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白色の色紙:菫原
------<オープニング>--------------------------------------
「EUREKA」のドアに掛けられた「準備中」の文字。
それが外される時が、きた。
代わりにドアに掛けられたボード。
そこに踊る言葉は――『花の中の男』
今回のD.Dのことである。
店内に入ったセレスティを歓迎したのは、一人の女性――未来。
未来はソファーに座ったままセレスティへ向かって会釈をすると、抑えた声で色紙を読み始めた。
「今回のD.Dは宮田豊:二十九歳:男性です。これから内容を読みます。以下の文はこの男性から見た、夢の世界の様子です」
春の終わり。私は花を育てている。原っぱ一体が菫のかたまりで、私はその中の一輪だけ大切に育てているのである。幸い、陽は照っていた。(中略)
だがジョウロはあるのに肝心の水がないことに気付いた。このままでは花が枯れてしまう。水がないのに花を育てることは出来るのか。
…………………………。
私は腕から何かが垂れているのに気が付いた。赤い液体――血じゃないか!
身体中から流れていく血液――そんな馬鹿な、(急に字が乱れ始める)
お、俺は何処にも怪我なんてしていない、助けてくれ!(文字が薄くなりここから二行は判別不能)
気付いた時にはもう遅かった。泡だった石鹸のように私の身体は消え、菫は満足そうに葉で茎を押さえているのである。――そう、こいつは私を吸収してから動けるようになったのだ。朝なんて、健康維持のつもりか原っぱを走りやがる。
私は今や菫の茎の中にいる。誰か、通りかからないものか。
「――色紙に書いてあることは以上です。これは、自分の人生と全く繋がりがない夢を見ている例になるでしょう。気軽なタイプかもしれません」
未来はテーブルに被せていた黒い布を取り払った。
現れたのは――マッチ、水の入ったジョウロ、大・中・小のスコップ、懐中電灯。
「ここにある道具は何でも持っていってかまいません。勿論持参されてもかまいませんし、無理に持っていく必要もありません。私から話すことは以上です」
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話し終えて黙りこくっている未来。テーブルに置かれた品々。
セレスティはそれらを眺めて、思考を巡らせるように目を細めた。
(そうですね)
マッチ、水の入ったジョウロ、スコップ、懐中電灯――。
(水の入ったジョウロは、必要ないでしょう)
自らの能力でどうとでもなる物を手にする必要はないですから。
(その考えでいけばスコップもいらなくなりますね)
いざとなれば水の勢いで地面に穴を開ければ済むことですしね。
(懐中電灯は――)
一度手に取り、避けるようにテーブルの端へ置いた。
(強い光は好みませんから)
残ったのはマッチ。
(火は、あった方が便利でしょうね)
――持って行きましょうか。
「宜しいですか?」
「ええ」
「それでは」
未来は白色の色紙を両手に収めると、力を込めて握り潰した。
手の間から白い光が洪水のように溢れ――。
現れたのは白の世界。
「菫だらけねぇ」
シュライン・エマが呟いた。その手には水の入った半透明の容器が握られている。
(シュラインさんが選んだのはジョウロなのですね)
ジョウロを選んだのはシュラインだけではない。ショートカットの細身の女性――綾和泉汐耶もジョウロを手にしていた。
逆に、手ぶらで来ている人もいる。モーリス・ラジアルだ。偶然別々にEUREKAを訪れたために気付かなかったが、セレスティがよく知っている人物でもある。
(道具を選ばなかったあたりが、彼らしいですね)
気軽な気分で来たのだろう。モーリスの心の一端が見えた気がして、セレスティは淡く微笑んだ。
それにしても……。
セレスティは景色に目を向ける。
シュラインの言う通り、確かに一面菫だらけだ。といっても、はっきりとはわからない。セレスティの目には、パステルで色をつけたような紫がぼんやりと見えているだけだ。通常、菫の花畑など見ることはないだけに、珍しい色の群れではある。
(夢特有ですね)
けれどこれでは菫を特定しにくい。
「どれが問題の菫なのかしら」
汐耶の言葉に表れているように、周りの人間にも区別がつかないようだ。
(どうしましょうか)
判りやすい特徴があれば良いのだが、それもないようだ。もっともこの菫畑は予想外に広いため、もっと先へ進めば一目でそれと判る菫が生えているのかもしれない。
「ねぇ、これは足跡じゃないかしら」
シュラインの声。三人は一斉に地面を見た。汐耶は即座にしゃがんで、地面に指を当てて軽くなぞった。
「間違いなく足跡ですね」
(足跡――)
セレスティの目では判らないが、どうもその足跡は何度も植物を踏みつけることで出来たもので、綺麗なまでに一本の線になって向こう側へ続いているらしかった。つまり、規則正しくこの道を通っているものがつけた足跡ということになる。
誰が――などと考えるまでもない。
「十中八九、菫のジョギングコースでしょうね」
ということは、ここで待っていればいずれ菫が姿を現す筈だ。
菫がそのまま逃げていくことにならなければいいが。
(穏やかに済めば良いのですが)
いざとなったら、火を使うことになるかもしれない。
ふと、視線を感じた。妙に覚えのある視線――モーリスだ。
だが次の瞬間モーリスは視線を皆へ向け、口を開いた。
「罠を仕掛けておきましょうか」
これには賛成だった。菫が逃げてしまえば、当然三人は菫を追いかけることになる。時間を空費することになる上、セレスティ自身は走ることに無理があるのだから。
(彼なりに気を遣ってくれたのでしょう)
他の二人も賛成のようだ。
だが、どのような罠にするのか?
「やはり落とし穴が良いでしょう。このメンバーなら簡単に出来ますからね」
そう言ってモーリスはセレスティに微笑みかけた。
成る程。
(そういうことですか)
手を使わなくとも、セレスティが水を操れば、穴を掘ることなど簡単に出来る。
「そうですね」
答えるのとほぼ同時に、細かく渦を巻いた水を地面へ振り下ろした。
ザン――冷たい音と一緒に、細かい土が舞い上がる。
「このくらいで良いでしょう」
穴は、菫どころか人一人落とせそうな大きさだった。この上に葉などを被せ、判らないようにする。
菫がここを通るのは朝。
空を見上げると、淡い陽の光が降ってくる――朝の時間帯ではありそうだ。
「朝ではありそうだけど……。一応、鶏の声の真似でもしておけば、効果はあるかしら?」
半ば首を傾げているシュライン。
ここには鶏がいない。鶏イコール朝というのが成り立つかどうか。
だが今の菫は宮田を吸収しているのだから、あるいは。
「この夢を作り出しているのは、元々現実世界の人間なのですから、鶏も知っているでしょうし……やってみる価値はあると思います」
汐耶の返答を聞いて、シュラインは菫原全体に聞こえるようにと、息を吸い込んだ。
と。その前に。
「……ちょっと顔は見られたくないのよね、みんな後ろ向いてくれる?」
真面目な顔で演じる対象が対象なだけに、あまり見られたくないようだ。
物分り良く後ろを向く三人。
「ありがとう。それじゃあ……」
………………。
鶏そっくりの声が後ろから聞こえてくる。
(上手いですね)
とは言うものの、セレスティ自身、本物の鶏の声を聞く機会などないのだが――。
(本物も、きっとこういう声を出すのでしょう)
とりあえずやることはやったので、後は待つだけだ。
その間。
シュラインはセレスティを眺めて、
「水を持ってくる必要はなかったかもしれないわね」
汐耶も苦笑した。
「そうですね」
かと言って、このまま捨てるのも勿体無い。
セレスティもそう思う。折角二人が持ってきたのだ。
(花に水をあげるのでしたら、ジョウロからあげた方が気分としても良いでしょうし)
と、声をかけようと――。
チャプン。
水、の音が聞こえた。
(風も吹かないのに、何故こんな音が――)
ジョウロと容器の水が、動いた。
振動、ではない。自分の力で。
透明の水は容器やジョウロをすり抜け、空へと上がる。
「どういうこと?」
汐耶の驚いた声。
「私のせいかしら……」
シュラインの声。
空に上がった水は、雲へと形を変えた。
丁度落とし穴の真上に、ジョウロ型の雲。今にも雨が降りそうだ。
これから何が起こるか暗示するように。
――何かが走る音が聞こえてきた。
走ってくる音が近づくにつれ、菫が姿を現した。
その姿は、
「え……」
と声を漏らし、後ずさりしたくなるような花だった。
走る音も――そもそも植物が走るということ自体、妙なのだが――変わっていた。
例えるなら、トントンというよりドンドン。
ドンドンというよりドスドス。
地面に鉄板を叩きつけるような音だった。
根っこは綺麗に左右二つに分かれており、それを足代わりにしている。花びらは紫よりも赤が目立ち、全体の大きさは人間に並ぶ程だった。
(よく生長しましたね)
人を吸収したせいだろう。
色と大きさを比べるなら、菫よりもラフレシアに似ている。こんなものが原っぱに咲いていたら、すぐに見分けがついただろう。原っぱに着いたとき、少し歩いてみるべきだったかもしれない。
菫はゆっくりとではあるが、一応走っている。このままだと穴に落ちるだろう。
穏便に済ませたかったのだろう、汐耶が声をかけたものの、菫は止まるどころか逆に足を速め――コントのような体勢で穴に落ちていった。
(大きめに穴を掘っておいて正解でした)
胸を撫で下ろすセレスティ。
菫は穴の底でもがいている。大根のような根を必至に前後に動かしているのだが、身体が逆さなため何の意味も成さない。
(これで完全に菫の動きは封じた訳ですね)
だが中にいる筈の男性の生命を感じ取ることが出来ない。
否、生命を感じることは出来るのだが、それは菫の生命の内側にあるのだ。胡桃に例えるとわかりやすいかもしれない。菫の生命の中に包まれているのだ。
(これでは花を裂くのが一番楽な方法かもしれませんね)
モーリスは菫を興味深そうに眺めていた。そして充分観察してから、
「中の人はいますか?」
――微かな反応ではあるが、答える声があった。
「助けてくれ……」
「そう。それなら話は早いですね」
モーリスはおもむろにメスを取り出した。
「すぐに出してあげますよ」
「ちょっと待って」
汐耶が止めに入った。
「まだ菫に話を聞いていませんから。事によっては、男性を解放してくれるかもしれません」
汐耶は菫に向き直り、
「男性を出してくれませんか?」
「…………」
暴れていた菫は、足の動きを止めた。
「……コト」
「事?」
「ワル」
「――裂きましょう」
「いえ、もう少し……」
(やはり)
菫は男性と同じ声をしている。
(菫が喋れるようになったのも、男性を吸収したお陰ですからね)
セレスティはあえて同行者に対して口を出さなかった。菫と男性の生命の様子を感じながら、黙って聞いているのである。
「ねぇ、宮田さんを解放してくれるなら、良いところへ連れて行ってあげるわよ?」
(おや)
シュラインの言葉に、三人と菫が耳を傾ける。この菫は夢の中の植物なのだから、当然「良いところ」へは連れて行けない筈だ。嘘ではあるが、この際仕方がない。
(そういう手もありますね)
何もわからない菫は、疑うことなくたずね返した。
「ドコ」
「そうね、この原っぱよりももっと広くて自然が一杯あるところなんてどうかしら」
「…………」
菫は黙った。考えているらしい。
その間に、ジョウロ型の雲が震えだし――雨が降り始めた。
雨が嬉しかったのか、菫は考えるのをやめて葉を広げ雨を受けた。
――と。
急に、菫の身体が膨れた。生長というべきかどうかはわからないが――その膨れ方はケーキのようだ。
菫はまだ足りないというように、水を受けて喜んでいる。
それを眺めているモーリス。メスをおろし、菫に対して笑顔を見せた。
気が変わったのだろうか?
(いいえ)
あの表情は違う。
「水が好きなんだね」
頷く菫に、モーリスは一応の笑みを浮かべて。
「それなら、水のある場所に移動すると良いと思うよ。残念ながら私が管理するリンスター財閥所有庭園に君を置くことは永久に許可しないけど――その代わり君を隅田川に流すくらいのことはしてあげようか。あそこで流れていれば、水に困らないから」
やはり、菫を助ける気は毛頭ないらしい。
(そうだと思いました)
菫は首を傾げている。喋れるようになったとはいえ、知能は追いついていないようだ。宮田の全てを吸収して同化している訳ではないからだろう。
「少し疑問に思ったのですが、」
汐耶が口を開いた。
「この菫はどこまで大きくなるのでしょうか?」
菫は大分膨らんできていた。大きな花から花粉が零れ落ち、なおも花は大きくなる。
それでも菫は雨を受けて、ますます膨らむ。今はもう穴に落ちたというより、穴に嵌っている状態だ。
果実が成った。最初は俯いていた果実も、徐々に頭をあげて直立する。もともと根が上になっているのだから、当然果実は捩じれた形で空を向くことになる。それが難点といえば難点か。
――植物の生長を記録した映像を早送りで観ているようだ。
(何が起こるのでしょうか)
菫の身体がぐらりと揺れた。中の種が重かったのだろうか、バランスを崩した菫は土に果実を叩き付けた。
「危ない!」
汐耶の声と同時に、種が勢い良く飛んだ。
(いいえ――)
あれは種ではない。
セレスティは反射的に水を放出させ、『種』が地面に叩きつけられないようにした。
「うう……」
微かに呻いている、種――宮田豊。
「無事のようですね」
(良かった……)
いつの間にか離れたところにいるシュラインと汐耶。
そちらから紅色の光が漏れて――二人の声が聞こえてくる、「宮田さんの魂――焔を見つけた」と。
(では、ここもお別れですね)
セレスティはマッチを取り出し、擦った。
小さなオレンジと赤い光。
それを菫原へと落とした。
マッチは緩やかに弧を描き、草を赤く染めていく。
白の世界は赤に包まれ――やがて消える。
「ご苦労さまでした」
気付けば、EUREKAに戻っていた。
未来の後ろには、宮田が横たわり、その横では焔が転がっている。
夢から出たあとの宮田は一言も喋らなかった。だが虚空を眺めている他のD.Dと違って、目は閉じられている。今の宮田には彷徨う夢はないのだから。
今の宮田は――矛盾する言い方ではあるが――つまり、夢を奪われたD.Dなのだ。
「焔を宮田さんの中に戻さないのですか?」
セレスティの問いに、未来は首を振る。
「今、宮田豊の中に焔を入れては、皆さんの行動が無駄になります。彼が目覚めた現実は、D.Dばかりの世界。――精神的に追い詰められて再びD.Dになるだけです」
「そうですね」
未来は指で宮田と焔を示した。
「現時点では二つは別々に保管しおきます。魂はD.Dの命も含みますが、焔は肉体的な生命箇所を含みませんので、これが原因で宮田豊が亡くなることはありません。むしろ、D.Dの間は肉体的な健康は保障されているくらいですから、ご安心ください」
それから謝礼のことなのですが――と未来は少々俯いた。
「お金は殆ど出せないのが現状です。その代わりと言っては何ですが、もし夢の中の物で欲しい物があった場合は、こちらへ帰ってくるときにそれを持ち帰りたいのだと念じて下さい。そうすれば私の能力で現に耐えられる物へと変えます。夢と現を繋げられるくらいですから、物を変えるくらいは簡単に出来ます。――申し訳ありません、これは最初に言っておくべきでした。もう手遅れではありますが、今回の中で欲しい物はありましたか?」
四人はさっきの出来事を思い出す。
紫ばかりの原っぱ、ラフレシアのような菫――。
セレスティは、慰めるように微笑んだ。
「ご心配なさらずに。欲しいと思うものは、何もありませんでしたから」
屋敷に帰ったら、花でも愛でようか。
終。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
2318/モーリス・ラジアル/男性/527歳/ガードナー・医師・調和者
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1449/綾和泉・汐耶/女性/23歳/都立図書館司書
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■ ライター通信 ■
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D.D ――夢に囚われた者たち――
第一回「白色の色紙:菫原」へのご参加、誠にありがとう御座います。佐野麻雪と申します。
今回は、最初から最後まで四人一緒に行動しているものの、あちこちに個別の文章が入っております。
プレイングを元に、それぞれ違った視点で物語が進んでいますので「ここがよくわからないぞ」という時には、他のPCさんのノベルと読み比べてみてください。何か解ることがあるかもしれません。
蛇足かもしれませんが、内容について。
菫と男性をどのような力で切り離すか、というのがプレイングのわかれるところでしたが――春の終わり、菫、水と三つ揃ったのでこのような展開になりました。
セレスティ・カーニンガムさん、ご参加ありがとうございます。
今回、一番客観的に物事を見ています。菫と男性の生命の様子を感じ取っているのもセレスティさんだけです。独特のペースで淡々と見守るように書こうと心がけましたが、いかがでしたでしょうか。
違和感を感じる個所がありましたら、どうかご指摘願います。
……それにしても、第一回のオープニングからこの異界のイメージを崩している気がするのは私だけでしょうか。某森依頼の第三弾として出した方が良かったような気がしております。『異界の森』や『D.Dの森』等、タイトルは何でも良いのですが。書き上げてから気付きました……。
最初から妙な方向へ進んでしまった異界ですが、宜しければまたお付き合いください。
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