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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


御心疎通

 朝も早いうちはまだいくらか静かな東京の地、その一角。
 フルーツパーラー『ボノム・ド・ネージュ』の店内に、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くす氷女杜・冬華の姿があった。
 彼女に一体何が起こったのか。いや、そんな大げさなものではない。ただ単に、驚いているのだった。自分の店で、小さな少女が開店の準備をしていたのだから。
 呆気に取られたままの冬華に気づいたのか。少女は手にしていた果物を置くと、投下の前に歩み寄ってきた。
「久しいの、冬華よ」
 見た目は少女なのに。一言、微笑んで言ったその言葉は、どこか年寄りじみていて。
 しかしそのギャップにより、冬華は思い当たる者を見つけた。
「六花、おばあちゃん……?」
 そう、冬華の実の祖母、氷女杜・六花である。久しく聞いた孫の声に、六花は満足そうに頷いた。
 齢300年を越える彼女がこのような姿であるのは、六花自身の能力ゆえ。見た目10歳程度の少女へと姿を変えていたのだった。
「どうして、こんな所に…」
「何を言うか。冬華が上京してもうじき一年も経とう。可愛い孫が一人で暮らしておる街。どんな所か気になるものじゃろう?」
 ニコニコと告げる祖母は、海外赴任中の親を持つ冬華にとって一番近しい家族。そんな彼女が、わざわざ尋ねてくれたのだ。実家からここまでは、そう近い道のりでもなかっただろうに。
 そう考えると、冬華はちょっぴり、ほんわかと嬉しい気持ちになった。
「おばあちゃん、外へ行きましょう」
 エプロンを外し、自然と六花の手を引いて、冬華は外を示した。
「む…店は良いのか?」
 折角準備もしていたのに、と少しばかり首をかしげた六花に、冬華はくすりと微笑んだ。
「折角おばあちゃんがきてくれたんです。案内くらいさせてください」
 『本日休業』を告げる札を下げていくと、外へと飛び出した。

「あれ。冬華ちゃん、今日はお店は?」
「すみません、お休みなんです。また、いらしてくださいね」
 天気は晴れ。店を出てすぐに、冬華より幾分年上かという男性が声をかけてきた。他愛も無い会話を交わして男性と別れた後、六花は小声で呟いた。
「なんじゃ、今の男は……?」
「ご近所の方で、いろいろ教えてくれた方なんです」
 ムゥ。と唸った六花に苦笑しつつ、冬華は小さな手を引いて、街を歩きつづけた。

「この道はずっと商店街なの。この辺りで一番大きいんですよ」

「おば…六花さん、そっちは工事中だから、こっちへ行きましょう」

「疲れてない? 公園へ行きましょうか。時々気分転換に行くんです」

 何が在ると聞かれて、特別何かあるというわけではないこの街。
 それでも、街の施設や冬華が良く利用する場所など、連れ立って歩いた場所は多く、道のりは長かった。
 その道すがら、先ほどの男性のように話し掛けてくる者も多かった。そして、冬華は一人一人に笑顔で答えていた。
「あら氷女杜さん。その子、妹さん? そっくりで可愛いわね」
「え? あ、はい、六花というんです」
「へぇ、そうなんだ。子供化と思ったよ」
「違いますよ…この年でこんなに大きな子供がいるわけ無いじゃないですか…」
 軽い冗談に、苦笑しながら返す冬華を見上げながら、なんとなく、その手をぎゅっと握る六花。投下には気づかれないように、でも、力強く。
 それからも、冬華は何処へいっても、出会う知人と親しげに話していた。
 それは男であったり女であったり、年が近い者遠い者、様々である。
 もとより、いつも大抵笑顔でいる冬華ではあるが、六花の目には、実家にいた頃よりも生き生きとしているように見えた。
「楽しくやっておるのじゃのぅ……」
 安堵したような吐息と共に口許に小さく笑みを浮かべ、六花は冬華には聞こえぬ声で、呟いていた。とても、嬉しそうに。
 けれど、ほんのちょっと、苦笑したくなるような気分なのは、多分、気のせいだ。
 そうして一通りを案内した頃には、日が傾きかけていた。
 そろそろ帰ると告げた六花を、冬華は駅まで案内すると申し出たのだが、断られてしまった。
「ココで良い。冬華もそろそろ戻らんか」
「でも、道……」
「ワシを馬鹿にするな。地図も持っておる」
 懐からびらりと地図を開き出し、六花は笑って見せた。つられ、冬華も笑む。
 見届け、駅へ向かおうと数歩歩き出した六花は、不意に足を止めて冬華を振り返る。
「……冬華。この街が好きか?」
 しみじみとした六花の言葉に、冬華は少し戸惑ったように思案した。
 だが、すぐに微笑むと、告げた。
「勿論です……この町のこと、まだまだ何も知らないけれど、でも、とても大好きなんです」
 そんな彼女に、ふむと呟くと。六花は名残惜しげな目で、冬華を見上げる。そうして、踵を返した。
「実はの…ワシはお前を実家に連れ戻す気で、ココにきたんじゃ」
「え…?」
 突然告げられた言葉に、冬華は思わず声をあげていた。
 朝、六花の姿を見つけたときのように呆然とする孫の様子を背中越しに感じたのか。六花は「まぁ待て」と、軽く右手をあげ、言葉を続けた。
「安心せい。気が変わったのじゃ。冬華もココに馴染んでおるようじゃし、好きというておる。隠居は大人しく引くことにするでの」
 上げた手をそのままひらりと振り、六花は去ったのだった。
 小さな背中を見送って。冬華は小さく『ありがとう』と呟くと、六花とは反対の方向へ、足を進めた。
「でも、ちょっと寂しい……かな…」
 昔と何ら変わらぬ六花の優しさや暖かさに触れたから。またしばらく会えないのだと思うと、思わず苦笑してしまう。
 そのままついでに夕食の買い物をし、祖母と歩いた町を眺めながら帰る冬華。
 だが、店の扉をからりと開けた冬華はまた、ぽかんとした様子で立ち尽くしたのだった。
「遅かったの」
 今しがた別れたはずの六花が、カウンターの奥から顔を覗かせたからだ。
「六花おばあちゃん、何で…」
「この街が気に入ったでな……ワシも住むことに決めた」
 にっこりと、少女らしい、屈託の無い笑顔で微笑み、六花はさらりと言ってのける。
 とことこと冬華の前に歩み寄ると、首をわずかにかしげて、微笑んだ。
「よろしくの、冬華」
「うん…よろしく。六花おばあちゃん……」
 小さな祖母を抱きすくめると、冬華は目頭が熱くなるのを感じながら、頷いたのだった。