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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


風邪引きさんのキモチ

(39度2分……か)

四方峰・司は、熱でぐらつく頭をおさえながら、もう片方の手で体温計を取り出した。
熱い、と言うよりかは寒い。
のども渇いているような気がするのだが冷たいものを飲もうにも歩くのさえも億劫になっていた。
冷蔵庫まではホンの数歩。
ベッドから起き上がって取りに行くのは、いつもならば至極簡単に出来る筈なのに。

(何故、熱があるからといって此処まで行動が制限されなくてはならないんだろう)

……奇妙なことを思う。
我ながら、自分の思考に苦笑せざるを得なくなり司は、それを隠すように再び布団に潜り込もうとする――その時、だった。

「司くん、大丈夫!? 生きてる?」

――そんな奇妙な言葉と一緒に、豪快にマンションの扉が開いたのは。


                +++

事の起こりは、元日の日の事だった。
めでたい新年だと言うのに、何故か司の周囲はめでたくなかった。
風邪を、司はひいていたのだ――元日から。
しかも、それが護衛にうつってしまい、更に強大化した風邪ウィルスが弱っている司に目をつけ再び住み着いた――風邪のダブルブロックならず、ダブル攻撃!、である。

そんなこんなで。
司は倒れてしまい、先ほど目を醒まし熱を測っていた訳であり……。

(いくら防犯、防音設備が充実してても、あんなに大きな声を出さなくても……)

いや、しかし寝ていたのだと思っていたのなら…って、起こされなくちゃいけないのは辛い、か?

…少しばかり思考が風邪の所為かハッキリしないまま、
「…どうにか、無事生きてる。大丈夫だって護衛にも言った筈なんだけど?」
いつもよりも数倍グレードアップした不機嫌な表情と声で、駆けつけてきてくれた人物――新野・サラへ言葉をかけ、見た。
が、それに対しサラは何処吹く風と言うように、
「あらあら…生意気を言う口は、この口かしら? 護衛の人が急いでメールを打ってくれてなきゃ司くん、此処で何時までも風邪と格闘しちゃうくせに」
困った人ね、と微笑んだ。

「…別に、そんな事ない」

ひとりでも大丈夫な筈だ。
確かに、構ってはほしいけれど――でも、それ以上に。

サラ姉には自由に生きて欲しいと思う。

だから出来るだけ我が儘は言わない。第一、もう役目は終わったのだ。彼女が縛られる道理が何処にあるだろう?


―――……何処にもない。


「はいはい、そう言う言葉は良いから、横になろうとしてたのなら横になってくださいね? それともお腹すきました? のどの調子は?」
「……え?」

驚いたように目を見開く司に対し「あら?」と言う顔をサラはした。

「忘れちゃったんですか? 小さい頃は良く風邪をひいて……その度にのどをいためていたでしょう?」
「そう、だったかな……?」
「ええ。まあ、男の子は小さい頃は病弱だ、と言いますけど…司さんは本当に何と言うか…その度に私や、司さんのお姉さんが桃の缶詰買ってきたり…のどに良いように大根を蜂蜜でつけた汁をお湯で溶かして飲ませたり……」
「……小さい、頃の話……だ」
「でも。それほど変わってないようにも見えますよ。熱は?」
「熱なら、さっき測った体温計がそこに……う、うわっ!?」

叫ぶより、何よりも先に。
こつん、と。

サラの額と司の額が重なった。

何が何だか解らないままにパニックに陥る司に、サラの額の冷たさも自分の額の熱さも確認できない。
かなり長い間、額と額をくっつけているようにも思う。

「んー……熱い、ですね」
「あ、当たり前だ! 39度越してる病人に何でそうも近くによるんだ!!」
「小さい頃の延長でスキンシップを図ろうと思いまして……あらあら、真っ赤。……私の顔が近くに来た位でそれでは司さんもまだまだですね」
肩を竦めるサラ。
それを見た司の表情は微妙で。
「……寝る」
――と、だけ呟くと司は瞳を閉じた。


                +++

規則正しい寝息が、響く。
眠る司の表情を見て、サラは司に向ける笑顔とは違う微笑を浮かべた。

「…本当に、眠ったようですね」

騒いで部屋に入ってしまったのは悪いとは思う。
だが、そうでなければ司はサラを部屋にさえ入れなかったろう。いいや、逆に――熱でふらついていようとも気力で起き上がりサラは締め出されていたかもしれない。

今はもう……ただの親戚、なのに。
それなのに、司は遠慮をしているのだ。

……誰に対しても。

(もう少し、自由に生きても良いと思うんですけれど……)

不器用な、人物だ。
だからこそ、少しでも護りたいと思うけれど――

「……女性にそう言うこと思わせるなんて、罪作りなんですからね。 ――司、くん?」

サラは立ち上がり、キッチンへと向かう。
司が起きたときのために、風邪を引いたときに好きだった料理を作るために。


                +++


(………?)

良い匂いがする。
…確か、この匂いは……。

「……卵雑炊……?」
「ご名答です♪ おはようございます、良く……眠れましたか?」
「……帰ってなかったんだ」
「……またそう言う憎らしい事を言うのはこの口でしょうか? いい加減にしないと抓りますよ?」
額と同じくらい冷たい手が司の頬を軽く抓る。
「そういうのは、抓る前に言って欲しいな、サラ姉……」
抓られ痛む頬をさすりながら司はサイドテーブルに置かれた水を飲んだ。
傍に居てくれる、サラの顔を見る。
構って欲しいけれど素直に口に出せず、サラのように気軽に触れてみたいけれど触れられない、自分。
だが、サラはいつもの憎まれ口と思うのか意に介した風もなく、微笑う。
「抓る前に言うと司くん逃げますからね。…はい、起きてくださいな。ご飯にしましょう?」
「……うん」

何時、起きるかわからないのに作った後、ずっと温めてくれていたのだろうか。
久しぶりに食べた雑炊は懐かしくなるほどに美味しかった。

そして、折に触れサラは色々なことを司へと話す。

司が赤ちゃんだった頃の事。
サラには奇妙に懐いて離れたがらなかったこと。
お約束かもしれないけれど、と綺麗な唇を楽しくて仕方ない――そんな形に変え、

「大きくなったらサラお姉ちゃんのお嫁さんになる!……って聞かなくて…普通、お婿さん、とかお嫁に貰ってあげるとか言われるものなのでしょう? ……皆にその話をしたとき、随分凛々しい少女だったんだろうねと笑われてしまいましたけれど」
「………ッッ!!」

ゆったりとした口調でそう言う風に言うものだから、思わず咳き込んでしまい、咽る。

小さい頃の事、と言うのは何処か気恥ずかしい。
今の自分とかなり違っているからなのか、はたまた変わっていないからこそ恥ずかしいのか。
解らないだけに気恥ずかしさも一層、大きくなっていく。

思えば、これだけ話したことさえ、かなり久々だ。
心とは、いつも逆の行動をしてしまうがゆえに、話さない。

――必要最低限の事以外は。

(……きっと熱の所為で少しばかり、寂しくなっているのだろう……)

そう思わないと、駄目だ。
一人で大丈夫な筈なのだから。

だが。
食事をし、汗でべとつく身体を拭いてくれ、眠りから醒めた後に――サラが居る。

思いがけない幸福でもあった事も、確かなのだ。

(そう言えば……)

サラ姉は、何時まで此処に居られるのだろう?
自分の風邪が完治するまでなのだろうか……。

不意に考えるのが億劫になって何度目の眠りの要求なのか解らなくなる様な――眠りの、淵へと落ちていった。



                +++

――そして、サラが司のマンションに来てから二日後。

強力な、司の身体の中で猛威をふるっていた風邪ウィルスもサラの甲斐甲斐しい看病の成果に白旗をあげた。

こつん、と額と額を重ねサラも満足そうに微笑む。

「うん、熱は引いたようですね……良かった」
「……ありがとう」
"良かった"
そう、言ってくれるサラに対して自然と礼の言葉が口をついて出た。
「何がですか?」
「……看病、してくれて…かな?」
「……何をまた当然のことを。だって、親戚じゃないですか――私たち」
困った時は、お互い様でしょう?
司の中へと言外に伝わってくる言葉があり、その言葉を受けて司は漸く昔の笑い方を思い出すことが出来、サラへと笑いかけた。

サラの動きがぴたりと止まる。

「……何かおかしかったか?」
「いいえ? ただ――笑顔が凄く可愛いなあって、ね?」
「か…かわ…!?」
「ええ。凄く、小さい頃のままで♪」

あまりと言えばあまりな言葉に司は絶句しかけたが、だが、ふと思う。

こうして駆けつけて面倒を見てくれること。
親戚じゃないかと言ってくれたこと。

きっと、自分はサラにとって小さい、弟のようなものなのだろう。

心にない言葉を言ってしまっても、ずっと変わらず。




―End―