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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


『奴をぎゃふんと言わせるのぢゃ』
 あやかし荘管理人室では今日も因幡恵美と嬉璃がこたつに入りながらテレビとみかんを楽しんでいた。
 と、そこでなんだか気の重そうなドアをノックする音が響いた。
「ん? 誰だろう?」
 恵美がこたつから出て、ドアを開ける。そこに立ってたのは真っ青な顔をした三下忠雄であった。
「あら、三下さん、どうしたんですか?」
「え、あ、いや、あの実はちょっと相談がありまして・・・」
「相談?」
 恵美はちょこんと小首を傾げる。
「ええ、あの・・・」
 三下はこたつに入りながらお気に入りのテレビショッピングを見ている嬉璃を気にしながら言う。
「えっとですね。実は僕の大学時代の友人がテレビ局に勤めてるんですけど、今度お正月明けの特番で超常現象を取り扱った番組をやる事になって。それでW大学の心霊否定派小槻教授対あやかし荘っていうコーナーをやりたい・・・って・・・・・・・・・・・ダメですよね?」
 恵美はものすごく嫌そうな顔をした。嫌そうな顔をしたのだけど・・・
「ふん、面白いではないか。小槻教授とはあの火の玉はブラズマとかって言ってる奴ぢゃろ。あやつはわしらの存在を信じようとはせんからな。前々からぎゃふんと言わせてやりたかったんぢゃ」
 いっひっひっひと笑う嬉璃に恵美は思いっきり眉間に皺を寄せた顔を片手で覆い隠しながらため息を吐き、三下は何かとても怖い物を見たような顔をしたまま固まった。
 こうしてあやかし荘では嬉璃の指揮の下に冥府へと続く数とされる四にちなんだ四つの部屋で心霊否定派の小槻教授をおもてなしする事になった。
 さてさて、どうなることやら。

【お誘い】
 丼亭・花音は今日も大忙しだった。
 店内の喧騒は人気のバロメーター。美人の店長さんと人気店長の真は青い瞳を楽しげに細めて、今日もがんばっていた。
 店の扉につけられた鐘が鳴る。
 真はそちらを向いて、
「いらっしゃませー♪」
 極上の営業スマイルを浮かべて、声を出した真は、空いてる席を探すと同時に新たな客の下に行った。
「こんにちは、三下さん。どうぞ、こっちに来て」
 勧められた席に座った三下に真は水の入ったグラスとお絞りを出す。
「いつものでいいかしら?」
「あ、いや、あ、はい」
「ん? 他に何かあるのかしら? あ、デートのお誘いとか?」
 薄く形のいい唇に人差し指の先をあてて、わずかに傾げさせた美貌に悪戯っぽい微笑を浮かべさせる真。
「え、あ、いや、その違うんです」
 両手を振って慌てふためく三下に真は苦笑いを浮かべる。
「違う、って。傷つくわねー」
「え、あ、すみません。い、いや、真さんにデートしてもらえるなんてものすごく嬉しんですが、その今日はちょっとお願いしたいことがあって」
「お願い?」
「あ、はい。嬉璃さんからの手紙です」
「嬉璃さんの?」
 手紙を受け取った真はそれに目を通した。無論、心霊否定派の小槻教授をぎゃふんとさせてやりたいので、協力して欲しいという嬉璃からの手紙は真の悪戯心をくすぐった。
「ふむ、面白い。OK。嬉璃さんに了承したと伝えておいて♪」
 鼻歌を歌いながら真は厨房に入っていくと、店のすべてをバイトたちに任せて、自分は脳内でどうやって小槻教授を遊んでやるかを想像しながら、あやかし荘の皆で作戦会議をしながら食べるためのお弁当を作り出す。本当に実に楽しそうだ。
「そうだ」
 そして何か天啓を受けたかのような表情をして真は風精霊を召喚し、彼らにとある命令を出して、彼らを外に出した。
 鼻歌を歌いながら卵焼きを焼く彼女の表情はやっぱりとても悪戯好きの子どものような表情だった。

【挨拶】
「こんにちは。初めまして。今日、あやかし荘の代表として、小槻教授のご案内をさせていただく風祭真です」
 明るい美貌に相応しい橙色の着物を着た和服美人の真に小槻教授はしかし、興味無さげにふんと鼻を鳴らした。
(・・・。このクソジジイ。人が猫かぶってご機嫌取りしてやれば調子に乗ちゃって)
 と、心の中では力拳握りながら怒りの声をあげながらも、表向き顔はくすりと笑みさせる。
(まあ、いいわ。見てらっしゃい。たっぷりとあなたを私の玩具にしてやるんだから)
 真は小槻教授にぺこりと頭を下げる。
「今日は小槻教授がどのようにトリックを見破り、また人々が心霊現象であると騒ぎ立てる現象がどう科学的に証明できるのかをばっちりと勉強させていただくつもりで来ましたのでよろしくお願いします」
 愛らしい彼女の微笑に、腰に両手を置いた小槻教授は胸をぞんざいに逸らして哄笑をあげた。
「まあ、任せておきたまえ」

【酒池肉林の間】
「古来より四という数字は冥府に通じる数とされています。ですから今回、このあやかし荘で起こる心霊現象を調べに来た小槻教授には四つの部屋を見ていただきます。四つの部屋。四。四つ目の部屋は死界に続くかもしれませんね」
 玄関をくぐって、真は着物の裾を洗練された動きでおって、床に膝をつくと、小槻教授のために来客用のスリッパを出した。
 小槻教授はどこか大雑把なようでいて、そのくせ妙にどのような礼儀正しい女性よりも威厳にも似た感じを受ける真を不思議に想いながらそれに答える。
「それは陰陽道の考えですな。しかしですね、陰陽道とはさもおどろおどろしい物のように言われていますが、私たち科学者に言わせればあれも立派な科学ですよ。心理学に、暦学って。統計の理論もありますな」
 すらすらと述べる彼に真は大仰に胸の前ですらりとした両手をあわせて、声をあげる。
「まあ、頼もしい。それでは、さっそくその調子で、解いてくださいましね。そうそう、ところで小槻教授。昼食はお食べになられました?」
「いや、まだだ。テレビ局が用意した弁当は口にあわなくってね」
 真はぱちんと手を叩いた。
「まあ、嬉しい。それならばまず最初の部屋で昼食をどうぞ。私が作ったんですのよ」
「ふむ、気がきいとるな」
 傲慢な大学教授の小槻教授は鷹揚に頷いた。
 こんこんと第一の部屋をノックすると、
「はい、どうぞ」
 きっちり30秒後に清楚な声で返された丁寧な返事がした。
 ドアを開けると、藍色の着物を着た異国和風美女が三つ指ついて出迎えてくれた。
「これはこれは、小槻教授。ようこそ、この私、モーリス・ラジアルが担当する部屋へおこしくださいました。ささ、昼食の準備ができあがっております」
 金髪に縁取られた美貌に清楚な笑みを浮かべて、だらしなく鼻の下を伸ばしている小槻教授の手を恥ずかしげに取って彼を部屋の中に案内しているモーリスを見て、真は噴出しそうになった。
(まったく。モーリスも罪作りな人よね)
 彼女の正体を知っている真は笑いを堪えるのに必死だ。しっかりと彼女に一目惚れしたようである小槻教授を眺めながら肩をすくめる。
 その部屋は畳張りの純和風の部屋であった。いぐさの良い香りが鼻腔をくすぐる。
「良い部屋だな」
 彼はしみじみと言った。
 アロマテラピーという言葉を知っているだろうか?
 当然、モーリスはその手の事についてもプロであった。そして計算され尽くした香りは小槻教授の疲れた心を癒した。
 真は口元に拳をあててくすりと笑う。
(そう。落ち着きなさい。心の奥底からゆったりと落ち着いて、今までの何もかも忘れてしまいなさい。人は絶望に麻痺した状態で不幸に見舞われても、心を満たす絶望と諦め、投げやりな想いがその不幸をなんとも思わせない。不幸に浸ることでかえってそんな自分に幸福を感じてしまう。それではつまらない。だけど幸福の頂点にいる時に奈落の底に落とされるような悲劇に見舞われたら? その時は、人は本当に心底ダメージを受けて、立ち直れない。その表情を私に見せて)
「ささ、小槻教授。お座りくださいな」
 モーリスは小槻教授に席を勧めた。
 そして彼を上座に座らせると、
「さあ、グラスを」
 組んだ指の上に形のいい顎を乗せて真はにこにこと笑いながら勧められるままに持たされたグラスにビールを注がれる小槻教授を眺める。
「おととと」
 グラスから溢れそうになるビールの泡を慌ててグラスにつけた口で啜る小槻教授。
 そして彼は横目でちらりと自分の太ももに白くしなやかで小さい手を乗せるモーリスを見ながら、ビールをいっきにあおった。
「わぁー、すごい。すごい」
 モーリスは手をぱちぱちとさせて、声をあげた。真もすごいすごいと黄色い声をあげる。そして「ささ、もっともっと飲んでくださいまし」
 と、彼のグラスにビールを注ぐ。小槻教授は調子に乗って、どんどんとビールを喉に流した。
「うん、美味いなこのビールは」
「はい。私の勤めている所の主が作らせている最高級のビールですのよ」
「ほぉー。こだわっているのですな」
 彼はごくごくとまた注がれたビールを飲んだ。
 真がにこにこと微笑みながら見ている前で、モーリスは彼に艶っぽい微笑を浮かべながら訊く。
「そうそう、小槻教授。実はそのうちの上司が最近、なぞなぞが大好きになりまして今、私、彼に宿題を二つ出されていますの」
「ほほう。なぞなぞですか」
 小槻教授はモーリスに豪快に胸を叩いて請け負って見せた。
「まあ、そのなぞなぞという奴を私に出してください。解いてみせますよ」
「まあ、嬉しい」
 胸の前で両手を合わせてそう言ったモーリスにでれっとした笑みを浮かべる小槻教授の隣で真は噴出しそうになった。
「それでは問題。車とゴルフにはあって、バイクと卓球には無い物はなんでしょう?」
「な、なな?」
 どうやらわからないようだ。
(やーね。口先だけ?)
 くすりと悪戯っぽく笑う真に小槻教授は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「モーリスさん。次の問題を」
「では、次は5−3=2 8−9=11 9+6=3 さて、では、8+6=? ?には何が入るでしょう?」
 にこりと笑うモーリスに小槻教授はしかめっ面。酸素不足の魚のように口をぱくぱくとさせている。真も同様でわからない。だけどきっと訊ねてもモーリスは答えてはくれないことはわかっているので、真は肩をすくめるだけで、そのストレスは?の海で溺れる小槻教授を笑う事で解消した。
 だけど次にモーリスが小槻教授に出したなぞなぞはわかった。
「これは私からの問題です。私は実は小槻教授に隠し事をしています。それは何でしょう?」
「ふ、ふむむ?」
 小槻教授は眉根を寄せながらモーリスを見るも、その目はモーリスの美貌と、豊かな胸を見るうちにまったく違うものになっていた。
 真はものすごく不快そうに顔をしかめるが、モーリスはにこにこと笑いながら鯛のお刺身を箸で摘まんで、気にせずにそれを小槻教授の口に運ぶ。
「まあ、時間はまだまだありますわ。美味しいお食事を食べながら考えてくださいまし。これはそこにおられる真さんと藤咲愛さんがお作りになられた料理なんですよ。さあ、どうぞ」
「うむ。美味い」
「ありがとうございます」
「まあ、見てください。教授。この海老、まだ生きてますわ」
 モーリスはぴちぴちと動く海老を手で取って、頭をもぐと、慣れた手で、皮を剥ぎ、足をもいだ。
「さあ、あーんしてくださいな、小槻教授」
 勧められる度に顔をだらしなく崩しながら、それを食す小槻教授。
 モーリスもよくやると、真は苦笑い。
 そしてデザート。
 モーリスは着物の懐からメスを取り出すと、それを華麗に指先でくるくると回しながら、ケーキを切った。
「あらあら、口の周りにクリームが」
 着物の袖を押さえながらモーリスはもはやどうしようもないほどにだらしなく崩れまくった小槻教授の口の周りをハンカチでふいた。
「ふむ。しかし、この企画はどうしようもなくくだらない企画だと想ったがこんなにもよい想いをさせてもらえて。残り三つの部屋が楽しみですな」
 帰り際、部屋の扉を開けた小槻教授は人差し指の先で眼鏡のブリッジを押し上げながら、にこりとご機嫌そうに笑った。
「それで、あの、モーリスさん。もしもよろしければこの後に今度は私が常連になっているホテルのバーに行きませんか?」
 その後に何を期待しているのか、小槻教授は鼻の穴を広げて、モーリスを誘った。
 これにモーリスは微笑んで、
「ええ、私が出したなぞなぞに答えられたらね。それで先ほどの3つはわかりました?」
「ふむ。わかりましたぞ。しかし、どうも最後のなぞなぞの答えがわかりません」
 鬼の首を取ったかのように最初の二問を答えた小槻教授はしかし、最後の問題が解けなかったと、とても残念そうな表情を浮かべた。それはまるで飴を取られた子どもの表情だ。しかし、真が意地悪く笑っているのはその表情がおかしいからではなく、
「ああ、OK。いいですよ、別に。答えはこういう事です」
 小槻教授の眉根が怪訝そうに寄せられたのは今までたおやかで清楚な微笑を崩さなかったモーリスがにんまりと微笑んだからだ。その笑みは彼にイヴに知恵の実を食べるように勧めたヘビは絶対にこんな笑みを浮かべていたに違いないと確信させるような笑みであった。
 彼はすっかりとその笑みにノミの心臓を再びばくばくさせながら、
「モーリスさん?」
 と、彼女を呼んだ。彼女? いや・・・
「はあ? えっと・・・」
 真は大笑いし、小槻教授は大きく口を開けた。なぜなら、彼が瞬きしたその一瞬に、
「最初に出したなぞなぞ二問の答えはわかっても、ずっと私があなたに仕掛けていた悪戯にはとうとう気づけなかったようですね♪」
 スーツを着込んだモーリスはどこからどうみても男であった。そう、リライト=彼は自身の姿を思うままに変化可能なのだ。
「罰ゲームです」
 ぱちんとモーリスが指を鳴らした瞬間に、アークが発動する(アーク=霊的・有機・無機に関わらず閉じこめる檻を創造。視界内なら可能)。
 実は小槻教授は先ほどまでの女であったモーリスに惚れていた。惚れていたからこそ、彼は絶望のどん底のまたそのどん底に陥れられた。
 檻の中の彼を見つめるモーリスはにこりと微笑んだ。悪魔が天使を装って人の前に現れるというのなら、それは今のモーリスにそっくりであろう。
 真は檻の中の小槻教授のがっかりように大変満足であった。

【故郷の間】
「第二の部屋はこの部屋かね」
 げんなりとした声を出す小槻教授に、真は笑いを噛み殺しながら答える。
「ええ、そうですわ、小槻教授。それにしても大丈夫ですか。随分とお疲れのようですけど」
 すっかりと落ち込んだ小槻教授に真はにこにこと答える。
 そんな彼女に小槻教授も現金な者で、曲がっていた背筋をぴっしと伸ばして、
「どーんと任せてください。この部屋のトリックもこの私が解明してみせますよ」
 と、彼が嘯いた瞬間、突然、声が響いた。
「ふむ、これはこれは頼もしい」
 そこには桃色の着物を着たイヴ・ソマリアがいた。そして彼女はにこりと小悪魔っぽく微笑む。
「それでは私の部屋を小槻教授に見てもらいましょう。でも、その前に、小槻教授。この世界には理解も説明もできない事ってあると想いませんか? 実は異世界からこの世界を調べに来ている者がいるとか?」
 小槻教授は鼻を鳴らした。
「ふん。何が異世界だね。そんな物はありはしないよ。君は確かアイドルのイヴ・ソマリアだね。ん、今度、映画か何かでそんな物でもするのかね、君は? そんな物はくだらん漫画や小説を書いている人間の頭の中だけに存在するものだよ。そんな低レベルな事を言っていたら、いい役者にはなれんぞ。ほれ、この私の書いた『どーんとこい、超常現象』を読みたまえ。他の人間がきゃーきゃーと騒いでいる超常現象のトリックについて書いてあるから。異世界なんぞありはしないよ」
 異世界など無いと言う小槻教授の発言はもちろん、イヴの逆鱗に触れた。
 真は額に手をやってほくそ笑む。
(あー、イヴも修行が足りないね。キレちゃった)
 自分でさんざん家族の悪口を言っておいて、それに同調した聞いていた人間に目の前で自分の家族の悪口を言われた時かのようなにっこりとした笑みを浮かべて、イヴはドアノブを手で指し示した。
「これは【故郷の間】でございます。ささ、ここは小槻教がお開け下さいな」
 ちょっと小槻教授はむっとしたような表情を浮かべながら、ドアノブに手を触れて、
「あ、ちょっと待って下さい。バックドラフト現象があるやもしれませんので、慎重にお開け下さいね」
 にこりと笑ったイヴに小槻教授は小馬鹿にしたように鼻を鳴らして、ドアを勢いよく何の躊躇いも無しに開いた。
 せっかくの忠告に対する小槻教授のあまりもの態度の報いはやはり世の常で悲惨な物であった。
 その転瞬、
「おわぁぁあぁあああーーーーーー」
 ドアを開いた部屋の中に溜まっていた水が勢いよく滝のようにへ? と鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔で立っていた小槻教授を直撃したのだ。迸る水の中で左手で頭を押さえながら彼は悲鳴をあげながら、右手で苦労しながらすぐさまドアを閉めた。
 いったいどこから出したのか、開いた傘を身体の前に広げていた真とイヴはにこりと笑う。
「ああ、大雨注意報でしたわね♪」
「びしょ濡れですわね、小槻教授」
 小槻教授は口の中に入った小魚を咳といっしょに吐き出しながら、目を白黒させた。
「な、なんなんだ、この部屋は水道管が壊れているのかぁ?」
 しかし、イヴはまったくもって相手にしない。
「あらあら、服がびしょ濡れ。乾かさないとね。今度こそ、バックドラフトにお気を付けてくださいましね♪」
 にこりと笑ったイヴは小槻教授が何かを言おうと口を開きかけた瞬間に部屋の扉を開けた。
 瞬間、扉を開けた部屋から飛び出したのは肌が焼けるような熱風だ。それだけで全身ずぶ濡れだった小槻教授の服は乾くが、
「おわぁーーー。火事ぃだーーーー」
 今度は部屋の中が火の海だった。小槻教授は焦りまくった声で叫びながらドアを閉めた。爆ぜる炎の火の粉はまるで生きているかのように閉まるドアの隙間から小槻教授の黒々とした豊かな頭の毛に舞い飛ぶ。
 イヴはわざとらしくにこりと笑いながら、
「あら、なんか焦げ臭くありません、小槻教授?」
「あら、ほんと。焦げ臭いですわね。まるで何かの化学繊維が燃えているみたい」
 しらじらしく真も笑いを堪えながらそれに同調する。
「焦げ臭い? それよりも私はなんだか頭が熱いよ」
 その場に腰が抜けたようにぐったりと座り込んでいた小槻教授は何気なしに頭に手をやった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やって、
「ぎゃぁーーーーー」
 悲鳴をあげた。なんと彼の頭が燃えているのだ。
「まあ、大変。小槻教授の髪が燃えているわ。これはまた部屋のドアを開けねば」
「そうよ。イヴさん、早く」
 イヴはわざとらしく狼狽しまくった声をあげながら、部屋の扉を開けようとして、それを見た小槻教授は悲鳴をあげながら、手が焼けどするのもかまわずになんと燃える髪の毛を手で掴んだ。そう、彼はかつらだ。
「ま、待てぇ! 早まるな。もう頭は燃えておらん」
 燃えるかつらを放り投げて、小槻教授は叫んだが、イヴはにこりと笑って、
「水道管が破裂してるんですよね?」
「そうそう。小槻教授がそう言ってるんですから、きっと水がたくさん出るんだわ」
 と、ドアを開けた。
「ま、待てぇーーーー。水道管が破裂した部屋の後に部屋が燃えていただろぉぉぉーーーー」
 それはつまり部屋のドアを開けるたびに部屋の中が変わっていたことを認めたという説明で、そして、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 彼は大きく口を開けたまま固まった。
 迸る水は無かったが、しかし彼の体は濡れていく。べっとりと。
 空気が飽和しきれぬほどに満ちていく獣臭の中で真は、着物の袖で鼻と口を隠しながら、べとべとになっていく小槻教授をやはりけたけたと笑った。

【快楽の間】
「それでは、さっそく次の部屋に行きましょうか、小槻教授♪」
 お風呂上りさっぱりの小槻教授に、真は笑いを噛み殺しながら、手招きする。
「わ、わかっとる」
「次の部屋はこっちですわ」
 と、真が藤咲愛の担当する第三の部屋を紹介しようとした瞬間、
「ん? この歌は・・・」
 どこかからかとても綺麗な歌声が聴こえてきた。しかしそれはその透き通るような美しい声とは裏腹にとても哀しくなる歌詞で・・・。
「レクイエムね、これは」
 真は人差し指で前髪を掻きあげながら、言った。
 どうやら歌声は愛の部屋の2つ隣の部屋から聴こえてきている。
「この部屋からか?」
 小槻教授は部屋のドアに耳をあてながら、言った。
 と、その彼の声がドア越しに中に聞こえたのであろうその瞬間に、部屋の中から聴こえてきていた歌声が途切れた。
 がちゃりと部屋のドアが開く。
 中から出てきたのは同じく藍色の着物を着た妖艶な女であった。そして彼女を見た小槻教授はとても驚いた表情を浮かべる。
「き、君は藤咲君。いや、まさかと想っていたが、君かね」
「どうも小槻教授。お久しぶりです」
 小槻教授はそのブルドックによく似たいかつい顔に懐かしそうな笑みを浮かべた。
「中から歌が聴こえてきていたようだけど・・・」
 再会の喜びを妨げられた小槻教授はむぅっとこちらには愛想の欠片も無い表情を浮かべ、それに同じく両目を細めて不服げな表情を浮かべた真に、愛はにっこりとしかし、その赤い髪に縁取られた妖艶な美貌に陰のある表情を浮かべながら髪を耳の後ろに流した。
「まあ、ちょっとあったのよ」
 と、言って、そして彼女は訝しげに眉根を寄せる小槻教授ににこりと微笑む。
「小槻教授。実は次の部屋はあたしが担当する部屋なんですのよ」
「ほぉー、君がかね? この私のゼミでAAAの成績を前期・後期考査で続けて取得した君がいったいどんな物を見せてくれるのか実に楽しみだよ」
 真が片眉の端をあげたのはそう言われた愛がにんまりと今まで浮かべていた知的な表情から、女王の表情を浮かべたからだ。これが漫画なら彼女の赤い両目はきらりーんと光っているに違いない。
 そして彼女は何かを押さえているような声で囁きながら、
「あたしの部屋は見る、じゃなくって、体感する、って感じかしら〜、小槻教授ちゃん♪」
 にこりと笑うと、愛は着物の帯を外し始めた。これには真も驚いてしまう。
「な、なな」
 驚く小槻教授。だけど彼はそれ以上にあらわになっていく愛の白い肌やたわわな胸に興奮しだしたようだ。ごくりと生唾を飲み込む。
「い、いかんぞ、藤咲君。き、君は私の教え子だ。聖職たる教師という身分についている以上、元とはいえ教え子とそんな関係になどなるつもりはない」
 くるりと半ターンして、そう彼は毅然と言い切った。声は実に残念そうだが・・・いや、
「あー、でも、なんだ。君がどうしてもというのなら・・・私も男だから君に恥をかかせる訳にもいかないから・・・」
 真はその言いように呆れ、愛はくすりと笑う。
 同時に部屋に響いたぱしんと、鞭がしなる音。
 鞭がしなる音?
 小槻教授は不思議そうに振り返った。そして大きく顎を落とす。
「な、ななな、なんじゃその格好は?」
 肩にかかる赤い髪を後ろに払いながら、赤いルージュが塗られた唇を妖艶な舌使いでぺろりと舐めた愛は挑発的に逸らした美貌に営業用の女王様スマイルを浮かべる。
「お仕事の格好ですわ」
「お、お仕事ぉ?」
「そう、お仕事。あたし、藤咲愛は誰が呼んだか今では歌舞伎町にあるSMクラブ『DRAGO』のナンバー1女王様、ひと呼んで夜の赤い蝶。さあ、小槻教授。あんたの理論、正しいかどうか、この女王様がためしてやるから、こっちにおいで」
 完全に表情も口調も営業用に変えて、愛は今まで触れた事の無い世界にびびりまくる小槻教授の手を引っ張って、自分の部屋に連れ込んだ。楽しい事が大好きな真は別に何の抵抗も無く二人についていく。実に楽しそうに胸を期待と好奇心に躍らせて。
「な、なななななぁぁぁ」
 そこには今まで時折、バラエティー番組などで見るSMの道具が所狭しと置かれている。
「さあ、まずは木馬に乗りな」
 いつの間に履いたのか、愛にヒールの高い靴で尻を蹴られた小槻教授。真は自分の事の様に痛そうな顔をするが、しかし小槻教授はとても気持ち良さそうな表情を浮かべた。
「な、なぜかしら? あんなとても痛そうな物に乗せられて、しかも鞭であんなにばしばしと叩かれているのに???」
 真は両手で口元を隠しながら興味津々の表情で目の前で繰り広げられる愛と小槻教授の営みをきゃーきゃーと騒ぎながら観察する。
「女王様とお呼びぃぃーーーー」
 愛はサディスティックに笑いながら、鞭で叩き続ける。
 そしてすっかりと新たな快感に目覚めた小槻教授は、ロープで縛られ、正座した腿の上に重石を乗せられ、最後には自分からかつらを取って、剥げ頭に蝋燭を置いてもらった。
 すっかりと愛のSぶりにMに目覚めた小槻教授はメロメロだ。
 剥げ頭の頂点に蝋燭の蝋を垂らしながら、愛は囁く。
「小槻教授。このあたしの能力。わかってもらえたかしら?」
「あ、あああ。わかった。わかったから、今度は背中を鞭で叩きながら、ブタと罵って」
「女王様、お願いします。を忘れてるわ」
「じょ、女王様、お願いします」
 すっかりと下僕に成り下がった小槻教授に愛は満足そうに微笑みながらご自慢の鞭を振るった。
 そしてとてもイイ充実した笑みを浮かべながら愛は真を振り返り、鞭を差し出す。
「どう、あんたもやる?」
 もちろん、真は即行で頷く。
「あんたも好きね。真のそういうところ好きよ」
 そして、
「真様ぁとお呼びぃ♪」
 真は新たなスキルを学んだ。

【風の間】
「ささ、最後の部屋に行くわよ、小槻教授」
 真はにこりと笑いながら、そう言うがしかし、その青い色の瞳に宿る光はどこかものすごく挑戦的な光だった。
「ふ、ふむ。わかっておる」
 ぞんざいな声でそう答えた小槻教授はふんと鼻を鳴らして、足を前に動かそうとする。が、しかしどうしたことだろうか? まったく前に動かない。
「どうしたのかしら、小槻教授。ささ、早く行きましょうよ」
 振り返る真。
 小槻教授は「わかっとる」と叫ぶ。
 しかし内心、彼は狼狽しまくっていた。
 なぜなら一生懸命足を前に動かしているのにしかし、彼の身体は前には動かない。これではまるで・・・
「ルームランナーで走ってるようだ」
 彼はよく勤務している大学の体育館にあるトレーニングルームにあるルームランナーで走ってるのだが、一生懸命足を前に動かしているのにしかしまったく全然前に進まないこの感覚はまるでそれのようだと彼は想った。そして実はそれは正解なのだ。
 風祭真。彼女は風を操る。古神である彼女のおもてなしは実はもう始まってるのだ。教授の足下と廊下間にごくわずかな隙間を風で作り出し、ルームランナーのごとく歩いても歩いても前に進まない廊下を作り出しているのだ。
「小槻教授、いかがいたしました?」
 部屋の扉の前にまで行っていた真はわざわざ小槻教授の前まで戻ってきて、小首を傾げる。その時はもう腰を曲げてはあはあ肩を揺らして荒い息をついていた小槻教授は、生来の負けず嫌いと、こんなのは認めたくないという想いとで、顔をあげて、ふんと鼻を鳴らした。
「どうもしとらん。ただ、足の運動をしておっただけだ」
 そう言いながら彼は足を前に恐る恐る動かした。足を大きく前に踏み立たせて、そしてつま先を恐る恐る床につける。今度は前に進めた。
「どうしました? なんだかとても不思議そうな表情をしてますけど? まるで初めて火を見たブルドック・・・いや、違ったサルみたいに」
「ブ、ブルドックとは何だねぇ? ブルドックとはぁ?」
 怒鳴る小槻教授に真は苦笑いを浮かべながら、謝る。
「す、すみません」
 サルではなくブルドックに反応したところを見ると、どうも大学の出席表に彼の事をよく想っていない学生から担当教諭欄にブルドックとかと悪口を書かれたのかもしれない。小さな長方形の紙(大学の出席表)をくしゃくしゃに握り締めながら顔を屈辱に真っ赤に染めている彼を想像して、真はぷっと吹き出してしまった。
 むぅっと顔をしかめさせた彼は無視して、真はさっさっと行ってしまう。
「ささ、小槻教授。死界に繋がるかもしれない最後の部屋はここですよー♪」
 小槻教授はふんと鼻を鳴らして、手招きする真がいる部屋の前まで歩いていった。
「【風の間】か」
 小槻教授はにこにこと笑いながらなぜか扉から一歩横にどいた真になんの訝しみも持つ事無く、無造作に扉を開けた。転瞬、
「おわぁーーー」
 まるでストローでグラスの中身を吸い込むかのように彼の身体はものすごい勢いで部屋の中に吸い込まれんとする。
「な、なんじゃこれはぁーーーーー」
 小槻教授は本能で部屋の扉にしがみついた。もちろん、部屋の扉は閉まろうとするから、彼は短い足を懸命に伸ばして部屋の出入り口に足を引っ掛けなければならない。そうなると彼の体勢という奴は弓なりになる。ぐきぐきと彼の腰が鳴るが、しかし手を離せば、彼の身体は部屋の中心でぐるぐると回っている机や椅子、タンスにテレビといった物たちと同じ運命をたどることになるのだから、だから彼は体裁など気にせずに懸命に堪えた。
 そんな彼の様子を見ながら、真は形のいい口に軽く握り締めた拳をあててふむと頷く。
「あら、結構頑張るのねー。でもそろそろ扉にしがみつく手が疲れてきたんじゃないかしら? 足も腰も限界でしょうに」
 意地悪く笑いながら真は扉にしがみつく彼の指を一本一本剥がしていく。
「お、おわぁ、こら、やめろ。やめなさい」
 小槻教授が悲鳴をあげるも、真は聞く耳を持たない。ああ、哀れなり。小槻教授の手の指すべてが扉から離れた。
 彼の身体は部屋の中に吸い込まれる。
「ぎゃふん」
 真が部屋を覗くと、踏まれた雄豚そっくりの声をあげた小槻教授は畳の上に転がっていた。
 真が部屋に入ってくる。
 プライド高い小槻教授はいつまでもそんなみっともない姿を見せるなど我慢できない。何とか立ち上がろうとするが、しかし・・・
「どうしたんですか?」
 真がちょこんと小首を傾げる。
 小槻教授は、
「うっるさい」
 と、金切り声をあげる。
 そんな彼の顔には渋面が浮かんでいた。
 彼は自分の身に起こっていることがわからない。いったいどんな事が彼に起こっているのかと言うと、実は・・・
「ふふん。動く訳が無いわよね。だって私の調合した痺れ薬をたっぷりとそのお鼻から吸い込んでもらったんだから」
 くすくすと意地悪く笑う彼女は仕上げに、ぱちんと指を鳴らした。
 転瞬、彼が、
「ぎゃぁーーーー」
 と、悲鳴をあげたのは、依頼を受けた時に小槻教授に張りつけさせておいた風精霊たちにその時から今まで彼らが目撃した小槻教授の秘密を耳元で囁かせているからだ。
 人には絶対に知られたくない秘密を延々と風精霊たちに囁かれ続ける小槻教授はぼろぼと涙を零し、そんな彼を口元に軽く握った拳をあててくすくすと真は笑った。

【ラスト】
 結局、あやかし荘対小槻教授はお蔵入りになったそうだ。
 嬉璃は茶の間に彼の情けない姿が放送されなかった事にたいそう腹を立てたが、それぞれの部屋で彼をおもてなしした四人は大変楽しめたので、それでよかった。
 特に真は最初から教授が頑固に認めずとも、己が楽しければそれで良し、と想っていたので、心の奥底から満足であった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 
 1891 / 風祭・真 / 女性 / 987歳 / 『丼亭・花音』店長・古神


 2318 / モーリス・ラジアル / 男性 / 527歳 / ガードナー・医師・調和者

 

 1548 / イヴ・ソマリア / 女性 / 502歳 / アイドル歌手兼異世界調査員

 
 0830 / 藤咲・愛 / 女性 / 26歳 / 歌舞伎町の女王   


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、風祭真さま。
 今回担当させていただいたライターの草摩一護です。
 今年もよろしくお願いします。

 さてさて、今回のあやかし荘、初の集合型草摩作品だったのですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんでいただけていたら作者冥利に尽きるのですが。^^

 4つもトリックを提供してくださってありがとうございます。
 真らしい悪戯の数々で、面白かったです。
 廊下のルームランナーなんて、きっと小槻教授は訳がわからなくって、必要以上に体力を削がれたでしょうね。
 それに最後の風精霊たちの囁きは特に彼の残りの体力も心もすべてを奪ってしまったことでしょう。^^

 今回は集合型ノベルならではの楽しみもあるわけで、微妙に謎にしておいたエピソード・悪戯・なぞなぞの答えは他の方のノベルでわかるようにしてありますので、また他の方のノベルでも楽しんでいただけたら幸いです。^^

 それでは今回も本当にありがとうございました。
 またよろしければ書かせてください。
 失礼します。