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真っ赤なセーラー服
のども渇いたしなにか飲もうかと、硝月倉菜は神聖都学園内にあるカフェへと足を向けた。
カフェの中は人がまばらで、ゆっくりと落ち着けそうだった。
適当なところに陣取って、さあ、注文に行こうか――と思った瞬間、倉菜の耳に不穏な単語が飛び込んできた。
命を狙われている――
学園の雰囲気にはおよそ似つかわしくない単語だ。
見ると、黒いローブを着た少年と、詰襟姿の少年が深刻そうな様子で話し込んでいる。
盗み聞きなど行儀が悪いと思ったものの、倉菜はふたりの会話に耳をすませた。
「……とまあ、こういうわけなんです。なんとなく、ただのいたずらっていうよりは、命を狙われてるとか、そんな感じかなって……」
とりあえずは落ち着ける場所ということで、神聖都学園内にあるカフェへと移動したふたりだったが、そこで鋼が少年――学園の生徒で、朝野時人というらしい――に事情を聞いたのだったが、事態は鋼が想像していた以上に深刻だった。
上から植木鉢やバケツが落ちてくるのはもはや日常茶飯事だし、しょっちゅう階段からつきおとされかけるし、食べものの中にガラスのかけらが入っていることもある、のだそうだ。
原因はわからないし、なにか心当たりがあるわけでもない。手がかりはといえば、、以前、階段からつきおとされかけたとき、ちらりと見えた赤いセーラー服のすそだけで……犯人のめぼしはまったくついていない、ということらしい。
「なんていうか……それで、よく、平然としてられるな」
時人のあまりにものんびりとした対応に、鋼は思わず肩を落とした。まったく、そんなにひどいめに遭っておきながら、どうしてこう平気な顔をしていられるのだろうか。
「まあ、これも修行のうちかな、って……思いません?」
「……普通は思わないだろ、それ」
首を傾げてにへら、とした表情で訊ねられ、鋼は思わずツッコミを入れた。時人は照れくさそうに笑う。
「あの……それで、その、今の状況でこういうことお願いするのって、なんだか図々しいかなって思うんですけど。もしよかったら、犯人探し、手伝ってもらえませんか?」
「まあ、乗りかかった船、ってやつだな。しょうがない、手伝ってやるよ」
「ほ、ホントですか!? ありがとうございます! 助かります!」
「……ま、気にするなよ」
ぱたつかせているしっぽが見えそうな勢いで頭を下げられ、鋼は思わず苦笑した。
もともと、総番などというものをやっていた関係上、後輩から懐かれるのには弱いのだ。
「……なにか、物騒な話をしていたようね」
そこに、後ろから声がかかる。鋼が振り返ると、ゆるくウェーブのかかった銀髪の、どこか神秘的な印象の少女が立っていた。
「あ、あの、あなたは……?」
時人が訊ねると、少女はふ……と笑みを浮かべる。
「私は硝月倉菜。立ち聞きはあまり行儀がよくないとは思ったのだけど、ちょっと気になる単語が聞こえたものだから」
「気になる単語、って?」
今度は鋼が聞き返す。
「命を狙われているそうね。同じ神聖都学園の生徒として、見逃してはおけないわ」
「じゃあ……その、硝月先輩も一緒に犯人を探してくれるんですか?」
「……ええ。あなた、もう少し詳しい話を聞かせてくれないかしら?」
倉菜が首を傾げる。
時人はやや赤面しつつ、何度も大きくうなずいた。
「すみません。少しお聞きしたいことがあるのですけど」
二手にわかれて探そう――そういう話になったので、倉菜は、風紀委員会を担当している教師に赤いセーラー服の生徒を知らないかどうか聞くために、職員室まで来ていた。
いくら制服が自由だと言っても、やはり、赤いセーラー服などそうあるものではない。生徒の服装のことなら、風紀の先生に聞くのが一番早いだろう、そう思ってのことだった。
「……ああ、硝月か。どうした?」
どこか体育会系のような雰囲気をかもしだしている男性教師は、倉菜を見るとにっかりと笑う。
「ええ、実は、赤いセーラー服の生徒がいないかどうかお聞きしたいのですけど……」
倉菜が『赤いセーラー服』と口にした途端、男性教師の顔色が変わった。
ここまで顔色が変わるというのは、ただごとではない。倉菜は内心を寄せながら、首を傾げた。
「先生、どうされたんですか?」
「……硝月、お前、どうして『赤いセーラー服』の生徒を探しているんだ……?」
「少し、事情が……聞かないほうがいいような生徒なんですか?」
「いや……。その様子だと、本当に知らないんだな」
男性教師がため息をつく。
「昔、旧校舎の階段から落ちて、亡くなった女子生徒がいたんだよ。その女子生徒の着ていたセーラー服は、彼女の血で赤くそまっていたんだとか……それ以来、学園内でその女子生徒の幽霊を見た、って噂が流れはじめて」
「……他には、赤いセーラー服には心当たりはないんですか?」
幽霊のほかにそんな生徒はいないのか、とりあえず倉菜は訊ねてみた。
男性教諭は、困ったような顔で首を振る。
「そうですか……ありがとうございます」
どうやら、その、旧校舎の階段から落ちて亡くなった女子生徒の幽霊、という線が一番ありそうな話だ。
なぜ、幽霊にうらまれているのかはわからないけれど……。
見たところ、特に幽霊からうらみを買いそうな様子はなかったのだが、なにか、見かけによらずとんでもないことをやらかしているのだろうか。
とりあえず、そんなことは今考えていても仕方がない。本人に聞いた方がいいだろう。
倉菜は、男性教諭に向かって深々と頭を下げた。
「……その様子だと、収穫はあったようね」
約束の場所で鋼たちと落ち合うと、倉菜は開口一番にそう言った。
鋼は重々しくうなずくと、言いにくそうに倉菜から視線をそらす。
「どうしたの?」
「……なんか、調査、してみたら……赤いセーラー服って、結構、有名な怪談らしくって……」
浮かない様子で、鋼の代わりに時人が答えてくる。
「やっぱり。私のほうも、風紀の先生からそう聞いたわ」
「僕、どうしたらいいんでしょう。その、お化けとかそういうの、全然ダメなんです」
時人はすっかり怯えた様子で、鋼にすがりつかんばかりだった。
「なにか、心当たりはないの? その子を怒らせるようなことをしたとか……話によると、その子、旧校舎の階段のあたりで亡くなったそうだけど」
「旧校舎の階段……?」
倉菜が言った途端、時人が顔色を変える。
どうやら、なにか心当たりがあるらしい。
「いったい、どんな悪さをしたんだ?」
鋼が時人のわき腹をひじでつつく。
「悪さをした、っていうか……僕、そういえば、この間、旧校舎の階段で転んだんです」
「そのときに、赤いセーラー服の幽霊を怒らせるようなことをしてしまった――ということでしょうね」
「……なんだ、ある意味自業自得じゃないか」
「ご、ごめんなさい……」
「私たちに謝っても仕方ないでしょう? ……行きましょう」
ため息をつくと、倉菜は踵を返した。原因がわかったのなら、直接、その原因のところへ行けばいいのだ。
交渉して終わればそれでいいし、もしもダメなら強制的に浄化してしまえばいい。どんな事情があろうとも、命を狙うほどの悪さをする霊を放置しておくわけにはいかない。
「あの、ど、どこにですか?」
「決まってるでしょう? 旧校舎よ。早くしないと日が暮れるわ」
短く言うと、倉菜はふたりを置いてすたすたと歩きはじめた。
「ここ……か」
時人が転んだという階段の前にたどりついて、鋼は緊張した面持ちでつぶやいた。
まだそう遅い時間でもないというのに、あたりはうっすらと暗くなっている。だが、この階段のまわりは、他と比べてさらに一段階暗いように思えた。
「いやな雰囲気ね」
「ああ、かなりな。でも、こんなところになにしに来たんだよ」
「ちょっと、教室を間違えちゃったんです」
「……どう間違えたらこんなところに来られるのか、理解に苦しむわ」
「方向音痴なんです。……すみません」
「まあ、たまには間違えることもあるだろ。気にするなよ」
すっかり落ち込んだ時人を、鋼はなぐさめてやる。こんなことをする柄ではないのだが、やはり、習性のようなもので、後輩が困っていたり落ち込んでいたりすると反射的になぐさめてしまう。
「この階段を上がってみれば、『彼女』に会えるのかしら」
そんな様子など気にもとめない様子で、倉菜が階段を上がっていく。
「……きゃっ」
5,6段上がったところで、倉菜が悲鳴を上げる。あわてて鋼が駆け寄ると、倉菜が背中から落ちてくる。
「わっ……!」
鋼はなんとか倉菜を支えた。だが、かなり小柄な鋼は倉菜とそう体格が変わらないため、思わずよろめいてしまう。
「ごめんなさい、もう大丈夫よ」
それを察したのか、倉菜はすぐに鋼から離れる。そして、階段の上の方に厳しい視線を向ける。
「ん、あっちになにか……」
言いながら倉菜の視線の先を見て、鋼は絶句した。
真っ赤なセーラー服――スカートのすそが血で赤く染まったセーラー服を着た髪の長い少女が、階段のところに浮かんでいる。
その表情は見るからに禍々しく、荒事には慣れている鋼ですらぞっとするほどだった。
「あ、あのっ、僕がなにかしてしまったんだったら、謝ります! だから……その……!」
言いながら飛び出していった時人が、あっさりとはじきとばされる。廊下に強く打ちつけられて、時人は苦しげに表情を歪める。
「……どうやら、聞く耳を持ってはいないようね」
倉菜が低く言う。彼女が手をかざすと、手の中に硝子でできたバイオリンが現れた。彼女がそれを構えると、バイオリンに色がついていき、やがて美しい飴色に輝く普通のバイオリンへと変化する。
倉菜はそっと弦に弓を乗せ、ゆるやかに動かす。ぴんと張りつめた音色があたりに響いた。
「ぐ……ぅっ……!」
その途端、少女の幽霊が苦しみはじめる。だがそれもつかの間のことで、少女の幽霊の輪郭はだんだんに薄れていき、ついにはすっかり消えうせてしまう。
「……終わったようね」
倉菜はバイオリンを下ろすと、弓を持った手で髪をかきあげた。
「終わったって?」
「浄化させたの。……あの様子じゃ、話し合いなんて無理そうだったから」
「なんか、すごいんだな」
鋼は素直に感心した。倉菜はやわらかく微笑む。
「そうでもないわ。まだ、あの子はそう強くはなかったから……」
「ま、朝野もよかったな。これでもう悩まされることもないだろ」
うずくまっている時人に鋼が声をかけると、時人は勢いよく起き上がった。
「ごめんなさい、僕、最後まで迷惑かけっぱなしで……!」
「いいのよ、気にしないで。邪魔にはなってないから」
「じゃ……邪魔……」
傷ついたらしく、時人がぐらりとよろめく。だが、すぐに気を取り直したらしく、
「と、とにかく! ありがとうございます! 助かりました!」
やたらに力いっぱい言ってくる。
「それで、あの、なにかお礼がしたいんですけど……」
「お礼、ねえ。別に大したことしたわけでもないしな」
「でもなにもしないのは僕の気がすまないです! なんだったら、せめて、お茶でも! それとか、うち、半分趣味みたいなマジックショップをやってるので……もしよかったら、なにか持っていってください!」
「……ま、まあ、それだったらお茶だけでもご馳走になろうかな」
「私もお邪魔させていただくわ」
時人の勢いに圧されて、鋼と倉菜はこくこくとうなずく。
「よかった、それじゃあ、早速! もしよかったらゴハンも一緒にどうぞ!」
すっかり憑き物が落ちた様子で、時人は嬉しそうにうなずく。
鋼はそれを見て、苦笑した。ここまで喜ばれるのは気分がいいが、本当にたいしたことはしていないので、どこか複雑な気分でもある。
だが、感謝されて悪い気はしない。鋼は時人に歩みよると、時人の肩にぽんと手を置いた。
時人は一瞬きょとんとしたものの、鋼に向かって満面の笑みを浮かべた。
「……ここが、マジックショップ?」
どこかごちゃごちゃとした、どう見ても下宿の一室にしか見えない部屋の中を見回し、倉菜は首を傾げた。
時人はいかにもこの部屋の主といったふうで、ごちゃごちゃとした中からポットやカップを見つけ出し、手際よくお茶を淹れている。ぱっと見、ポットやカップは汚れていないようで、倉菜はほっと胸をなでおろした。
「ほんとは、僕の部屋なんです。ちょっと、趣味と実益を兼ねて色々、売ってたりしますけど」
「……だから、ぱっと見にはごちゃごちゃした部屋に見えるのね」
「こ、これでも整頓してるんですけど……」
倉菜の冷静なツッコミに、時人ががっくりと肩を落とす。
「でもなんか、色々変わったものが置いてあるんだな。これって、触ったりしてもいいのか?」
手近にあった置物をいじくりながら鋼が言う。
「危ないものは多分ないので、大丈夫だと思います。欲しいのがあったら、言ってください」
「欲しいのもなにも……なんかガラクタが多いような」
「……」
鋼の感想に、時人はまたもや肩を落とす。
倉菜はくす、と笑いながら、部屋の中を見回した。
「そういえば、なにか、魔法使いの楽器に関する書物は置いていないのかしら?」
「楽器に関する本――ですか?」
「ええ。私、楽器職人だから……魔法使いの楽器にも興味があるの」
「えっと……だったら、これなんかどうかと思うんですけど」
辺りをごそごそと探って、時人は何本か弦の切れた、古ぼけたハープを出してくる。大きさとしては、だいたい、70センチくらいだろうか。倉菜はずっしりと重いそれを受け取った。
通常、オーケストラなどでで使われるハープの弦はナイロン製なのだが、このハープの弦は金属かなにかでできているようだ。多分、真鍮だろう、と倉菜はあたりをつける。見た目と手触りからして、本体の材質は柳だろうか。
「これ、クラルサッハって言うんです。ゲール語で『ハープ』って意味の、ケルトの楽器なんですけど……修理が必要なんですけど、もしよかったら、それ、差し上げます」
「……いいの? 随分と珍しいもののようだけど」
「はい。僕が持っててもどうせ弾けないし……。楽器って、弾いてくれる人のところにあった方が、いいんじゃないかなって思うので」
「……じゃあ、ありがたくいただくわ。ありがとう」
「僕のほうこそ、助けてもらっちゃって……ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げられて、倉菜は微笑んだ。
「う、うわっ」
そのとき、鋼の叫ぶ声が聞こえた。声のした方を見ると、鋼ががらくたに埋もれている。
「わ、大丈夫ですか!?」
時人があわてて鋼に駆け寄る。
それを見て倉菜は、薄く笑みを浮かべた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2239 / 不城・鋼 / 男性 / 17歳 / 元総番(現在普通の高校生)】
【2194 / 硝月・倉菜 / 女性 / 17歳 / 女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒)】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして。発注ありがとうございます。今回執筆を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹と申します。
倉菜さんは楽器職人さんだそうで、バストアップやピンナップにもバイオリンをお持ちのものが多かったので、クライマックスではバイオリンを弾いていただきました。実は自分も少々楽器をやっていたりいたしますもので、書いていて楽しかったです。
どんな楽器にしようか悩んだのですが、自分のやったことのあるものの中で一番倉菜さんのイメージにあいそうな、なおかつそれほどかさばらないもの――ということでバイオリンを選びました。さすがにピアノは大きすぎますし、クラリネットはちょっと倉菜さんのイメージにはあわないような気がいたしましたので……。
魔法使いの楽器、というのも色々と考えたのですが、結局はクラルサッハにさせていただきました。かなりマイナーな楽器ですが、これでよかったかな……? と少し心配です。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどございましたら、お寄せいただけますとありがたく思います。ありがとうございました。
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