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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


初詣に行こう!

 ありえない、と、葛西朝幸は、常々思う。
 彼がお師匠と慕う森村俊介は、電話を持っていない。携帯はおろか、部屋に家電すら置いていないのだ。理由を聞くと、電話は縛るから嫌いだということだった。
 お師匠らしいと言えばお師匠らしいが、それにしても極端な人だと、朝幸はいっそ感心してしまう。
 必要に迫られたときだけ、森村は、プリペイド式の携帯を使って、用を済ましているらしかった。
 携帯電話を常時身に付けているわけでもないのに、使い方は完璧にマスターしているのだから、ある意味、とことん嫌みな男である。
 師匠に弱点はないのだろうか?
 変な好奇心も手伝って、朝幸は、今日も迷惑を顧みず森村の部屋に押しかける。電話がないので、やむを得ず、古風に投げ文などを送ってみた。

「俊介へ。初詣に行こう! 朝幸より」

 返事はない。
 見事なまでに、無視された。
「俊介の馬鹿野郎ー!!」
 たまたまマンションの住人が帰ってきて、オートロックの玄関を開けたとき、朝幸は、何食わぬ顔で紛れ込んだ。
 猛然と、十階までは階段を駆け昇る。十一階でさすがに体力の限界を感じ、エレベーターに飛び乗った。目指すは二十五階! 目的の部屋の前に立ち、ピンポンダッシュの悪戯小僧よろしく、インターホンを押しまくる。
 根負けした森村が、いかにも面倒くさそうに、十三回目にして、ようやく反応を見せてくれた。
「俊介! 初詣に行こう!!」
「結構です」
 すげなく断られる。
 ちくしょう、負けてたまるかと、朝幸は、今度はドアをガンガン叩き始めた。
「俊介ー! ここ開けてくれよ! 開けないと、永遠に叩き続けるぞ! ご近所迷惑だぞ! いいのか!?」
 良いはずがない。
「朝幸くん。つかぬ事を聞きますが、君はいったい幾つですか?」
「十六歳」
「そうですか。物の分別は付く年齢ですね。いい加減にしないと、本気で怒りますよ?」
 ドアの鍵を開け、優しい笑顔に黒いオーラをまとわりつかせつつ、森村が現れる。その迫力に完全にたじろぎながらも、朝幸は、懲りもせずに満面の笑みを浮かべて、師匠の腕を引っ張った。
「俊介! なぁ、神社行こうよ。柏手打って、おみくじ引くんだ。いいだろ?」
「忙しいんです」
 大嘘である。その証拠に、扉の隙間から見える居間のテーブルには、珈琲カップが湯気を立てて置いてある。
 呑気に朝の一杯を啜っていたのだ。どう考えても、忙しい人間の行動ではない。
「すっげーくつろいでるじゃんか! 俊介! おみくじ行くぞ!」
「ああいう場所は、好きではないのですよ」
「なんで?」
「解釈はご自由に。ともかく、自ら赴くべき場所ではありませんね」
 何故か不機嫌そうな師匠の顔を、朝幸がじっと見つめる。あれこれと、様々な想像が脳裏を過ぎった。神社が嫌いなんて、何となく、森村らしいとも思う。
 神社には、神がいる。あるいはそれが苦手なのかと、埒もない考えが、少年の頭の片隅に閃いた。
「行こうよ。俊介」
 根拠のない思考を閉め出し、朝幸が呟く。
 急に元気のなくなった弟子の様子に、森村が、溜息を吐き出す。青年は、基本的に、少年のこの顔に弱かった。いつも騙されているのに、ついつい、仏心など似合わないものを出してしまうのだ。
「わかりました」
 渋々と、承諾する。
 弟子が、師匠の傍らで、ぴょんと元気よく飛び跳ねた。
「やったー!」



 元旦の最も混み合う日付を避けたので、参列に、そうは時間はかからなかった。
 お決まりの柏手二つを捧げて、朝幸にとってはメインのおみくじを引きに、売り棚へと走る。
 風水を基にしたものや、七福神のお守りが同封されているものなど、最近は、たかがおみくじといえども、侮れない。遊び心満載な凝った物が多く、それを前にして、朝幸はいたくご満悦だった。
 一番シンプルな物を、少年は選んだ。付き合いで森村も引かされたが、苦虫を一万匹も噛み潰しているような表情を、最後まで変えることはなかった。
「やった! 俺、大吉!」
 喜び勇む朝幸の隣で、森村が、大凶のおみくじを破り捨てる。やっぱり、と呟いたところを見ると、どうやら、森村は、大凶おみくじの常連らしい。
 元気づける意味も込めて、もう一度引いてみればと、今度は違うおみくじを朝幸が勧めた。森村は明らかに憂鬱そうではあったが、再度、挑戦してくれた。
 結果。
 大凶。
「あ、あれ……」
 朝幸が、恐る恐る、師匠の顔色を伺う。
「よ、よし! 今度はこっちだ! こっちは大丈夫だよ、俊介!」
 三度目のおみくじ。
 やはり大凶。
 その後も、森村は大凶を引き続けた。これは一種の才能だと、朝幸はほとほと感心してしまう。
 大凶は、大吉などより遙かに数が少なく、当てにくいのだ。それを狙ったわけでもないのに何度も何度も引いてしまうなど、もはやほとんど神業に近い。
 いや、こんな神業なら、自分は絶対に欲しくないと、朝幸は密かに考えてしまったが……ともかくも物凄い特技であることに変わりはない。
「だ、大丈夫! 気にしなくていいんだからな! 俊介!」
「おみくじに書いてあることなんて、人によって、どうとでも解釈できる事なのですよ。気にするはずがないでしょう」
 うっすらと、青年は微笑を浮かべる。さんざん溜め込んだ大凶おみくじを、掌にくしゃりと握り潰した。再び開いたときには、紙は灰となっていた。風が一瞬にして浚ってしまう。
「それよりも、何か、気になることがあるのでしょう?」
 相変わらず、捕らえ所のない謎笑みを浮かべたまま、振り返る。弟子の顔が引きつった。
「えーと……」
「質問は、ベランダのガラスを、アルバイト代で弁償してからですよ」
 森村に投げ文をした時、朝幸は、師匠の部屋のベランダガラスに、穴を開けてしまったのだ。よくよく注意しなければ気が付かないほどの小さな穴だったのだが、魔術師が、それを見過ごすはずもなかった。
「ば、ばれてるよ……」
「当然でしょう。君の悪戯なんて、百もお見通しですよ」
「あうう。弁償する。弁償するよ」
「当たり前です。踏み倒す気だったのですか」
「な、なんか、俊介、いつにも増して、怖いんだけど」
「大凶おみくじの呪いでしょうね」
「被害が俺に来るって、なんか理不尽を感じる……」
「無理矢理こんな場所にまで連れ出した天罰ですよ。甘んじて受けなさい」
 口ではとても師匠には敵わない。
 朝幸は、はい、と、殊勝に頷いた。おとなしく森村に従いながら、前々から聞いてみたいと思っていた一つの問いを、口にする。
 望むとおりの答えが返ってくることはないと、知ってはいても、尋ねずにはいられなかった。
 ずっとずっと前から、心に抱き続けてきた、消えることのない疑問。

「俊介って…………人間?」

 前を歩いている森村が、立ち止まる。
 やはり聞くべきではなかったかと、朝幸は、瞬時にして後悔に襲われた。
「ご、ごめん。変なこと、聞いた」
 森村が人間であっても、人間でなくても、それで何かが変わることはない。朝幸は、師匠が好きだった。謎めいた雰囲気も、時々飛び出す毒舌も、思いのほか優しい気遣いも、その全てをひっくるめて、森村という存在を尊敬していた。
 そこに、何かの条件が挟まれる余地は、ない。
 人であるか、人でないか、正直、朝幸には、大した意味もないことだった。
 ただ、これから先も、もっと、ずっと、付き合っていきたいから、聞いてみただけ。
 秘密の一つを、共有できたらと、ふと思ったに過ぎないのだ。

「そういう口のきき方をするから、君はもてないんですよ。これから先、誰かに興味が湧く毎に、人間ですかと、尋ねてみるつもりなのですか。その相手が女性だったら、平手打ちの洗礼の一つも間違いなく受けていることでしょうね」

 身も蓋もない返答が、叩きつけられる。
 やっぱり師匠は怖い。野暮な質問と馬鹿な疑問は、間違っても口に出すべきではない。一つの教訓を、新年早々、詰め込まれた朝幸であった。
「ごめん。俊介。もう聞かない……」
 項垂れた朝幸の前に、すっと何かが差し出される。甘い香りが、鼻孔をくすぐった。綿飴だった。
「え? え?」
 戸惑う朝幸の様子を見て、くすり、と、森村が笑う。いつもの皮肉っぽい微笑ではない。目にするものをほっとさせる、穏やかな笑顔だった。
「占いは、本職ではありませんが、僕から、一つ、君に助言をしてみましょう」
「お、俺に? 占ってくれるの?」
「ええ。その名も綿飴占いです」
「わ、綿飴占い?? そんなの初めて聞いたけど」
「そうでしょうね。僕も今思い付きましたから」
「俊介!」
「怒っても、損をするだけですよ。思い付きの占いでも、おみくじよりは確かです。信じる、信じないは、君の自由ですが」
「ど、どんな結果……?」
 綿飴を食べるのも忘れて、朝幸が先を促す。魔術師が、答えた。
「近々の拾い物を、大切にしてください」
「拾い物?」
「ええ、そうです」
「俺、なんか拾うのか?」
「さぁ……そこまでは。僕には、未来視の力はありませんので」
「拾い物……」
 朝幸が、真剣に考え込む。今度は下ばかり向いている。森村は一つ苦笑して、少年の頭を軽くこづいた。
「とりあえず、僕の占いが力を発揮するのは、君がちゃんとベランダのガラスを弁償した後のことです。今、拾い物を探しても無駄ですよ」
「う」
「それから、欲張りはろくな事にはなりません。成り行きに任せなさい。下ばかり向いていたら、拾い物をする前に、電柱にでも頭をぶつけるのが関の山ですよ」
「うぅ」
 恨めしげに、朝幸が師匠を睨む。
 飄々として先を歩く師匠に、朝幸が、精一杯の憤りを込めて、叫んだ。

「俊介! もうちょっと、俺にも優しくしろよな! 不公平だ!」

 魔術師が、平然と、それに答えた。
 
「僕は不公平な人間ですよ。今頃それに気付くなんて、遅すぎますよ。朝幸くん」