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<東京怪談ノベル(シングル)>


緋色の夢

――お願いですから早く成仏してください……

思うことはいつも、同じ。
夢の中で思いながら、願いながら――いつも唱える言葉。

どうか、どうか早く――
私に、何故このような夢を見せるのか、その理由さえも……解らないのに。


             +++

里谷・夜子の中には、自分自身ともう一人の誰かが幼い頃から居る。
――いいや、誰かと言うのは正しくない。
夜子の先祖の紅姫(こうき)――遠い遠い昔の、夜子は逢ったこともない人物だ。

だが毎夜毎夜、彼女は夢の中にあらわれては夜子に言い聞かせる。

『今度こそは――』

(何が?)

『護らなくては、護れなかった者の為』

(――どうして?)

何故、と思う。
どうして、と問う。
後悔の念で一杯の彼女に色々と話し掛けてもみるけれど。

それでも答えが返ることはなく、また話してくれることもない。
毎夜、毎夜繰り返されるイタチごっこ。

そして紅姫は少しずつ、夜子の中に入って行く。
まるでゆっくり溶け込もうとするかのように、まるで夜子が紅姫のように。

自分ではない、自分。
もし自分が――意識の無い時に紅姫に乗っ取られていて。

――……誰かを怪我でもさせていたら。

黒目がちの濡れたような瞳を数度、瞬かせながらぶるりと夜子は震えた。

寒さのためではなく恐怖のため、だけに。

(……自分が自分でなくなること、それが凄く――)

『怖い』

もし――、
もしかしたら――想像だけではなくて実際に起こっていることならば、尚更に。

身を護る術が欲しかった。
けれど、それを知ろうとするには、夜子はまだ小さく、そして――幼かった。



             +++


『なんちゅーか…夜子は、いつも血色の悪い顔をしておるなぁ……』
『そうですか?』
『おお、儂の知り合いの道場の子供たちはな、夜子くらいの年の子が大勢居るが――そりゃまあ元気なものだぞ?』

大好きな祖父との会話。
夜子があまりに顔色が良くないからと心配し、心身のためにと両親に剣道をやらせてみてはどうかと勧めてくれたのも祖父だった。

『剣道はな、心身――いいや心は勿論だが身体を、何よりもまっすぐにしてくれる。俯いて歩くより、前を向いて歩こうとして背筋が伸びる』
『俯いて……』
『そう。夜子は俯くことが多い。それでは己の心にも勝てまい』

ぐっと夜子は言葉に詰まる。
確かに、いつも悩んでばかりで流されそうになる自分を嫌だ、嫌だと思っていてもどうする事も出来ないままで日々が過ぎる。
夜毎の紅姫とのやり取りにさえ疲れ果てていた。
日々重なっていく同一化にさえ、時折抗えないで委ねてしまいそうになるのだから。

(…おじい様の言うとおりだわ…私も、少しでも前を向いて行かなくては)

『そう――ですね、私、剣道始めてみます。おじい様』
『うむ。何事も始めてみなくてはな。今度、逢うときにはもう少し顔色が良くなっているといいが』
『……はい』

困ったような微笑を浮かべながら、夜子は頷いた。

……そして、剣道を始めたのが十一の頃。
その時には、まだ予想さえもしていなかった―ー

その、一年後には。

優しい両親が自分の前から居なくなってしまう、なんて。

――死んだのだ、両親もろとも。

引き取ってくれたのは、祖父だけだった。
親戚も誰も、夜子を見てはくれなかった……理由は――紅姫。

そして、それは幼い頃から想像していたことが現実となった瞬間でもあった。
誰かを襲いたくもないのに、夜子本人の悲しみは深く、彼女自身の内部に棲む紅姫とシンクロし……暴走に暴走を重ね……。

そんな夜子を祖父だけが不憫に思い心配し、引き取ってくれた。
何度も何度も頭を撫ぜ、落ち着くように心を砕いてもくれた。

『夜子はな、多分……ウチの能力を色濃く継ぎ過ぎたんじゃな』
『能力……?』
『巫女の能力、じゃな。里谷の女子には、少なからず受け継がれる力でもあるが……だから』

そうなってしまう事に夜子本人は選べなかったのだから思い悩むことも無い。
第一――、この能力は日常に何の意味も見出せん。
忘れて日常を過ごし、その中で封じてしまうと良い。

祖父の言葉に夜子は目を見開いた。
一瞬、目の水分が飛んでしまうのではないかと思うほど空気が目に染みていく。

自分の中の能力と紅姫の『力』。
確かに―何の役にも立ちはしない……日常には。

(けれども…おじい様………?)

声が聞こえるのを、常に重なっていく彼女を、どう封じていけばいいというのだろう。
それでも、祖父は「思い悩むことは無い」と言ってくれるのだろうか……?

だが、少しだけ解った事もある。

自分の中に紅姫が居ると言うこと。
日に日に重なり続ける緋色の夢があると言うこと。
それら全ては自分自身に起こりつつある、と言う事と――自分を出来うる限り、強く、強く持たねばいけないということ。

持ってしまった能力は、消せない。
自分の中に流れる血液を全て流し、変えてしまうのと同じくらいに不可能なことだと解る……から。

(だから、どうか……)

そっと、夜子は自分の中に居る彼女に言葉を投げかける。

『お願いですから――出来るだけ、出来るだけ、早く――』

思い悩むことなく―紅姫に、何時の日にか成仏して欲しい。

護りきれないままに後悔で心が一杯になるのは――夜子自身も同じなのだから。





―End―