コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『G@ME』
 明度の低いランプが照らす部屋には濃密な紫煙の帳が降りていた。
 酒や料理の染みに様々な傷がついたテーブルには二組のカードが捨てられており、そしてそのテーブルに向かい合って座っているのは、アッシュブロンドの男と身なりは貧相だが、顔は精緻な彫刻かのような男だ。
 双方が持つカードをテーブルにカードを捨てた二人の男がそれぞれ覗いている。
「コール」
 彼は一枚カードを引いて、そして賭け金を倍額にする。
 ポーカーフェイスという物はその瞬間に彼の相手の男から消え去った。
 彼もその瞬間にクールに口元に微笑を刻む。
「負けだ、俺の」
 男は自分の持っていたカードをテーブルの上に捨てた。そしてぞんざいに頭を掻きながら、彼をたまらないという表情で睨めつける。
「ったく、あんた、何者だい? ここに入ってきた時はたったの1ドルしか持ってなかったのに、今やここにいる誰よりも大金持ちだ。俺たちは一応、これで飯を食ってんだぜ」
 彼は髪を掻きあげながら、微笑を浮かべる。
「今はただ、小金持ちですよ。でも、そうですね、いずれ、私の名前を耳にする時が来るでしょう。リンスター、その名を覚えておいてください。ええ、その名を覚えておいて損はありませんよ。今夜、稼がせていただいた分はあなたに株で儲けさせてあげますよ」
「株? はん、この金で会社でも起こそうってのかよ?」
「ええ」
 彼があさっりと頷いた瞬間、店は大爆笑の渦に巻き込まれた。
 だけどその後、彼らは、ここアメリカで発行されている世界の有能なビジネスマンを紹介する雑誌でその男が言っていた事がなんら歯牙にもかけることの無いたわ言だったのではなかった事と、彼の名前を知ることになる。
 それはセレスティ・カーニンガムが陸にあがったその日の夜の出来事であった。

 浅いまどろみの海を意識がたゆたう感じは、深い碧の色に満ちた深海を泳いでいた人魚時代の感覚を思い出させる。
 いや、ひょっとしたら人の姿を持ち、陸にあがり、そしてリンスター財閥を創設して、そこで様々な人間に出会い、触れ合い、長い時を過ごしてきたその記憶はほんの一瞬のまどろみが見せたただの夢かもしれない。
 瞼を開いて、視界に映った世界は深海の光景だった。
「夢? これが夢? これは夢? あれが、夢?」
 こぽこぽ、と気泡が目の前をたゆたう。
 セレスティは尾を舵のようにしならせて、深い碧の色が満ちた深海から海上を目指して浮上する。
 ただの人ならば明らかにダイバー病になるスピードで、海上を目指す。
 海中に飛び込んでくる光の筋をたわむれるように回避しながら泳ぐ回遊魚。
 仲間の人魚が、セレスティを見つけて集まってくる。
 セレスティはただ海上を目指した。
 そこに何があるのだろう?
 こぽこぽ、と気泡が目の前をたゆたう。
 踊っているようだ。
 そして彼は揺れる水面を突き破って、空中を舞った。
 太陽の光だと想っていたのは月の光。
 瞬く星々を観衆に、月の蒼銀色のスポットライトを浴びて、虚空を踊ったセレスティはどこかからか聴こえてくる美しい歌を聴いたような気がして・・・

 りりーん。りりーん。りりーん。
「う、うーん」
 ベッドの脇に置いてあるテーブルの上から心地よい眠りについていたセレスティを何の労わりもなく呼び起こすベルの音。
 ふわふわの羽根布団に包まれながらその中から手だけを伸ばして、セレスティはつい最近、アンティークショップで買ったレトロな黒のダイヤル電話の受話器を手に取った。
「もしもし・・・」
 低血圧の少女のような声を出したセレスティに、
『やだ。ひょっとしてまだ寝ていたんですか?』
 笑いを噛み殺したような声。
 セレスティは上半身を起こし、寝癖のついた髪を指で梳きながら、まだ半分瞼が閉じた目で、部屋の隅に置かれたグランドファザー・クロックを見た。時間は、
「12時半、ですか」
『そうですよ。もうお昼』
「うーん、久々にこんなに寝れました」
『仕事のしすぎですよ、セレスさん』
「あなたがそれを言いますか、イヴ嬢」
 二人で笑った。
 セレスティは今や世界で誰もが知っている大財閥の総帥。
 そして、イヴ・ソマリアは歌にドラマにとひっぱりだこの今をときめく人気アイドル歌手。
 両方ともそのスケジュールは分刻みだ。
「それでどうしましたか?」
『ええ。セレスさん、この時間でも寝れてるって事は、今日はお休みですね?』
「ええ。あなたも今日はオフのようですね」
『ええ。それでね、年末の忘年会&ドラマの打ち上げのビンゴゲームでボードゲームを当てたんで、一緒に遊びません?』
 ボードゲーム・・・
「予知夢、ですかね?」
 うっすらと脳裏に残っている夢の残滓。
『何か言いました?』
「いえ。ええ、いいですよ。面白そうです」

 リンスター財閥総帥の屋敷はさすがに半端ではない。
 そこらのホテルの最上階にあるスイートルームよりも豪華だ。
 小さな水族館にあるような円柱の水槽の中で泳ぐ色鮮やかな熱帯魚を眺めながら、イヴはご機嫌そうな声を出した。
「セレスさん。前に見た時よりも数が増えてませんか?」
「ええ。繁殖に成功したんですよ」
「うわぁー、すごい♪ さすがはセレスさんですね。こういうのって難しいのでしょう」
「いや、そうでもありませんよ」
 セレスティはえんぴつは指で折れるよ、という当たり前さで、言った。
 イヴは頬にかかる髪を掻きあげながら、微笑む。
「いいですよねー、熱帯魚って。心が落ち着きますもの。わたしも欲しいんですよねー、熱帯魚」
「ああ、では、数匹持っていきますか?」
「あ、ほんとですか?」
 こくりと頷いて、セレスティは指を鳴らす。そうすると、水槽からバレーボール台の大きさの水球が浮き上がる。その中には10匹の熱帯魚が入っていた。不思議な事にその水球に手で触れても、それは壊れないし、手の平も濡れない。
 イヴはきゃっきゃっと喜んだ。
 そしてそれを椅子に座った彼女は両腿の上に置いて、ボードゲームを開き始めた。
「これは、何ですか?」
 セレスティは小首を傾げた。
 イヴは呆気に取られた表情をする。
「セレスさんってそういうところありますよね。誰も知らない事を知っているかと想えば、こういう誰でも知ってる物を知らないんですもの。これは人生ゲームっていうものなんですよ」
「人生ゲーム?」
 セレスティは不思議そうな顔で、イヴに手渡された説明書を読み始めた。
 イヴは水球の中の熱帯魚を眺めながら、何かを思い出したようで嬉しそうな顔をする。
「そうそう、熱帯魚といえば、こないだまで撮っていたドラマで共演した小学生の女の子がいるんだけど、彼女、熱帯魚を主人公にした映画のタイトルを戦うお父さんだと想っていたんですって」
「ああ、見つける、を、戦うに取ったって?」
「そうそう。かわいいわよねー」
 さすがはセレスティ。一読で人生ゲームを理解したらしい。さらには彼は、
「イヴ嬢、分身で増えてください。大勢でやった方が面白い♪」
 などと通の発言をする。
 そしてセレスティと五人のイヴとで、ルーレットの数で順番を決めて人生ゲームを始めた。
「ふふん。天下のリンスター財閥総帥も人生ゲームではただの人よね」
 と、嬉しそうに発言したイヴであったが、
「6ですね。ん、もう一回ルーレット。3が出たら特殊イベント発生、ですか。・・・・・・あ、3が出た。・・・・・・ルーレットを回して、出た数のカードの役をできるですか」
 セレスティはルーレットを回した。出た数は1だ。
「1ですね、セレスさん」
 イヴはカードボックスから、1のカードを引いて、そこに書かれた文面を読むと、呆れたような表情をした。
「なんて書いてあるんです?」
「拾った宝くじが当たっていて、大金持ちですって、って、ありえな〜いぃ」
「はは。やっぱり大金持ちはただのゲームでも大金持ちになるもんなのですね」
 悔しがるイヴを横にセレスティは気障っぽく前髪を掻きあげながら意地悪っぽく微笑みながら、ドル紙幣に似せて作られたお金を五人のイヴからそれぞれ2枚ずつもらった。
 イヴはぺろりと唇を舐めて、
「わたしも6出ろ」
 しかし、出たのは4で、そして初っ端からイヴは結婚した。
「はい、セレスさん、ご祝儀ください」
「ええ、いくらでも」
 と、セレスティはお金を渡す。
 イヴはにんまりと笑いながら、お金を数えて、自分の前のテーブルに広げて置いた。
「はぁー、結婚かー、憧れますよねー。わたし、やっぱり式は教会がいいですわー。純白のウェディングドレスを着て、ブーケを投げるんです♪ その時はセレスさんが取れるように投げますね」
 セレスティは回るルーレットを眺めながら肩をすくめる。
「冗談でしょう。誰が結婚なんて」
 イヴはセレスティが作ったカクテルを飲みながら、けたけたと笑った。
「セレスさん、恋愛否定派ですからね。それを知らないマスコミは天下のリンスター財閥総帥セレスティ・カーニンガムは政略結婚の相手を探しているって、それはもう情報集めに必死で・・・って、ちぃ。縁起が悪いわね。なんで早々に離婚なのよ。しかも離婚してから妊娠発覚で、子どもが増えるって」
「イヴ嬢、六人目ですね、子ども」
「いいのよ。子沢山。おおいに結構」
 離婚の慰謝料で全財産を失って、そこにすぐに入ってきたお金でイヴは、会社を興し、社長になった。
「この人生ゲームって、本当に有り得ない事が起こるわよね」
「ゲームですからね」
 肩をすくめながら淡々とした声でそう言ったセレスティに、イヴはけらけらと笑う。
「事実は小説よりも奇なり。1ドル紙幣を握り締めて、入った店で一夜に稼いだお金でリンスター財閥を興すほうがだけど、ゲームや小説みたいですよね」
「実力があってこそですよ」
 セレスティはカクテルを飲みながら、気負う様子もなく言い切る。それはまさしく神に与えられた彼だけの特権のようだ。
「いいですねー♪ ぜひ、わたしの芸能活動の指針も占いで導き出してくださいよ」
 小生意気そうな仔猫のように微笑む彼女に頬杖つきながらセレスティはふふっと笑う。それはもう、とても意地悪そうに。
「良いのですか、占ってしまっても? どんな結果が出てもかまいませんか?」
「うわぁ。なんか、今夜のセレスさん、意地悪じゃありません? ひょっとして、昼間に電話で起こした事、怒ってます?」
「あははは。まさか。私はそんな小さな男ではありませんよ」
「表情がなんか嬉しそうですよ、セレスさん」
 セレスティは肩をすくめる。そして何か妙に余裕めいた表情を組んだ指の上に乗せた顔に浮かべた。
「だけどまあ、どんな占い結果が出ても、怖くはない。そう、たとえ明日に私のリンスター財閥が滅びると占いに出たとしても私としては、究極的にはどうでもいい事なのですよ。だって、ほら、私は、長生種。そしてあなたもね。結局は今など、その私たちにとってみればほんの瞬きの時間でしょう」
 しかし、イヴはそれにどこか寂しげな微笑を浮かべた。
 セレスティにもその訳はわかっている。
「そう、だからこそ人間に恋をしているあなたは辛いかもしれませんね。私やあなたにとってみれば今を生きる人間はただの路上で擦れ違う程度のようなものなのだから。その人間にあなたは・・・」
 イヴは頬にかかる髪を掻きあげながら、カクテルを飲むセレスティに微笑みかける。
「だからセレスさんは恋をしない?」
 セレスティは肩をすくめる。
「かもしれませんね」
「嘘つき」
 くすっと笑いながらイヴはルーレットを回し、そして出たマスは、
「わぁ、幼い頃の夢を叶えるですって♪」
 イヴは職業カードの中からアイドルのカードを選び出した。
「ゲームでもアイドルなんですか?」
「ええ、そうですよ。イヴ・ソマリアは今をときめくアイドルなんですから。セレスさんだって結局はゲームの中でも大金持ちやってるじゃありませんか」
 セレスティは肩をすくめる。
「そういえばセレスさんの夢って何なんです? 何を想って、陸に上がってこられたんですか?」
「秘密です」
 ルーレットを回す。イヴの目が細まったのはまたセレスティが大会社の社長になったからだ。これで6個の会社の社長になっている。本当に現実でもゲームでも大金持ちになるのだからすごい。そんな彼の秘密ごととは・・・
「何なんですか?」
「だから秘密ですって」
 イヴと自分の分のカクテルのおかわりを作りながら、セレスティは笑った。そして逆に彼女に問いかける。
「イヴ嬢、あなたの夢って何です?」
 イヴはにんまりと瞳を細めて、微笑む。
「きまってます。この世界に同胞を招くこと。そしてハリウッドに進出ですね」
「ハリウッドですか?」
「ええ、ハリウッド。ブロードウェーの舞台で踊るのもいいですね」
 うっとりと微笑むイヴに、セレスティもにこりと微笑む。どちらも彼女にとっては夢ではないだろう。それだけの美貌もあるし、また適応力もある。最大の武器は長い時間。
「では、イヴ嬢。あなたがハリウッドに進出するときは、私がスポンサーになりましょう」
「あら、そんな事をすれば、マスコミに騒がれますよ。美貌の大財閥総帥は美少女アイドル歌手にぞっこんって♪」
「それは本望ですね」
「嘘つき」
 セレスティとイヴは笑いながら、人生ゲームを楽しんだ。