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<東京怪談ノベル(シングル)>


想い忍ばせ、裏天井!

 虎蔵は、その日も凍えながら職務を全うしていた。
 彼の眼下にあるは、あやかし荘【薔薇の間】。
 そこには、彼の雇い主より守護を命ぜられた少女が生活している。
 任務とはいえ冬場の天井裏ほど寒いものはない。
 防寒具はあるものの、暖房器具を持ち込めないのは辛いものだ。
 しかしそれを耐えてこその影。
「大切なあの方を守るためならば、たとえ火の中、水のな……へっくち!」
 つぶやいた拍子に周囲のホコリが飛んだらしい。
 寒さも合わせて思わずくしゃみが出た。
「曲者ーーっ!」
 虎蔵のくしゃみが聞こえてしまったのだろう。
 部屋の少女は床の間に飾られていた槍を手にとると、エイヤッとばかりに天井を突いた。
 目の前の天井に穴が空き、二撃、三撃と追撃が続く。
 少女は小柄でありながら、身長の倍以上もある槍を振り回していた。豪腕である。
 ともあれ、守るべき人の身体能力について深く考えてはいけない。
 虎蔵は再び出かかったくしゃみをこらえ、少女の攻撃を回避する。
「いったい何の騒ぎ?」
 騒ぎを聞きつけ、住み屋の管理人が現れた。
 天井に空いた穴を見、次に少女の持っている槍に目をやり、言葉を失う。
 無理もない。
「天井裏に鼠がおるようなのじゃ」
 虎蔵は「違う」と言いたかった。「わたくしは鼠ではありません」と。
 しかし、何があろうとも虎蔵は自分の正体を明かすことはできない。
 彼の存在は、雇い主の面目にかけて絶対の秘密なのだから。
 名誉ある仕事とはいえ、四六時中の任務は幼い彼にとって過酷なものだ。
 それでも少女を守りたい一心で、虎蔵はひらすら少女の姿を追う。
 その行動はまさにストーカー……なのだが、当の虎蔵は全くと言って良いほどそれに気がついていなかった。
 彼は雇い主の命令を守っているに過ぎないのだ。
 なんとも実直な少年であった。

 その日、少女は住まいの住人と一緒にデパートへ買い物に出かけた。
 護衛である虎蔵ももちろん後を追う。
 少女の視界に入らないように、それでいて少女を視界から見失わないよう。
 電柱の影。マンホールの下。時には枝を持って木になりすます。
 虎蔵は遠目に少女の表情をうかがった。
 彼女は一緒に連れだった女性達と談笑している。
 大丈夫。気付かれてはいない。
(わたくしの姿はあの方には見えない。わたくしの姿はあの方には絶対に見えない)
 虎蔵は心中でそう念じ続け、少女の護衛を続行する。
 しかし、少女には見えていなくとも他の人間には丸見えなわけで。
 任務に集中している彼はその視線に全く気づいていなかった。
 虎蔵がまだ幼いこともあり、大概の人間は遊んでいるのだろうと微笑ましく見送った。
 役得というか何というか。
 虎蔵は周囲の様子には目もくれず、両手に擬装用の木を持ったまま小走りに少女を追った。
 デパートへ着いた一行は、めぼしいものを求めて歩き回る。
 しかし、デパートといえば色々な人間が出入りする場所だ。
 そこにはどんな人間がいるか、どんな危険が待ち受けているかわかったものではない。
(全力をかけてお守りしなければ!)
 虎蔵はそう意気込むと、マネキンになりすまし、バーゲンセールのワゴン下に身を隠し、尚も少女の護衛を続ける。
 店員がその姿を見て声をかけようかと思ったが、明らかに迷子とは違うようなので対処しかねていた。
「ああいう遊びが流行ってるんですかねぇ……?」
「さぁ……」
 ささやき合う店員をよそに、虎蔵はやはり少女の背を追いかける。
 やがて時が経ち、夕方。
 帰り際、帰途へつく少女一行を追い、虎蔵もデパートを後にした。
 デパートにいる間、少女は始終楽しそうにしていた。
 少女の一日を守れたことに安堵する反面、虎蔵はどこか満たされない気持ちを持て余していた。
(あの隣に、わたくしも一緒にいられたなら――)
 何度も考え、その度に雇い主の言いつけを思い出し、こらえた。
 少女が過ごした今日の日の記憶に、虎蔵の姿はない。
 明日も明後日も、少女の記憶に虎蔵が残ることはありえない。
 影とはそういう存在なのだ。誰にも知られることなく、守るべき者を危険から遠ざける。
 それはとても名誉な任務で、虎蔵の誇りでもある。
 デパートの外はもう夕暮れで、空は一面紅く染まっていた。
 虎蔵はその空を眺めると、唇を噛みしめ、守るべき人の背中を追った。

 夜を迎え、虎蔵は再び天井裏に戻っていた。
 家主が修理を頼んでおいたのだろう。
 朝方開けられた天井の穴は、あらかた応急処置がなされていた。
 少女も食事を終え、これから就寝しようというところだ。
 一日を無事終えられたことに安堵しつつ、明日もまた気を引き締めてかからなければと自分を戒める。
 そうして息を吐いた時、布団に潜りこんだ少女が天井を見上げて声をかけた。
「のぅ鼠。今日は楽しい一日じゃったぞ。また皆と買い物に行きたいものじゃ」
 その声に、思わず顔をほころばせる。
 明かりを消して眠りについた少女を認め、虎蔵はそっと目を閉じた。
 そうだ。隣に立つことはできないけれど、ずっと傍で見守っていることはできる。
 あの笑顔を守ることはできる。
 きっと、明日も少女は虎蔵のことなど知らずに一日を終えるのだろう。
 けれどそれを辛いとは思うまい。
「おやすみなさいませ。――様……」
 少女が微笑んでいれば、虎蔵はそれだけで幸せになれるのだから。

 しかし勘のするどい少女のこと。
「曲者ーーっ! 今日こそ退治してやるのじゃ!!」
 部屋の少女は床の間に飾られていた槍を手にとると、エイヤッとばかりに天井を突いた。
 目の前の天井に穴が空き、二撃、三撃と追撃が続く。
(何だか日に日に攻撃の精度が上がってきているような……)
 軽々と攻撃を避けながらも、虎蔵は内心気が気ではない。
 しかし、何があろうとも虎蔵は自分の正体を明かすことはできない。
 彼の存在は、雇い主の面目にかけて絶対の秘密なのだ。
 そうして、今日も虎蔵は少女を守るために護衛――もとい、ストーキングを続けるのであった。
 とはいえ。
「おのれちょこまかと! 覚悟ーーーー!」
 ざくっ どかっ バキッ
「ああああ! 今度鼠駆除するからやめてえええ〜〜〜」
 怒声。轟音。悲鳴。
 彼の存在がバレるのは、時間の問題……かもしれない。