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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


対極模様

 東京某所、草間興信所。
「ここですね」
 興信所を黒の目で見上げ、影崎・弥珠希(かげさき みずき)はにっこりと笑った。茶色の髪がふわりと風に揺れる。
「やっぱり、いつも兄さんがお世話になっている所だからちゃんと挨拶しておかないと」
 そう言って弥珠希は、うん、と小さく頷く。手土産である伊部屋という和菓子屋のコロリン饅頭を持ってきている。
「前、確か兄さんがお土産に買って帰ってくれて、美味しかったんですよね」
 紙袋をそっと覗き、弥珠希は小さく笑った。弥珠希にいる二人の兄のうち、二番目の兄はB級グルメや美味しいものを良く知っている。何か食べたいものがあれば、一番美味しく、一番近い店を教えてくれる。何処にどういう店があるのかを、ほぼ完全に把握しているのである。
(ああいう所も含めて、凄いと思っているんですけど……)
 弥珠希は思わず溜息をつく。二番目の兄である、影崎・雅(かげさき みやび)の顔が浮かぶ。黒の髪に、黒の目。ちゃんとしている時はしているのに、どうもそれに遭遇する機会が少ない。
(凄いと思っていても……まあ、いいでしょう。それが雅兄さんらしいようにも思えますし)
 弥珠希は再びこっくりと頷き、手土産の紙袋を握り締めて草間興信所のドアに向かったのだった。


 弥珠希はドアをコンコン、とノックをして中に入った。ドアを開けた途端、もわ、と煙草の煙が流れ込む。
「あの、こんにちは」
 中にいたのは、眼鏡をかけた男であった。煙草をくわえて暇そうに煙をふかしていたが、入ってきた弥珠希に気付いて慌てて煙草の火を消し、立ち上がった。
「どうもどうも。ええと、何か依頼か?」
「あなたが草間さんですか?」
「ああ、そうだけど?」
 確認を終えると、弥珠希は草間に向かってぺこりと頭を下げる。
「どうも、初めまして。僕は影崎・弥珠希と言います。いつも兄がお世話になっております」
「影崎……?兄……?」
 まさか、と小さく草間が呟く。
「これ、大したものではありませんけど」
 すっと手土産を渡す。草間は半分呆然としながら、紙袋を受け取る。
「まさか……影崎・雅の弟?」
「ええ」
 こっくりと頷く弥珠希に、草間は一瞬我を忘れた。
「……影崎・雅の?」
「ええ。……もしかして、影崎・雅という名前の人がもう一人いらっしゃるんですか?」
「いるといいなぁ、という気分がするんだが」
「いないんですね。では、恐らく草間さんが思っていらっしゃる影崎・雅だと思います」
 にっこりと笑い、弥珠希は言った。
「ま……まあ、座れよ」
「はい、有難う御座います」
 ぺこりと頭を下げ、弥珠希はソファに座った。ちょこん、と足を揃えて。草間は紙袋を傍らに置き、弥珠希の目の前に腰掛けた。
「今日は、どうしたんだ?」
「いつも兄がお世話になっていることでしょうから、ご挨拶をさせていただこうかと思いまして」
「あ、挨拶?」
「ええ」
(本当に……雅の弟なのか?)
 草間は不思議そうに首を捻り、落ち着かせるように煙草を口にする。目の前でにこにこと笑い、手には土産を持って来て、ちゃんと礼儀を以って接する。
(本当に、同じ遺伝子なのか?)
 草間の思考は、そこまで至った。だが、不思議な事にそのように驚いている草間の様子に、弥珠希が全く気にしていないようであった。あるいは、気付いていないのかもしれない。かと言って、わざと気付かないふりをしているようには到底見えない。心底、気付いていないかのような振る舞い。
(どちらにしても、大物だな)
 草間は「ふむ」と小さく感心する。
「因みに、だが」
「はい?」
「雅は、弥珠希君の前では大人しかったりするのかな?」
「大人しく?」
 不思議そうに首を捻る弥珠希に、草間は「ええと」と言って言葉を続ける。
「礼儀正しい、というか」
 草間の言葉に、弥珠希は手をひらひらとさせながら笑う。
「まさか。寧ろ、自由奔放に生きてますよ」
「自由奔放、か」
「ええ。むしろ、自由奔放すぎて困るくらいです」
(やはり、別に態度が違うとかそういう事ではないんだな)
 ううむ、と草間はうなる。どうすれば、同じ遺伝子をもって、同じ生活環境の中で、こうまで違うように育つのであろうかと不思議に思いながら。
「ああ、そうだ。良かったら珈琲でも飲むかな?」
「恐れ入ります。頂きます」
 ぺこり、と再び頭を下げる。草間は「よいしょ」と立ち上がりながら実感する。
(やっぱり、礼儀正しい良い子だなぁ)
 雅に同じ事を言っても、こうは帰ってこないだろう。至極当然のように「飲む飲む」といい、更には珈琲ならどこどこの豆がいいとか、お茶請けはどこどこのものが一番合うのだとか、「この組み合わせは残念ながらあんまり合わないんだよねー」とか言いながらちゃっかり両方口にしていたり。
(まあ、何処の豆やお茶請けが美味しいとかいう情報は、役に立つからいいんだが。こんなに丁寧にお礼を言われた事なんて無いからなぁ)
 草間は珈琲をカップに入れながら「うんうん」と頷く。……と、その時だった。
「やっほー草間さん。何か良い情報かなんか無い?」
 バタン、という豪快にドアが開く音と共に、雅が現れた。その豪快さに、弥珠希が振り返ると、雅は一瞬全身の動きを止め、そして何も言わずにバタンとドアを閉めて去って行こうとした。
「兄さん!」
 弥珠希は慌てて立ち上がり、ドアを開ける。すると、雅がばつが悪そうに苦笑しながら立っていた。
「よ、よお。何でここにいるんだ?弥珠希」
「それはこっちの台詞です、雅兄さん。……ともかく、中に入ったらどうですか?」
「そ、そうだな」
 恐る恐る、雅は草間興信所に足を踏み入れる。草間は珈琲を入れるカップを三つに増やした。
「お、コロリン饅頭じゃないか。美味しいよな、これ」
 弥珠希が持ってきた紙袋に気付き、雅は中を覗いた。
「ええ。雅兄さんに教えてもらいましたから」
「だよなー。うんうん、ここのは確かに美味しい」
 雅はそう言いながら、勝手に包みを開けた。中から一つ取り出し、早速包み紙をとって口に放り込んだ。
「うーん、やっぱり美味しいな。弥珠希もどうだ?」
「どうだって……それ、僕が草間さんに持ってきたお土産なんですけど」
「そっか」
「そっか、じゃなくて。それは草間さんへのお土産ですよ?」
「草間さんへのお土産だろ?って事は、ここに来た人間が食べて良いんだって」
 弥珠希は暫く考え、雅を真っ直ぐに見つめる。
「そうなんですか?」
 雅は弥珠希にじっと見つめられ、そっと目線を逸らす。
「そうだとも……」
 弥珠希はじっと雅を見つめ、それから小さく溜息を一つついた。
「そういえば、雅兄さん。どうして此処にいるんですか?」
 しーんとした沈黙が、その場に流れた。雅は目線を逸らしたまま、コロリン饅頭の二つめに手を伸ばす。がさがさという柔らかな紙の音だけが、興信所の中に響く。
「……弥珠希はどうして此処に?」
「僕は、いつも兄さんがお世話になっているところへのご挨拶に回っているんです」
「そ、そっか。凄いな、弥珠希は。偉いぞー」
「有難う御座います。……で」
 にっこりと笑い、弥珠希は口を開く。
「どうして此処にいるんですか?」
 雅はぐっと返答に詰まる。
「な、何か面白い……とと。凄い依頼か何か来ているんじゃないかな、と」
「そうですか。……で、どうして今、此処にいるんですか?」
「……こ、此処で依頼があるかどうか分かるから」
「そうですよね。……で、どうして今、此処にいるんでしょうか?」
 雅は顔を笑みのまま固まらせ、返事に困った。実は、弥珠希が挨拶に回る間、雅には安楽寺の留守番を頼んであったのだ。「ほんのちょっとですから、抜け出したりしないでくださいね」とちゃんと言ってから。
 それなのに、今、此処に、雅はいる。
 よもや雅自身も、弥珠希が草間興信所にいるとは思っていなかったのであろう。ほんのちょっとならば、抜け出しても大丈夫だろうと思って来てみた先にいようとは。
 だが、今、此処に、弥珠希はいる。
「確か、雅兄さんは前にも同じように留守番を抜け出した事がありますよね?」
「そ、そうだっけ?」
「ええ。でも、あの時は仕方ないかなって思ったんです。急な用事のようでしたし」
 以前、雅に留守番を頼んだ弥珠希であったが、再び安楽寺に帰ったときには雅の姿はなく、ただメモに『緊急の用事が出来たから、ごめんな』とだけ書かれていた。
「でも、今回は違いますよね?明らかに、急用の為に来たと呼ぶには難しい状況でしたよね?」
 先ほどの雅の様子を思い出し、弥珠希は言う。にっこりと入ってきた雅。出ていた言葉が「何か良い情報が無いか」だ。これから急用を作るといわんばかりであった。
「弥珠希、すまん。何だか、ちょっと刺激が欲しくってさ」
 雅はそう言いながら、そっと弥珠希の顔を見る。弥珠希はにこにこと笑っている。笑っているのだが、いつのもような柔らかい雰囲気は何処にも無い。変わりに纏っているのは、冷たく鋭い雰囲気。顔で笑っていても、明らか怒っているようである。
「ご、ごめん!もう、ちゃんと留守番だろうと何だろうと、言われた事はちゃんとするからさ」
「普通の人なら、ちゃんと言われた事は守るんですよ」
「あはは、俺、個性的なのかな?」
「個性的……ですか」
 弥珠希は相変わらず笑っている。それが、雅にはどうしても恐ろしくて仕方が無い。勿論、腕力で勝負すればどうしたって弥珠希は雅に敵う筈は無い。しかし、言葉ならば弥珠希の方が十二分に強い。真っ当な意見を言っているのも、正しい見解を述べているのも、すべて弥珠希だから。
「じゃあ、今日はもう一度留守番を頼みますから。お願いできますか?」
「勿論!今度はちゃんと留守番するから」
 雅はそう言って、にこにこと笑う。相変わらず弥珠希の目は笑っていない。ただ、顔だけは笑い、事の成り行きを見守っている。そして、そっと口を開いた。
「兄さん、兄さんも安楽寺の一員なんだから知っていますよね?」
「……何を?」
「勿論、仏門に入っていない人でも知っているとは思いますけど」
「ええと、何かな?」
 にっこりと弥珠希は笑う。今までの中で、最高潮ににっこりと、そして心の内面では最高潮に怒りながら。
「仏の顔も、三度までと言うじゃないですか」
 弥珠希がそう言った瞬間、雅の全身に鳥肌が立った。警告に近い言い方であった。また再び留守番を頼んでいるのに抜け出したりしたら、どうなるかを考えろと、言っているようであった。
「……どうだ?兄弟で話は纏まったか?」
 にやにやと笑いながら草間は雅と弥珠希の前に珈琲カップを置いた。次に、自分用のマグカップを持って来て、雅と弥珠希を見てから一口すする。
「草間さん、ここの豆はよくないって言ったじゃん」
 珈琲を一口飲みながら、雅は口を尖らせた。草間は苦笑し「おいおい」と呟く。
「だから。そういう話をしている時じゃないだろう?ちゃんと、弟の言う事は聞かないと」
「俺の方が兄なんですけど」
「知ってるとも。だからこその言葉じゃないか」
 ははは、と草間は豪快に笑った。雅は「おいおい」と草間に突っ込む。
「ともかく、今日は一緒に安楽寺に帰って、留守番を頼みますからね。まだ、買い物に行ってないんです」
「買い物か。俺、手伝うぞ?」
「いいえ。雅兄さんは早く帰って、門徒さんがいらっしゃらないかをちゃんと確認してくださいね。ともかく、ちゃんと留守番をしてくださいね」
 にこにこと雅は行った。念押しのようだ。雅は力なく笑い「はーい」と小さく答えた。草間は思わず吹き出しそうになる衝動を、何とか押さえつける。
「それでは、お邪魔しました」
 弥珠希は立ち上がり、何か言いたそうにしている雅の腕を引っ張った。雅はその様子に苦笑し、草間に向かってひらひらと手を振る。
「じゃあ、草間さん。ちゃんとネタ仕入れておいてくれよな」
「出来たらな」
 そうして、弥珠希と雅は草間興信所を後にするのだった。


 帰り道、弥珠希はスーパーに寄る為に、安楽寺に戻る雅とは分かれるところまで来た。
「雅兄さん、今日は何が食べたいですか?」
「へ?」
 不思議そうに首をひねる雅に、弥珠希はにっこりと微笑む。先ほどまでの、怖い笑みとは違う。
「今日、食べて帰るんでしょう?」
 雅は「ああ」と答え、それからにっこりと笑った。
「俺、酢豚食べたい。野菜を大きめに切ってある」
「分かりました。……では、留守番を頼みますね」
 弥珠希はそう言ってもう一度にっこりと笑い、スーパーへと真っ直ぐに歩いていった。雅はその後ろ姿を見つめ、苦笑する。
「何だか、いいように使われている気がするな」
 そう呟き、大きく伸びをする。使われているが、その分いいこともある。弥珠希の料理の腕は、雅も一目置いている。それを、今日は心行くまで堪能できる事だろう。
「まあ、こういう日もいいかもしんないな」
 雅はそう呟きながらにっこりと笑い、安楽寺へと向かった。今度は抜け出さないように、ちゃんと留守番の役目をこなす為に。

<夕食の酢豚を心待ちにしながら・了>