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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


想いは流れて<喜びの形へ>

 アイルランドで迎える何度目かの朝が来る。セレスティ・カーニンガムとヴィヴィアン・マッカランは互いに向きあって朝食を取るのが、もはや習慣にさえなっていた。
「セレ様、今日も美味しいですっ!」
 ヴィヴィアンはそう言って大きな赤い目を、更に大きくする。今日の朝食は、焼きたてのライ麦パンに、ベーコンエッグ、サラダ、スープ、そして紅茶。
「それは良かったです」
 青い目を細めながら、セレスティは紅茶を口元に持っていく。
「あーもう、幸せですっ!毎朝毎朝セレ様と一緒にご飯を食べられて。しかも、これが普通になっているんだしぃ」
 きゃ、と頬を赤らめながらヴィヴィアンは手を頬に当てる。セレスティは静かにその様子を見て微笑む。それを見て、ヴィヴィアンははっとしてセレスティをちらりと上目遣いに見る。
「セレ様、呆れてらっしゃいます?」
「どうしてですか?」
「だって……あたし、一人ではしゃいでしまって」
 小さく口を尖らせ、ヴィヴィアンは言う。腰まである銀の髪が、その拍子にはらりと揺れる。
「そんな事ありませんよ」
「そんな事ないですぅ。セレ様はいつでも落ち着いているんですもん」
「そうですか?」
「そうですっ!」
 セレスティは持っていた紅茶をソーサーの上に置き、悪戯っぽく微笑む。
「案外、私の方がはしゃいでいるかもしれませんよ?」
 一瞬ヴィヴィアンはきょとんとし、それから大声で笑う。
「まさか、セレ様に限って!」
「意外ですか?」
「意外ですぅ!……あ、でも」
 ヴィヴィアンは悪戯っぽく微笑む。
「勿論、もしそうであってもそんなセレ様も素敵な事は間違いないんですけどっ」
 今度はセレスティが笑い出す番だった。敵わない、と心の奥底から実感する。
「あー!笑いましたねぇ?でも、本当の本当なんですよぅ?」
 ヴィヴィアンの言葉に、セレスティは再び笑う。今度は幾分か抑えたような笑みを。
「そんな事を言われたら、私も言わざるを得ないじゃありませんか」
「え?何をですか?」
 再びヴィヴィアンはきょとんとし、首を傾げる。
「ヴィヴィも、はしゃいでいようがどうであろうが、可愛らしいと」
 セレスティの言葉に、ヴィヴィアンは一瞬止まる。それからじわじわと顔を赤らめて行き「や、やだ!」と言いながら手をぱたぱたと振る。
「そんな事仰られたら、あたし、どうしていいか、わかんないじゃないですか!」
 ヴィヴィアンはそう言って、手元に置いてある紅茶をごくっと飲み干す。何回か深呼吸をし、まだ赤い顔のままセレスティを見つめる。
「勿論、そう言う風に仰ってくれるセレ様も素敵なんですけどぉ」
 セレスティは再び微笑む。本当に敵わない、と心の中で小さく呟く。
 大方食べ終わると、デザートのヨーグルトが出てきた。中に様々なフルーツを入れている、ほんのりと甘いヨーグルトだ。
「ヴィヴィ、本当に残念なんですけど」
「な、なんですか?」
 畏まって言うセレスティに、ヴィヴィアンは口に運んでいたヨーグルトの手を置き、改まる。
「実は、日本に帰らなければいけない日が近付いていまして」
「……ええー」
 明らかに嫌そうな顔をし、ヴィヴィアンは言った。
「折角、セレ様と毎朝むしろ毎食一緒にご飯が習慣みたいになってきたのに」
「すいません。ですけど……」
「分かってます。日本に帰らないといけないんですよね。あたし、そこまで無分別じゃないしぃ……」
 ヴィヴィアンは不満そうだった顔を鎮め、微笑む。
「じゃあ、セレ様。お土産を買いましょう。皆に、あたし達に」
「お土産、ですか?」
「そうです!日本には、旅行に行くとお土産というプレゼントを買って帰る風習があるみたいなんです」
「旅行に行ってない方達への、おすそ分けみたいな感じでしょうか?」
「そう、まさにそうです!」
「なるほど、それで皆にお土産を。……ですが、自分にお土産ですか?」
「そうですっ!あたしは特に、何か買わないといけないんですっ」
「ヴィヴィは特に?」
「ええ!」
 セレスティは不思議そうに首を傾げる。ヴィヴィアンは少し照れ、それからヨーグルトを一口食べてから口を開く。
「そうしたら、そのお土産を見るたびにセレ様と一緒にいたって言う事を思い出せるでしょう?一緒にいた事が本当なんだって思えるでしょう?」
 夢のような時間だったけれども、それは夢の話ではなく実際にあった事なのだという証明。それをヴィヴィアンは欲しいのだ。
(それならば、確かに自分にもお土産がいりますね)
 セレスティはそう考えて小さく微笑み、ヴィヴィアンに向き直る。
「分かりました。今日はお土産を買いに行きましょう」
「はいっ!」
 ヴィヴィアンはにっこりと笑い、それからヨーグルトに再び取り掛かった。セレスティはその様子を微笑みながら見つめ、紅茶のカップを再び手にするのだった。


 食事の後身支度し、セレスティとヴィヴィアンはショッピング街に赴いた。様々な種類の店が所狭しと並んでいる。
「セレ様、あれなんてどうですか?」
 ヴィヴィアンは洋菓子の店を指差し、目を輝かせた。
「あれは……日本に到着するまでに痛みそうですよ?」
「……ですよねぇ」
 ヴィヴィアンはそう言って、小さく笑った。
「では、今日家に帰った時のお茶請けにしましょうか」
「はいっ!」
 洋菓子の店で、今日のお茶請けとなるケーキを選ぶ。ケーキの箱を手にし、ヴィヴィアンは小さく照れる。
「あたし、どうしても目の前のものに目がいっちゃうんですよねぇ」
「でも、ヴィヴィ。食べ物のお土産というのは良いかもしれませんよ」
「そうですか?」
「ええ。多少、大人数になったとしても、融通がききますから」
 ヴィヴィアンは「ああ」と納得したように頷く。
「そうですね。人数分買ったと思っても、一人だけ足りなかったりするといけないですもんねぇ」
「ええ。……このチョコレートとか、美味しそうですね」
「チョコレート?……本当ですね!美味しそう」
 じっと見つめ、にこ、とヴィヴィアンは笑う。セレスティは小さく微笑み、チョコレートの一番大きな箱を5つ、そして中くらいの箱を一つ買う。
「これも、お茶請けに出しましょうか」
「ええ?チョコレートも出しちゃうんですか?……贅沢ですっ」
 贅沢、と言いつつも、顔は綻んでいる。セレスティはチョコレートを買った事に、妙に誇らしさを覚えた。
「セレ様、少しお休みしませんか?」
 少し歩いた所で、ヴィヴィアンが提案した。お土産に買った袋は、ここまで運転してくれた運転手に手渡しているので、お土産の袋が重くて言い出したというわけでは無さそうだった。セレスティが不思議そうにヴィヴィアンを見ると、ヴィヴィアンは心配そうにちらりとセレスティの杖を見ている。
(ああ……私の足を、心配してくれているんですね)
 胸の奥が、熱くなる。
「私なら、大丈夫ですよ」
「そうですか?……ええと、でも、あたしが疲れたんですっ!」
 ヴィヴィアンはそう言い、顔を赤らめた。それでも、目線はセレスティの杖にある。恐らくは、セレスティに気を遣わせまいとしているのであろう。
(では、お言葉に甘えましょうか)
 セレスティは小さく微笑み、そっとヴィヴィアンの手を取った。ヴィヴィアンの顔が更に赤くなる。
「では、そこのカフェに入りませんか?私も、少し疲れましたし」
 セレスティの言葉に、ヴィヴィアンは小さく安心したように微笑んだ。セレスティに無理をして欲しくなかったのであろう。
 カフェの席につき、セレスティは紅茶を、ヴィヴィアンは紅茶とケーキを注文する。
「ねぇ、セレ様。あたし達、紅茶を良く飲むと思いません?」
「そう言えば……そうですね」
「ずっとずっとこうして、一緒に紅茶を飲めたら良いな……なんて!」
 ヴィヴィアンはそう言って、手を頬に当てた。「きゃ」と小さく言いながら。それを見て、セレスティはふと思う。
(ずっと、一緒に)
 不思議な言葉だった。ずっと一緒にいられないかもしれないし、いられるかもしれない。だが、今一緒にいたいと思っている。願わずにはいられないと言わんばかりに。
(一緒に)
 セレスティは小さく微笑んだ。ヴィヴィアンも微笑む。ゆったりとした時間を過ごしながら。

 カフェを出ると、ヴィヴィアンは突如目の前のショウウインドウに駆け寄った。ウインドウにじっとしがみ付き、何かを見つめている。
「どうしました?ヴィヴィ」
「セレ様……あれ」
 ヴィヴィアンが指し示したのは、小さな花柄の描かれているティーセットだった。赤い花と青い花の描かれた二つのティーカップと、その二つの花が描かれているティーポット。
「これにしませんか?」
 ヴィヴィアンが上目遣いにセレスティを見つめる。セレスティは微笑みながら頷く。
「じゃあ、これで日本に帰ってもずっと一緒に紅茶を飲めますね!」
(ずっと、一緒に)
 再び出てきた言葉に、思わずセレスティは微笑んだ。このお揃いのティーカップで、一緒に紅茶を飲む。今過ごしている時間が過去の話になってしまった時でも、お揃いのティーカップで、今と同じように紅茶を飲む。
(繋がっていくようですね)
 延々と繋がっている、メビウスの輪のように。全てが繋がり、その全てが続いている。
 終わりの無い、輪廻。
「セレ様、素敵ですね。これでずっと、紅茶を飲むんですね」
「そうですね」
「そして、一緒に使うんですよね。一緒の時間に、一緒の物を使うんですよね」
「ええ」
「素敵ですねっ!」
 ヴィヴィアンはそう言って、心の底から嬉しそうに笑った。セレスティも思わず微笑む。この瞬間の幸せを、離してしまわぬように。

 再びセレスティの家に戻ろうと車に乗り込もうとし、セレスティは「あ」と小さく呟いた。
「どうしました?セレ様」
「すいません。買い忘れを見つけましたので、少し待っていてくれますか?」
「あたしも一緒に行っちゃ駄目ですか?」
 既に車に乗り込んでしまっているヴィヴィアンが、車から出ようと体を動かす。セレスティはそれをやんわりと牽制する。
「大丈夫です。すぐそこですし、ほんの少しの時間ですから」
 セレスティはそう言って笑うと、再びショッピング街に足を踏み入れる。そして、アンティークの店に入っていった。
(ヴィヴィにも、何かをお土産として差し上げたいですからね)
 手軽に身に付けられるような、カジュアルなアクセサリーとか……と小さく心の中で付け加える。店内をぐるりと見渡し、ふと一つの指輪に目が行く。
(これは……まるでヴィヴィのような)
 赤いルビーのついた、指輪だった。まるでルビーから生えているかのように、立体的な銀の羽がついている。燃えるような赤の石、ヴィヴィアンの目のような赤。
 セレスティは少しも迷わず、その指輪を買った。綺麗に包装してもらうと、それをコートのポケットに入れる。そして、何事も無かったかのように車へと帰っていくのだった。


 帰りのチャーター機の中、何となくヴィヴィアンは寂しそうにしていた。日本に帰るのが嫌なのではなく、今までの出来事が思い出というものに変わるのが寂しいのであろう。
「ヴィヴィ」
 セレスティが呼ぶと、ヴィヴィアンははっとして目をセレスティに向けて苦笑した。
「何だか、ぼーっとしてました」
 セレスティはそっと微笑み、綺麗に包装された小さな箱を取り出す。
「ヴィヴィ、これを」
 ヴィヴィアンは首を傾げつつ受け取り、そっと包みを開けた。中から現れたのは、羽の生えたルビーの指輪。
「セレ様……」
「気に入っていただけると、嬉しいんですけど」
 ヴィヴィアンはそっと指輪を手に取り、指に嵌めて笑った。言葉も出ないというように、ただただ指輪を嵌めた手でセレスティの手を握り締める。
「セレ様……セレ様……!あたし、あたし幸せです!」
 感激した様子のヴィヴィアンに、セレスティはほっとして微笑んだ。ヴィヴィアンの指に当然の如く嵌められている指輪を見ながら。
「あたし、もう絶対忘れません!忘れられないですもん!」
 ヴィヴィアンは力強く言った。セレスティはヴィヴィアンの手を握られていない方の手でそっと包み込んで微笑んだ。
「私もですよ」
 チャーター機がゆっくりと下降し始めた。日本に再び降り立つ為に。


 熱を帯びたこの想いは、ゆるやかな流れの中でゆっくりとその熱を増していく。それは決して不愉快な事ではない。寧ろ心地よく体中を駆け抜けていく。ゆっくりと、だが確かに。

<流れの中で熱を帯びて形となり・了>