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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


注文の少ない料理店

 …忘れ物をしてきてしまったの。
 依頼者はそう語った。
 洗面所で手を洗った際に外した、母の形見の大切な指輪を忘れてきてしまったのだと。
 場所はレストランだった…初めて行った店で、今まで行ったどのレストランより美味しい料理を食べさせてくれた。
 場所は…どこだっただろう。
 駅を出て…それからどう歩いたのか記憶がない。
 確かに、行った。
 確かにその店はあった。
 …猫の…そう、猫のステンドグラスの嵌め込まれた扉のお店だったわ。
 猫の…猫の…今に何か思い出しかけたのだけど…ダメだわ、思い出せない…。
 …お願いします、あのお店を探してください。
 …母の指輪を、捜してください。



「知っておるぞ、知っておる。それは失恋レストランじゃな。」
 そう声を上げたのはまだ幼い童女。
 おかっぱに近いに切り揃えられた黒髪は顔の両端の一房だけがやや長く、そこにピンク色のリボンが結んである。
 服装は着物…平日であると言うのに着物の童女と言うのは珍しいかもしれない…喋り方も普通の少女とはダイブ違っている。
「…失恋レストランですか…。」
 そう呟いて刃霞 璃琉は視線を中に泳がせた。
 よく覚えてないけどそう言えば昔そう言う歌かなんかあったような記憶が…
 童女 ――― 本郷源はまだ膨らむ兆しさえ見えない小さな胸をはって大きく頷いた。
「そうじゃ、悲しい時に涙をふくハンカチも貸してくれるし、心をやさしく包む椅子もあるのじゃ。それは、ポカッリあいた胸の奥に、めしをつめ込んでくれるのじゃ。レストランなのにシェフではなくマスターがやっておって、まあ、レストランと言うより喫茶店じゃな。しかも、このマスター結構と芸達者で歌を唄ったり、記憶を飛ばすカクテルなど作れるのじゃ。」
 …それにしても。
「客はいろいろな人がやってくるのじゃが、道化師や手品師などが多いようじゃよ。わしが一番吃驚したのは、注文すれば出会い、お付合い、蜜月、倦怠期、失恋というフルコースを作ってくれることなのじゃ。…ん?」
「……。」
 視線が合って彼女は一瞬不思議そうに目を見張り、それから合点が言ったと言う感じで大きく頷いた。
「ああ、マスターことか?名前はなんと言ったかの…確か、清水健太郎じゃったかな。これが渋くていい男でのぉ。傷ついた心を優しく包み込んでくれる」
 …それにしてもよく喋る女の子だ。
 刃霞 璃琉は女性が苦手である。
 何処が苦手と言われると上手くは言えないのだが苦手なものは苦手。
 下手をすれば意識が飛んで…もう一人の僕が出てくる。
 記憶はないものの…否、記憶がないからこそどうにかしなくてはと思うのだ。
 人類半分は女性である。
 治さなくてはと思うのだがどうにも…。
 女性ではなく女の子だから大丈夫だとは思ったのだがなんだかあまり変わらないような気もする…。
「ん?どうした?顔色が悪いぞ?」
 そういって見上げてくる小さな顔。
 悪い子じゃないんだけど…。
「…なんでもないですよ。」
 抱き上げた兎を撫でながら璃琉は疲れた顔を隠して微笑んだ。
「そうか?」
「それで、そのお店は何処にあるんですか?」
 腑に落ちないと言った様子で首を傾げる彼女に話の矛先を帰るよう尋ねると。
「知らん。」
 どきっぱり。
「…いや、今失恋レストランの話を…」
「うむ。じゃがわしは行ったことがない。」
 悪びれずけろりとそう言って、彼女は笑った。
 なんとも…凄い女の子だ。
「……どうやって探しましょうか。」
 眩暈を覚えつつ、依頼人のことを思い出す。
 …母の形見の指輪。
 それがどれほど大事なものか璃琉にはわからない。
 それほど執着する感覚がわからないのだ。
 …血の繋がりに何の意味があるのか…それほど大事なのか…?
 だからこそ、必死な様子の彼女が気になって指輪を探してあげたいと思った。
 ちなみに璃琉はその名前と、繊細で小作りな顔も手伝ってよく少女に間違われるのだがれっきとした男である。
 …透き通るような白い肌と対照的な漆黒の髪と瞳、兎を抱いて佇む姿は美少女と言っても差し支えはなかったが。
「足で探すしかなかろうな。駅はわかっておる。あとは人や人以外に聞けばいい。」
「人以外と言うと…」
「茶虎猫、にゃんこ太夫、御主達も手伝うてくれ。」
 にゃぁん、と少女の足元に擦り寄ってきたのは茶虎と黒の猫…腕の中で兎、翡翠の身体が強張るのがわかった。
「だ、大丈夫だよ、大丈夫だから落ち着いて。」
 小さな身体を震わせ、爪を立てしがみついてくる背中を撫でてやれば、翡翠は徐々に荒い息を静めていった。
「あぁ、大丈夫じゃ。こやつらは頭が良いで勝手に人様のペットを食ろうたりはせんわ。」
 源はそう言うのだが、本能的な怯えは止められない。
 足元で猫が動くたびびくびくと震えるのが哀れである。
 近くにいても気が休まらないと言うことも有り、二人と三匹は手分けして新宿の街に散っていった…。

「…お腹が空いたのじゃ…。」
 ぐきゅるるぅ…。
 腹の底から大きな音が響くのに苦笑する。
 気が付けば時刻は7時過ぎ、成果はゼロでお腹は空くし足は棒のようだし…疲れた。
「今日は諦めてまた後日にしますか。」
「そうじゃな、もう少し人を増やして出直すとするか…それにしてもお腹が空いた…」
 呟いてお腹を押さえる源に苦笑して、璃琉はふと視界に入った洋食屋風の店を指差した。
「あ、あそこにお店あるみたいですよ、夕飯を食べて帰りま…」
 言いかけて、言葉を切る。
 仄かな明かり、入口にかかる「OPEN」の札。
 一見洋食屋のようだが…その入口の扉に金色の瞳の猫を模ったステンドグラスの嵌め込まれている。
「あ…あったのじゃー!」
「…あれ、さっきまであったかな…」
「美味いもの美味いものなのじゃー♪」
 歓声を上げて走り出す源。
「あ、ま、待ってくださいっ!」
 璃琉は慌ててその後を追った。
 新宿の街であるにも関わらず、辺りは深い霧に包まれひどく白く、静かであることに。
 何故か気付くことはできなかった…。

 ギィィ、と重い木星の扉を押すと、カランカラン、と大きな鈴がなった。
「邪魔するぞー。」
 軽やかなピアノのメロディが流れる店内は不思議な空気に満ちていた。
 なんだか…穏やかと言うのだろうか、静かで、でも寂しくはない、そんな感じだ。
 数人の先客が和やかに談笑している。
 …初老の夫婦連れ、子供連れの母親、少ないが客はいる。
 十人ちょっとも入れば一杯になるであろうこじんまりとした店内は緑が多く、机や椅子、コートかけetc.全て同じ様な材質木製で温かな空気を醸し出していた。
 …ようするに、一見極普通の店だった。
「…普通の洋食屋のようじゃのぅ。」
「…ですねぇ…ぁ、一応レストランみたいですけど。」
 そう言われて、璃琉の指差す方を見やると細工の彫り込まれた木のプレートがあった。
『レストラン・NEKO』
「…まあいい、とりあえず腹拵えじゃ!腹が減っては戦が出来ぬじゃ!」
 さっきから鼻を刺激するいい匂いが漂っていて成長期の胃袋が悲鳴を上げている。
 源は璃琉を放り出してさっさと開いたテーブルに腰を下ろした。
「僕達は指輪探しに来たはずですが…」
 困ったように笑いながら付き合って向かいのテーブルに腰を下ろす璃琉。
 まったく、わかっておらんのう。
「指輪だけ渡してもらって帰るつもりか?」
「え、いや…」
 口篭る璃琉に、源はちっちっと舌を鳴らして立てた人差し指を振った。
「店でモノを尋ねる時はきちんと買い物をする、基本じゃ。店の人間に失礼であろう。」
「…そう言うものですか…。」
「うむ、大きな人間と言うのは礼儀を大事にするものじゃ。」
 わしは社長だからな。と呟いて、源はメニューを手に取った。
 大判のメニューを開いて…その白さに目を見張る。
 大きなメニューなのだが、殆どが余白で中央に一言書いてあるキリだ。
 曰く、『本日のオススメ』。
「…ぬぅ…強気じゃな。」
 オススメのみとはなんとも自信に溢れたメニューである。
 …そのオススメが嫌いな食べ物だった場合どうするのか。
 それでも美味しく食べさせることができると言う自信が無くては出来ない所業である。
「よし、その心意気や気に入った!」
 ぱんっとメニューを閉じて言った瞬間、背後から落ち着いた男の声が振ってきた。
「ありがとうございますにゃ。」
 視線を上げ…た瞬間目の前に座る璃琉の顔が面白いとか思ったのは秘密だ。
 だって璃琉も兎もぽかんと口を開けて硬直していて、なんだか馬鹿みたいだったから。
 がしかし、数瞬後には源も同じ顔をする羽目に陥っていた。

 …猫が、いたから。
 いや、猫は珍しくない。
 ネコマタや化け猫の知り合いもおる。
 実際にゃんこ丸と太夫も変身猫…所謂化け猫じゃ。
 じゃがしかし、このような面妖なスタイルの化け猫は初めてだった。
 何故なら、彼は人間のサイズで二本足で立つまんま猫だったから。
「どうかしましたかにゃ?」
 ぱちぱちと瞬いて、猫は首を傾げた。
 回りを見回すが他の客は全く普通っぽく、この猫に驚いた様子はない。
 慣れておるのかそれとも違う要因があるのか…。
「……あ、いや…すまん。」
 躊躇いつつ耳の辺りを指せば、猫は合点が行ったと言う風に頷いた。
「見える人にゃね、このことは他のお客様にはナイショでよろしくにゃ。」
 そう言って、猫は深々と頭を下げた。
 なるほど、驚かないのもドウリじゃな。
「ご注文は?」
 と問われて源はオススメを2人前オーダーし、忘れ物を捜しに来たことを告げると璃琉に向き直った。
「失恋レストランとは違ったようじゃがまあ雰囲気は悪くないのぅ。どのようなものが出てくるか楽しみじゃな。」
「…ええ、まぁ…」
 怯えてしがみついてくる兎を宥めつつ頷く璃琉。
 彼らはまだこれから起きる悲劇を知らなかった…。

「………。」
 …一粒一粒が艶やかに輝く白いご飯、パセリとクルトンの浮かんだスープは滑らかなほうれん草のポタージュ。
 緑のレタスに添えられたマカロニのサラダ、艶を持った鮮やかな赤のミニトマト、そして中央にはカラッと上がって狐色に輝くエビフライ。
 なんとも言えない香りが鼻腔を擽り、改めて空腹を思い出した胃が収縮し、唾液が湧き上がる。
 それだけなら一気にがっつきたい光景だが、ナイフに手を出すことはできなかった。
『食べて食べてーw』
『キャー、あたしが先よ、あたしっ!』
『醒めないうちにお願い〜!』
 …なんか聞こえる。
 てゆーか、ミニトマトが、エビフライが、跳ねてる。
「………。」
「どうぞ、冷めないうちに召し上がりくださいにゃ。」
 にこやかに笑っている猫。
「…や、冷めないうちにって…あの…」
「これ食えってか…?」
『うん、そー!』
 答えたのはエビフライだった。
 視線を落とすと目が合った…キラキラしてる。
 顔があるわけではないのだが、目が輝き、頬が高潮しているのがわかってしまった。
「!?」
 慌てて回りを見回すと、他の客は極普通の様子でそれを口にしている。
 …普通の人には聞こえてない?
 猫は真直ぐにこちらを見ている…だらだらを脂汗が流れ落ちる。
「…注文した以上、食べねば失礼にあたると言うもの!!」
 そう言って源はフォークを構えたが…その手はぶるぶると震えるばかりで一向に突き立てられようとはしない。
『あぁん、早く食べてってばぁ。』
 そう言って迫ってくるエビフライ…。
 璃琉は意識が遠ざかっていくのを知った…。

「…ん?」
 目の前で何か空気がざわりと動いた気がして源はエビフライを忘れて顔を上げ…目を眇めた。
「…璃琉はどこに言ったんじゃ?」
 さっきまでそこには璃琉がいたはずだったのだが、今目の前にいるのはあきらかに…目は翠だし髪は茶色いし、年も20後半のような…。
「おいちゃんも璃琉だよん、源嬢♪」
 なんだか雰囲気も随分と違う。
「ちーとばかしストレスがきつくて優しい璃琉ちゃんの方は耐え切れなかったわけよ、これが。」
「…二重人格ということか?」
 それにしても外見まで随分と変わっておるが。
 言えば彼は大きく頷いてにかっと笑った。
「そそ、話が早くて助かるねー、ありがと。」
 そういう…彼の言葉を信じるならもう一人璃琉…の手も微妙に震えているが…どうなのじゃ?
『ちょっとー、私達蚊帳の外にしないでよー!』
『そーよそーよ、冷えちゃうじゃない!』
『揚げ物はあったかいうちが命なんだからしっかりしてよねー!』
 口々に喚きたてるエビフライ達。
「…ーし、今食べてあげますからねー、お嬢さん方ー。」
『きゃぁー、やったー!』
『ありがと〜、早く早くぅ〜。』
 …ナイフとフォークは構えられたが、一向に動く気配はない。
「……。」
『……。』
「……。」
『……。』
「……。」
『……。』
 なんとも奇妙な沈黙。
「…ダメだぁ!!」
『酷い、期待させたといて…』
『そうよ、酷いわ!』
「いや、あの…」
 どういったものかと口篭る璃琉。
 ふと、一匹が動きを止めた。
『…エビフライだから…?私がエビフライなのがいけないのね!?』
 エビフライに表情があるとは思えなかったが、愕然とした様子は手にとるようにわかった…嬉しくは無かったが。
『…エビチリにしてもらえばよかったあぁぁー!!』
 そう言って彼女(?)はサラダの上によよよと泣き崩れる。
『今からでも遅くないわ!!マスター、衣剥いで!片栗粉で揚げなおしてエビチリにして!!エビチリに!!』
 更から身を乗り出し、猫に助けを求めるエビフライ。
 その身体をもう一匹(?)が引き戻した。
『何を言ってるの、貴女は誇り高いエビフライでしょう!』
『そうよ、からっと上がった狐色のこの美しい衣を捨てるの!?』
『食べてもらえるなら捨てるわ、捨ててやるわっ!』
『早まらないでー!』
 皿の上は騒然としてきた。

 …味は申し分なく美味しかった。
 舌の肥えた源でさえ満足させるほどに。
 指輪はマスターが洗面所に置いてあったのを保管してくれていてすぐみつかったし、腹も舌も満足。
 がしかし、恐ろしく疲れた。
 …幾ら惜しくて安くて雰囲気が良くても二度といきたくない、と言うのが共通の意見である。
「…マスターがやってるのはあってたな。」
「…そ、そうじゃな…。」
 二人は遠い目をしてそう呟きあった…。

                                    −END−

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
1108/本郷・源/女性/6歳/オーナー 小学生 獣人
2204/刃霞・璃琉/男性/22歳/大学生

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 気持ち悪い物を食べさせてごめんなさい…(笑)。
 後日またエビフライとこの猫のマスターの話を書く予定ですのでお気に召しましたらまたご参加くださいませ。
 それでは、ご縁がありましたらまた…。