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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


うれしはずかし新生活?!


 あの日から半月も経とうとしている……夏央が揺れる気持ちをまとめ、一大決心をして朱羽に告白してからの出来事はそう遠くない昔だ。あの時、朱羽は彼女に自分の秘め事を打ち明けた。だが夏央の心に変化はない……その答えを聞いた朱羽は安らかな笑顔で答えた。『お前のそういうところが好きだよ』と。

 あれからふたりの関係が目に見えて変わったわけではない。それどころかお友達の頃となんらノリが変わっていない。となると当然、周囲もその事実すら察知できない。普通ならクラスの中の誰かが異性と付き合い始めたとなれば、本人の知らないところでヒソヒソ言われたり、周囲の友人は冷やかしたりハッパをかけたりするものと相場は決まっている。しかし、匂いのないところに何も集まるわけがない。放課後、朱羽と夏央が親しく机の前で話していても噂にもならない。こんな状況になると、たいていはどちらかが慌て出すものなのだが……


 「矢塚、今度の日曜日空いてるか?」
 「ああ、別に何もすることはないが……どうかしたか?」

 金曜日の放課後、夏央は何気ない会話から朱羽の予定を探っていた。今回、先に動いたのは夏央だった。いや、正確にはもう一週間前から動き出している。我が道を行く朱羽が構えた付き合いをしないことは予測済みだった。相談相手である双子の姉からも『抱きついて告白して、それでいい返事になったとしても、きっといつもの調子じゃないの矢塚くんって』と言われていた。夏央はそれでもよかった。いつも朱羽の気持ちのどこかに私がいるのなら……と数日間は思っていた。だが、ふと周囲を見渡せば酷な映像ばかりが夏央の瞳に映る。彼氏のためにお弁当を作ってくるクラスメート。先輩のために手編みのセーターを作ってがんばるマネージャーの子……そんな娘たちと夏央は同列なのに、自分のかばんの中身はいつも一緒。特に朱羽へのプレゼントがあるわけでもない。学校で朱羽と会いはするものの、お互い特に目立った行動もない。そんな恋する乙女の風景が羨ましく思えたその時から、夏央はある作戦の実行を計画したのだった。
 朱羽が一人暮しをしていることはすでに知っている。夏央の頭の中には高校生くらいの男の子の家というのは散らかってて汚くって、洗濯も自炊も毎日してるかどうかも怪しいイメージでいっぱいだった。そこで今度の日曜日に掃除と洗濯としてあげて、そしてきれいになった部屋で一緒に温かい夕飯を食べようと考えた。そうすれば自分の存在は少しずつ大きくなっていくだろう……一人暮しの朱羽にそういうことをしてあげるのは彼女として当たり前のことだとひとり頷く夏央。実は空白の一週間はその準備に充てられていたのだ。姉からカレーライスのレシピをもらい、一度は家で作ったので夕飯がいちばん自信がある。掃除と洗濯についても一通りレクチャーしてもらった。準備はバッチリだ。
 ひとまずは予定の確認という第一段階をクリアーしたことでホッとしつつも、しっかりと先を見据える夏央……その目の奥は真剣だった。

 「じゃあ……昼過ぎから矢塚の家に遊びに行ってもいいか?」
 「あ、ああ。構わないが……でも、家がどこにあるのかはわかってるのか?」
 「う、あ、ううんっ……………えっ、ああ、家かぁ……………」

 まさか『もう調べてある』とは口が裂けても言えない……夏央はすでに朱羽の親友から家の場所を聞き出してしまっていた。この行動も彼女の焦りから来るものなのだろうか。思わず言い出しそうになったセリフを飲みこむ夏央。それを横目で見ながら、真剣に説明を始める朱羽。それを聞きながら不自然なほど小刻みに上下する夏央の頭だった……

 「大丈夫か、夏央。なんか落ち着きがないな。」
 「ううん、うう、ううん、そんなことない。」

 落ち着きのないのは誰が見ても明らかだった。朱羽が心配するのも当然だ。心配と不安が同居した表情プラス眉をひそめながら日曜日の予定を立てていく。

 「じゃあ日曜に待ってるからな。俺も夏央が来るまでに家の掃除をしとかな」

 「ああああっ!」
 「ど、どうしたんだ……急に。」
 「家の掃除は……別にいいから。あ、あたし、一人暮しの男の子の部屋をそのまま見てみたい!」
 「……そんなものなのか。ならそこそこにしておこう。後は……ああ、夕飯を一緒に食べるか。近くに雰囲気のいいファミレスがあ」
 「いいいいっ!」

 自分の望み通りに展開が流れないのに困ったのか、夏央は苦し紛れに顔の前で手を振りながら何かを遮ろうとしていた。さすがに二度目ともなると朱羽も怖々とした表情で彼女を見る。

 「……………なんだ、腹でも痛いのか?」
 「夕飯、あたしが作る……カレーライス。その日、矢塚は座ってるだけでいい。」
 「そ、そうか……………わ、わかった。じゃ、あ、あんまり何もしないよ。」

 朱羽もようやく夏央の意図するところがわかったようで、彼女のやる気を削がないように遠慮気味に話す。だが夏央にはそんな配慮が見えているはずもない。朱羽が視線を外した隙を見て、小さくガッツポーズをして『がんばれ夏央……!』とつぶやいていた。彼女はその時、朱羽がなぜ急に口をつぐんだのかその理由を知ることができなかった……



 よく晴れた日曜日、夏央は自転車のかごにめいっぱいの食材を詰め込んだビニール袋を入れて朱羽の家へと走っていた。彼女はちょっとだけ主婦気分を満喫しながら鼻歌を青空に聞かせ、自転車を軽快に走らせる。そして彼が住んでいるワンルームマンションの入り口に吸い込まれるように入っていった。

 朱羽の部屋に客が来るのはこれで何回目だろうか。彼が通う高校でその素顔を知っている自信のあるという生徒はいない。しかしその存在感からか知らない者もいない。よく考えると、朱羽という人間は珍しい存在なのかもしれない。そんな男の子の部屋へ向かう夏央……部屋番号をつぶやきながら駆け足で朱羽の部屋へと急ぐ。そして『矢塚』の名前を見つけるが、そう簡単にはブザーに指を伸ばせない。おとといは勢いでああは言ったものの、何事も初めてというのは緊張するものだ。もう一度だけ部屋の名前を確認し、慎重にブザーのボタンを押す夏央。

 『ピンポ〜〜〜ン♪』

 音が鳴るとすぐさまドアが開く……中からは普段着の朱羽が現れた。そんな姿をあまり見たことのない夏央は軽く驚きながらまざまざとその姿を見る。

 「ああ、やっぱり夏央か。入ってくれ……ま、約束通り、あんまり掃除はしてないけどな。」
 「お、お邪魔しまーーーす。あ、あ、あ、あれ、あれあれ??」

 朱羽に見惚れていた夏央だったが、歩を進めるうちに冷静さを取り戻した。いや、勝手に冷静が頭の中に戻ってきた。ある意味、惚けていたままの方が幸せだったかもしれない……案内された玄関は朱羽の前置きを全否定するかのような輝きを保っている。夏央は思わず、持ってきた食材をそのまま落としてしまいそうになるほど慌てた。

 「や、矢塚……ま、まさか、こっ、これで掃除してないのか?」
 「……………約束、だからな。してないぞ、これでも。」

 朱羽もあの日の気まずさが戻ってきたのか、夏央と目を合わさないように言葉を濁しながら話す。夏央はその表情を見て初めて朱羽が隠していたことを悟った。そして部屋の主を押しのけて部屋に続く扉を開ける……そこにはきれいに整頓された部屋が広がっていた。テーブルの側には夏央のために置かれたクッションが部屋のインテリアに合った暖かな色を華やかに見せている。テレビの上を人差し指でなぞっても埃はなく、部屋の隅を吹いてみても塵ひとつ舞い上がらない。本棚に手をかけても、本たちは身長ごとにきちんと並べられている。もはや手出しは無用と言わんばかりの完璧な部屋だった。
 その時、夏央は気づいた。朱羽は自分の部屋を普段から整理整頓しているのを伝えられなかったのだと。躍起になっている自分を傷つけまいとあの場は敢えて何も言わなかったのだと……夏央は今度こそスーパーの袋を落とした。彼女のショックは計り知れない。それは夏央の第一声を聞けば十分にわかることだった。

 「あ、あたしの部屋より……片付いてる……?」
 「夏央……足元にタマネギ、転がってるぞ。こけるなよ。」

 夏央は朱羽の『タマネギ』の一言で我に返った。掃除や洗濯ができなくても、夕飯を作ることはできる。まだ部屋に入ったばかりなんだ……そう自分に言い聞かせた彼女は転がったタマネギを拾って、それを手で拭きながら朱羽に向かって話す。

 「ま、まだ早いけど、今からカレー作る。矢塚は待ってればいいから。」
 「ああ、そう言うと思って米は炊いておいたからな。さすがにそれだけは準備できないだろうと思って準備しておいた。」

 「あ……そうか、ありがとう……それと包丁はどこに……」
 「あと食器とか包丁は適当に使えばいいから。」

 あまりの手際のよさに頷くしかない夏央。計画通り進まないのと自分の部屋の汚さにかなりのダメージを負いつつも、食材を台所に並べてカレーを作り始める。レシピは学校の勉強そっちのけで頭に叩き込んできた。問題はスムーズに作業をこなせるかどうかだった。家では姉の協力もあってなんとか作れたが、果たして……
 一方、朱羽は『待っていればいい』と夏央に言われたものの、しばらく経つと夏央の後ろに壁を背もたれにして料理の様子を伺っていた。そんなことも知らずに一生懸命ジャガイモと格闘しているコックの夏央。ジャガイモの芽をなんとか取り終わり、今度は皮をむいていく作業だったがこれが思いのほかうまく行かない……なかなか皮が長〜くなってくれないのだ。

 「あ、あれ。なんで……?」
 「ちょっと貸してみろ。ほら……こうやってやるんだ。」
 「ああっ、なんで矢塚がするんだ……ってあれ、なんでそんなにうまくできるんだ……?」

 掃除や洗濯どころか、自炊までしっかりできる朱羽の姿を見て、いよいよ本格的にヘコみ始めてきた夏央……どんどん長くなるジャガイモの皮を見ながらそのまま首をがっくりと落としてしまう。その顔はガッカリしていた。朱羽は彼女と対照的にそれを見て小さく微笑んだ。彼女が一生懸命になっているのを見て、素直にかわいいなと思った。こんな準備はしようと思っても一朝一夕でできるものではない。自分のためにやってくれてるんだなと思うだけで、なぜか表情も心もやさしくなれた。もちろん、そのやさしさは夏央に向けられているものだ。
 夏央は一番見たい朱羽の表情を見逃すどころか、それを消してしまうような行動に出る。台所の扉から新しい包丁を持ち出し、それを流水で洗うと自分もジャガイモをむき始めるではないか。朱羽に負けじとがんばって料理をしようとする夏央……小さなキッチンはすぐに手狭になった。

 「お、おい。狭くなるだろ……」
 「あたしも手伝うから、矢塚は待っててもいいからっ!」

 夏央のよみがえった覇気に押されたのか、朱羽は身を寄せ合うような形で一緒に皮むきをする。彼はすでに皮の取れたジャガイモを切り分け、とりあえずはその仕事を夏央に任せようというのだろうか……自分はさっさと水で手を洗い始めた。少し広くなった台所の端で必死にジャガイモと格闘する夏央を見ながら、朱羽はいじわるそうに言う。

 「手伝おうか?」
 「ジャガイモくらいは自分でむく!」
 「そうかそうか。ま、ふたりだけで食べるカレーだからな。俺はどっちでもいい。」
 「ふたり……だけ?」
 「おいしいもの、作ってくれるんだろ? がんばってくれよ。」

 水で濡れたままの人差し指で夏央のおでこを軽くつつく朱羽……それは彼女の顔を真っ赤にするには十分な行為だった。額を伝う冷たい感触がほてった顔を伝っていく……朱羽の言葉でさらにドキドキし始めた夏央の手つきはどんどん怪しくなってくる。

 「どうしたんだ夏央、なんか落ちつかないな……」
 「あっ、あたしもがんばってるんだっ! じゃ、邪魔……するなっ……」
 「気の早い話かもしれんが、タマネギ切る時に涙が出るといけないから眼鏡を貸そうか?」
 「……………い、一時間後くらいに借りるかも。」

 まだまだ日の高い昼下がり、小さなマンションの一室で遥か未来のカレーを作る素敵なカップルがそこにいた……