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<東京怪談・PCゲームノベル>


駅前マンションの怪

●年始の挨拶に

 正月は親戚との付き合いのほうが忙しく、一月も終わりの頃になってようやっと、撫子は駅前マンションの方へと行くことができた。
 遅れてしまったとはいえお年始のご挨拶ということで、お土産もしっかり持参。
 今回のお土産はやっぱり直接会いに来ようとはしない祖父からの名酒。それにお手製の酒まんじゅうと日本茶だ。
 祖父は出がけの撫子を見つけて、わざわざお酒を持たせてくれたのだ。祖父自身もずいぶんと楽しみにしていた名酒だと言うのに、あっさりと手放したのは少しばかり驚いた。
「そんなに気になるなら直接お会いになれば良いのに」
 あいつは宿敵なんだと言い張り絶対に駅前マンションの大家と顔を合わせようとしない祖父ではあるが、ぽつりぽつりと話す祖父の話から推測してみるに、お互いの関係は良いライバルと言った感じだ。
 まあ、祖父は厳格ながら――厳格だからと言うべきか。子供っぽく頑固な部分があるから、撫子の説得などではそうそう受け入れてはくれないだろう。
 そうして結局いつでもその仲介役は撫子が引き受けることになるのだ。
「そう言えば……大家さんから昔のことって聞いたことがありませんわねえ」
 駅前マンションが見え始めたところで、ふと気付いて声に出す。
 たいがい駅前マンションのほうで何がしかの騒ぎが起きるからそういう話の流れにならないだけだという説もあるが、そういえば大家から祖父の話を聞いたことはない。
 母や祖父と顔見知りであるのは確実なのだが……。
 まあ、あんまり人の過去を詮索するものでもないし、ちょくちょく通っているうちにそれとなく昔の話も出るかもしれないし。
 のんびりマイペースに歩いて撫子は、駅前マンションの中へと入って行った。
 と、その時。
「子供の泣き声……?」
 ぐるりと周囲を見てみるが、今日はコミュニティスペースには誰もいない様子。だが確かに泣き声はこの近くから聞こえてくる。
 このマンションのことだから、人間ではない存在の泣き声ということも充分に予測できる。
「……大家さんに伺ってみるのが一番早いでしょうか」
 撫子は、大家の部屋のチャイムを鳴らした。


●お茶会をしよう

 大家の老人は撫子の姿を目に留めるとにっこりと笑って、すぐに撫子を中に招き入れてくれた。
 年始のお決まりの挨拶をして、お土産を渡して一息ついてから、さっそく大家の老人に聞いてみる。
「あの、お伺いしたいことがあるのですけど」
「うん?」
「さきほどそちらの方で子供の泣き声が――」
 と、その時。
 チャイムの音が鳴って、老人がサッと立ちあがった。やってきたお客と玄関先で二言三言話してから戻ってくる。そうして話を再会しようとした時。
 ぴたりと泣き声が止んだ。
「あら?」
 よい事ではあるのだが、一体外で何があったんだろうと撫子は外の様子を窺いに行く事にした。
 さっきまで誰もいなかった一階コミュニティスペースにはいつのまにやらマンションの住人が一人、やって来ていた。何度か顔を合わせたこともある青年――冠城琉人だ。
「良かったら天薙さんもどうですか?」
 お茶を手に泣き止んでいる子供の隣で、琉人がにっこりと笑う。
「そうですね・……せっかくですから頂きましょう」
 こうして、コミュニティスペースではのほほんとしたお茶会が始まった。
「あ、先ほどの質問なのですが」
「ああ、なんだい?」
 撫子の問いに、老人はずずっとお茶を飲みながら相槌を打つ。
「この子はいったいどうして迷子になってしまったのでしょう?」
「ああ、私もそれは聞きたいところです。帰り道を探すにしても、どこから来たのかわからないと探せませんし」
 二人の問いに、大家の老人は湯のみのお茶をきっちり呑み干してから答えた。
「そこの門松に導かれてやってきた年神様だよ。帰るタイミングを逃して、帰り道がわからなくなったらしい」
「おやまあ」
「うーん、それでしたらどんと祭でお返しできるでしょうか…?」
 どんと祭とは正月の門松や古くなった取り替えられた注連縄(しめなわ)や神具、他の神社仏閣で付与された各種の守り札などをお祓いを受けた炎で燃やす、お炊き上げの祭事のことである。
「そうですねえ、街中でやるわけにもいきませんが……」
「火の元に気を付けてくれるなら屋上を使っても構わないぞ」
「ありがとうございます」
 二人がほぼ同時に頭を下げる。
「あ、せっかくですから正月行事にしませんか? お餅付きの時みたいに人を誘って」
「それは楽しそうですねえ」
 琉人としてもお茶を広めるチャンスはあり難い。
 こうして、神様の帰り道を示すべく、駅前マンションどんと祭の開催が決定したのであった。


●年神様の御帰還

 急ぎの祭であったため、結局参加者は全部で五人――祭の企画者である天薙撫子と冠城琉人。撫子や琉人と同様、年神の帰り道を探すべく駅前マンションにやってきたシュライン・エマと真名神慶悟。偶然泣いている年神を目にして遊び相手にまわっていたセフィア・アウルゲートだ。
「それでは、始めましょうか」
 コミュニティスペースに置き去りになっていた門松を屋上に置いて、撫子がにっこりと宣言する。
「上手く帰り道が見つかれば良いのですけれどねえ」
 いつのまに用意したのか、屋上の一角になぜかお茶スペースができている。十数種類の茶葉に囲まれ、自身もお茶を飲みつつ、琉人がのんきに呟いた。
「見つからないの?」
 琉人の言葉を何故か悪い方に受け取って、年神の少年がぐすりと目に涙を溜め始める。
「大丈夫よ、そんなに泣かないで」
 シュラインの慰めを聞きつつ、慶悟が小さく息を吐く。
「神ならば、それなりの威厳を持たねばな。背筋を伸ばし毅然と構える。泣いていては神としての尊厳も台無しだ。だから泣かずに帰る方法を考える。良いな?」
 きっぱりとした声で言われて、年神のほうも納得したらしい。こくりと頷いて、涙を拭う。
「きっと大丈夫ですよ」
 年神に抱かれたままのデフォルメセフィアがにっこりと年神に笑いかけた。つられるようにして年神の少年も笑う。
「では、いきますよ」
 門松に火が点けられる。
 冬の強い風の中であったが、それは勢いよく燃えて、煙が天高くへと昇って行く。
「どう? 帰り道は見える?」
 シュラインの問いに、年神の少年は必死に煙と炎の行く先を見つめた。
 ふいに、少年の表情が明るくなった。
「見つかりました?」
 つられて表情を明るくした撫子に、年神の少年はこくこくと元気に頷く。
「それはよかった。ではこれはお土産にどうぞ」
 琉人オリジナルブレンドの日本茶の他数種類の茶葉をひょいと少年に手渡すと、少年はきょとんと茶葉を見つめて、琉人を見上げた。
「とても美味しいお茶ですから、是非みなさんで飲んでください」
 少年はぺこりっとお辞儀をして、ふわりと宙に舞いあがる。
「あ、手ごろなサイズ出すけど私を持ち帰られたら困ります〜」
 言われて、少年はぱっと慌てて手を離した。どうやらセフィアを抱いたままであったことをすっかり忘れていたらしい。
 少年はセフィアを離してから再度、深々とお辞儀をして、今度こそ。
 空高くへと飛び去っていった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

0086|シュライン・エマ   |女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0328|天薙撫子       |女|18|大学生(巫女)
0389|真名神慶悟      |男|20|陰陽師
2209|冠城琉人       |男|84|神父(悪魔狩り)
2334|セフィア・アウルゲート|女|316|古本屋

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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ、日向 葵です。
 今回は依頼へのご参加ありがとうございました。
 すみません、〆切ギリギリ‥‥お年始の季節はとっくに過ぎてしまいましたねえ(涙)
 もともとお年始より少しずれた時期の話――1月下旬くらいを考えていたのですが、2月にまたがってしまったのはちょっと予想外でした。
 ちょぴりと風邪で寝込んでしまいまして。まだ寒い毎日が続きますが、皆様もどうぞ体調にはお気をつけくださいませ。

 それでは今回はこの辺で。
 またお会いする機会がありましたら、よろしくお願いいたします。