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<東京怪談ノベル(シングル)>


ねらうはエース!

 何気にあざとい気がするタイトルであるが、それはまぁそれ。

 正月も既に十日以上過ぎ、世間は次なるイベント、例えば節分なり雛祭りなりへとっくの昔に邁進し始めている今日この頃。
 そんな世間の流れに思いっきり逆行するように、あやかし荘では【第一回あやかし杯羽子板選手権ぱふぅぱふぅ】が行われようとしていた。
 「第一回と言う事は、第二回以降もあると言う事かの」
 内庭の縁側に、でかでかと掲げられた横断幕を見上げ、嬉璃がぽつりと呟いた。
 「さて、それは如何なものじゃろう。来年と言うのは存外長いものであるからの。一年後にはまた新たな【第一回ナントカカントカ】があるやもしれん」
 「ついでに言えば、【ぱふぅぱふぅ】の部分はお囃子みたいなもんぢゃろう…それまで行事名に入れるとは、愚かなり」
 愚かなりとは、誰が?なるツッコミは入る事無く、ただ源は、致し方なかろうとフォローにならぬフォローを入れた。
 「勢い付けの掛け声は、無いと虚しいからのぅ…それよりはいっそ、自分の口で言った方が話が早くてよいと思っただけじゃ。嬉璃殿、新年明けても相変わらず辛辣じゃの…」
 「辛辣なのではない、わしはただ単に当たり前の事を申しておるだけぢゃ。…それにしてもおんし……何故に今日は御髪を変えておる?何かの呪い(まじない)か何かかえ?」
 そう言って嬉璃は、源の髪型を、手にした羽子板で指し示す。羽子板を振った時の衝撃で風が巻き起こり、源のおかっぱ頭をふわりと舞い上がらせたのだが、それとはワンテンポ遅れて、両脇のリボンで結んだ長い部分―――今日は何故かくるくると縦巻きロールにしてあるのだが―――が、コイルのようにゆらゆらと揺れた。
 「ふふふ、何を可笑しな事を仰っているのかしら、嬉璃さん」
 「………は?」
 急に変わった源の口調に、思わず嬉璃は口をあんぐり開けて源の方を見た。源はと言えば、反り返る程に真っ直ぐ指先まで伸ばした手の甲を口元に宛がうと、おほほほ!と豪快なお嬢様笑いで仁王立ちする。
 「お分かりになりません事?羽子板を代表とする、ラケットでボールを打ち合うスポーツの際には、このスタイルが常識でしてよ?元はと言えば貴族のスポーツ、プレイヤーも紳士淑女であるべきではなくて?」
 「…と言うか、羽子板はラケットではないし、羽根もボールとは違うであろう……」
 「嬉璃さんッ!」
 的確なツッコミを入れた嬉璃に向け、源がびしっと言葉を止める。どーんと白く弾ける波飛沫を背中に背負いつつ、源が嬉璃を見下ろした(気分的にだが)
 「そんな細かい事に拘っているようじゃ、一流プレイヤーになれなくてよ!?この世界のトップを目指すには、一に才能二に要領、三四が無くて五に運次第、なのよ!?」
 紳士淑女の割には、庶民的な事を言っているような。しかも、その内容は実も蓋もないような…。
 「いいわ、そんなちっぽけな事は今更どうでも宜しくてよ。さっさと勝負をつけましょう!あやかし荘に於ける、ナンバーワン羽子板クイーンはどちらかを決める為に!いくわよ、嬉璃さん!」
 そう言うが早いか、源は手にしていた羽子板の羽根を宙へと舞い上げ、トスを上げる。オーバースローで羽根を打つと、カコーンと小気味のいい音がして羽根が綺麗な弧を描いた。
 「…っ、不意打ちとは卑怯な!」
 嬉璃は、ちっと舌打ちすると、スライディングで地面に落ちる寸前の羽根を打ち上げた。自分達の背よりも遥かに高いそのロブは、真昼間の太陽を背にし、源に目眩ましの効果を与える。源はその眩しさに目を眇めつつも、落ちてきた羽根をアンダースローで打ち返した。
 「可愛い事をしてくれるわね、嬉璃さん。この、何よりも輝いているアタクシの目を惑わせるとは!」
 「そのような無駄に長い台詞を取り繕っておる暇があるなら…先にする事があるじゃろう!」
 そう叫びつつ、源のリターンをフォアハンドで鋭く打ち返す嬉璃。しかも羽子板の面に羽根がヒットした瞬間、羽子板を上へと擦り上げるようにして強いトップスピンを掛けたのだ。回転する力を与えられた羽子板の羽根は、錐揉み式に回転をし、空気抵抗を減らしながら源へと飛んでいく。普段なら、その鋭い弾道に獣人化する前の源では、対処し切れなかったであろう。だが、今の源は、自称『マダム・バタフライ』モードに入っているのだ。当然、動体視力も運動能力も、いつも以上の能力を発揮する事が出来た。周りの大気を巻き込み、吹き飛ばしながら飛んでくる羽根を、素早く駆け込んだ源がバックハンドで構えて待ち構える。ダッシュで駆け込んだ為、ズサッと急ブレーキを掛けた源の草履から、砂煙ではない白煙が舞い昇った。
 「抜かりはないですわ!嬉璃さんこそ、覚悟なさい!」
 叫びと共に源のバックショットが火を噴いた。源の弾道は光の一直線を描き、嬉璃へと向かって突き刺さる。さすがの嬉璃も、自分の身体の真ん中目掛けてすっ飛んでくる羽子板の羽根を捉え切れず、羽子板の角に引っ掛かったそれは、緩い弧を描いて飛び、嬉璃の足元にぽとりと落ちた。
 「……なんと…!」
 「ふ…まだまだ甘いわね、嬉璃さん。マダーム・バタフライのアタクシに不可能と言う言葉は無くってよ!」
 ふわりと吹く風にくるくる巻きの髪を揺らしつつ、ついでにどこから飛んできたのか、薔薇の花びらが風に舞う様を背中に背負って、源が嫣然と微笑んだ。嬉璃は悔しさの余り、下唇を噛んでがくりと膝を突いた。
 「…このわしが…おんしに後れを取るなど…と言うか、六歳児でマダムはないぢゃろう…」
 ショックを受けつつもツッコみ所にはきっちりツッコんでおく、その時だ。項垂れる嬉璃の目の前に、誰かが立つ気配がした。その影に気付いて嬉璃が顔を上げると、ジャージ姿に何故か目の周りを隈取りしたにゃんこ丸が、すっくと二本足で直立不動していたのだ。
 「…おんし……」
 違う!コーチと呼べぃ!…そんな声が聞こえた気がした。
 「……こーち?」
 ああ、水道工事なんぞの賃金の事か。それは工賃。
 「……おんしら、なんぞに毒されておるな…」
 諦めたように呟いた嬉璃だが、不意に自分の頬に冷たい感触を感じて思わず飛び上がる。何事かと思いきや、いつの間にか近付いてきていたにゃんこ太夫が墨筆を持って、嬉璃の頬に大きなバッテンを描いたのだった。
 「待ちぃや、こう言う時だけ、古式ゆかしい羽子板勝負の方式に戻るのかえ!?」
 「ほほほ、何を仰るのかしら。元は貴族のスポーツ…古き良き伝統は守り通されるべきなのではなくて?」
 「なるほど…それは確かにそうぢゃのぅ…では、第二幕と行こうかの。おんしの、その済ました面に、墨の飾りを付けてやろうぞ!」
 「臨む所だわ、嬉璃さん!返り討ちにしてさしあげてよ!」
 すちゃっと互いにラケット…ではなく、羽子板を構えて後ろに後ずさる。睨み合い、視線のぶつかり合う真ん中で火花を散らす二人を見守りながら、狡知(違)にゃんこ丸は満足げに頷き、勝負の行方を見届けようとした。
 やがて訪れる夕暮れに、自然と勝負はお開きになった。互いに、互いの顔に墨を塗りたくる事に情熱を燃やしていた二人は、熱中し過ぎたが故に点数を数える事をすっかり忘れてしまい、結局、勝負の行方は付く事無く、終焉を迎えたのだ。

 果たして、この勝負がきっちり付く日が来るのかどうか…それは誰にも分からなかった。