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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


TheLordOfTheSpirits〜第三部:TheReturnOfTheSpirits〜

■Opening:GoodMorning.

草間武彦は、コーヒーのカップを手にしたまま一冊の手帳に目を通していた。
本来ならまだ事務所で仕事をしている時間ではないのだが、今日は別である。
ここ連日手がけている事件の…大詰めを迎えるであろうこの日。
草間は依頼人の神城由紀(かみしろゆき)から預かった由紀の祖父の手帳を読んでいた。
そもそも、今回の依頼は、行方不明になった式霊を捜索して欲しいという事からはじまった。
行方不明になったのは”十二支式霊”と呼ばれる極めて珍しい式霊。
この式霊は代々限られた家系に受け継がれる干支になぞらえた十二体の式霊で、
使役する者が生まれた年の干支が一周する十二年ごとに”試練”が与えられる。
その”試練”から十二体の彼等は由紀の元から逃げた。悲しい結末を迎えるのが嫌で逃げた。
由紀は十二支式霊の事すら知らなかったのだが、今回の捜索でその存在や試練の事を知り…
草間の元に集った面々の活躍で、十一体までは見つけることが出来た。
「予想してはいたが、一番厄介なのが最後に残ったな…」
手帳のページをめくりながら草間は誰に言うともなく呟いた。
「お兄さん。朝食どうしますか?」
不意に、零が声をかける。そう言えばまだ食べていなかったか…と、草間が立ち上がる。
椅子に足を引っ掛けバランスを崩し、慌てて中身がこぼれないようカップを支えたのだが、
うっかり由紀から預かった手帳を床に落としてしまった。
バサリと音をたてて、手帳はカバーと本体がわかれて床の上に散らばる。
拾おうと手を伸ばした草間は…カバーの裏側に何かが書かれている事に気付いた。
黒地に黒ペンで書かれていて普通に見ただけでは文字は読み取れない。
草間はカバーを高く持ち上げ、朝日が差し込む窓の光に角度を変えて透かし見た。
「最後、かすれていて読めませんね」
「あ?ああ…そうだな」
いつの間にか隣から覗き込んでいた零が呟いた言葉に、草間は頷いた。
果たしてこの文章の存在に由紀は気付いているのだろうかと彼が思った時…
「おはようございます。今日も宜しくお願いします」
興信所のドアを開けて、依頼人の由紀が顔を覗かせたのだった。
「早速ですが、最後に残った式霊”焔(えん)”の居場所なんですが…」
入ってくるなり話題を切り出した彼女に、草間は手帳の話題をするタイミングを逃す。
しかし先に情報を仕入れておこうと耳を傾けた。
「他のコ達の意見が全員一致したので、多分そこだろうと思うんです」
「…今日は捜索よりも大人しく戻ってくれるかどうかの説得が重要、か」
草間は腕を組みながら呟いた。
「とりあえずもうすぐ集合時間だ。詳しい事は集まってから話そう」
「皆さん来て下さるでしょうか…」
呟いた由紀の言葉に、草間は言葉には何も出さず笑みを浮かべて答えたのだった。



「これだけが大移動するとなんだか圧巻ですね」
「そうですよね…」
街を歩きながら言う神城由紀の言葉に、倉前・沙樹(くらまえさき)が頷いて答える。
「タクシー代があれば車で移動できたんですけどね」
大神・森之介(おおがみしんのすけ)はそう言いつつも、なんとなく断られそうな気がするのだった。
「電車での移動でも面白いんですけどねえ…」
冠城・琉人(かぶらぎりゅうと)が言う言葉に、御巫・傀都(みかなぎかいと)が苦笑いを浮かべた。
「なんだ。疲れたなら俺の肩に乗ればいいだろ」
D・ギルバ(でぃーぎるば)の申し出に、由紀と倉前は揃って断ったのだった。
すでにF・カイスの(えふかいす)の肩口には石神・月弥(いしがみつきや)が乗っかって移動している。
石神のように外見が幼ければよいのだろうが、ある程度の年齢である二人にはちょっと恥ずかしい。
「ちょうどいいじゃない?この移動時間を利用して色々と聞いておく事もできるし作戦もたてられるでしょ?
とりあえず、武彦さんから聞いた話以外に、由紀さんからも話をうかがっておきましょうか」
シュライン・エマ(しゅらいんえま)の言葉に、由紀は「はい」と一度頷いて。
「焔の居場所はおそらく郊外にある動物園だと思うんです。根拠は…私と焔の思い出の場所なので…」
「確実な居場所ってわけではないのよね?」
「でも…俺はそこにいるような気がします」
「私もそう思います」
大神と倉前が頷きながらそう告げた。何故?と、シュラインはあえて聞くことは無い。
二人にもおそらく確かな根拠があるわけではないだろう。しかし二人の”霊感”を疑う理由も無い。
「今は少しでも可能性のある場所を当たってみればいいんじゃないですかねえ?」
冠城がにこにこと笑みを浮かべながら言う。
「問題は何事も無く話を聞いてくれるかどうかってところですよね」
「戦闘になると思っていたほうがいいわね」
できれば考えたくない展開なのであるが…これまでの出来事を思うと考えていて然るべき。全員は真剣な表情で頷いた。
「焔さんの属性は”金”だったわね?”金”は”火”に弱い…
火属性が高まるような空間や場所を作ったり出来ないかしら?それに、霊を浄化するような結界を張ったり…」
「あ、火なら『大蛇(おろち)』の力を借りればいいんじゃないですか…?」
大神が小さく挙手して提案する。その意見に、全員が揃って由紀に注目した。
「式達は全員協力します…でも力を出すには限界があって…焔と戦う事がわかるまでは休ませておきたいんです」
「そうね…無理をさせては元も子も無いわけだし…」
「ええ。もちろん反対はしませんよ」
由紀は「ありがとうございます」と小さく呟きながら頭を下げた。
そして顔を上げると、倉前が空を見上げている事に気付く。由紀が声をかけるより先に…
「空の色がいつもと違う気がします…嫌な予感がするんです…」
誰が見てもいつもと変わらぬ普通の青空にしか見えない空だったが、
表情を曇らせながら呟いた倉前の言葉は…まさにこの後起きる出来事を告げていたのだった。


■Mission:TheReturnOfTheSpirits

由紀達がやってきた思い出の場所はすでに動物園としての姿ではなく、
新規オープン予定のショッピングモールが鉄筋剥き出しの建設途中の状態に姿を変えていた。
今日は工事が休みなのか人の気配は無い。
静まり返ったその空間は、そこだけ別の世界に入り込んだようにすら感じられた。
いや、もしかしたら…何かの力で実際に空間が違うのかもしれない。
とりあえず一塊となって…”焔”を探してみる事になった。
「間に合ったわね」
捜索開始…しようとした時、息を整えながらシュラインが後ろからやって来る。
移動途中に草間から受けた別件があると言う事で彼女だけ少しの間別行動を取っていたのだ。
「由紀さんの言っていた動物園は廃園になったみたいね?」
「寂しいですよね…昔の思い出の場所が無くなるのって…」
呟いた由紀の表情は、寂しげでもあったが…どこか微笑んでいるようにも見えた。
昔を思い出しているのかもしれない。
そう言えば、前回、『巳』の大蛇がいた場所も廃園になった遊園地だったのだが…
もしかしたらそこも元々は思い出の場所だったのかもしれない。
由紀に問いかけようとしたシュラインだったが、それより先に前を行く大神と御巫の二人が声をかけて来た。
「気配は感じられるけれど、どこにいるのかわからないですね」
「この周辺全体から感じられて特定できないといった方が近いな」
「シュラインさん、手分けして探してみますか?」
「いえ、相手の出方がわからない状態での単独行動は危険だわ…もしもの時を考えると」
誰ももしものことなど考えたくも無いのだが…仕方ない。
「とりあえず、由紀さんと倉前さんと石神さんとシュラインさんは戦闘には向かない…
何かあったら逃げるか隠れるという方向で考えていて下さい」
「まあその時はその時で決めるよ…」
大神の指示を聞き、真剣な顔で頷く倉前に対し、石神は微笑みすら浮かべながら答えた。
今宵は満月になるだろう。彼の能力も最大限に発揮できる。非戦闘員とは言え何も出来ないわけではないのだ。
「あ、あの〜…皆さん」
不意に立ち止まった冠城に声をかけられ、一行は足を止める。
冠城はなんとも言えない困ったような微妙な表情をしていた。
「どうした?」
御巫が声をかける。冠城は黙ったままで苦笑いを浮かべつつ人差し指を天空に向けた。
つられて全員揃って真上を見上げる。
そこはまだ天井が出来ておらず、鉄筋が空に向かっていくつかそびえ立ち交差する風景がそこにある。
周囲にネットが貼られている為に昼間でも暗い中、そこから見える太陽がとても明るく青い空に…
「…赤い!?」
不意に叫んだ大神の言葉と同時に、上空の”空”が蠢く。
決して夕陽などではなく、もっと赤い…血の色をした”空”が。
『危ない!』
大神と御巫が叫んだのはほぼ同時だった。
人間の体内を思わせるような色と動きをした”空”から、何かが振ってきたのだ。
それは雨のような液体のものではなく、明らかに固形のモノである事が判断できた。
例えるなら、針。三十センチほどありそうな針が、雨のごとく降り注ぐ。
「きゃああ!!」
思わず叫ぶ由紀と倉前を、咄嗟にカイスとギルバが抱えあげて射程範囲外に飛び退く。
大神は、霊刀『火徳星君正霊刀・天魁』を具現化させて落ちてくる直前に出来る限り弾き飛ばす。
傀儡を仕える御巫は、『木霊傀儡』の術を用いて自然物に浮遊霊を降ろし即席の傀儡を作る。
数体の傀儡人形を操り、針の雨を弾いていった。
「いきなりとは困りますねえ…」
冠城は太めの鉄筋を雨よけにして雨宿りするように移動し、帽子をくいっと上げながら”空”を見上げた。
シュラインと石神もその隣に咄嗟に駆け込んで同じように見上げる。
第一波の攻撃はとりあえず終わったのか、”空”は静まり返っていた。
なんとか全ての針の雨を当たらずに弾くことが出来た大神と御巫は、
しかしそう何度も続けて同じ攻撃を受けては体力が持たないと急ぎ足で冠城と同じ場所に移動してきた。
「由紀さん達は!?」
「あちらです」
冠城に言われて見ると、二階部分にあたる場所にカイスとギルバが二人を腕に抱えて立っている。
とりあえず怪我はなさそうだと御巫と大神はほっと一息ついた。
「それにしても…皆さん、あれ、どう見ますか?」
「すでに相手の領域の中に踏み込んでいる事は確実ね」
「上に行ってみない事にはなんとも言えない感じだな…」
「あの二人に抱えてもらう?ああ、でもシュラインさんと俺はともかく…男の人は無理かな」
石神がカイスとギルバに目を向けながら言う。
「だろうな。となると工事中で階段の無い状態で五階まで上るってわけか」
「いや、作業用のエレベーターや仮設でもどこかに階段があるはずだ。そこから上を目指そう」
大神の提案に全員が頷く。そして、上にいるカイスとギルバに手で待機するように合図を送った。
二人はこちらの意図に気付いているのかどうかわからないが…とりあえず頷いたようだった。
それを見て、行動を開始する。だいたい作業用のエレベーターや階段のある場所と言えば決まっている。
なるべく”空”を刺激しないように全員で静かにそちらに移動した。
作業用の階段から三階に上がると、部分的に床が張られている部分があり、そこで二組は合流する。
遠く見えていた”空”が近づいていて…”それ”が何であるかが目視できるようになっていた。
”赤い空”のように見えたのは、強い霊気のようなもので、中心にいる者から煙のように放出されている様子だった。
その中心にいる者が誰であるかは…何も言わなくても感じ取れた。
「ここまで赤い霊気が普通に見えるとなると、かなり攻撃的ですね…」
難しい顔をして冠城が呟く。由紀は僅かに悲しげな表情を浮かべて”空”を見上げた。
「もう少し上まで上がろう…ここと同じように部分的に足場があるみたいだし」
「あ、ちょっと待ってください」
再び動き出そうとした全員を由紀が呼び止める。そして、着ていた服の胸元から十一枚の札を取り出した。
それは、式達を封印している、札。
「上に行くと同時に全員を具現化させます…皆さんのサポートの為に」
「え?でも…そんな事をしたら消耗してしまうんじゃ…」
「みんなで決めた事です。強い力はありませんが…皆さんと一緒に”焔”を連れて帰りたいんです」
式達の気持ちや由紀の想いを感じ、全員は黙ったままで頷いた。



「いきなり来たか!」
最上階に着くと同時に、針の雨が今度はほぼ真横から降り注ぐ。
先頭に立ち、下と同じように大神と御巫はそれらを弾き飛ばしながら、”空”の中心に向かった。
その後をカイスとギルバが並んで追いかける。全員が一丸となりある程度まで近づき攻撃が止んだ一瞬を見計らって、
最後尾にいた由紀が全ての式の封印を解き放ち―――具現化させた。
素早く『大蛇』と『宇摩』が”焔”の周囲を囲む。『子々』と『瓜亥』は悪霊を浄化するサポートの結界陣を張るために、
また、他の式霊たちもそれぞれ思い思いのポジションへと散っていった。
「焔!聞こえる?!私よ!由紀よ!焔!!」
由紀が叫ぶ。しかし…空中に浮かぶ”焔”は微動だにせず虚ろな表情で全員を見下ろしていた。
外見は普通の人間…20代後半くらいの青年と変わらない。ただ、両目には光が無かった。
「意識が無いみたいです…それに、焔さんとは別の悪意を凄く感じる…」
倉前は胸元で手をぎゅっと握り締めて”焔”を見上げた。
「誰かに使役されているような気配はありませんね…」
「翼さんの時と同じか…悪霊にでも取り付かれてるんだな」
そうなると果たしてどう対応すればいいのか、全員が咄嗟に考える。
今回は言うならばフルメンバー。それぞれが自分の能力を生かして無事に”焔”を連れ戻すには…
「来るぞ!」
考えがまとまる前に、仕掛けたのは”焔”だった。
両手に自分の身長ほどもある斧を具現化させて、誰ともなく襲い掛かる。
ギルバが最初に気付き、その腕で斧を受けた。金属がぶつかり合う音がその場に響く。
「くっ…なかなか重いじゃねぇか…」
見た目の体つきからは想像も出来ないような力で、”焔”はギルバにもう一方の斧を振り下ろす。
今度はそれをカイスが止めた。
「どこから来るのだ…この力は」
「知らねぇな…!だが、やられたらやり返すまで!」
ギルバはぐっと斧を両手で掴むと、渾身の力をこめて斧の刃先を砕く。
それまで無表情だった”焔”が…薄っすらと不気味な笑みを口元に浮かべたかと思うと…
二つの斧が”焔”の手から離れ、まるでそれ自身が生きているかのようにギルバとカイスに襲い掛かった。
そして今度は両手にいくつもの直径3センチほどの鉄の球体を出現させる。
その球体も斧と同様、意思を持っているかのように…由紀に向かい襲い掛かった。
「笙乃!」
御巫が叫ぶと同時に、傀儡人形の「笙乃」が由紀を護りに向かう。
そして無数にある球に対し、木霊傀儡を使い、受けて立つ。
「由紀さんは笙乃から離れないで!これは俺に任せてくれ!数には数で勝負だ…」
近くにある自然物に次から次へと浮幽霊を降ろして、襲い来る鉄の球体を弾き、粉砕させていく。
工事現場と言う事で自然物が少なく少し不利ではあったが、
火の属性のサポートがある所為か相手の鉄の球自体もそれほど強力では無かった。
さすがに数が多いのがやっかいではあるが。
”焔”は次々に球体を出現させると、次は右手に長い剣を出現させる。
そしてニッと不気味に笑いを浮かべて…倉前に襲い掛かった。
思わず目を閉じる倉前だったが、キン!という音が少し離れた場所で聞こえ咄嗟に目を開く。
『沙樹さんは由紀の所へ行ってて下さい!』
「太郎さん!大神さん!」
”焔”の剣を、大神が霊刀で受け止めて、力負けしないようにそれを『太郎』が背後から支えていた。
『こっちへ!』
倉前は不意に手を引かれて顔をそちらに向ける。そこには『未来』がいて、微笑みを浮かべていた。
『私には何も戦う能力が無いけれど、護る事はできますから…』
「未来さん…」
未来の言葉を聞いて、倉前は顔を上げて笙乃の側で立ち竦んでいる由紀の隣に駆け寄る。
「あの…私、戦う事は何も出来ないかもしれないけれど…全力で由紀さんをお守りします」
由紀は少し驚いた表情を浮かべ、そしてそれが笑みに変わった。
「由紀さん、大丈夫です。皆いるんです…きっと焔さんも大丈夫です」
自分でも何を根拠にそんな事を言っているのかわからなかったが、倉前はしっかりとした意思で言う。
不安が無いわけではないし、怖くないわけでもない…けれど、何故か大丈夫な気がした。



”焔”は、目の前にいる相手に不快感を示していた。自分の剣を受け止めた大神が気に食わない…そんな様子に見えた。
「焔さん!俺の声が聞こえますか?!」
至近距離で、大神は焔に声をかける。ただ口から音を出して声をかけるのではなく、心から心に呼びかける。
ギリッと剣と刀が軋み合うような音がして、大神の手に力が篭もった。
「見えませんか?!由紀さんは…あなたを迎えに来た…太郎達は試練を受ける覚悟が出来ているんです」
少しでも意識が傾いてくれればと願いながら声をかけるが、”焔”は叫び声をあげて後方に飛び退いた。
「大神さん、私に案があるんですが」
その隙をついて、冠城が声をかける。
「見たところ、翼さん同様、太郎さんの負の感情に引かれた悪霊が太郎さんの魂の周囲に壁を作っています…
その悪霊の壁を取り除いてしまうのが一番だと思っているんですが」
「どうすればいい?」
「とりあえず…焔さんに少しでも近づいて術をかける時間があれば、と」
大神は頷いて霊刀を構えた。そして”焔”に向かって行く。
「さて…私も黙ってみているわけには…いきませんよねえ?」
冠城はふう、と息をついて。
「纏魔ッ!!」
刹那、叫んだ掛け声と同時に冠城の身体から闇が煙の如く噴き出してくる。
それは、彼の身体をを包む鎧となるように編みあがって行く。
見たことの無い冠城のその能力に…その様子を見ていた由紀達は思わず顔を見合わせた。
冠城は漆黒の鎧を身にまとうと、そのまま素早い動きで”焔”へと向かって行った。
突如現れた新手に、”焔”は一瞬驚いたような様子を見せたが、大神の刀を払いのける反動を利用して、
そのまま冠城に剣を繰り出す。さっとそれを交わして、冠城はボクシングをするような構えになった。
すぐ隣に寄ってきた大神と会話をする暇を与えずに、”焔”は次の攻撃に移る。
それまで片方だけだった剣を、もう片方に出現させて…二人に向かって構えて飛び掛る。
大神が霊刀でそれをはらい、冠城も受け流すように身体を動かす。剣の攻撃は両者ともかわせたのだが――
いつの間にか、”焔”が背後に出現させていた斧が、冠城の脇腹を抉るような形で薙いだ。
咄嗟に両腕で防御し受けた冠城だったが、”焔”の力に押されて吹き飛ばされる。
そのまま、運悪く後ろで鉄の球に気を取られていた御巫へと直撃したのだった。
あまりの勢いに、両者とも団子状態になって転がっていく。
その先には…工事中のため、まだ床が張られていない部分がある。
「御巫さん!冠城さん!」
シュラインが慌てて走りこみ二人に手を伸ばすが…一瞬遅く、両者ともフロアから下へと落下して行く。
事故防止用のネットが張ってあったものの、あまりの勢いにそれを根元からはずしながら二人は下へと落ちて行く。
そして直ぐにドン!と重い音がして二人が地面に激突した事がわかる。
「まずいわ…この高さからじゃ…」
シュラインは最悪の事態も考えて顔を上げる。すると、無言で二人が落ちた空間を見下ろす石神と目が合った。
石神は意味ありげに笑みを浮かべると…目を閉じる。
その背後には、シュラインが最初の捜索で見つけた『卯』の式霊の『月(つき)』が微笑んでいた。
「今日が満月でその上、月さんがいて良かったよ」
『わたしが石神さまの癒しの能力を高めます…』
シュラインが見守る中、二人の身体が淡く光を発する。
石神は薄く蒼い光を、『月』は黄色く淡い光を…そしてその光はやがて混じり合い…
『冠城さんは命に別状は無いけれど、御巫さんをお願い』
「翼さん!?」
いつの間にか、二人が落下していった空間から…二人を支えるように『翼』が姿を見せる。
どうやら二人が落ちた瞬間に追いかけて行ったらしい。
「私なら、大丈夫…ですよ」
冠城が僅かに苦しそうにしながらもそう告げた。
御巫はさすがに生身だった事もあり、怪我を負って気を失っている。
「任せてよ…大丈夫、死んでなければ治せるから」
石神はそう言うと同時に、両目を開いて御巫へと手を伸ばした。



「圧されてるぜ?大丈夫かよ?」
御巫と冠城の両者の事が気になりながらも、”焔”と対峙していた大神と『太郎』の元にカイスとギルバがやって来る。
両者の側には『丑』の式霊の『憂志』と『寅』と『辰』の式霊の『大河』、『達』の姿があった。
「妙な鉄の球と斧はこの者達の強力もあり片付けた。加勢する」
『加勢はええけど、アンタら”焔”傷つけんよう頼むで?』
「わかったつってるだろうが!」
ギルバに釘を刺す『大河』は、関西弁な事もあって妙にその場の緊張が一瞬和んだ。
”焔”も相手が増えて戸惑っているのか…動きを止める。
しかし、両手に持っていた剣を手放すと同時に、再びあの針の雨を出現させた。
「大勢にはコレが手っ取り早いってか?!どう思うよ、カイス!」
「単純な考えだな…我々に何度も同じ手は通用しない…特にこんな遅い動きは」
二人は”焔”が針の雨を繰り出すと同時に、そのほとんどを一気に薙ぎ払った。
残った針も、大神と式達が弾き落とす。そして、”焔”が再び斧を出現させて攻撃の態勢を取る、と同時に。
「お待たせしました〜」
「加勢します!」
石神から治癒を受けた御巫と冠城の二人が、メンバーに加わった。
これで…戦闘が行えるメンバーが揃ったことになる。
「あのですね、シュラインさんから作戦を預かってきたんですが…」
御巫と冠城は大神とギルバとカイスに小声で話しかける。
そして、全員が頷いたのを確認して…行動は開始されたのだった。

それは、一瞬の出来事。

カイスとギルバが仕掛け、御巫が木霊傀儡を使い”焔”の攻撃対象を分散させて注意を反らせる。
そこへ、由紀の指示で式達が集い”焔”の身体を押さえ込み身動きが取れないように固める。
冠城が”焔”の身体に触れて…簡易術式ネクロマンシーを組み立てる。
そして憑依しているであろう悪霊を次から次へと引きずり出して殴り、気絶させていく。
それを『破邪』の力を持つ大神や浄化の力を持つ式霊が片っ端から浄化させる。
石神は満月の力と『月』の力を借りて、悪霊の精神を癒すという手段を試み、倉前は由紀を支えるサポートに。
全員、とても長い時間のように感じられたが、一瞬の出来事だった。
それまで攻撃色で彩られていた周囲の”真っ赤な空”が消えて…”夕焼けの空”が見え始める。
「聞こえますか!焔さん!」
「まだです!まだ”焔”自身の精神は浮かんでいませんっ」
「焔さん!由紀さんが待ってます!帰りましょう!?」
暴れようとする”焔”を、まさに必死で式達は取り押さえ、御巫達もそれに加わる。
冠城は一心不乱に憑依している悪霊達を引きずり出し、大神達は浄化を。
「焔…答えて!!焔っ!!」
ほとんど涙声になって叫ぶ由紀の声に、僅かに”焔”が反応したように思えた。
その瞬間―――
『焔兄さん。兄さん…聞こえる?』
突然、その場にいる誰の声でもない声が聞こえて…”焔”に呼びかけ始めた。
”焔”はその声に過剰に反応を示し、いっそう暴れ始めた。
『兄さん、約束したよね?由紀を護ってくれるって?それなのにどうして兄さんは由紀を泣かせてるの?』
必死になって”焔”から悪霊を祓っていた冠城達だったが、不意にその声に他の式霊たちも反応をしている事に気付く。
誰もが辛そうな表情で、奥歯を噛み締めるような様子だった。
『私は焔兄さんやみんなに出会えて幸せでした。誰も恨んでなんかいないし、辛くも無いわ…
だけど、由紀を不幸せにするなら、焔兄さんの事を嫌いになるかもしれない』
『お、俺…が…』
呟くように”焔”が声をもらした瞬間、磁石が反発するかのように弾かれて全員が吹き飛んだ。
かなり強い力でそれぞれ床に叩きつけられて小さく呻き声を上げる。
『俺が…俺が…殺し…』
『兄さんは誰も殺してなんかいない!私が死んだのは兄さんのせいなんかじゃない』
『違…違う…俺が…俺たちが…』
『運命だったの。だから私は兄さん達を恨んだりしないわ…お願い、由紀を泣かせないで』
『由紀…由紀を…』
『ねえ、焔兄さん。今まで由紀を護ってくれてありがとう…だからこれからもお願い』
『私には出来ないけれどあなたには出来る…私のたった一人の娘を…これからも護ってね』
『――梨佳…』
誰かの名前を呟いた”焔”の瞳には、はっきりとした自我が戻っていた。
呆然としているものの、意思のある目。
その両目で、今目の前にある状況を捉えて…”焔”は首を傾げた。そして、ひとこと。
『あの、どこの誰か知りませんが、皆さんここで何やってんですか?』
思わず力が抜けて、やっと立ち上がった全員がその場に倒れこんだのは言うまでも無い。



『俺がそんな事を!?いや、本当に覚えてなくって…
家出してここに来たところまでは覚えてるんですけど、おっかしいな?』
「ま、まあ…悪霊に支配されていた間の記憶が無くても不思議ではありませんから」
「でもそれにしても…」
「いいじゃないですか?焔さんが戻ってきて下さったんですから」
「そりゃあまあそうだけど…」
『えっと、その…ご迷惑おかけしました…』
焔は深く頭を下げて全員に詫びた。
『俺、由紀を傷つけたり…もしかしたら殺してしまうかもしれないと思うとどうしようもなく怖くて…
それならいっそと思って逃げてしまいました…それでなくても、俺は過去に由紀の母親を…』
そこまで言って、はっと由紀の顔を見る。由紀は優しく微笑んでいた。
「私はもう子供じゃないわ。全てを聞いても知っても大丈夫」
『由紀…俺は…』
焔は何か言いたそうに口を開いたが、言葉が出てこなかったのかそのまま口をつぐんで首を振った。
そして、しばし沈黙が流れる。
焔は本当にほとんどの記憶が無く、先ほども気付いたら目の前に見知らぬ人々が倒れていて驚いたと言う事だった。
それゆえに、自分が聞いた声も呟いた言葉も覚えていないらしく。
あの『声』は…シュラインの作戦だった。
手帳の隠し文章には由紀の祖父が記したある物の場所と、数行のメッセージが書かれていた。
それは祖父の娘たち…つまり、亡くなった由紀の両親の遺品を置いてある場所。
草間はその場所へ行ってみてくれないか、とシュラインに命じて別行動を取らせていたのだ。
そこで彼女は由紀の母、『梨佳』が残した日記やビデオテープを見つけた。
日記には式への想いや娘への想いが書かれていて、その中で”焔”が昔、梨佳に淡い恋心を抱いていた事も知った。
そしてビデオテープに残る音声を聞いて、彼女の特殊能力である声帯模写を使った…と言うことである。
亡くなった者である事もあり、出来ればその手段は最後まで使うまいと思っていたらしい。
ちなみに、由紀は手帳の隠し文章の存在には気付いておらず、シュラインに渡されて驚いていた。
そこに記されていたメッセージは最後が読み取れなくなっていたのだが…由紀にはそれがわかるような気がした。
おそらく、祖父はこう言いたかったに違いない。
”どんなに辛い試練があっても…それでも、式達がいて幸せだった”と。

「とりあえず一件落着というところでしょうか…」
「私達は、ね。由紀さん達はまだ終わったわけじゃない…これから本当の試練が待っているけれど…
あなたたちならきっと乗り越えられる、そんな気がするわ」
「自分の運命を人に助けてもらってはいけないと思いますので…私には何も出来ませんが頑張って下さいね」
「あ、あの…太郎さん…」
『はい?なんでしょうか沙樹さん』
「私、太郎さんに言われた事の答えが出せたような気がします…私もきっと、最初は離れてしまうかもしれないけれど…
それでも現実から逃げないで少しでも大切な人が傷つかないように努力したいです…その人の傍に、いたいから」
『――僕も今は同じ気持ちです』
太郎はそう微笑むと、姿を消していく。
過度に力を使った式は全員、とりあえず一刻も早く休ませなくてはならない。
寂しいような、切ないような気持ちになりながら…全員でそれを見つめていた。
「あの、本当に…ありがとうございます…」
由紀は静かに頭を下げると、全員の顔をゆっくりと見つめてそしてもう一度頭を下げた。
「私達、頑張りますから。皆さんに出会えて本当に良かった…」
それ以上は感極まってか言葉にならず、うつむいて黙ってしまう。
シュラインと倉前がそれを宥めて、男性陣は互いに顔を見合わせて意味ありげに笑みを浮かべ合った。

かくして…
彼らの長く短い仕事が終わり、無事に由紀の元へ式霊達は全員帰還したのだった。


■Ending:HappyNewYear...?

世間では大晦日だ紅白だ格闘番組だと浮かれている頃…
都内の一角にある神社では、真剣な表情をした女性が神社の境内に座っていた。
特殊な陣を地面の上に描いてその真ん中に座っている。
生きるか、死ぬか。
一人でどこまでやれるのだろう…そんな事を思いながら…神城由紀は目を閉じていた。
『由紀!』
不意に、太郎の声が聞こえて顔を上げる。見ると…そこには見知った二人の顔があった。
「大神さん…倉前さん!」
「えっと、たまたま近くを通りかかったもので…」
「こんばんわ…寒いですね?」
大神と倉前の二人はそう言いながら近づいてくる。
『由紀、それだけじゃないみたいだ…』
その言葉に見ると、庭にある石の上に座る少年の姿。微笑んで手を振っていた。
「石神さん!」
『そこに隠れてるのは冠城だな?』
「あ、焔さんに見つかってしまいました?こっそり見ているだけのつもりだったんですが…」
照れくさそうに、冠城が木々の間から顔を見せた。
「我々もいることを気に止めておいていただきたい」
「もしものことがあったら俺に任せろ」
「カイスさん!ギルバさん!」
いつの間にそこにいたのか、神社の社の屋根の上に座る二人の姿があった。
「きっと俺以外に誰かは来ると思ってたけど…全員来るなんてな…」
そして最後に、苦笑いをしながら、暗闇から姿を見せたのは御巫だった。
「御巫さんも…皆さん…どうして…」
「どうしてだなんて、理由は一つしかないですよ」
「何が出来るかわかりませんが出来る限りで今回の”試練”のお手伝いします」
倉前がぺこりとお辞儀をする。
「美味しい緑茶を買って来たんですよ…終わったら由紀さんの和菓子と一緒にいただきたいと思いまして」
お茶を入れるのは得意です、と、冠城が某有名店の紙袋を持ち上げて言う。
「乗りかかった船だ。我々は最後までやり通す」
カイスとギルバはそう言って屋根の上から降りてくる。
「全員集合って感じだな…」
御巫が笑みを浮かべながら呟く。
『由紀、頑張ろう』
「ええ!」
焔の言葉に、由紀は満面の笑みで頷いた。

あと少しで時計の針が零時を指す。
「あけましておめでとう」と人々が口々に声をかけあう瞬間。
その瞬間から、”試練”が始まる。

ここに集った者達の手によって…試練を受ける者達は今までにないくらいの力を手に入れた。
それは物質的や実質的な力ではない。
『絶対にやり通せる』そう思える精神の…心の力を。強さを。
そして立ち向かう事のできる、勇気を。

由紀は目を閉じて神に祈りを捧げる。
初日の出は全員でお茶を飲み、和菓子を食べながら迎えられますように…と。



<END>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家・幽霊作家+草間興信所事務員】
【1953/御巫・傀都(みかなぎ・かいと)/男性/17歳/傀儡師】
【2182/倉前・沙樹(くらまえ・さき)/女性/17歳/高校生】
【2209/冠城・琉人(かぶらぎ・りゅうと)/男性/84歳(外見20代前半)/神父(悪魔狩り)】
【2235/大神・森之介(おおがみ・しんのすけ)/男性/19歳/大学生・能役者】
【2269/石神・月弥(いしがみ・つきや)/男性/100歳/つくも神】
【2319/F・カイス(えふ・かいす)/男性/4歳/墓場をうろつくモノ・機械人形】
【2355/D・ギルバ(でぃー・ぎるば)/男性/4歳/墓場をうろつくモノ・破壊神の模造人形】

NPC
【***/神城由紀(かみしろゆき)/女性/23歳/心霊便利屋・巫女】
【子/子々(ねね):丑/憂志(ゆうし):寅/大河(たいが):卯/月(つき):辰/達(たつ)】
【巳/大蛇(おろち):牛/宇摩(うま):未/未来(みらい):申/焔(えん):酉/翼(つばさ)】
【戌/太郎(たろう):亥/瓜亥(うりい)/十二支式霊】
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■         ライター通信          ■
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まずはじめに。
完結という事で予想外にというかありえないくらい長くなってしまい申し訳ありませんでした。
これは今回は全員の行動を個別にせずにひとつにして描(えが)こうとした結果で御座います。

この度は全3話という初の連載作品に参加いただきありがとうございました。
最初からも途中からも参加していただいた皆様、本当にありがとうございます。
なんとか完結を迎えることができました。これもひとえに参加して下さった皆様のお陰です<(_ _)>
戦闘が主になった事もあり、非戦闘組の方の描写があまり出来ずに申し訳ありません。
精神的な面も描きたかったのですがさすがにこれ以上長くなるのは…と思いまして省略致しました(^^;

”試練”のサポートも皆さん参加していただけて嬉しかったです。
エンディングはこうしようと決めておりましたので…。
”試練”がどうなったのかは今回の依頼とは関係無いので書いておりませんが、
皆様がサポートしてくださっているのです。失敗はありえませんでしょう…
と言う事であえて試練のエピソードと結果は描写しておりませんのでご了承ください。

またどこかで皆様と一緒に事件を解決出来るのを楽しみにしております。
NPCの神城由紀にもまたどこかで…

本当にご参加ありがとうございました。


:::::安曇あずみ:::::

※今回、本文の文字数が多い為に個人様宛てのメッセージは省略させていただきました。
※名前の呼び方等が過去の2話と違う場合もありますが話の展開上そうさせていただきました。
※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますが、もしありましたら申し訳ありません。
※ご意見・ご感想等お待ちしております。<(_ _)>