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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


闇色の箱(事件編)
「あら……?」
 怪奇関係では中堅どころの雑誌である月刊アトラスの編集部には、毎日のように怪文書や脅迫状の類が山のように舞いこんで来る。
 封書以外にも、箱でなにかを送りつけてくる人間も少なくはないのだが、今日、碇麗香のもとへ届いたその箱は、随分と毛色が違っていた。
 なにしろ、10センチ四方の立方体の形をした箱は、送り状の部分以外、すべてが真っ黒だったのだ。
 箱の外側だけではなく、ご丁寧に梱包用のテープまで真っ黒のものを使っているようだ。
「何かしら……。さんしたくん、ちょっと、これ、中身の確認お願い」
 どうせ、動物の死骸だとか生ゴミだとか、ろくでもないものが入っているだろうことは予想がついていたが、そのまま捨ててしまうわけにもいかない。たまに、こういった奇妙な郵便物が面白い記事になることだってあるからだ。
「でも、なんか、これ、不気味じゃありませんか?」
 箱を渡された三下忠雄は、なにか恐ろしいものでも見るように箱を眺めている。
「さんしたくん、私は忙しいの。あなた、暇でしょう? それくらいの雑用、やりなさい」
「……は、はいぃ」
 麗香にきつく命じられ、三下は情けない声を出す。
 そうして、がっくりと肩を落として自分のデスクに戻ると、びくびくしながらテープをはがして、箱を開ける。
「……ぅわっ!」
 その瞬間、ただごととは思えない悲鳴と、爆発音が編集部内に響きわたる。
「さんしたくん!?」
 麗香はあわてて顔を上げた。
 見ると、三下が床に倒れている。その上に、ひらりひらりと少し焦げた書類が舞い降りる。
「なにがあったの!?」
 予想がつかないでもなかったが、麗香は三下の近くのデスクで仕事をしていた社員に訊ねた。
「……なんか、三下さんが箱を開けた瞬間に、爆発して……威力は対したこと、ないみたいなんですけど……三下さん、直撃だったから……」
「そんな……。さんしたくん、さんしたくん! 大丈夫!? 誰か救急車を呼びなさい!」
 編集部中に響きわたるほどの大声で叫びながら、麗香は床に倒れている三下のもとへ駆けよった。

「誰が……こんな、ひどいこと……」
 担架に載せられて運ばれていく三下を見ながら、秋元柚木は怒りに声を震わせた。
 親しいわけではないものの、柚木も三下とは多少の面識はある。あんなにもおっとりとした、無能なところ以外になにか欠点のあるわけでもない三下を、こんなふうにひどいめに遭わせるだなんて。
 三下のデスクはひどいありさまだった。
 置いてあった書類は焦げ、文房具が床に散乱している。そして、その間に、点々と散らばる血痕。
 爆発があったにしては、被害は少ない方かもしれない。
 けれども、柚木にはどうしても、犯人を許せそうになかった。必ず、この手で犯人を見つけだそう。柚木はそう決意する。
 麗香につきそわれ、三下が搬出されていくのを見届けたあとで、柚木は三下のデスクへと歩み寄った。
 本当は触ってはいけないのだろうけれど、手がかりが残っているかもしれない。
 あまりものを動かさないように見ていると、書類の下になにかカードのようなものが見えた。
「……なんだろう?」
 柚木は書類の下からカードを抜き取った。
 そのカードは真っ黒で、白抜き文字で「誅」とだけ書かれていた。端の方がかなり焦げているところを見ると、どうやら、これは爆発物の中に同封されていたものらしい。
 しばし考えた末、柚木はそれをポケットにしまった。
 ドキドキしながら、柚木はその場をあとにしようとする。
「……待って」
 そんな柚木の肩を、誰かがつかんだ。
 振り返ると、地味なスーツ姿の髪の長い女性が立っていた。確か、先ほど、救急車を呼んでいた女性だ。
「あなた、今、なにかそこから取らなかった?」
 声をひそめて訊ねられ、柚木は答えに窮した。
 今、正直に答えたとしたら――戻すように言われるのではないだろうか。そう思ったのだ。
「大丈夫よ、誰にも言わないから。……とりあえずは、ここから出ましょう?」
 にこりと笑って、女性が柚木の腕を引く。柚木はなかば引きずられるように、編集部から連れ出された。

「私は真神毛利。あなたは?」
「秋元柚木、です」
 目の前の少女は、どうやらかなり緊張しているようだ。無理もない。まだ高校生くらいだろうに、あんな事件を目撃し、なおかつ、見知らぬ女に連れられて歩いているのだから――これで、緊張するなという方が難しい。
「あの……どこに行くんですか?」
 柚木が不安げに首を傾げる。
「三下さんの搬送された病院ね。この近くの病院に行くって、さっき救急隊員の人が言ってたから」
「……三下さん、大丈夫なんでしょうか」
 毛利の言葉を聞き、柚木がうなだれる。毛利は柚木の頭をそっとなでてやった。
「きっと、大丈夫よ」
 根拠などなかったが、毛利はあえてそう言った。それを聞いた柚木は顔を上げて、まっすぐに毛利を見た。
「……どうして、私を編集部から連れ出したんですか?」
「どうしてって……三下さんのお見舞いに」
「違いますよね。『今、なにかそこから取らなかった?』って言ってましたもん」
「……うーん。そうだな、なにか悪いことをしようとしているようには見えなかったから、かな」
 あごに手を当て、毛利は答えた。
 柚木はたしかに思いつめたような顔をしていたけれど、なにか証拠を隠滅しようとしているとか、そういうふうには見えなかった。だから、きっと自分で事件の調査をしようと思っているのだろうなと思い、編集部から連れ出したのだ。
 あのまま編集部にいたら警察が来るだろうし、そのときに証拠品のようなものを持っていたとしたら、きっと面倒なことになっていただろう。
「私、三下さんをあんな目に遭わせた犯人を捕まえたいんです。あんなの……ひどすぎます!」
「あなたがひとりで?」
 柚木の返答を聞いて、毛利は目をまるくした。
 こんな小柄な、どう見ても普通の女の子にしか見えない柚木が――爆弾を送りつけてくるような相手を、本当にひとりで捕まえるつもりなのだろうか?
「だって……三下さん、なにも悪いことしてないのに、かわいそうです」
「それは確かに……」
 三下は確かに、悪い人間ではない。爆弾を送りつけられなければならないようなことをしそうにはおおよそ見えない。
「そうね、だったら私もつきあうわ」
「え!? いいんですか?」
「私も三下さんとは顔見知りだしね。あんなところに居合わせちゃったら、やっぱり、気になるし……」
「なんだか、心強いです」
「そう? 女二人でどこまでできるかわからないけど、がんばりましょうか」
「はい!」
 毛利が微笑むと、柚木がうなずく。
「じゃあ、まずは三下さんの搬送された病院に行きましょうか」
 毛利は柚木の手を握って、足を早めた。

 三下の傷はどうやら、大したことはなかったらしい。
 柚木と毛利が着いた頃には、三下は目を覚ましていて、麗香は既にアトラス編集部へと帰ってしまっていた。
「幸い、ケガは大したこともなくって……一応、念のために2,3日入院することにはなったんですけど、大丈夫です。ありがとうございます」
 三下はふたりを見つけると、申しわけなさそうに頭を下げる。
 だが、本人がいくら平気だと言っていても、頬に当てられたガーゼや頭に巻かれた包帯が痛々しい。
「本当に大丈夫なんですか?」
 柚木はそっと三下の手を取った。柚木は少しではあるが、そばにいる人間の治癒能力を高めることができるのだ。
 気休めにしかならないかもしれないが、それでも、なにもしないよりはマシだった。
「あ、あの……」
 三下が困ったような顔で柚木を見る。
「私、そばにいる人の治癒能力をちょっとだけ高められるんです。だから、こうしたら治りが早くなるかなって思うんです」
「そ……そうなんですか。でもその、なんか、照れますね、これ」
「……だったら、こっちの方がいいかしら?」
 くす、と笑って、毛利が炎のともった指先を三下に近づける。
「な、なにを……! あつっ……って、あれ、熱くないんですね……?」
「ええ、熱くないわよ。この炎、浄化作用があるから……ちょっとしたケガなら治っちゃうわ」
「そうなんですね。うーん……でも、なんか、見た目がコワいので遠慮しておきます」
「あら、そう?」
 首を振る三下に、指先の炎を消しながら毛利が微笑んだ。
「あの、それより、ちょっと頼みたいことがあるんですけど」
「頼みたいこと、ですか?」
 三下の手を握ったままで、柚木は首を傾げた。
「ええ。実は、今日までに仕上げないといけない記事があって……幸い、データの入ったフロッピーは無事だったので、これを編集部まで届けてほしいんです」
「それくらいだったらおやすい御用よ。でも、こんなときまで仕事のこと考えてるなんて、熱心なのね」
「……せめて記事くらい出さないと、あとでどやされそうな気がして……フロッピーはそこにありますから」
 さすがに麗香もそこまではしないのではないだろうか、とは思ったものの、柚木は黙っておくことにした。柚木はケースに入ったフロッピーを受け取り、ポケットにしまう。
「私、がんばりますね。三下さんもゆっくり休んでください」
「……お手数かけます。すみません」
 笑顔で言った柚木に、三下がへこりと頭を下げた。

「あら、どうしたの?」
 毛利と柚木が訪ねていくと、麗香は顔を上げて目をしばたたかせた。
 先ほどパニックに陥っていた人間とは別人なのではないだろうか、というほどの落ち着きぶりだ。毛利はなんだか、三下がかわいそうになった。
 もっとも、平然としているのは麗香だけではない。警察の人間らしき人間が三下のデスクの周りに黄色いテープを貼って色々と調べたり、メモ帳片手に編集部の人間に声をかけていたりすることをのぞけば、編集部はほとんどいつも通りの様子だった。
「三下さんから、これ、預かってきたんです。今日までに上げないといけない記事のデータが入ってるそうです」
 柚木がはきはきと答えて、麗香にフロッピーを差し出す。
「……ああ。そういえば、そうだったわね」
 やや考え込むような仕種をしたあとで、麗香がぽんと手を打った。どうやら、本当に忘れていたらしい。
 もしかしたら、意外にショックを受けているのかもしれない。
「ありがとう、助かったわ」
「いえ、そんな……。あの、犯人とかって見つかったんですか?」
「全然ね。……まったく、うちにどんな恨みがあるのか知らないけど、困ったものだわ」
 麗香がため息をつく。
「なんだか、そんなに困ってなさそうね」
 だが、その様子はさほど困っているようには見えない。
「ここまでひどいのは初めてだけど、わりと日常茶飯事でもあるから……仕方ないわね」
「……仕方ない、って。なんだか、納得いかないです」
 柚木が顔をゆがめる。毛利は柚木の頭を、そっとなでてやった。
 柚木の気持ちもわからないでもないが、毛利には麗香の言うこともわかるのだ。
 化粧品メーカーで働き、副業としてメイクアップアーティストをしている毛利だったが、やはり、言いがかりとしか思えないような文句をつけてくる人間というのは存在する。いやがらせのようなことをされたことも一度ではない。それをいちいち気に病んでいては、仕事にならないのだ。
「まあ……」
 今にも抗議をはじめんばかりの柚木をたしなめようと毛利が口を開きかけたそのとき、
「あの、すみません」
 と入り口の方から声がかかった。
 毛利が振り返ると、黒いローブ姿の少年が、カバンの中からなにかを出そうとしている。
「アトラス編集部に届けてほしいって、そこで頼まれたんですけど……」
 そして少年が取り出したのは、毛利にも見おぼえのある黒い箱――
「それは……!」
 麗香が声を上げる。少年はきょとんと首を傾げ、目をぱちくりさせる。
「危ないっ!」
 気づけば毛利は駆け出していた。
 毛利は炎を操ることができる。自ら生み出した炎をまとえば、あの程度の威力の爆発ならば、無傷でいられる自信があった。
「危ないって……?」
 きょとんとしたままの少年から毛利が箱を奪い取るのと、箱が爆発するのとは、ほぼ同時だった。

《解決編へ続く》

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1932 / 秋元・柚木 / 女性 / 16歳 / 高校生】
【2565 / 真神・毛利 / 女性 / 26歳 / OL兼メイクアップアーティスト】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、発注ありがとうございます。今回、執筆の方を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹と申します。
 真神さんはまだノベル商品をお持ちでないようでしたので、自分が初ノベルか〜、と、書いていて緊張してしまいました。
 バストアップの印象やキャラクターシートに書かれていた情報から、明るい美人さんなのかな、と思いましたのでそのように書かせていただいたのですが、いかがでしたでしょうか。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 今回ご参加いただきました「闇色の箱」は事件編と解決編にわかれておりますので、もしよろしかったら、解決編の方にもご参加いただければ大変嬉しく思います。
 ご意見・ご感想・リクエストなどございましたら、お寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。