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<東京怪談ノベル(シングル)>


ある日の草間興信所

 村上涼の様子が、変だ。

 自慢じゃないが、そして自慢したくもないが、俺と奴の付き合いは、長い。
 平凡な女子大生のくせに、あれやこれやと難事件に首を突っ込みたがる村上は、うちの興信所では、既にお馴染みのメンバーになっている。普通の人間なら、軽く十回は命を落としているに違いない危険な目にもあってきているというのに、全く懲りる気配がないその根性には、いっそ脱帽してしまう。
 加えて、あれほど迷惑な人間も珍しい。
 うちの応接間を、何だと思っているんだ? あいつは。
 茶店代わり?? それでなくとも貧乏なこの事務所で、毎度毎度、宴会をされる身にもなってみろ! また、悪びれた風もなく、村上の奴に呼ばれて、有象無象の輩が集まってくるし……。今月の電気代が幾らになるか、考えただけで胃が痛くなるぜ……コンチクショウ。
「おっさーん……。邪魔するわよー」
 いつもの調子で、現れる村上涼。
 被害を拡大する前に、俺は何とかコイツを追い出そうと考える。
 出て行け!!と、手酷い言葉を、だが、俺は、慌てて飲み込んだ。
 様子が変だ。
 明らかに。
 ぶつぶつと独り言を言う癖なんか、あいつ、あったっけか?
 急に怒鳴りだしたり、頭を抱えたり、悪夢よー!!と絶叫したり、これは、どう贔屓目に見ても、普通ではない。
「お、おい。どうしたんだ? 何があった?」
 いや。断じて心配しているわけではない。
 目の前で百面相をされたら、声を掛けざるを得ないだろう。俺だって、別に、氷の心の持ち主というわけでもないのだ。
「うっさいうっさい! 複雑かつ繊細かつ謎な乙女心の機微が、おっさんにわかってたまるもんかー!!!」
 頭を押さえて、今度はその場に蹲る。
 ははぁ、と、俺は見当が付いた。
 某宿敵とのことだろう。漫才の練習でもしているのかと、こちらが真剣に思うくらい、あいつらの会話は端で見ていて面白いが……何というか、こないだから、変なのだ。
 村上が赤くなったり青くなったりしている反面、一方は、やたらめったら上機嫌だし。
 まぁ、俺も、伊達に探偵家業をしているわけではないから、奴らの間に何かあったな、というのは、すぐにわかった。
 多分。俺の想像したとおりのことが。
「いいんじゃないか? お互い、子供じゃないわけだし」
「いいって何が!? いいって何よ!? おっさん!! 何がいいのよ言ってみなさいよホラ!!」
 逆ギレかよ。
 手ぇ付けられないな。ま。面白いけど。
「素直に認めりゃいいだろ。なんで宿敵にこだわるんだ? いくとこまでいって、今更、赤の他人もないだろうが」
「ぎゃー!!! おっさん!! セクハラ!! いくって何!? 何のことよ!? セクハラ防止条例に引っかかるわよその発言!! こんの女の天敵!! 百ぺん逝け!!!」
 なんで俺がこいつの雑言の的にされにゃならんのだ?
 非常に理不尽を感じるのだが……。
「おっさんなんか……おっさんみたいに若者じゃない人間に、私の気持ちなんかわかんないわよー!!!」
 今度は、手に持っていた雑誌で投擲攻撃してきやがった。
 俺はいよいよ避難することにした。あの恐ろしい金属バットが、満を期して召喚されてはかなわない。
 まぁ、こういうことは、結局は本人たちの問題だ。そっとしておくのが一番だろう。

 

「ありえないのよ。私があいつを好きになるなんて事実は!!」
 ボロい興信所の隣室に逃げ込んでも、声はしっかり響いてくる。
 特に聞き耳を立てているわけでもないのだが、村上は、頭に血が昇ると周りが一切見えなくなるタチだから……。たぶん、自分があれこれ口走っているという自覚すら、ないのだろう。
 一応、ここには、俺もいるんだが……眼中に入れてくれよ。少しは。
「蛸足なんて冗談じゃないわよ! 私の輝かしい人生計画に、あのタラシの影なんか、欠片ほどもないのよ絶対!! 女なんて、他にたくさんいるでしょ幾らでも!! なんで私に構うのよ。もうこれ以上私の中に土足でどかどか踏み込んでくるなー!!!」
 まさに絶叫だ。
 何をして、村上涼にそこまで叫ばせるのだろう?
 某天敵は、俺の目から見れば、いたって真面目な人間だ。蛸足?? タラシ?? どっから出てきたんだ?? あいつはそういうタイプじゃない。それほど付き合いがあるわけでもないが、見てりゃわかる。そう思うのは…………俺が同性だからかも知れないが。
 少なくとも、女の数を誇る男じゃない。
「馬鹿野郎ー!!! 蛸足配線極悪悪魔!!! 二度とあんたの口車になんか乗せられないんだから!!!」
 何にせよ。
 前途多難だな。
 いささか痛みを感じ始めてきた頭を押さえて、俺は、ひとつ大きく溜息を吐き出す。
 ところで、いつまでコソコソ隠れてなきゃならんのだ?
 ここは俺の家なのに…………なんか肩身狭いぞ。
 出て行くタイミングを見計らい、あれこれと考えている間に、ふと気付くと、村上の一人パニックは納まっていた。そっと扉の影から様子をうかがうと……。
 幽霊のような顔をして、ふらりと立ち上がったところだった。
「お、おい。村上」
「帰るわ。おっさん」
 相変わらず、おぼつかない足取りで、玄関に向かう。
 だ、大丈夫なのか?
 途中で事故にあったりとか……。

 突然、表から、村上の悲鳴が聞こえた。

 俺は慌てて窓に張り付く。
 道路脇に車が止まり、村上の胃痛の原因の男が、丁度あいつを連れ去って行くところだった。
 じたばたと暴れているのが見えたが、結局は上手く丸め込まれて、浚われていった。
 おいおいおい……。
 勝ち目無いだろ。これじゃ。
「諦めろ。村上」
 その方が、お前のためだ。
 俺は心の中で合掌する。
「認めちまえよ。楽になるぞ?」
 俺だって、無駄に村上より八年も長く生きているわけじゃない。
 意地っ張りも、過ぎると毒になる。
 村上も、きっとわかってはいるのだろう。
 大切に想われている。そのことを知っている。
 それでも延々と逃げ続けるのは、きっと、認めるのが不安だから。
 頼る女にはなりたくない。弱い人間も趣味じゃない。強いて言うならば、雑草のように、一人逞しく生きて行きたいだけなのだ。
 構われたくない。守られたくない。常に自分の意思で歩かなければ、気が済まない。
 ったく。厄介な奴だ。
 
「でもなぁ。村上」

 どんな強靱な翼を持つ鳥だって、止まり木は、必要なものだろう?

「まぁ。俺が言う事じゃないけどな……」