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<東京怪談ノベル(シングル)>


鎮・ソロデビューへの道!

【鎌鼬(カマイタチ)】
…風が吹いた後、何もしていないのに鎌で切ったような傷ができること。
一説では鎌を持ったイタチの妖怪が風で転ばせて斬り、薬を塗って行くと言われている。

―――の、だが…。

「今年こそ…今年こそ絶対にソロデビューだ!」
ランドセルをカチャカチャ言わせながら、鈴森・鎮は道を行く。
見た目は普通の小学生に見える彼は、実は正真正銘の妖怪、鎌鼬(カマイタチ)。
三人兄弟の三番手で、兄弟で何かをする時は、
風で転ばせ、斬って、薬を塗るという鎌鼬の三番目を担当しているのだが。
兄の手伝いばかりやっているわけにはいかない。
今年は全部自分でやる!そう決めたのだ。
「どっかにいい実験台いないかな…」
歩きながら周囲の様子を窺ってみても、ちょうど良い実験台が見当たらない。
同じくらいの年齢の子供にはそんなことしたくはなかったし、
何故か路上にいるムキムキマッチョマンはさすがに自分では無理だろう。
いや、もしかしたら兄でも無理かもしれない…そんな事を思いながら通り過ぎる。
そしてうろうろと彷徨った挙げ句…
気付くと”あやかし荘”の前に辿り着いていた。
別にここに来ようと思ってきたわけではないのだが、気付いたらここに足が向いていたのだった。
「そういえば…あのねーちゃんが…」
不意に、あやかし荘の管理人が”カマイタチ”を経験してみたいと言っていたのを思い出す。
しかしやっぱり女の子相手にそんな事出来るわけない。
「どうしよっかなあ…」
う〜ん、と腕を組んで立ち竦んでいた鎮だったのだが…。
『はい!すぐに行きます!すみません!はい!…ってうわぁっ!』
中から携帯電話片手にネクタイを締めながら飛び出してくる人物…
三下・忠雄に気付き、鎮は咄嗟に塀の陰に隠れた。
どうやら仕事に遅刻したらしい。
必死で携帯に向かって何度もあやまりながら…地面に転がっている石に足を取られてすっ転んだ。
「コイツだ…」
それを見た鎮。
ニヤリとした笑みを浮かべて…慌てて歩き出す三下の後を追いかけたのだった。



『おかしいな…寝過ごすなんて…』
歩きながら独り語を呟く三下の後を、鎮は静かに追いかける。
三下はカバンの中からなにやら書類を取り出してそれに目を通しながら歩き出した。
「よし!今がチャンス!」
鎮は、両手を軽く合わせて精神を集中させる。
こうやって、まずは”風”を手の中に作り出して対象者の足元に投げつけるのだ。
するとその風に足を取られて転倒する…のが、普通なのだが。
「いけっ!!」
さっと左肩から斜め下に手刀を切るようにして”風”を送り出す鎮。
風はさっと吹いて三下に向かい…
「あ、あれっ?」
『うわああああ!』
三下の持っている書類を巻き上げただけで、本人は転ぶ事もなく慌てて書類に手を伸ばしていた。
「おかしいな…空圧が足りなかったのかな…」
自分の手元を見ながら、もう一度チャレンジする鎮。
しかし…。
『わあああ!大事な原稿があ!!』
やはり、書類を飛ばす程度の風しか起こらなかった。
「くっそ〜!!えいっ!それっ!いけっ!!」
ムキになって何度も”風”を送る鎮。
その度に三下の原稿が巻き上げられて、三下は慌ててそれを追いかけていた。
何度も何度も試しているうちに…転倒する三下。
やった!と一瞬思った鎮だったが、それは風の力ではなく地面の石に足を取られて転倒しただけだった。
「ま、まあ…コケた事に変わりは無いよな!」
引きつった笑みを浮かべながら、鎮はとりあえず納得する。
そして次は”鎌”での襲撃だ!と、手元に自分専用の”鎌”を出現させる。
三下が起き上がらないうちに、目にもとまらないほどの素早さで彼の足を斬り付ける!
手ごたえあり!!と、鎮は笑みを浮かべて振り返ってみたのだが…。
『は、早く原稿集めないと…』
痛がる様子も、足が斬れている様子もなく、平然とした顔の三下がそこにいたのだった。
なんでだ?!と思い、ふと自分の持っている”鎌”に目をやる鎮。
「ああ!?」
するとそこには、しっかりとカバーがかけられたままの鎌があったのだった。
「くっそ〜!!」
急いでカバーを外して、再び斬りつけにかかる鎮。
しかし、何も無いところに足元を取られて…三下を通り越して思いっきり自分がすっ転んだ。
地面に顔からダイブして、鼻先と頬ににかすり傷をつける鎮。
自分が怪我してどーするんだ!と、ツッコミ入れつつも、めげずに再び構える。
「今度こそー!」
叫びながら斬り付ける鎮だったが、
『にゃ〜〜〜!』
「うわあっ!」
突如、飛び出してきた野良猫に驚いて手元が狂い…鎌の刃を思いっきり電柱に突き刺す。
じ〜〜〜んと全身に電流のようなしびれがきて、涙目になる鎮。
けれど、今の鎮はそれくらいでめげない。ソロデビューすると心に誓ったのだ。
刺さった鎌を引っこ抜いて、その勢いで壁にぶつかり、その勢いでべちゃ!と地面に突っ伏しながらも、
それでも立ち上がって鎌を構えた。両膝が擦り剥けていて…血がにじんでいる。
しかしやっぱりめげない鎮。
痛みをこらえながら顔を上げると、三下はすでに原稿を拾い集めて歩き始めている。
となると、もう一度、”風”で転ばせるところからはじめなければならない。
鎮は精神を集中させ、風を起こして吹き付ける!またしても勢い足らずでざっと舞い上がった書類が…
風に乗り鎮の顔面に張り付いて、驚いてバランスを崩す。
ランドセルの重みも手伝い…鎮はそのまま後ろに転倒した。
すぐに起きようとするのだが、ランドセルの中身のせいで上手く起き上がれない。
ひっくり返った亀のごとく手足をばたつかせていた鎮に…
書類を集め終わった三下がやっと気付いた。
「あれ?鎮くんじゃないですか…?どうしたんですかこんな所で」
「………べ、別に」
「しかも傷だらけじゃないですか!手当てしないと!」
「……ほっといてくれよっ…」
「誰にやられたんですか?いじめられたんですか?ひどい事する子もいるものですねえ!」
「うるさ―――い!!!」
鎮は恥ずかしさと情けなさで思いっきり叫んだのだった。
幸いにもその反動で、ひょいと起き上がる。
そして三下をビシッと指差し。
「いいか!絶対、絶対に今年中に一人でコケさせて斬って薬つけてやるからな!!」
「はあ…?何のことかよくわからないですけど、頑張って下さいね」
三下がそう微笑むと同時に、携帯の音が鳴る。
ビク!と身体を反応させたかと思うと、三下はダッシュで走り始めたのだった。
「仕事があるから悩みがあるならまた今度聞きますね〜!怪我はあやかし荘で手当てしてもらうといいよ〜」
「ンな事しなくても自分で薬持ってるよ…」
叫びながら去って行く三下を見送りながら、鎮は小さく呟いたのだった。
薄っすらと両目に浮かぶ涙は、悔しさなのか…そこらじゅうにある傷の痛みからなのか…。
鎮はごしごしと浮かんだ涙を拭い捨てると、次こそこの涙を嬉し涙に変えるんだ!と心に誓ったのだった。

かくして、鈴森・鎮デビューへの道の第一歩は…なんと言うかものの見事に失敗したのだった。
まあ、三下があの後さらに遅刻し、原稿を数枚紛失させていた事で上司に酷い目にあったという点では…
ある意味、妖怪として成功だったりするのかもしれないが。



【=終=】