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迷い子
その日、是戒が神社を訪れると、すでに大勢の人であふれていた。
吐く息は白く、自然と背を丸めがちになる。
それでも正月元旦ともなれば、初詣に訪れる人は途切れる様子はない。
素足に草履、着古した僧衣で闊歩する様子は、見ているだけで周りを寒くさせる風景だが、本人はいたって気にしていないらしい。
もとより寒さなど気にしない是戒は、近くの神社へ初詣に訪れていた。
順番が来ると、綱を持ちジャランと鈴を鳴す。
賽銭箱に投げ入れ、そっと手をあわせた。
「これでよし。帰って般若湯でもいただくとするか」
満足げに頷いて踵を返した時であった。
「ねぇ、聞いた?この辺り、出るんだって?」
『出る』の言葉に、是戒の足が止まった。
「えー?そうなのー?」
「そそ!何度もお払いしてるんだけど、ぜんぜん効かないんだってー」
「えー?やだー」
数人の女性らしき声であった。
辺りをはばからない甲高い声に耳をふさいだものの、その内容は是戒にとって気になるものであった。
「成仏しない霊じゃと?」
一体何故成仏しないのか。
何か成仏できないほど心残りな事があるのだろうか?
ならば、心置きなく、霊が成仏できるようにするのが己の務めではないか?
「この話をわしが耳にしたのも何かの縁じゃ」
うむ、と頷くと是戒はその霊を見つけるべく、霊視を開始したのだった。
ほどなく見つけたのはまだ幼い少年であった。
賑やかな表とはうらはらに、裏手にある寺には広い墓地が広がっていた。
人が少ないせいか、余計に寒さを感じるその中に、墓地には不似合いな少年が一人。
半べそをかいている少年に近づくと、是戒は声をかけた。
「お主、一人か?なぜこんなところに一人でおるのじゃ?」
「……わかんない」
今まで一人で心細かったのだろう。
そばに人がいるという安心感からか、子供の顔がふにゃりとゆがむ。
「おお。泣くな、泣くな。泣かなくていいから、ゆっくり思い出せ」
あわてて是戒が声をかけると、子供はぐずりとうなづいた。
「ぼくね、ぼくね、ひく。公園で遊んでたの。ひく。んでね。ボールがあっちいっちゃって、とりにいったの。ひく。そしたらね、ここにいたの」
「そうかそうか」
子供の言葉に、うんうんと頷く是戒。
しゃくりあげながら一生懸命話す子供の言葉は一見脈略がないように聞こえるが、是戒は昨年この近くで子供の交通事故の事を思い出していた。
だが、見た感じ子供の葬儀は済んでいるようだ。
ならば、なぜここにいるのだろう。
うむ、と是戒は小さく頷く。
「それで、坊はなぜここにおるのじゃ?道が見えなんだか?」
是戒の言葉に、子供は小首をかしげる。
「……見えた。けど、まだ行きたくなかったの」
「それはどうしてじゃ?」
「だって、シロにエサをあげなきゃいけないし、健太君にゲーム貸してあるし、公園の隅に宝物隠してあるし、なみちゃんにもさよならいってないのに……」
だから、行けなかったのだと語る子供。
どうやらそれが心残りで成仏できないらしい。
なんともまぁ、と思わず苦笑がもれる。
「では、それが全部済んだら、行くか?」
「うん」
「よし!わしが一緒に探してやろう」
そう言って是戒は子供の頭をクシャっとかき回した。
まったく交通機関を利用しない是戒にとって、このあたり一帯を歩き回ることは苦ではない。
機械音痴が災いして、本当は利用しないのではなく出来ないのだか。
やはり徒歩が一番。
そう思う是戒であった。
「それで、坊の家はどこにあるんじゃ?」
「うーんとね。広いお庭があって、木があって、犬がいるのー」
どこか上の空なのは、是戒の大きな手を握り、無邪気に通り過ぎる犬を見つめているからである。
ともすれば犬を追いかけて行ってしまいそうになる子供に苦笑しながら、是戒はぐるりとあたりを見渡した。
広い庭、庭の木、そして飼い犬。
条件に揃う家は、めずらしくない。
「うーむ」
だが子供自身、ここがどこなのかよく判っていないらしく、これ以上詳しく聞くのは無理のようである。
一人泣いていたのもそれがあるようだ。
仕方がなく、是戒は条件に合う家をあたる事にした。
「広い庭、犬。ここか?」
「ううん。違う」
片っ端から覗き込んで見るものの、子供の家は見つからない。
「うーむ。なかなかみつからんのぉ」
困ったと、腕を組む是戒であったが、ふと、自分が小さかった頃のことを思い出した。
父の高い背に肩車してもらい、子供心にも嬉しかったものだ。
「坊よ。肩車でもどうだ?お主の体では実感も湧かぬかもしれんが。頭の上は滑るから乗ってはいかんぞ」
パチっと、そりあげた頭をたたき、豪快に笑う。
子供を抱き上げた是戒は、次なる場所を求めては歩き出した。
「あ!」
「む?」
何かを見つけたのか、身を乗り出した子供を是戒はあわてて支える。
「ここ!ここ、僕の幼稚園だー」
子供が指差したのは、そんなに広くない園庭をもつ小さな幼稚園であった。
「おー、どれどれ。坊が探してる子はおるか?」
覗き込むと、すでに人気もまばらな園内は、隅に備えられた遊具が長く影を伸ばすばかりであった。
そろそろ夕暮れである。
子供が探している子というのも、すでに帰ってしまったのだろう。
「また明日じゃな」
「うん……」
寂しそうな子供に、是戒は何も言えずにぽんっと頭を叩いた。
幼稚園があったという事は、この近くと思われたが、子供が亡くなった後町並みが変わったらしく、子供の家は見つからない。
すでに日は落ちて、暗くなり始めていた。
「みつからんのぉ…」
さすがに是戒も途方に暮れざるを得ない。
「……」
「む?どうした?坊?」
急に黙り込んでしまった子供に、是戒はいぶかしげに声をかける。
「ぼく……なんでこんなところにいるんだろう?」
「……坊?」
「確かに、シロの事とか、健太君に貸したゲームの事とか……気になるけど、他にもっと何か……」
そのまま黙り込んでしまった。
いつの間にか元の寺へ帰ってきていた。
門の中に、薄暗闇に沈む墓地が見える。
その中に人影が見えた気がして、是戒が振り返った時である。
「あ……、お父さん!お母さん!!」
嬉しそうな声と共に、頭上の気配が消える。
子供がそのまま飛び出したのだ。
落ちる!
思った瞬間、支えようとした是戒だが、ふわりと消えた子供に手が宙を泳いた。
「成仏したか……」
既に子供の気配はどこにもない。
墓地に入った人影は、そのまま中へ入っていく。
是戒がそっと近づくと、それは二人の男女であった。
○○家と刻まれた墓石の横の、小さな墓石に花を添えると、二人手を合わせている。
「そうか…坊はご両親に逢いたかったんだな」
もう一度、両親に会いたくて、ずっとここにいたのだ。
「なんじゃ、ならばずっと待っておればよかったのだな。ふふ。まぁ、よいわ!」
結局、子供は両親に会えたのだ。
「では、帰って般若湯でもいただくとするか」
満足げに笑うと、そう言って是戒はきびすを返した。
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