コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


本能



■ オープニング

 強大な力を持て余す男はいつしか警察に追われる身となっていた。だが、生身の人間では彼の相手にもならない。紙を切り裂くような感覚で人を破壊していく。銃弾さえも避ける反応速度は超人と呼ぶに相応しい。
 人を殺す理由は簡単だった。楽しいからだ。それが本能とでも言わんばかりに人を躊躇なく殺す。彼は人間としての理性や感情がいくつも欠落しており特殊な精神構造を構築していると言えた。
 警察は男を追っていた。そして、ついにある場所に追い詰めた。そこは廃墟ビル群であった。たくさんの死角が存在する場所で警察も慎重になっている。
 相手は人間の気配を読む力を有していた。基本的な攻撃スタイルは肉弾戦だが、コンクリートさえも破壊するその攻撃力はそうとうなものだ。加えてスピードもある。更に、彼には特殊な能力があるらしい。これは噂だった。
 話を聞いた草間は溜息をつかずにはいられなかった。
「…厄介な仕事だな」
 危険が伴うのは当然だ。相手の力もまったくの未知数だ。男が警察相手に本気を出しているのかどうかも分からないのだから。男の名前は『シュウ』というらしい。身元が分かっていないため、本名は不明だそうだ。
 武力に対抗するには武力しかない。これが正しいか間違っているのかなどと言う問題はこの場合無意味だ。シュウという男を野放しにするわけにはいかない。
 草間は人選に思案した。



■ 作戦1

 戦いで必要なものは相手の力量を知ることである。複数で戦うのであればコンビネーション等も必要になってくる。特に今回の相手は殺人鬼であり、また、能力者でもある。『シュウ』という男は気配を読む能力を持っている。また、別の能力も有しているらしい。
 廃墟ビル群を歩く男女が四人。一人は武者型大型傀儡である傀儡・天鏖丸(かいらい・てんおうまる)。天鏖丸は操られているが、操作している本人は決して姿を見せることはない。
「けっこう広い場所なのね…」
 硝月・倉菜(しょうつき・くらな)が銀髪を揺らしながら歩く。
「本当に、気配は断たれているのか?」
 頭はスキンヘッド、両腕には特徴的なタトゥー。橋掛・惇(はしかけ・まこと)はタバコの煙を吐きながら隣を歩く田沼・亮一(たぬま・りょういち)に話しかけた。
「本来、数メートルが限度なんですが、翔に…いえ緋磨さんに頼んで範囲を広げてもらっていますから大丈夫ですよ」
 亮一の能力は気配や霊的な干渉を遮断するというものである。これにより同行者に対する外部からの感覚的干渉などを防いでいるのだ。さらに、同じく調査に参加している亮一の幼馴染である緋磨・翔(ひば・しょう)が能力を増幅、制御する彼女の能力によって亮一の遮断領域を広げている。
「まずは相手の能力を把握すること。それが、私たちの仕事ね」
 倉菜が言った。彼女は相手の能力、構造を把握することが出来る。つまり、気配を断ち、倉菜が感知できる距離まで敵に近づいて相手の能力を知る。それから作戦を練って相手を追い詰めるのだ。調査に参加している残りの四人が後半の作戦の舞台に立つことになる。
「何かよ、ゾクゾクしねえか?」
 惇が身震いをしていた。
「ショウという男の発する霊気みたいなものでしょうか?」
 亮一が眼鏡のズレを直した。
「私が様子を見てきましょう。魂の宿っていない私であればよっぽどのことがない限り、相手に見つかる心配はないはずです」
 天鏖丸の提案に他の三人が頷いた。
―――数分後。
 天鏖丸が戻ってきた。
「そこのビルの一階にいるようです」
「…ギリギリまで近づいて見るわ。一応、周囲を見張っていてくれる?」
「おう、任せろ!」
「声が大きいですよ」
 亮一が惇を制止する。
「では…」
 倉菜は手を挙げると、ビルの方へと歩き出した。徐々にどす黒い気配がこちらに伝わってきた。相手の力が強大であればこういった気配は近づきさえすれば気づくものだ。相手の気配を読む能力は恐らくもっと別のアンテナ的な能力なのだろう。
 倉菜が瓦礫の山を登り地上二階程度の高さまでやってきた。近づきすぎないように少し高い位置から相手を把握しようと考えたのだ。
「…いた」
 割れた窓ガラスの隙間から垣間見ることが出来た。男は闇の中でじっと座っている。倉菜はさっそく相手の能力を把握しようと試みた。黒いイメージが彼女の頭に纏わりつく。ノイズのような耳障りな雑音が耳に否応なしに入ってきた。
「…くっ」
 相手の能力を把握すると倉菜はすぐにその場を立ち去ることにした。
 戻って愕然とした。先ほどまでビルの中にいた男が目の前に立っていたからだ。他の三人がすぐに駆けつける。どうして見つかったのか。そんなことを考える時間はなく、ただ四人は逃避を選択した。
 こちらの方が有利なはずだが、倉菜はまだ相手の能力を三人に伝えていない。それに、見つかってしまっても戦わないという作戦なのだ。しかし、逃げられるかどうかは微妙であった。
「仕方ない…」
 天鏖丸が踵を返して相手に向かっていった。逃げていたはずの相手が向かってきたことでシュウは不意を突かれた。
 天鏖丸は毒を宿す鉤爪を隠す左手甲である『紫毒』をシュウに繰り出した。それは、シュウの右の太ももに刺さった。天鏖丸は相手の反応を待たずに背を向けた。

「…はあ。あれはヤバイだろ。チラッと振り返ったが、さっきの毒が仕込んであったんだろ? 笑ってたぜ?」
 惇が苦笑しながらタバコを吹かす。額からは汗が流れていた。何とかシュウを巻いた四人は廃墟の外れまでやって来ていた。
「殺人鬼と呼ばれるだけのことはあるわね」
「そういえば、相手の能力は分かりましたか?」
「ええ…。自己再生とでも言えばいいのかしら。人間の数千倍もの自然治癒力によって破壊された細胞を再生できるようね。たぶん、毒もすぐに癒えるんじゃないかしら」
 倉菜が頭を垂れる。
「次の作戦に移りましょう」
 天鏖丸が言った。次の作戦というのは、相手を追い詰めるものだ。倉菜の物質具現化能力によってまずはこの廃墟ビル群の模型を具現化する。廃墟の各場所に叩くと音を奏でる鉄板を置いて廃墟ビル群を迷路に仕立て、それを彼女が奏でる楽器とする。鉄板はそれぞれ音程が違うので叩くと倉菜には場所が分かるようになっている。
 相手の位置を把握し指示を出すこの四人と、相手を追い込む残りの四人によってこの作戦は行われる。行き止まりへと追い込むことによって相手を捕獲するのが作戦の最終目的だ。



■ 作戦2

「相手の性格上、さっきと同じ場所にいると思う」
 緋磨・翔(ひば・しょう)が目の前の瓦礫の山を登り、そこから軽くジャンプする。軽やかに降り立ち、そこにあった鉄板を叩いた。
「さっさとぶっ殺してやりてえところだが、作戦には従うぜ」
「相手を捕獲できればいいがな」
 戦闘用のゴーレムであるW・1105(だぶりゅー・いちいちぜろご)とW・1106(だぶりゅー・いちいちぜろろく)がブースターを使用し空中に浮き上がり談笑していた。
「気配を遮断しているとは言え、あまり目立たない方がいいと思うのだけれど…」
 田中・緋玻(たなか・あけは)が少し呆れ気味に言った。
『位置の把握は大丈夫のようね。こちらから指示するから作戦通りにお願いね』
 無線から倉菜の声が聞こえた。
『相手は再生能力を有しているからな。警察の話じゃあ、ピストルが貫通しても平気な顔をしていたらしいぜ。拘束するのがベストだろう』
 今度は惇の声だ。彼の言うとおり拘束することが望まれる。
 一行は、途中で二手に別れた。1105と1106が最初にシュウと接触する。迷路と化した廃墟ビル群に道は一つしかない。
「さてと、ぶっぱなすか!」
 1105が両肩に装着したキャノン砲である『スパイダー』を用意する。
「俺は、逃げた相手を追うことにする」
 1106が相手から死角となる場所へ飛行して移動する。準備が出来たので1105に合図を送った。
「これで死んだら笑えるんだがな!」
 そう言って、1105はスパイダーを発射した。シュウがいるであろう廃墟ビルが一瞬で爆破される。
「出てきたか!」
 1106がシュウの生存を確認する。シュウは傷一つなかった。再生能力とやらはそうとうな回復力があるようだ。
「くくくっ…。人外と戦う羽目になるとはな」
 シュウが1106の存在に気づき、不気味に笑う。
「お前は人間とも違うだろう?」
 1106がレールガン『ビースト』を発射する。シュウは紙一重でそれをかわした。まさに、人間業ではないと言える。
 シュウは突然、1106から背を向け走り出した。1106もすぐに後を追う。途中で狭い通路へと入った。1106の体では少し無理があった。
「俺に任せな!」
 先回りしていた1105がシュウの前に立つ。シュウは別の進路を取るが、これは想定通りである。逃げる場所は一つしかない。1105が鉄板を次々に叩いていく。
『…順調のようですね』
 天鏖丸が具現化された廃墟ビル群の模型を見ながら言う。鉄板の割れる音がまるで一つの音楽のようであった。
『キャノン砲はやりすぎですけどね』
 亮一が苦笑いをする。
 1105からバトンをタッチして、翔がシュウの後を追う。シュウはたまに足を止めて、相手を見る。意味があるのかどうかは分からないが翔はそれを不気味に感じた。
「少し相手をしてやろう」
 五度、足を止めたシュウはそう言った。翔はすかさず身構えた。シュウは壁を使って、空中に飛び上がる。落下地点は翔の頭だ。
「なっ!?」
 翔は横へと転がる。そして、懐から小刀を取り出す。
「へえ、地味な武器だな」
 シュウが動く。そのスピードに辛うじて反応することができた翔は横へと流れて小刀をシュウの脇腹に刺した。物理的なダメージよりも精神的なダメージを重視した仕掛け。精神力を形状自在な刃として具現化したものなのだ。
「ふう…。これは治せそうにないな」
 シュウは余裕がありそうだった。いや、そう見せているだけなのか。
「…さて、また追いかけっこかな」
 ニヤリと笑い、逃げ出すシュウ。翔は鉄板を叩いた。
「…くそ、やられた」
 翔がシュウの脇腹を攻撃した瞬間、実はシュウからの鋭い蹴りを受けていたのだ。
「私の出番ね」
 待機していた緋玻がシュウを追う。後もう少し追い込めば行き止まりだ。そこへ辿り着けば全員がシュウを囲むことになる。
 再びシュウが足を止めた。翔からの一撃を受けたのにケロッとした様子である。
「お前、人間じゃないな?」
 ショウの一言に緋玻が笑う。
「恐らく、あなたと同類よ。でも、残念ね。あなたは表で騒ぎを起こしすぎた」
 常人離れした跳躍力でショウに向かう。鬼の姿へと変化すると緋玻は狂気に支配され理性が消し飛んでしまう。だから、少しセーブしていた。
「…はあああ!!!!」
 シュウが声を上げて緋玻の攻撃を自らの肉体で防ぐ。硬化した緋玻の爪は人間の肉体など軽く引き裂いてしまうほどの威力を秘める。まもなくシュウの体から血が噴出す。
「タフね」
 致死量ではないかと思われるほどの血が噴出すが、数秒で完全に硬化してしまった。
「何度もくらうとさすがに死ぬ」
 シュウは背を向け走り出す。緋玻はシュウが戦いを楽しんでいるように思えた。
「何だ、行き止まりか。これがお前たちの作戦か? 手が込んでるな」
 追い込まれているのにあまり焦った表情を見せないシュウ。
「もう、逃げられないわよ」
 倉菜が姿を現す。すぐに、全員がシュウを囲む形となった。
「けっこう、楽しめた。さっさと捕まえてくれ」
 シュウは両手を挙げた。全員、奇妙に思ったのは言うまでもないが相手が降参しているのだから拘束するしかなかった。
「俺は死刑か?」
 ロープで体を縛られたシュウが口を開いた。
「そんだけ人を殺せばな。自動自得だろう?」
 惇が言うとシュウは笑った。
「もう少し、お前たちと戦っていたかったが、仕方ないな」
「脱獄でもする気じゃないの?」
 翔がシュウに蹴られた脇腹を押さえながら言った。
「それも悪くない」
「なあ、ここでぶっ殺しちまった方がいいんじゃねえのか?」
 1105が物騒なことを言う。1106が何故か同意した。
「くくく…。また、会おう」
 警察に連行されていくシュウの言い残した言葉は意味深なものであった。



■ 調査後

「我は傀儡。情けは知らぬ。されど武者なり。我、義の道を行く者なり」
 任務が終わるとそう言って、天鏖丸は去った。1105と1106も早々に引き上げていった。
「何だかあっけない幕切れだったな?」
 タバコの煙を吐きながら惇が言った。
「相手が異常者でしたからね。あまり、深く考えない方がいいですよ。翔、体は大丈夫ですか?」
「ええ…。それにしても、本当に変な男だったわ」
 翔が廃墟ビル群を眺めながら言った。
「追い詰められた感は薄かったけれど、いい音を奏でてくれたわ」
 倉菜が呟く。
「…似た者同士か」
 緋玻が一人、苦笑していた。
 最後にシュウが抵抗をしなかったのは本能的に全てを悟ったからなのかもしれない。さすがの殺人鬼も、八人の強者と戦うのは無謀と判断したのだろう。だが、一対一ならば彼は戦うことを望んだに違いない。逃げながらも戦いを挑んだのはシュウの戦闘意欲を示している。まさに、冷静な狂人という表現が適していると言えるだろう。
―――こうして調査は幕を閉じたのであった。



<終>



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【2481/傀儡・天鏖丸/女/10歳/遣糸傀儡】
【2194/硝月・倉菜/女/17歳/女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒)】
【1503/橋掛・惇/男/37歳/彫師】
【0931/田沼・亮一/男/24歳/探偵所所長】
【2124/緋磨・翔/女/24歳/探偵所所長】
【2457/W・1105/男/446歳/戦闘用ゴーレム】
【2407/W・1106/男/446歳/戦闘用ゴーレム】
【2240/田中・緋玻/女/900歳/翻訳家】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

担当ライターの周防ツカサです。今回はご参加いただきありがとうございます。
終わり方がスッキリしないのは私も感じているところなのですが、シュウがああいう性格の人物であることから、追い詰められた様子が表現できませんでした。スッキリしないのはそれが原因だと思います。
もう少し、戦闘シーンを増やしたかったのですが、八対一なので、ああいう形になりました。次回は、敵の数を増やそうかと企んでます。それでは、またの機会でお会いしましょう。