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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


草間興信所の新年会

 草間 武彦は悩んでいた。
「何処が良いかな……」
 机の上に広がるパンフの山山山……それは、宴会情報満載の旅館やホテル果ては居酒屋のパンフだ。
「兎に角、楽しくやれれば良いんだ。値段安くて……」
 旅行会社から、路上の配布員から兎に角掻き集めたパンフを、既に3日は検討して居る。
「やはり値段的には居酒屋か……しかし、それでは味気ないよな……」
 そう言って、居酒屋のパンフを全面的に排除する。
「ホテルは……何かあれだよな……」
 何があれなのかは分らないが、きっと予算的な問題なのだろう、ホテルのパンフも排除された。
「やはり、旅館だよな……天然温泉でゆっくりやって……それから宴会だろ……」
 決まってるならそんなに悩むなよとか、突っ込みを入れたい所ではあるが、取り合えず聞き流しておく。結局は旅館で落ち着いたようだ。
「さて、この事を告知し無いとな」
 早速、机に向かった草間はワープロのキーを叩き始めた……表題は……

−草間興信所新年会のお知らせ−

である。


1.いざ出陣!

 草間 武彦はウキウキして居た。草間 零もウキウキして居た。待ちに待った新年会旅行である、楽しみでない訳が無い。早朝、東京駅の待ち合わせ場所に30分も前からくそ寒い中待って居るのだからその楽しみさぶりは推して知るべしだ。
「あら?武彦さん、零ちゃんおはよう。随分と早いのね?」
 最初に現れたのは、シュライン・エマ。待ち合わせ時間から20分早い到着である。
「おはよう、エマ」
「おはよう御座います、シュラインさん!」
 にこやかな笑みでシュラインを迎える二人。零はまだ可愛らしいと思うが、草間の場合気持ち悪い。
「ちょっと武彦さんどうしたの?」
 訝しげな視線を向けるシュラインに、草間は含み笑いサングラスを片手で上げる。
「ふっふふふふふ……何ってお前、こんな楽しい事を楽しみじゃない訳が無いだろう?」
「お兄さん、今日寝て無いんです」
 零がこそこそとシュラインに耳打ちする。それを聞いて、シュラインは何となく納得出来た。良く見れば、確かに目元にやたらでかいクマがある。ちょっと呆れ顔に草間を見るシュラインの視線の先で、草間はやけにハイテンションに笑っていた。
「何馬鹿騒ぎしてるの?朝っぱらから元気ね〜」
 苦笑いと共にそんな事を言いながら、真迫 奏子がやって来る。手にはやたらと大きな荷物が二つある。
「おはよう、草間さん、零ちゃん」
「おはよう御座います、真迫さん」
「おお!おはよう、真迫!」
 真迫に近付き徐に手を取るとぶんぶんと振り回す草間。
「……ねぇ?何か有ったの?」
 ちょっと嫌そうな顔をしながら真迫は傍に居たシュラインに向く。
「小学生が遠足に行く時の気分みたいなものだと思うの……そっとして置いて上げて」
 真迫から視線を逸らし、遠くを見ながら告げるシュラインに、真迫も何処となく納得した様である。
「そう言えば草間さん?あの話はどうするの?」
 手を離された真迫が草間に問い掛ける。シュラインと零は何の事やらと言った表情だ。
「ああ!あれか!勿論良いぞ!宜しく頼む!」
 二つ返事で返す草間の言葉に、真迫は微笑むと「了解♪」と告げた。
「あっマスター・・・・もう皆さん御揃いのようですよ・・・・?」
「……」
 その言葉に、静かに頷く和装の少年と少年の後ろを付き従うように歩く女性が来る。女性の方は、冬服を着ている様だが、少年の方は白の着流し一つと言う出で立ちだ。
「おはよう御座います・・・・草間さん・・・・」
「……」
 静かに礼をする二人を見やり、草間は微笑む。
「良く来てくれたな!紗侍摩にグルドちゃん!」
 少年の名を、紗侍摩 刹(さじま せつ)女性の名を、グルド・シャートと言う。物静かな二人に、シュラインや真迫が興味深そうに見詰める中、二人はただ静かに立っていた。
「よーし!揃ったな?じゃあ、出発だ!そらそら、荷物持って〜切符買うぞ!」
「はーい」
「そうね」
「そうしましょ」
「・・・・はい・・・・さっ・・・・マスター・・・・」
「ああ……」
 そうして、六人は東京駅へと消えて行った。


2.いざ目的地へ!

「ちょっと武彦さん!飛ばしすぎよ!!」
「良いじゃないかちょっと位……」
 シュラインに怒られて、何処かか拗ねた様な表情を見せる三十路の親父の気持ち悪い事気持ち悪い事……そんな、草間の手には怒られた原因、カップ酒が握られている。
 電車に乗り込んだ面々は、6人が向かい合って座れる席を確保していた。草間の正面にはシュライン、草間の隣に零、零の隣に真迫、シュラインの隣には刹とグルドという順に座っている。早速呑んだくれ親父へと豹変した草間を諌めるシュラインの横では、定番ババヌキが繰り広げられていた。
「所で武彦さん?予算はどれ位有るの?一応一泊の予定なんでしょ?」
 草間興信所でアルバイトをするシュラインは、その内情をマリアナ海溝の深部より深く知っている。当然、そんなに費用が無い事等考えるまでも無く予想出来る。そんなシュラインに対して、草間は含み笑う。
「ふっふっふっ……心配するな!!全然問題ない!」
「答えに成って無いわ。ちゃんと教えて」
 ハイテンションに切り抜けようとした草間への鋭い突っ込みの一撃。良く見れば、誤魔化そうとしたと思われたらしくシュラインの眼が怒気を孕んでいる。
「コホン……これだけ……」
 そう言って草間がシュラインに指で表した数字は指六本。それを見てシュラインは少しホッとしたのか笑みを見せた。
「そう。60万もあるなら大丈夫ね」
「うんにゃ、6万」
 ボソッと言った一言に、シュラインの目が一変、草間の襟首を掴む。
「6万でどうやって宴会やら宿泊やらする気なの!!ねぇ!答えて!!武彦さん!!!」
「嘘嘘嘘嘘嘘嘘!!!!!じょっ冗談だ!!落ち着け!!!」
「冗談にしても性質が悪すぎるわ!!一体何考えてるの!?」
 酔っ払い親父はこうして、シュラインから説教を延々有り難く頂戴する羽目になった……

 一方此方は、シュラインと草間のバトル等には目もくれず、只管真剣に戦っていた。
「さっ次は零ちゃんよ?」
 零のカードは後1枚。組めば終わりだ。先に上がった、グルドが緊張した面持ちでその様子をじっと見守る。そーっと刹の持つカードへと近付いて行く零の指先、頬を汗が伝う。そして……
「えい!!」
 気合い一閃、目を閉じて引き抜いたカード!恐る恐る目を開いて確認して見る。
「やったー♪」
「・・・・おめでとう御座います・・・・零さん・・・・」
 にこやかな笑顔で勝利宣言の零に、パチパチと笑顔で拍手を送るグルド。だが、その中に在って依然二人は戦っていた。
「……」
 静かに、刹の手が動く。シャリリと手に嵌められた鎖の音が鳴るが、今の二人にはどうでも良い。
 真迫は手持ち2枚、刹は手持ち3枚……勝つか負けるか、瀬戸際の攻防である。無言の内に、虚ろな瞳がターゲットとしたカードに手を掛ける。押し黙ったまま、すっとカードを引き抜く。見詰めた真迫に緊張が走り、頬を汗が伝う……
「……」
 刹は引き抜いたカードと、自分が持っていたカードの1枚を引き抜き場に出した。
「くっ!?」
 思わず真迫の口から、焦りの声が漏れる。これで、真迫1枚、刹2枚……つまり、刹がババを持っている事が確定した。だが、次は真迫の番……上手く引ければ上がりだが、引けなければサドンデス。崖っぷちである。
 シャリン・・・・シャリン・・・・
 鎖の音を響かせながら、手持ち2枚をシャッフルさせる。
『どっち!?どっちなの!?』
 シャッフルされる様子を見守る真迫の目が物語る。そして、再び構えた刹の手元に2枚のカード……緊張が漲る。
 どくん……どくん……
 自分の心音がやけにはっきり聞こえて来る。じわりじわりと手を伸ばし、2枚のカードを彷徨う。だが、迷って居たのは数瞬、徐に手を伸ばし刹の左側のカードを掴む。
「この勝負、貰ったわよ!」
「……」
 刹の虚ろな瞳に、ニヤリと笑みを見せ、一気に引き抜きカードを見た!
 そして、崩れ落ちた……
 見事、ババを引き当てていた……
「何で!どうしてよ!」
 悔しがる真迫の手から、1枚カードが引かれる感覚が不意に襲う。
「ちょっ!?ちょっとまだ!?」
 言い終わるより先に、刹は組み合わさったカードをポイっと場に出した。
 終了である。
「マスター……おめでとう御座います……」
「……ああ」
 言葉少ないがとても嬉しそうなグルドの言葉に、素っ気無く答える刹。零もパチパチと拍手で讃えた。だが、納得行かないのはこの人、真迫。
「ちょっと!最後の何よ!不意打ちよ不意打ち!!今のは無しよ!!」
 物言いを付けるが、3対の瞳がじーっと真迫を見詰めていた。
「なっ何よ?」
「真迫さん、大人気ないです」
「マスターは・・・・卑怯な事等して無い筈です・・・・」
「……」
 真迫は、ただ口をパクパクするしか出来なかった。そして、フゥと溜め息を吐く。
「分ったわ……私の負けね。好きなの頼みなさいよ」
 ぶっきら棒にそれだけ言った。その言葉に、零とグルドは笑顔に。刹は相変わらず虚ろなままだが、心なしか喜んでいる様だ。
「じゃあ、私オレンジジュース!」
「・・・・私は・・・・紅茶が良いです・・・・」
「……任せる……」
「では・・・・マスターも紅茶で・・・・」
「ああ……」
 そんな言葉を聞きながら、真迫は一人心の中で泣くのだった……


3.旅館到着!

「3年か……早いものだな……」
 旅館の前に佇む1人の男、影崎 實勒(かげさき みろく)は呟き静かに旅館を見詰める。凄惨な事件が起こり、その監察をしたのは当の影崎だ。事件は解決を見たが、被害者の親類には深い傷が残されたまま、時だけが変わらずに過ぎて行くのをしみじみと感じていた。
「無理も無いな……良く此処まで頑張って来れたものだ……」
 旅館の女将と交わした話が思い出されたが、影崎には何も言う言葉など浮かんで来はしない。ただ、その言葉を受け止めるだけだ。ふっと旅館を見上げ、静かに一礼をすると影崎はその場を後にした。
 煙草を蒸しながら、若干感傷に浸り帰路についた影崎の前から楽しげな談笑が聞こえて来た。これから入る温泉の話や、その後の宴会の話しだろう、遠間からでも良く聞こえた。その声の中に、聞き慣れた様な声が在るのだが、影崎は首を振るとその可能性を否定する。
「まさかな。それは無いだろう」
 吸い終わった煙草を携帯の灰皿へ入れると、再び次の煙草に火を点け歩く。
「安いんだけど、かなり良い所みたいだ。露天風呂もあるしな!」
「へ〜良く見つけたわね?そう言う所、滅多に無いんじゃないの?」
「そうねぇ?最近は何処も安くはなっているけれど、その分サービスが悪かったりするものねぇ」
 距離はもう殆ど無い様だ。影崎は先程の旅館だろうと思いを廻らせる。そうする内に、声の主達と擦れ違う。別段どうと言う事は無く、普通に擦れ違ったのだが……影崎は何やら見慣れた影を見た様な気がして、思わず振り返る。同時に、サングラスをかけていた男が振り返る。
「……」
「……」
 暫し見詰め合う眼と眼。そして……
「おおおおおお!?影崎!?影崎じゃないか!!」
「くっ草間!?なっ何故お前が此処に居る!?」
 2人同時に声を上げていた。その他の面々は、きょとんとした顔でそんな2人を見詰めている。
 影崎は突然の事に一瞬うろたえたが、すぐさま落ち着きを取り戻す。そんな、影崎に草間が言う。
「これから一泊しながらの新年会なんだ!お前もどうだ?一緒に?」
「馬鹿を言うな。私はそんなに暇では無い。お前と違ってな」
 フンと鼻を鳴らさんばかりの勢いだが、草間は動じない。
「堅い事言うなよ。よし、決定!!お前も来い!!」
「だから、行かないと言っている!!」
 問答が始まった。いや、問答と言うにもおこがましい、正に駄々っ子を諌める親といった感じだ。そんな様を、呆然と見詰める他の面々。
「ねぇ?何時になったら終わるの?」
「さぁ?私に聞かれても困るんだけど……」
 呆れ返ったシュラインと真迫の隣では、零がオロオロと成り行きを見詰めている。
「くしゅん!」
 突然のくしゃみに、視線が一点に集まる。そう、くしゃみをしたグルドの元へ。
「あっ・・・・すいません・・・・」
「……」
 申し訳なさそうにするグルドの頭をくしゃくしゃと刹は撫でてやっていた。
「ほら見ろ!!お前が、ごちゃごちゃ言うから、グルドちゃんが風邪引いちゃっただろ!」
「私の所為か!?それに、今のは一時的な寒さによるくしゃみにすぎん!!変な言いがかりは止せ!」
 尚も続く問答にいい加減うんざりな真迫とシュラインが動いた。
「ん?何だ!?っておい!!何やってるんだ!!」
 右手に真迫、左手にシュライン。影崎を挟み、その腕を取り引っ張り始める。
「良いじゃない、減るもんでも無いんだし。ただ酒飲めるのよ?有り難く一緒に行きましょ」
「ああなった武彦さんは、何を言っても無駄なんです。諦めて下さい」
 それぞれの言い分を影崎に言いながら、ズルズルと引っ張って行く。
「私の言い分はどうなるんだ!?ちょっと、そこの2人!見てないで、何とかしろ!!」
「マスター・・・・行くようですよ・・・・私達も行きましょう・・・・」
「ああ……」
 視界の端に止まった刹とグルドに助けを求める影崎だったが、2人の会話の内容を聞いて助けを求めたのが間違いだったと後悔する。引っ張り手に更に草間が加わり、最早逃げられなかったが抵抗は依然続ける。だが、女性に乱暴する訳にも行かず影崎はそのまま連れて行かれるのだった。
「本当に……良いのかな……これで……」
 零の呟いた一言が、やけに重い昼下がりだった……


4.温泉に宴会に!

「はぁ〜良い湯だなっはは〜んとくらぁ♪」
「……」
「……」
 鼻歌交じりの上機嫌な草間に対し、影崎はムスリと一人手酌酒、刹は相変わらずの無表情で湯に浸かる。露天風呂がある旅館でないと!と言う意気込みの元選んだ場所だが、かなり良い環境に草間は大満足だ。
「お〜い。そっちはどうだ〜?」
 声を張り上げ垣囲の向こうに居るであろう面々に声を掛ける。
「ええ、広くて良い感じよ。有難う武彦さん」
「気持ち良いよ〜お兄さん」
「やっぱり温泉といえば露天よねぇ〜」
「あの・・・・マスターは・・・・?」
「紗侍摩ならちゃんと浸かってるから安心して良いぞ、グルドちゃん」
「・・・・良かった・・・・」
「問題ない……」
「・・・・はい・・・・」
 端的だが、良く通る声にグルドは安心したのか声に安堵感がこもっている。
「これで雪とか降ると最高なのになぁ、影崎?」
「知るか。私に構うな」
 ぶっきら棒に返すと、再び一人酒。余程無理やり連れて来られたのが嫌だったのだろう、草間とはあれから眼すら合わせて居ない。
「まあ、そこまでは上手く行かないわよ。けど、綺麗な夕焼けよね」
 シュラインの言葉に、自然と全員の眼が空へと向かう。冬の短い夕日の明りに照らされ、朱色に染まった空が美しい。
「綺麗ですね・・・・マスター・・・・」
「ああ……」
 グルドの言葉に自然と頷く刹を見やりながら、草間は静かに微笑んだ。

 入浴を終えた頃にはとっぷり夜、待ちに待った宴会である。
「ちょっと……武彦さん?これは何?」
 案内された部屋を見て、シュラインは問い掛けた。
「何って、宴会場だ!」
 胸を張りこれでもかと言わんばかりの草間に影崎も呆れ顔だ。
「馬鹿かお前は?」
 そう、そこは大宴会場……総勢50名は入ろうかと言う広さの部屋だ。張り切った草間の気持ちは分らなく無いが、新年会にやって来た(連れて来られた)人員は総勢7名……広さが激しく虚しい。
「やっぱパーっと行かないとな!」
 その言葉に、シュラインと影崎、そして零が溜め息を付きそれぞれ料理の用意された思い思いの席に着く。最早、言うべき言葉も見付からないらしい。それに習い、刹とグルドも席に着く。
「あら?真迫さんは?」
 シュラインの指摘どおり、その場に真迫の姿は無かった。楽しみにしていた宴会である以上、真っ先に来ていると予測していたのだが、ちょっと意外である。だが、1人事情を知る草間はニヤリと笑みを見せていた。
「失礼します」
 その言葉と同時に、スッと襖が少し開き、そしてスーッと音も無く人1人入れる程度に開かれた。全員の視線が集まるその先に、艶やかな着物を纏った真迫が居た。
「わ〜真迫さん綺麗〜」
「本当。とっても似合うわ」
 零とシュラインの感嘆の言葉に、真迫は笑顔で答える。
「驚いたな。話には聞いていたが、本当に良く似合うな」
「ほぅ……堂に入ったものだな」
「本職ですからね?当然といえば当然よ」
 草間と影崎に向きながら笑顔で言う。
「さあ!揃ったな!じゃあ、始めよう!」
 真迫とシュラインがそれぞれのコップにビールやジュースを注ぎ、準備万端整った。グラスを片手に持ち、草間が立ち上がる。
「え〜この度は、草間興信所の新年会に来て頂いて誠に有難う御座います。昨年も、殆どまともな依頼は来ませんでしたが、今年も一層頑張って行きたいと思いますので、どうか宜しくお願いします」
 そこまで言うと、コホンと一つ咳払い。
「まっ、堅い事はこの位で、いっちょ今年も宜しく!じゃ、カンパーイ!!」
「「「「かんぱーい」」」」
 そして、宴会が始まった。

 刹は黙々と箸を動かす。隣に座ったグルドが、自分の物を食べ易いよう取り分けてから刹の物と交換する。正にかいがいしいまでの献身振りだった。そんなグルドの頭を撫でながら刹が口を開く。
「大丈夫だ……お前もちゃんと食べろ……」
「はい・・・・マスター・・・・」
 少しはにかみながら、グルドは自分も食事を始める。その様子を見ながら、刹はほんの微かに笑みを見せると、食事を再開した。

 草間の隣でシュラインは草間に酌をしながら、周りの様子を見詰める。零と真迫が楽しそうに談笑しながら食事して居るの対し、刹とグルドは静かに食事をして居る。時折話しもして居るようで、まんざら悪く無い感じだ。その視線がふと影崎に止まる。なにやら、目の前の鯛の刺身に対してブツブツ言っているように見えるが、取り合えず大丈夫そうだと判断した。
「ほら?シュラインも呑めよ」
「有難う、武彦さん」
 微笑みグラスに注がれたビールを口元に運ぶ。酒もまだまだ大丈夫そうだ。シュラインは、微笑むと残りを一気に飲み干した。

「そうか……気持ちよく泳いでいた所を網で捕まり、ここにこんな姿を晒す羽目になったのか……哀れだな……」
 既にビールから日本酒へと移行した影崎は目の前の鯛の刺身を見詰めながら呟く。不本意で此処に並んでしまった鯛の刺身と自分が重なる。影崎とて、望んでこの場にいる訳では無いのだ。その事を思い、一つ溜め息を洩らす。
「ちょっとちょっと!何辛気臭い顔してるのよ!」
 顔をほんのりと朱に染めた真迫がビール瓶と三味線を持ち声を掛ける。
「ああ、この鯛が哀れでな……まだ生を謳歌したかっただろうにと思ってな」
 真迫に勧められるままビールを受け取り、そのまま真迫に返杯しながら呟く。
「そんな事が分るの?」
「ああ、こうして手を翳すと、見えるんだ。さぞ無念だったろうにな……」
 目を閉じ呟く影崎の姿にニマリと笑みを見せ、真迫は三味線を掻き鳴らした。
「じゃあ、お弔いしなきゃね♪お弔いの曲を弾いてあげるわ!」
「は?」
 あっけに取られる影崎の前で、やたら弾けた曲が弾かれ始める。どう聞いても、弔いの曲とは思えないそれに影崎は呆然としている。
「おおー!いいぞーもっとやれー!」
 草間の激が飛び、更に曲が激しさを増す中、変わったものを見るような眼で、影崎は真迫を見詰めた。

「マスター・・・・大丈夫ですか・・・・?」
「な〜に、こん位訳無いよなぁ?紗侍摩?」
「ちょっと武彦さん、それ位にしておいたら?」
「問題ない……」
 オロオロするグルドにニヤニヤする草間に呆れ顔のシュラインと赤ら顔の刹……どうやらあっち向いてホイ!の勝負中らしい。負ければ、グラスの中身を一気飲み。
「行くぞ!紗侍摩!」
「……」
 草間の言葉に身構える。
「ジャンケンポン!」
 草間チョキ、刹パー。
「あっち向いてほいぃぃぃぃ!!」
 その言葉と同時に、草間の指が左を指し、刹が何故か素直にその指先を向いてしまう。
「またお前の負けだ!それ、一気一気♪」
「……」
 黙ってグラスの中身(ビール)を口元に運び、一気に飲み干す刹。通算6杯目……顔の赤さはピークに達しようとしていた。
「さー次行くぞ次!」
「ちょっと武彦さん!!」
 シュラインの言葉を聞いてか聞かずか、草間の声が響く。
「ジャンケ〜ン……」
「……」
 そして勝負は続いていく……

「そうよ!敵討ちに行くのよ!」
「ああ!敵討ちだ!」
 真迫と影崎は壊れていた。2人の前には空になったビール瓶が見える範囲で10本程度並んでいた。そんな2人は、料理に出て来た鯛の敵討ちだなんだと騒いでいる。
「よし!今から行くわよ!」
「おう!行くぞ!!……って今から!?」
 唐突の事に、影崎は思わず突っ込んでしまったが、真迫は気にした風も無く言い切る。
「そうよ!善は急げよ!!行くわよ!!」
 そう意気込むと、いきなり影崎の袖を捕まえ引っ張って行く。
「ちょっまっ!?」
 言葉にならない事を口にしながらも、影崎は引っ張られていく。
「かったきうち〜かったきうち〜♪」
 やたらハイテンションな歌を歌いながら、影崎を引っ張りながら一路厨房へと向かう真迫。足取りは軽やかだが、何処と無くふらついているのが分る。
「おい!お前大丈夫か!?」
 宴会の席を抜け出すという目的は果たせた物の、些か危なっかしいその様子に流石に心配になる。
「な〜に?これくらい大丈夫よ〜」
 と言った傍から、真迫はその場でふらりとよろける。急激に振り返った為、一気に酔いが回ったのだろう、床に倒れる間際何とか影崎は真迫を受け止めた。
「おい!?大丈夫か!?」
「す〜す〜」
 微かな寝息が聞こえて来て、酷い状態では無い事を悟ると影崎はホッと胸を撫で下ろす。
「で……どうすんだこれ……」
 影崎は一人途方に暮れた……

「が〜……が〜……」
 規則正しい激しい鼾が草間から聞こえて来る。
「やれやれ、しょうがないんだから……」
 苦笑いを浮かべながらシュラインは、そんな草間に毛布を掛けてやる。辺りを見れば、既に撃沈された零・刹・グルドの姿。
 結局影崎と真迫を除く全員が、草間のあっち向いてホイ!の餌食と成り、尽く轟沈されていた。最後に残ったのはシュラインだが、酔いの回った草間にあっさり勝ち捲くり、余裕の撃破となった。既に全員に毛布を掛け終えて、散らかりに散らかった宴会場を眺めてシュラインはポツリと呟いた。
「どうしようかしら……これ……」
 グラスに残ったビールがちょっとほろ苦かった……

 何とか真迫を部屋へと運び込んだ影崎は悩んでいた。
「何故握ったままなんだ……」
 そう、その袖はしっかりと真迫に捕まれ、外せなかったのである。彼此30分以上待っているのだが、一向に緩む気配の無いその手に一つだけ溜め息……だが、すぐ笑みを浮かべる。
「面白い女性だな……酔ったりとは言え、あんな話しに乗ってくるなんてな……」
 自嘲とも苦笑とも言える笑みだが、その瞳は優しい。そっと、乱れた髪を撫でる。
「う〜ん……」
 まるで子供の様なその仕草に、優しい笑みが漏れる。
 ふっと視線を上げた窓の向こうに、チラチラと静かに雪が舞い落ちる……静寂を迎えた夜に、その雪はとても綺麗に見えた……


5.帰路に着こう!

「おはよう……」
「おはよう、武彦さん」
 しかめっ面で気持ち悪そうな草間に対して、シュラインは爽やかな笑顔だ。そんな草間の後ろから、これまたしかめっ面3人、零・刹・グルドが歩いてくる。
「おはよう御座います……」
「・・・・おはよう御座います・・・・」
「……」
 それぞれに挨拶はするものの、寄せられた眉根の様からその体調は察する事が出来る。シュラインは苦笑いを浮かべた。
「おはよう。どうかしたのか?」
 何時もの調子で影崎が現れるが、その雰囲気に何かを察したようだ。
「ええ、昨日ちょっと……影崎さんは良くお休みに成れましたか?」
「ああ。それなりにな……」
 微かな笑みに、シュラインは首を傾げるが余り考えないようにする。
「おはよう!」
 声の主、真迫は元気そのものの笑顔で皆に挨拶をする。
「すまない……もう少し静かに頼む……」
「頭が痛いですぅ」
「・・・・マスター・・・・大丈夫ですか・・・・?」
「う……む……」
 それぞれに頭を抱えながら、苦しむ4人を見て、残りの3人は苦笑いを浮かべた。帰路は、静かに成るだろう、そんな事を考えていた。
「じゃあ、行きましょうか?皆忘れ物は無いわね?」
 シュラインがそれぞれの顔を見る。全員、忘れ物は無い様だ。
「さあ、行きましょう!」
「頼むから……もう少し静かに……」
「うう〜」
「まっマスター……」
「……」
「やれやれだな」
「本当に」
 はつらつとした足取り3つが、トボトボトした足取り4つを引き連れて旅館を後にする。よたよたと歩く歩調に任せゆっくりと駅へと向かう中、それぞれの思い出と共に、時もまたゆっくりと進んで行った……





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0965 / 影崎 實勒 / 男性 / 33歳 / 監察医

1650 / 真迫 奏子 / 女性 / 20歳 / 芸者

2156 / 紗侍摩 刹 / 男性 / 17歳 / 人を殺せない殺人鬼

2546 / グルド・シャート / 女性 / 750歳 / 封印されし騎士の精霊

0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

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■         ライター通信          ■
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 初めましてな方は初めまして、お久し振りな方はお久し振りです。
 凪 蒼真です。

 すっかり年も明けきり、新年会シーズンも終わってしまう時期では在りますが、此処に草間興信所の新年会をお届けいたします。
 思い返せばここ数年、凪は忘年会も新年会も参加した覚えがありません。いや、参加以前に無かったんですけどね(遠い眼)
 時折、無性にそう言う場に参加してみたく成ったりします。そんな願いを込めて書き上げた作品になっていると思います。
 これを読んで、何か集まりたいなぁ……とか思ってくれると嬉しいですね。(微笑)でも、飲み過ぎは注意ですよ?(微笑)

 この度は、発注誠に有難う御座いました。また次にお目にかかれる日を楽しみにして居ります。その時まで、御自愛して毎日を過ごされて下さい。
 それでは、また……(微笑)