおおにかくもえろおおおおおおーーーああああああーーーーーー」
 もちろん、屋敷が燃えていて誰も気がつかないはずもなく、火が上がってから3分後には消防車が2台到着していた。数冊の本を抱えて歌を歌っている家主は、救急車に詰めこまれた。消防は手を尽くしたが、火はまったく、水を嘲笑うかのように燃え続けた。水をかけても、その火が消えることはなかった。慎一郎の望みのままに、周囲をとにかく夜明けまで暖め続けたのである。
 宇奈月邸は、全焼した。




<了>