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HELLOWEEN PARTY
------<オープニング>--------------------------------------
『あ、あのう…草間探偵事務所さん、ですよね』
泣き声のような電話が来たのは、丁度事務所に誰もおらず草間が暇そうに煙草を吹かしている最中のことだった。
「ええ。…そちらは?」
『私、浅見麻衣と申します。碇さんにご紹介頂きまして、それでですね』
切羽詰った声。急いでいる様子からすれば、何か深刻な問題でも起こったのだろうか。
草間が煙草を灰皿に押し付け、表情を変えて受話器に向う。
「どういった用件ですか」
『あ、あの、その…』
暫く迷うような息遣いが向こうから聞こえ、そして。
「…………あの。もう一度お願いします」
向こうから聞こえてきた言葉を頭が理解するのを拒否したらしい。我ながら間の抜けた声と思いながら相手がもう一度繰り返すのを聞き、カレンダーにちらと目をやった。
『ハロウィーンをやり直すように、脅迫されてるんです…カボチャから。その上、倉庫を占領して立て篭もってしまって…』
カレンダーにあるのは、新年を明けて間もない日付。
「ずいぶん、時期外れですね」
『私もそう言ったんですけれど…聞き分けてくれませんでした』
どうやら、冗談事ではないらしい。
友人の、怪奇モノを扱った雑誌社の編集長である碇麗香の顔を思い浮かべながらため息を付く。どうやら面倒ごとを押し付けられたらしい。事前連絡も無いという事は、此方から詰問しても無駄だろうと、頭の中を言葉だけがよぎって行く。
「…わかりました。調査員を何人か送らせてもらいます」
『よろしくお願いします…』
詳しい住所を聞いてメモし、ソファに深々と収まって天井を眺める。
――なんとなく、どこか遠くへ逃げたい、と思った。
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「ここだな?」
やや派手なスーツ姿の真名神慶悟が、草間の事務所で手渡されたメモを片手に立ち止まる。
「間違いないのよね…でも、ここってアパートじゃなさそうだし」
草間の癖のあるメモを脇から覗き込みながら、シュライン・エマが不思議そうに首を傾げ、変ね、と綾和泉汐耶も一緒になって目の前の建物を見上げる。
どう見ても、住居ではない大き目の建物とその敷地内には、地味なワゴン車が一台止まっているきりで人の気配は無い。
「倉庫、っていうのも見当たりませんね…」
住所に行けば誰かに会えるか直ぐ倉庫の場所が判るものと思っていたのだろう、皆を代表するように海原みなもがぽつんと呟いた。
「ハロウィーンキングは?いるの?いないの?」
「はろうぃーん、はろうぃーん♪」
楠木茉莉奈が目をきらきらさせながら、大きな帽子を振り回し、その傍で藤井蘭が自家製らしい歌を楽しそうに歌っている。
今日は皆が何かしらの荷物を持っているようで、大小は違うもののそれぞれ紙袋やバッグを手に集まってきていた。中身は…互いになんとなく想像が付くが。
「すみませーん、皆さん、ここですー」
建物の中からそんな声がし、1人の小柄な女性が手を振りながら駆け出してきた。
「はじめまして、浅見麻衣です。来てくださったんですね」
ぺこりと頭を下げたのは、20代くらいか、首の辺りで黒髪を切り揃えた女性。出てきたのは、この地域で使われている公民館だと言う。
「町内会の催しで、ここの公民館でイベントをやったんですよ。その時に取材とかで碇さんと知り合いになったんですけれど」
麻衣がその建物の裏手に皆を案内しながら語り始める。
「それが、ハロウィンのイベント?」
「ええ。大きなお化けカボチャをくりぬいて、それを入り口に飾って。遊びに来た子供達は大喜びしてました。パイやお菓子作り教室はお母様方に評判が良くて」
その時のことを思い出したのか、麻衣の顔がほころぶ。
「シーツお化けとか、魔女の帽子とか、仮装用のお面とか…そう言ったものしか用意出来なかったんですけど、楽しかったですよ」
「じゃあ、公民館の中でだけだったのね」
「始めは商店街を練り歩くっていうのも案としてあったんですが…そこまですると商店街の人たち全員に協力してもらわないといけなくって。それには時間が足らなかったものですから」
「あの、聞きたいんですが…そのカボチャってどこから手に入れたんですか?」
ええっと、と麻衣が首を傾げ、
「イベント用のカボチャを作っている農家さんにお願いして作ってもらったんですよ」
それは、ここにいる何人かも聞いた事があった。一般的でないこういった植物はそれを専用に扱う農家がいるのだ。
公民館と、小さな林がある、その手前で麻衣が足を止める。
「お化けカボチャは暫く飾ってたんです。冬至過ぎに倉庫に一旦仕舞って、年明けに処分する筈だったんですけど…その前に、他のカボチャ共々おかしなことになってしまって。――あ、冬至にこの地区のお年寄り用にカボチャの煮つけを配ったんです。ですけれど、どこでどう手違いがあったのか頼んだカボチャの量がかなり多くて、一時的にここに仕舞ったんです」
「その量って?」
「そうですね…2〜30個くらいでしょうか。八百屋さんで売っている普通のカボチャです」
ここです、と言いながら扉を指さした。公民館かと思っていた建物は良く見ると途中から別の建物に変わっていたらしい。表にある建物よりもずっと古びている。
何となく皆が黙って耳をそばだてると、中で誰かがいるのかがさごそという音や、何かを叩いているような音が聞こえてきた。
「この中なんですけど、向こうで何か重ししているみたいで入れないんです」
南京錠は開いている。それを確認して、軽く押してみるが確かに中に何か引っかかっているような感じがする。
『――ダレ』
不意に、扉の向こうから甲高い声が聞こえてきた。
「倉庫を占拠してるって相談を受けて来た者よ。開けてくれないかしら」
『………』
何かが遠ざかる音がする。そして、かすかに聞こえるざわめき。
『ダメ。ナニするかわからない。あけない』
「…開けてくれないと、ハロウィンやり直せないですよ?」
困った声のみなもの言葉に、奥から聞こえるざわめきが一瞬高まり、そして静かになった。
「どうしてそんなにハロウィンにこだわるの?」
扉越しの会話は続く。
『ハロウィン、しらない。やりたい』
がさがさ、何の音だろうか。たくさんの生き物が動き回る音が、聞こえる。
『キング、おしえてくれた。ハロウィン、おもしろい。やりたい』
――キング?
「ハロウィーンキング?」
きらん、と目を輝かせたのは茉莉奈。黒い三角帽子をふっさりと頭に乗せて今にも中に入りたそうで、それを周りが押さえて止める。
『ハロウィン、やる?』
やる、と答えずにどうにかできる方法はあっただろうが、単にお祭り騒ぎをしたいだけとなると説得出来る筈もなく、かと言って力押しするような相手でもなさそうだと結論付け、皆で顔を見合わせると軽く頷いて、
「やるわ。だから、開けて」
汐耶の声に、ざわざわ、とがさがさと言う音が大きくなり、そして、ごつ、と何かが扉にぶつかる音がする。
『――あかない』
は?
『まってて』
どさどさと何かが倒れる音に合わせてあれー、という悲鳴じみた声が聞こえ、一体何をしているんだろうかと覗きたくなるが、こちらからは開けようがないために分からず。
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今のうちに、と慶悟が紙袋から用意の人型に切り抜いた紙を3枚程取り出して小さな声で呪を唱える。
現れたのは、黒服に身を包んだ、腰の曲がった老婆。それに、その傍できらきらした粉を振りまきながら飛び回る小さな女の子と、何やら偉そうな顔つきの真っ黒い猫。
「わぁ。猫さんと、大きなちょうちょさん」
猫に向ってとことこと歩いて行く蘭の目の前で、ひょいっと2本足で立ち上がった猫が軽く胸を逸らして歩き出す。
「わー。歩く猫さんだー」
凄い凄い、と大喜びで手を叩く蘭に、気取ったポーズで立ち止まり、前足でありもしない前髪を掻き揚げる仕草をやってみせた。
「……真似?」
「誰のだ」
笑みを含んだシュラインの言葉に、憮然としながら即座に応える慶悟。
まだ時間はかかるようだが、ここで着替えるのは…と言う皆に、麻衣が公民館の一室を提供し、思い思いの衣装に着替えて行く。
蘭は、家の者に用意してもらったのだと言う牛の着ぐるみ。もこもこしたぶち牛の格好は暖かくて気に入ったらしい。早速部屋の隅で寝ようとして皆に止められ、口を尖らせている所に黒猫をあてがわれてご機嫌になり。
茉莉奈は用意の魔女セット。本格的な形の箒にマントに黒い三角帽子。それを着てきた黒服に纏うとまるで普段からその格好をしているかのように良く似合い、そう言われて照れくさそうに笑う。
みなもは黒猫に対抗して…と言うわけではないのだろうが、茶トラの猫に。水色の髪に猫耳バンド、とらじま模様のワンピースに同じ柄のブーツ。ご丁寧に肉球の付いた手袋は目ざとくそれを見つけた蘭が羨ましそうに牛の手で撫で回していた。
シュラインはスーツの上から複雑な模様を編みこんだローブとショールを着け、額にペンダントを着けてヴェールを被る。手首に銀色の腕輪を何本もはめてじゃらじゃらと鳴らし、ロマニーの踊り子だと楽しそうに言った。それにしてはバッグが大きいと見ていると、衣装とは別にお菓子の類を次々と出して皆を感心させる。
汐耶は厚手のくすんだ灰色のトレーナーを着、ホッケーマスクを被る。チェーンソーを用意はしていなかったものの、玩具の鉈を手にどことなく満足気で。シュラインと同じくお菓子を作ってきたらしく、カボチャのパイやらシード入りのクッキーやらがバッグの中から現れた。
そして、麻衣を除き只1人着替えることがなかった慶悟は来たままの服装と変わらず…派手な色合いの、でも金に染まった髪の慶悟にはしっくりと似合っているスーツ。曰く、ホストの幽霊だと…何故かそれを聞いてその場のほとんどの皆が納得した。そして、途中で買ってきたと言う飴にクッキー等の菓子類を、シュライン達の山積みの食べ物の脇に置く。
食べ物と装備品以外を置いて皆で衣装を評価しつつ再び移動すると、丁度良いタイミングだったのか倉庫の中で続いていた音が止み、
『あいた。はいれ』
先程聞いた時よりずっと弱々しい声が聞こえてきた。
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倉庫はちょっとした広さだった。元々古い体育館を改造し、新しい公民館と体育館を作った際に一部残して倉庫代わりに使っているのだという。祭り用の神輿から、クリスマス用の飾りまで殆どがこのスペースに収められているというのだが。
が。
「――普段からこんなことを?」
「いいえ、まさか…でも、なんで」
天井から四方の壁にぶら下っている万国旗。
壁に括りつけられた赤いちょうちん。
あちこちに転がっている箱は蓋が取られ、ひっくり返っている。
収納してあるという言葉からは想像出来ないほど乱雑な倉庫は、小さなジャングルの様相を呈していた。
『きた』
「きゃっ…」
突然足元から聞こえた声に、みなもが驚いて見る。と、その足元には、綺麗に顔をくり抜かれたカボチャが、口の中を赤々と照らしながら皆を見上げていた。
その声を聞き、ひょこん、と向こうの山から、新たなカボチャが一つ現れる。
『きた?』
ひょこん、と別の山の向こうからもひとつ。
『ひと。いる。いる。…こども』
もうひとつは、山を飛び越えてどすん、と床に落ち。ごろごろと転がって下から皆をじっと見上げた。
『こども、こども、こども。いる』
みなも、茉莉奈、蘭それぞれの前にどすんどすんと飛び上がり、背の高さを確認してのち嬉しそうに後ろ向きに転がって奥へぴょいんと飛び込むと、
『はろウぃん!はろぅイん!はろうぃィィィィィン!』
皆が一斉に耳を塞ぐ程の、高音で。
数十個はあるかと言う、全て顔を綺麗にくり抜かれた緑色のカボチャたちがざぁっと姿を現した。
口の中に小さな灯りをそれぞれ灯しながら。
『ようこそなのだ。たのしんでほしいのだ』
そしてもちろん、引き出されたきんきらきんの神輿のてっぺんで鎮座して偉そうにふんぞりかえっているのは、見事なオレンジ色の艶を持つお化けカボチャ…ハロウィーンキング。
…ぐらぐらしていたが。神輿の屋根の更に上の金の鳥飾りの上にいるのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。
「大きいわね」
ぼそりと呟いたシュラインに、後ろから麻衣がええ、と頷く。
「予約していた農家さんから買ったんです。今年はこの大きさがせいぜいだったって…それでも来た時は50キロはありましたけど。あ、今は皮だけですから10キロくらいには軽くなっていると思います」
「――十分重いわよ。って、あの上に良く乗ってられるわね?」
「…それは…私も不思議です」
…こんなのが喋って動いてる時点で不思議とか言っても仕方ない気もするけど。
「―――違う…こんなのは、ハロウィンじゃない…」
慶悟の口から洩れたのは、そんな喉の奥から搾り出すような、声だった。
『オイシーィ!』
がつがつ。
『マァなんておいシイー!』
はぐはぐ。
どこで覚えたのか、与えられるゼリーやクッキーを食べながら、時々合いの手を入れるように叫ぶカボチャたち。
…意味分かって言っているとはとても思えないわね。
しゃらしゃらと腕の飾りを鳴らしながら、ぽりぽりと頬を掻くシュライン。おそらく、誰かから聞いた言葉をそのまま繰り返しているだけなのだろう。
それでも、それなりに楽しそうに見える。
ぴた。
足元に何かが触れる。下を見れば、別の場所から移動してきたらしいカボチャが1個。
「どうしたの?」
しゃがんで話し掛けると、ちろちろとまたたく小さな炎が目と口の隙間から良く見えた。
『おどかして』
「……私が?」
こくこく。
期待しているような目で見られつつも、ついあたりを見回してしまう。…なんだか、それぞれカボチャたちに振り回されながらそれなりに楽しんでいる様子が見て取れた。幸いというのか、シュラインに注目している者たちはカボチャを除いていない。
「お、お化けだぞー…」
ひらひらしたローブとショールを持ち上げて揺れ動かしながら、小声で相手のカボチャに覆い被さるようにする。と、きゃあきゃあ、と楽しそうに笑いながらぴょんぴょん飛び跳ねて一回りし、戻ってきてけけ、と笑うと、
『たのしい』
「そう。良かったわね」
こくこく。
『おかし、は?』
「食べたい?それならほら。お決まりの台詞言わなきゃ」
『とりっくおあとりーと?』
「そうよ。もう一度」
ぴょこん、とカボチャが跳ねる。
『トリックオアトリート!』
良く出来ました、と言いながらシュラインが用意してきたお菓子を手渡しながら、ざらざらしたカボチャの表面を撫でる。ひんやりとしていて、だがそれはほんのりと温かかった。
ふと気がつくと。
じぃ、と。
何かを期待しているような目がいくつもシュラインを見つめていた。それは、手元のお菓子ではなく。
「…脅かして、って?」
こくこく。
一斉に、その場にいた数個のカボチャが頷いた。
照れもあり、困りながら上を見上げる。そこにも、シュラインの動きをわくわくしながら見ているカボチャたちがふわふわ浮きながら、いた。
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宴も過ぎて、とうに真夜中。灯りは天井から頼りなげに輝いている蛍光灯とカボチャたちの中からそれぞれ輝いている灯りのみ。
それはそれで、幻想的ではある。――周りを見さえしなければ。
『たのしいのだ。またやるのだ』
きゃあきゃあと大きなカボチャの周りを飛び上がって喜んでいるのは他のカボチャたち。座布団にでん、と座り込んでいるお化けカボチャは王様というより殿様のようだが。
「え?また?」
『やるのだ』
えっへん。
ごろんと後ろに持ち上がって…恐らく胸を張ったのだろう、カボチャが一言そう言い放つ。
「次は秋でしょ?今回はまあ、お友達と遊びたかったって言うのは分かったけど」
『あき?』
ごろん、と元に戻り、更にぐっと前に身を乗り出してくる。
「今は冬。これから春と夏が来て、秋の終わりにやるのよ」
『……らいしゅう?』
「来週の来週の…いくつも過ぎたずーっと先のことよ」
ごろ、と再び座布団の真上に座り込み、暫く黙り込む。それが不思議なのか、わらわらと足元に集まってじ、と上を見上げているカボチャたち。
『イヤ』
不意に、そんな声が響いた。
「……いや?」
『またやるのだ。すぐやるのだ』
どっすんどっすん。
口の中の灯りが一段と眩しさを増す。
『いつもたのしいハロウィンなのだ。たのしくておいしいのだ』
気のせいか、室内の温度が上がったような気がして、顔を顰めながらキングを見る、と。
「おい…燃えてるぞ」
めらめら、と。
キングの口の中の輝きは、炎そのものとなって広がって行く。
「ジャック・オ・ランターン」
ふぅ、とため息を付いて…汐耶がシュラインと目を見合わせた。
「ハロウィンはもう終わったのよ。貴方は大人しく帰らないと」
『いやなのだ。まだあそぶのだ』
どっすん、どっすん。
他のカボチャたちの口からも、灯りをすぅ、っと吸い込んでは駄々をこねるように飛び跳ねる。灯りが消えたカボチャは床の上にころん、と転がったままもう動こうとはしなかった。
「――いい匂いがしてきたな。危険なんじゃないか?」
慶悟の言葉に、みなもが顔を青ざめさせる。
「大変、こんな時期に火事にでもなったら…」
「落ち着いて。――ねえ。どうしてそんなにハロウィンをやりたいの?」
再び床を叩こうと思っていたらしいカボチャが、ぽすん、と軽い音を立てて座布団の上に座る。
『たのしかった。みんながよろこんでくれた』
めらめらと、燃える炎の色がほんの少し、柔らかくなる。
『…』
「それだけ?」
小さな声で、続きを促すシュライン。
『はろうぃーんきんぐ、しょぶんされる』
かた、かた、
ダンボールが、揺れている。…いや、カボチャが…小刻みに、揺れていてその振動が、周りに伝染しているのだ。
『しょぶん、イヤ』
かたかた、かたかた。
『いつまでもはろうぃんなら、このまま。みんなよろこぶ』
炎は赤々と燃えているのに。
そこから浮かび上がる表情は泣いているみたいで。
「…まるで、子供みたいね。生まれたてのジャックか」
ぼそりと呟いた、汐耶。
「処分って…ああ、年明けにやるって言ってましたね」
みなもの言葉に麻衣がええ、と頼りなげに頷いて、
「置きっぱなしには出来ないですし、処理場に持っていってもらおうって」
「…すてちゃうの?」
それって、かわいそう、そう呟きながら蘭が見上げ、
「なんとかならない?その、保存する、とか」
おずおず、と茉莉奈が口に出す。
「いっそ、食べるとか?」
「え?…これを?」
汐耶の言葉にみなもが目を丸くして、大きなカボチャを指さす。下に寄り集まっている緑色のは家でも見ているから分かるが。
「確か、食用にもなる筈よ?」
「…食べられるの?」
知らなかったのだろう、何人かがびっくりした顔でカボチャを見つめる。じー、と見つめ返してくるカボチャ。
「いつまでもここにいるわけにもいかないしな」
『しょぶん?』
話が終わったのを感じたのか、ごろ、と今度は横に転げて皆に質問するキング。
「処分、と言えば処分だけど…お料理、するんですよ」
『おりょーり?』
「カボチャは身体にいいんでしょ?食べてあげるわ、皆で」
『タベル!たべられる!ホホーゥ!』
ぽぽぽぽぽぽ、と口から炎を撒き散らして跳ね回る巨大なカボチャ。その炎が下で転がっているカボチャたちの口の中に入り、皆がひょこひょこと起き上がる。
『ホホーゥ!ホゥ、ホーウ!』
「えっと…もしかして」
「…これ、全部?」
「…勘弁してくれ…」
きらきらした輝きの瞳?を見せ、一斉に皆を見つめるカボチャたち。
それはある意味幻想的な…脅迫だった。
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「大きなカボチャひとつくらいなら入る鍋はあるんですけど…全部を一気には、ちょっと…」
「少しづつ作っていくしかないかしらね。…今日中に何とかなるかしら」
次の日。仮装衣装ではなくエプロンを持参した者たちが、ごそごそ中身が動くダンボールを次々に公民館の広い調理場に運び込んで行く。
そう言えば、ダンボールが置いてあった倉庫は驚く程綺麗だった。驚いている皆に、麻衣が笑いながら、昨日皆が帰ってから片付けたのだと言う。なるほど、元はこうだったのだろうと思えるくらい綺麗に収まりがついていた。
「まさか、こんなに連続してお菓子を作ることになるなんて、思わなかったわ」
シュラインが苦笑しつつ、固いカボチャを包丁で切り分けて行く。中身の炎はひとつ切る度に大きなカボチャの中に吸い込まれ、ひとつになって行った。…元から、ひとつだったものかもしれないが。
「あーん、もう。式だけじゃなくて慶悟さんも手伝ってよぉ」
「な、なんで俺が…手伝いを増員しただけでも喜んで欲しいものだな」
ちゃっかりと椅子を出して調理場の隅でストーブに手をかざして温まっていた慶悟が、茉莉奈に文句を言われると黙々と作業を続ける割烹着姿の式2人を指さす。
『ナベ、なべなべなべ』
「なーべ、なべなべ♪」
「ちょっと!動かないで!」
台の上に乗せられた巨大なカボチャがごろごろと転がっている。その振動で小麦粉が床に撒き散らされ、汐耶の怒鳴り声が響き渡った。一緒に歌っている蘭もだぶだぶのエブロンを引きずりながら一緒にリズムを取って歌っていて、その様子を見て汐耶が頭を抱えた。
「さて、それじゃ大物にかかりましょうか。ええと、まずはこのキングさんを洗って…」
『アラ――――ウ!』
「あっ、ちょっと待っ…!」
制止の声は、あと僅かというところで届かなかった。
ざばぁぁん…じゅぅぅぅぅぅ…たぷん、たぷん。
最初の音は、『洗う』と聞いて率先して水を張った大鍋の中に飛び込んだキングの音、そして…
――炎は水に弱い。
物も言わず、鍋の中でゆらゆらと揺れながら浮かんでいるカボチャの顔は、とても楽しそうに笑って見えた。
「人の話を、聞け…誰のためにこんな苦労したと思っているんだ」
こめかみをぐりぐりと指でマッサージしながらため息を吐く慶悟。
「…別の場所に移動してもらおうと思っていたのに」
小さな声でみなもが呟く。皆がその言葉を聞いてしん…となった、その時。
かさこそ、とダンボールの底で何かが動く音がした。
皆が目を見合わせ、そして茉莉奈が早足で行き、箱の蓋を開けて手を伸ばす。
『キ?』
「あ…1個、残ってた…」
じたばたと、状況が分からず暴れるカボチャが一個。中では僅かな炎がちろちろと燃えている。
「…おいで、こっちに」
茉莉奈が、連れてきたカボチャの中身を小さなコップの中へ手招きして移す。火種に見えるが燃える物がなくても取りあえずは問題ないらしく、中で時折目らしき穴を開いて調理されて行く自分の体たちを楽しそうに見守っていた。
近くに座っている慶悟には、歌らしき高音の小さな声も聞こえてきて。
そして、最後の1個が包丁で綺麗に何分割かにされた頃、さっきから姿が見えなくなっていた麻衣が戻って来て、新しい人員がもうすぐ到着することを伝えてきた。
山ほどある材料はパイやクッキー、パンなどのお菓子の材料に、残りは煮付けにまわすことにし、麻衣が走り回りながらあちこちに電話をかけまくったお陰でか、全く足りずにいた人手と材料と鍋があっという間に揃って行った。特に、近所のパン屋からの協力は酷く有り難かった。
一部を店でサービス品として扱うことを条件のほとんどボランティアのようなものだったから尚更で。
それでも時間は果てしなくかかり、ようやく全ての作業の見通しがついた頃にはもう日が暮れる所だった。
「お疲れ様でした。はい、今日のお礼です。いっぱいありますので皆さんどうぞご遠慮なさらず持って行って下さいね」
何回目になるかのカボチャ料理を作っているご近所の主婦蓮を尻目に、麻衣が深々と頭を下げ、皆に目を剥きたくなるような量のカボチャ料理をどさどさと手渡して行く。
「まだ作業は全部終わってないみたいだけど?」
奥を差してシュラインが訊ねると、にこにこしながら、
「後は此方でどうにでもなります。私はこれから配達があるのでご一緒できないんですけれど…ここに残っている分は、御手伝いしてくれた方々の晩御飯になるそうで」
「配達ですか」
「はい。この辺一帯の1人住まいのご老人や、ご夫婦のお家に回ります。それと、他の施設にも。たくさんあるので、配り甲斐がありますね」
玄関先まで見送った皆に手を振り、山ほど荷を積み込んだワゴンに乗り込んで走り去って行く。
それぞれの手にも、甘く煮付けたカボチャに、パイとクッキー、それに焼き立てのパンがしっかり手渡されていた。「いっぱいあるね。でも、もうおしゃべりしてくれないの?」
自分の目の前が見えなくなる程の量にぐらぐらとバランスを崩しかけながら蘭が言い、それを支えながら慶悟がまたため息を付いて、
「いや、食べるときに話されたら困る――というか、食べられるのか?これ…」
材料は言うまでも無く、昨夜一晩中遊び続けた、更に言えば持ち込んだお菓子類を勢い良く食べていたあのカボチャ。
顔をしかめるのも、良く分かるが。
「食・べ・る・の。他のひとに分けてもいいけど、自分でもちゃんと食べてね?」
ちらっ、と茉莉奈に横目で見られた慶悟がはいはい、と呟いて情けなさそうに肩を落とした。
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次の日、疲れがまだ抜けないのだろう、事務所に集まった面々のほとんどがぐったりとし、うち何人かは欠伸を噛み殺していた。
「ご苦労さん。調査費その他は後日送らせてもらうよ。ああ、それと御土産までもらって悪かったな」
材料が全部カボチャ絡みなのは洒落か?と笑いながら草間が煙草に手を伸ばす。皆の視線がさっとシュラインへ向けられたが、一瞬だけ目を逸らせながらもなぁに?と笑顔で返してくるのに何も言えずに皆がそれぞれの方向を向いた。
ふと脇を見ると。
むー、と口を尖らせながらも零は何も言わず草間を見ており、それが嬉しいのか草間がにやにやしながらライターを掴み、火を付ける。
しゅぼっ。
――ケケッ。
笑い声と共に炎が膨れ上がる。それはゆら、と笑顔のようなものを見せて、再びライターの中へと引っ込んで行った。
「あの…それは?」
「ん?ああ。あの日彼女が連れ帰って来たんだが、なんだかここが気に入ったらしくて」
草間が眼鏡の奥で小さく笑みを見せた。どうやら、あの炎はあの後ライターの中に入り込んでしまったらしい。
気が済んだら消えるだろうと草間が呟くように言って、ふー、と煙草を吹かす。その隣では零がしかめっ面をしながら腕を組んで草間を睨みつけている。
「お兄さんったら、炎の精霊が悲しむから煙草吸い放題だって言い張るんですよ。全くもぅ」
草間の満足する顔は良いとしても、それが事務所の経費に響くことが気がかりなようで、それが零のしかめっ面の原因だったらしい。
「まあまあ…草間さんが言うように、消えたら今度はあんたの気が済むまで禁煙させてやればいいのさ」
ぽん、と零が手を叩いて嬉しそうににっこりと笑い、
「いつまでも居座るようだったら、私が封印させてもらうわ」
消えないランプが欲しかった所なのよねー、と汐耶が悪戯っぽく微笑んで、こくこくと大きく頷く零とがしっと手を組んだ。
――草間自身はそれに気付く様子もなく、吸い終わった煙草を山と積んである灰皿の上に器用に積み上げ、まだ残っている例の菓子を冷蔵庫から出して美味しそうにぱくついていた。
「草間さんによろこんでもらえて、かぼちゃさんたちもよろこんでるかな?」
楽しそうな蘭の言葉に、ええ、と茉莉奈がにっこり笑い。
「きっとね。だって食べるのも食べてもらうのも大好きだったみたいだし、喜んでもらうのも好きだったみたいだしね」
そうだよね、と目を輝かせる蘭が可愛かったのか、茉莉奈が目を細めて小さな頭を撫でる。
散々彼らに振り回され、疲れはしたものの、満足行く出来だったと皆思っていた。
――だが。
依頼先からの報酬はきちんと届いてはいたが、送り主の名は無記名のままで。
『浅見…麻衣さん?…ハロウィンの取材で?そんな名前の人は知らないし、第一、雑誌の取材ならもっと大きなところに行くわよ?』
後で文句方々客を回してくれたことへの礼を電話すると、不審そうな声で否定され。
確認を取ってみた所、今回伺った場所に居た女性の姿は確認されているが、その地区の役員にも、関係者にも…要するに、今回依頼をして来そうな立場の範囲にはその様な名の人物は存在しないと言う事だけが分かったのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0389/真名神・慶悟 /男性/20/陰陽師 】
【1252/海原・みなも /女性/13/中学生 】
【1421/楠木・茉莉奈 /女性/16/高校生(魔女っ子) 】
【1449/綾和泉・汐耶 /女性/23/都立図書館司書 】
【2163/藤井・蘭 /男性/ 1/藤井家の居候 】
NPC
浅見麻衣
草間武彦
草間零
碇 麗香
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■ ライター通信 ■
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お待たせしました。「HELLOWEEN PARTY」をお届けします。
無事に終わってお疲れ様でした。困った彼らではありますが、強制撤去のようなプレイヤー様がいなかったのでほっとしています。生まれたての彼(ら)を消すかどうか迷いましたが、結果草間さんちの100円ライターの中に仮の住まいを見つけました。その内なんらかの理由で消えるでしょう。飽きて出て行くとか、満足して戻って行くとか切れた零ちゃんに捨てられるとか。それまでに事務所が酷いヤニに覆われないことを祈ります。うぅ。
今回は軽めの内容になっていますが、次回はホラー寄りにしていこうかと思っています。
その時また機会があればお会いしましょう。
今回の参加、どうもありがとうございました。
間垣久実
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