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駅前マンションの怪
●小さな泣き声
その日シュライン・エマは、草間興信所の居候神様・桐鳳の探しものに付き合わされた帰りであった。
「まったく、駆り出されるこっちは良い迷惑だ」
一緒に引っ張り出されていた草間武彦がわざとらしく溜息をつく。
「ええ〜? でもさあ、騒ぎになったら大変だと思わない、ねえ、シュラインさん?」
「そうねえ。何事もなかったのならそれはそれで良かったのかしらね」
くすくすと笑うシュラインに、桐鳳が満足げに頷いた。
そんなふうに呑気に帰路を歩いていた時だった。シュラインの耳に、小さな子供の泣き声が飛び込んできたのは。
「どうした?」
「今、子供の泣き声が……」
武彦は言われて周囲に視線をやったが、目の届く範囲にそれらしき子供はいない。
「子供の泣き声……?」
桐鳳も耳を澄ませてみる。と、確かに子供の泣き声が聞こえる。それも、人間ではない者の――霊感などのないシュラインは気付いていないようだが、泣き声の主の気配は人間のそれではなかった。
「あっちの方ね」
そうしてシュラインが指差した先に聳え立つは地上二十階建ての駅前マンション。
一瞬武彦がうっと身を引いた。
「武彦さん?」
「怪奇事件じゃないだろうなあ……。依頼だけでもうんざりしてるってのに――」
「だからって泣いてる子供を放ってはおけないでしょう?」
「まあ、そうだが…」
言い合う二人を見上げて、桐鳳はにっこりと無邪気に笑い掛けた。
「それじゃ、様子を見に行ってみようか」
こうして武彦の了承はうやむやのままに、三人は駅前マンションの中へと入って行った。
コミュニティスペースには珍しく人の姿はなかった。平日の昼間という時間帯のせいもあるのだろう。
「ああ、あそこか……」
「え?」
中の様子を確認した途端、桐鳳が苦笑を浮かべた。
「何か見つけたのか?」
「あれ」
シュラインと武彦の問いに、桐鳳はコミュニティスペースの一角に飾られている小さな門松を指差した。
「多分、来たはいいけど帰り道がわからなくなっちゃったんじゃないかなあ」
「年神様が?」
門松に導かれてやってくるのは年神様。瞬間的に浮かんだ問いは、こくりと肯定の頷きで返された。
「うん」
「あら、大変。お見送りしないといけないわねえ」
とはいえ、今すぐここで実行するには準備が足りない。泣いている年神様には悪いが、一旦戻って準備をしてから来ても遅くはないだろう。
●駅前マンションのどんど祭
ちょうど興信所に来ていた真名神慶悟も巻きこんで。シュラインと慶悟の二人がやってきたのは近場の神社である。
迷子の少年が年神で、門松に導かれてやってきたのならば、どんど祭――正月の門松や古くなった取り替えられた注連縄(しめなわ)や神具、他の神社仏閣で付与された各種の守り札などをお祓いを受けた炎で燃やす、お炊き上げの祭事のことである。――で門松を燃やすことで帰り道を示すことはできないだろうかと考えたのだ。
だが残念ながらすでに時期はずれ、どこの神社もすでに祭は終わっていた。
「うーん、となるとあとは私たちて直に焼くか、別の方法を考えないとね」
「一度その神様に会いに行くか?」
できればある程度帰る方法を見つけ、安心させてあげられるようにしたいとの思いもあって先に神社を訪れたのだが……。
まあ、終わってしまっているものは仕方がない。
駅前マンションにやってくると、そこにはすでに先客がいた。
「こんにちわ」
マンション入口でなにやらチラシを張っている天薙撫子と目が合って、シュラインと慶悟も笑顔で返す。
「こんにちわ、なんのチラシ?」
言いつつ覗きこむと、それはどうやら駅前マンションでどんど祭をやるというお報せであるらしい。
「・……もしかして、そこの少年年神のためか?」
慶悟の問いに、撫子はにっこりと微笑で頷いた。
「ええ。お二人もあの子をご存知だったんですか?」
「私たちもあの子の帰り道を探そうと思ってたのよ」
「放っておけるものでもないしな」
「でしたら、是非参加してくださいな。では、私は準備があるのでこれで失礼いたします」
ぱたぱたと小走りにマンションに向かう撫子を見送って、コミュニティスペースの方へと向かった。
と、そこにも先客が一人。・……というか、少年年神の傍に、可愛らしい人形のような少女が一人。
ちなみに、外見の褒め言葉ではなく、言葉の通り――少女の姿は小さく、人形のような感じだったのだ。
「あら、楽しそうねえ」
少女に遊び相手になってもらって、迷子の年神様は結構気が紛れている様子だった。
「こんにちわ〜」
少女がテーブルの上からにっこりとお辞儀した。
「あんたもこの神様の帰り道を探してるのか?」
その問いに、少女はふるふると首を横に振る。
「私はそういったことには詳しくありませんから……。でも、泣いているのを放ってもおけないので、準備が終わるまで一緒に遊んでいようかと」
少女との遊びに参加するか、撫子の手伝いにまわるか少しばかり悩んだ二人であったが、結局。
慶悟の式神を遊び仲間として数体置いて、二人は撫子の手伝いをするべく大家の部屋の方へと向かったのであった。
●年神様の御帰還
急ぎの祭であったため、結局参加者は全部で五人――祭の企画者である天薙撫子と冠城琉人。撫子や琉人と同様、年神の帰り道を探すべく駅前マンションにやってきたシュライン・エマと真名神慶悟。偶然泣いている年神を目にして遊び相手にまわっていたセフィア・アウルゲートだ。
「それでは、始めましょうか」
コミュニティスペースに置き去りになっていた門松を屋上に置いて、撫子がにっこりと宣言する。
「上手く帰り道が見つかれば良いのですけれどねえ」
いつのまに用意したのか、屋上の一角になぜかお茶スペースができている。十数種類の茶葉に囲まれ、自身もお茶を飲みつつ、琉人がのんきに呟いた。
「見つからないの?」
琉人の言葉を何故か悪い方に受け取って、年神の少年がぐすりと目に涙を溜め始める。
「大丈夫よ、そんなに泣かないで」
シュラインの慰めを聞きつつ、慶悟が小さく息を吐く。
「神ならば、それなりの威厳を持たねばな。背筋を伸ばし毅然と構える。泣いていては神としての尊厳も台無しだ。だから泣かずに帰る方法を考える。良いな?」
きっぱりとした声で言われて、年神のほうも納得したらしい。こくりと頷いて、涙を拭う。
「きっと大丈夫ですよ」
年神に抱かれたままのデフォルメセフィアがにっこりと年神に笑いかけた。つられるようにして年神の少年も笑う。
「では、いきますよ」
門松に火が点けられる。
冬の強い風の中であったが、それは勢いよく燃えて、煙が天高くへと昇って行く。
「どう? 帰り道は見える?」
シュラインの問いに、年神の少年は必死に煙と炎の行く先を見つめた。
ふいに、少年の表情が明るくなった。
「見つかりました?」
つられて表情を明るくした撫子に、年神の少年はこくこくと元気に頷く。
「それはよかった。ではこれはお土産にどうぞ」
琉人オリジナルブレンドの日本茶の他数種類の茶葉をひょいと少年に手渡すと、少年はきょとんと茶葉を見つめて、琉人を見上げた。
「とても美味しいお茶ですから、是非みなさんで飲んでください」
少年はぺこりっとお辞儀をして、ふわりと宙に舞いあがる。
「あ、手ごろなサイズ出すけど私を持ち帰られたら困ります〜」
言われて、少年はぱっと慌てて手を離した。どうやらセフィアを抱いたままであったことをすっかり忘れていたらしい。
少年はセフィアを離してから再度、深々とお辞儀をして、今度こそ。
空高くへと飛び去っていった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業
0086|シュライン・エマ |女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0328|天薙撫子 |女|18|大学生(巫女)
0389|真名神慶悟 |男|20|陰陽師
2209|冠城琉人 |男|84|神父(悪魔狩り)
2334|セフィア・アウルゲート|女|316|古本屋
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■ ライター通信 ■
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こんにちわ、日向 葵です。
今回は依頼へのご参加ありがとうございました。
すみません、〆切ギリギリ‥‥お年始の季節はとっくに過ぎてしまいましたねえ(涙)
もともとお年始より少しずれた時期の話――1月下旬くらいを考えていたのですが、2月にまたがってしまったのはちょっと予想外でした。
ちょぴりと風邪で寝込んでしまいまして。まだ寒い毎日が続きますが、皆様もどうぞ体調にはお気をつけくださいませ。
それでは今回はこの辺で。
またお会いする機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
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